110 考えて
『神楽、お前、本当は私が嫌いだろう』
目が覚めて、起き上がり、レーヴィが隣に居るのを見る。
愛発との邂逅は、思った以上に疲れたな。愛発とはこれからも仲良くしていくけど、もう私と同じ性格とは考えない方がいいかも。
もちろん愛発は大好きだけどね。
さてと、今日はセプスの質問についてじっくりと考える日。
そうは言っても操作魔法の授業の日でもあるから、今のうちから考えておかないと時間が無くなっちゃう。でもまあ、二週間くらいあるから二日間考えてