特別編 疑
まったく、あの子は。どうしてああもすぐに答えを出してしまうのでしょう。もっと悩んでほしいと思って出した問題だったのに。
私は自分で淹れたマドツを飲みました。美味しくありませんね。気分が最悪だからでしょうか。
私の様子を見て、前に座っていた人が笑いました。
「万智鶴、納得行ってへんみたいやな。結局二日も悩んだんはセプスのだけやし、それは他人事やから悩んだだけや。自分の事になると、神楽は全然悩まんのやから」
ニフテリザはにやにやと笑いながら、私にクッキーを勧めてきます。私は手を振って断ると、もう一口、マドツを口に含みました。
それは、確かに納得は行っていません。何よりも、そうそう軽々しく答えを出していい問題でもないでしょうに。
あの子はもっと深く考えられる子です。私達に神の定義を教えてくれたのもあの子です。それ以来私達は化身、憑代という名を捨てて神と名乗るのです。
なのに、どうしてちゃんと向き合わないのでしょう。納得がいかないと言うより、不思議です。
「自分、ただ悔しいだけなんちゃう?あの子ん事予想できへんかったんが悔しいんやろ。安心せい、神楽の事はだーれもよそうなんてできへんよ」
「そうではありません。ただ、何と言うのでしょうね?もっときちんと考えれば、別の答えが出たのかもしれないと思うと、惜しくて」
結局、何も変わっていませんからね。ちょっと寂しいのですよ。
ニフテリザはまた不敵に笑うと、異空間からサイコロを取り出しました。青色のサイコロで、目には数字ではなく動物が描かれています。
……まさか。
「これ振って鶴が出たら、お茶出してや」
「仕方ありません。いいでしょう」
サイコロだけは神の干渉を受けられない物なので、神の間で小さな賭け事を行う時は必ずサイコロを使います。獄狼もサイコロで遊んでいると聞きますね。あの忌まわしいものがサイコロで遊ぶなんて想像もつきませんが。
ニフテリザは天高くにサイコロを投げました。そして弧を描いてこちらまで来――出たのは、蝙蝠の柄でした。
ふふ、良かったです。
「ちぇ、つまらん。うちの柄っちゅうんは嬉しいんやけど、同時に神楽の柄でもあるからな。ま、今んは引き分けっちゅうことで」
「負けを認めませんね。お茶は淹れませんが、どうぞ、スコーンです」
「サンキュ。頂くわ」
サービスで渡したスコーンを頬張った後、ニフテリザはサイコロを手の中で弄びました。
ニフテリザは賭け事が嫌いなのですが……まあ、今のはただの遊びですしね。蝙蝠の柄が出たのも、ただの偶然。この世に必然などありはしないのですから。
と、こんな抽象的な事を言っていると嫌われますからね、ここらへんにしておきましょう。
「神楽は何でも合ってるで。神楽がそう思うたんやから、あの子ん中での答えはそれでええやん。どうして小難しゅう考えようとするん?うちには理解できへん」
「いえ、他の可能性についての考慮も、してほしかったというだけです」
「そんなんあの子がせえへんかったんやから諦めればいいやないの。どうしてまだ、なおも考えさそうとするのかが分からへん」
ニフテリザの思考回路は複雑ですが、そこだけは譲らないのですよね。そう思っているのにどうして違う考えに誘導させようとするのか。だからニフテリザとトワルはそりが合わないのです。
ふふ、私は別に考えさせているわけではないのですよ?ただ、どうしてなのか私も疑問なだけで。
「うちはええと思うよ?だって神楽、楽しそうやもん。やったらええ。楽しかったら、質問なんてどうでもええで?どっちかっちゅうとうちは、ただの質問に頑張って答えてくれようとしとるあの子がすごいと思うけどなあ」
「そうですね。それはすごいと思います。すごいと言うか、よくそこまで、と言うか」
「ほんまやで。うちにはできへんもん。ま、人間にゃ出来るんかもしれんけどな。うちらより深く考えとるから」
「あの子ならここで、『私は吸血鬼だけどね』と言うのでしょうね」
あまりにも想像しやすくて、笑えて来ます。
けどタイムリミットは迫っていますよ?本当にいいのですか?
神楽、あなた、本当に、そう思っていますか?
ここらへんにしておきましょう。しつこくても嫌われちゃいますからね。
「まあ、うちは関係ないけど。ゾーロはどうなんやろな。ゾーロの前で答えさせんの、酷やで。素直に告白せいって言うとるようなものやん」
「その意味も、もちろん含めていますよ」
「つまり回りくどい事をせず、神楽に告白しろと?あんなあ、普通人に告白すんのは相当勇気が要る事やで?相手が断るって分かりきっとるのに、なんで告白なんてせなあかんの。あの子は絶対将来、結婚する相手決まっとるやん」
「誰ですか?」
「あの中の誰か」
「それはまあ、そうなのかも知れませんが、誰とも結婚しないと言う未来が一番、可能性が高いですよ。周りは忠誠心の塊ですし」
というか、私は何の話をしているんでしょう。
ニフテリザだって恋バナをしに来たわけではないでしょうに。
「じゃ、可能性があるのは猫族か庭師か、はたまた青髪の子ぉか」
「さあ、どうでしょう?案外お医者さんかもしれませんよ?」
「弟子っちゅうのも有り得るなあ」
この後数時間、恋バナは続きました。
本当、なんていうものに時間を費やしてるんでしょう……。
閲覧ありがとうございます。
神様って恋バナするんですかね。するんだったら是非内容を聞きたいです。
次回、少年の依頼とタイムリミット。