11 魔法で遊んでやらかしました
皆って何して遊んでる?
公園?ゲーセン?テレビゲーム?ボードゲーム?パソコン?
うん、残念ながらここの世界にはどれもない。その代わりにあるのが、魔法。
でね、驚いたのは、本に書いてあった架空の世界。箱の中に人が入ってて喋ったり、丸い機械の中に羽が入っていて回って風が出てきたり。ね、これって絶対テレビと扇風機だよね。この世界にもこういう認識があるらしい。科学があればいいな、って思ってる辺り、地球での魔法の認識と似てるよね。
閑話休題。
とにかく、この世界の娯楽と言えば魔法くらいしかないわけよ。普通、八歳にもなれば家業を手伝うしね。だから、使える魔法を磨く。私も水魔法の練習をするため、失敗しても害のない大浴場に来ている。銀風呂だよ。水中専用服…というか水着は、この世界にも存在するらしい。
「…スク水」
用意された水着を見て、思わず呟く。まさに、小学生のスク水のあれだった。
「は?」
メイドさんが首を傾げて、訝しげに聞いてくる。
「何でもない」
無表情で言うと、メイドさんはまだ首を傾げながら脱いだ服を整えてくれた。
この世界の水着は魔導具の一種で、水が弾きやすくなってるとか。この水色の模様みたいなやつはつまり魔女文字。
「魔法の訓練をしていて危険かもしれないから、入らないで」
「はい!」
一応、言っておく。もし巻き込まれて事故ったら大変だからね。
うー、寒い。やっぱり暖房が無いと水着でも寒いや。もうここでも初夏のはずなんだけど…ああ、そうか。資源を尊重する暮らしだし電気・ガスが無いから温暖化とか無いしそりゃあ涼しいな。真夏でもそこまで暑くなかったりするのかな?
この水はあったかい。それに汚れてないから、もしかして風魔法とか使ってるんだろうか。風塵魔法は確か、塵とかゴミを一か所に集める魔法だったか。あれをやってるのかもしれない。風塵って水の中でも使えたっけ。
わざと、髪を何本か手で切って浴槽に入れてみる。
「風の精よ、忌まわしき、水を汚す塵を払い給え、水を清いものにせよ。風塵」
ふわっと軽く風が吹き、私の手のひらに髪の毛が集まった。まとわりついて気持ち悪い。それは排水口に捨てて水をかけると流れて行った。
さてと、水の中を綺麗にする方法が分かったところで、入りますか。寒いし。
浴槽の中に入る前に、呪文を唱える。今回の目的は、水の中で魔力の操作が出来るようにする事。
「気泡から空気を取り入れよ、水中でも自由を手にす。水息」
これで、水の中でも息ができる。よっぽどの事が無ければ。
…今のってフラグ?
私は銭湯ほどの大きい浴槽に入り、口を塞いで水の中に潜る。メイドさんが外から騒いでいるのが分かった。入らないで、とは言ってある。
「風よ温かき池に風を流せ!風乱!」
唱えても、口からはボコボコと気泡が出るばかりだった。それでも魔力は流れ出るようで、水の中に何かうねうねとしたものが流れ始めた。
これが魔力?このうねっとした、ニュルニュルしたものが?
触ってみる。なんとも言えない、纏わりつくような感触。それを引き伸ばしてみると、ぐわあ、と浴槽の中の水が渦巻き始めた。浴槽の中心部でだけ、水が渦巻いていた。
「んぐっ…」
水圧に押されて息が出来ない。水息の魔法が、こんなに激しい流れの中では効かないのだ。起き上がろうにも流れに邪魔されて起き上がれない。まずっ…死ぬ!?いや、あと三十秒は大丈夫!だからそれまでに魔力源である私が魔法を切れば発動自体しなくなるはず。…今外から見てれば、浴槽の中ぐるぐる回ってて滑稽なんだろうなー。
「解除」
あれ?魔法がキャンセルされない。さっき魔力を直接触って弄ったから?あれってそんなに重要だった?
まあ、魔法解除が使えない事は分かった。魔力の直接操作も、したら大変な事になるのも分かった。
でもね?
「助けてっ!」
息が出来ない!水の流れに揉みくちゃにされて痛い!
ボコボコと口から泡が出た。メイドさんには入るなと言ってあるから、忠実に守って入ってこない。こういう場合は入っていいんだよ!自分で命令したのに悔やまれる!
もうだめか、と上を見たまま流され、気が遠くなっていく。もう息が出来なかった。
上に何かの影が映る。激流の中、誰かが立っているのが分かった。誰だろう…でも、もうどうでもいいや……
「―――?」
外で誰かが何かを言ってる。そして、いきなりざばっと私の体が持ち上げられた。
なに!
「う、げぼっ、げほっ!だ、だれ、――ユアン!」
ユアンが、そこに立っていた。立派な騎士服も、水で濡れている。髪の毛も何故かびしょ濡れだった。
水着着てて良かった~…。
「どうも。かなり楽しい水浴をされているようで」
ユアンがにっこりしながら言う。屈辱的…だけど助けてもらった事に変わりはない。
「あ、ありが、と、げほっ!」
咳が出て変になったけど、お礼を言ったのは伝わったらしい。一瞬きょとんとしてから、いつもの笑顔に戻った。
「いえいえ。驚きましたよ。来てみれば浴槽がぐるぐると渦巻いていて、侍女達は驚きながらおろおろしてたんですから」
「ごめ、げほっ、失敗するとは思わなかっ、えほっ!」
「大丈夫ですか?」
「だいじょ、げほっ!く、ぐるじ…」
「吸血鬼は流水が苦手です。魔王の効力で掻き消されても、少しは残るでしょう」
ユアンは私を抱きかかえたまま、私のお腹に手を置いた。…おい、セクハラだぞ。
すうっと、体内から水が抜かれて行った。最終的にはかなり楽になったけれど、疲労感が残る。
「もう出ましょう。この水の流れは、私でも止められませんね」
「え、本当?」
「はい。ここまでミルヴィア様の魔力が強まった形で表れてしまうと、止められる人はあまり居ないと思います。衣裳室へ行きましょう。とにかく着替えなくては」
「大丈夫だって」
こうやって見てみると、流れの速さが流れるプールの比じゃないことが分かる。そこに手を向けて、不言魔法。
流れを止めるにはどうするか?簡単だ、反対に回せばいい。私は板みたいなのをイメージして、それで時計回りに回っていたのを反時計回りに回す。重い。魔力が大量に必要だ。これが魔力を直接操作した結果だとしたら、空気中でやったら大変な事になってた。良かった、水中でやっておいて。
そう思うと同時に、欲が出る。
これを上手く使えたら、更に強い魔法が使えるんじゃないか?
「ミルヴィア様、心配するので、やるのなら私が付いている時にしてください」
「…ん」
ちょっと不安になって、ユアンの胸に縋り付く。多分、あのままだったらいくら不死身の魔王でも苦しいままだった。苦しいまま、誰にも気付かれないまま、苦しいだけだった。助けてくれたユアンが言うなら、守ろう。
やっぱりだめだ。欲を出した結果は、前世で見たじゃないか。前世の死に際に。たくさんの死体を。警察に囲まれて焦る強盗を。あんな風になるなんてまっぴらだ。
ようやく流れが治まった。私は魔力を随分使ったはずなのに、まだ余ってる。あの流れを引き起こす事くらい序の口だ、と言わんばかりに大量に。
「まあ、凄い」
私の嫌いな、ねっとりとした声。ユアンが私を見てきたので頷けば、ユアンは体を方向転換して後ろを向く。ユアンは小さく頭を下げた。
「母上、何の用」
「大変な事が起こっていると聞いて駆け付けたんじゃない」
お母様の後ろからお兄様が走ってくる。どうやら本当らしい。お兄様はユアンにお姫様抱っこされてる私を見て顔をしかめたけれど、一瞬だった。すぐにお母様の前で文句を言うのをやめ、口を閉じて一歩下がる。
「ミルヴィアちゃん、私はね、ミルヴィアちゃんが言う事を聞いてくれるのなら、不自由ない生活を送ってもらおうと思っているのよ」
「魔王になった時点で不自由になる事はない。心配無用。私はこれからユアンと、」
ちらりとお兄様を見ると、お兄様は頷いた。顔が蒼白で、心配そうだ。
「お兄様と魔法で遊ぶ。出てって」
「じゃあ私が教えてあげるわ。ね、何をしたいの?」
「黙れ。声を聞きたくもない。出てって」
「酷いわ、ミルヴィアちゃん。私も手伝いたいもの」
「嫌だ。ユアン、摘み出して!」
「…」
ユアンは迷う素振りさえ見せず、お母様に近付くと一言言った。
「失礼ですが、ここはミルヴィア様のために造られた新しい大浴場です。奥様の大浴場は向こうでしょう」
「あっ、あなた!誰があなたを雇ってると――」
「ユアンは私が雇ってる。私が雇いたくてやってる。もし母上がクビにしても、私のお金で雇い続ける」
「ミルヴィアちゃん!出来るわけないでしょう――」
「出来ますよ。代々魔王から受け継がれている金貨があります。あれは魔王の財産です、父さんと母さんの全財産の数百倍はあります」
「~っ!ミルヴィアちゃん、誰が生んだと思ってるの!」
ヒステリック気味に叫ぶお母様に、冷たい視線を投げかける。
「産んでくれた恩があろうと、母上の言う事など聞くに値しない。ユアン」
ユアンはお母様を笑顔を消して無表情で見た。いつも笑顔の人が無表情になると、とたんに怖い。…あ、私ユアンと会ってまだ一日だった。
「出て行ってください。ここはミルヴィア様の場所です」
「行かないのなら、力尽くでも追い出すけど?」
私が右手を上げると、シャンプーにリンス、洗面器、そして浴槽の中の水。すべてが持ち上がった。乱石で鍛えられた成果。わお、すごい。使えるね。コタツに入りながらミカンが取れそう。
「……分かったわ、今日のところは退いてあげる」
お母様は偉そうに言い放つと、踵を返して歩き始めた。ユアンが笑顔で見てくる。怖い。怖いです。あんな怖い無表情が出来る人が笑顔で居ても、怖いだけです。
「どうしてユアンはミルヴィアを抱えてるの?」
「私の魔法が暴走してたら、助けてくれたんです。ユアン、もういいよ」
「そうですか?私はもう少しこのままで居たいですが」
「ユアン!お願いだから!」
お兄様をこれ以上怒らせないで!と、心の中で続ける。お兄様は引き攣った笑顔を浮かべながら、怒気を顕わにしている。なんで私の周りは怖い人が多いのですか?神様。何かの罰ですか?
「では、残念ですが」
「一言多いよ、ユアンは。ミルヴィア、何もされてない?」
「何も!それどころか、助けてくれてありがたいです!」
お兄様の怒りを抑えたい一心で訴える。なのに!
「おや、そうですか?ありがたいとは予想外です。お礼でもしてもらいましょうかね」
「ユ・ア・ン・は・黙・って・て!」
歯を食い縛りながら言うと、口元に手を当てて面白そうにくすくす笑う。こいつ…雇うのやめようかな。お母様がクビにしたら、そのまま放置しようかな。
「ミルヴィア、何をしようとしたの?」
「え~っと~その~」
「そういえば、私も聞いていませんでした。どうしてあんな大きな渦が出来ていたのですか?」
「ん~?どうしてかな~?」
「ミルヴィア?」
「ミルヴィア様?」
二人の笑顔が怖い。いっそ言っちまおう。
「えっと、私、水中で呪文唱えたのね……」
この後、二人にめちゃくちゃ怒られました。
閲覧ありがとうございます。
魔力の直接操作なんて、普通見えないので出来ないんですけどね。水の中でやるという発想があれば誰でも出来ます。
次回は水合戦です。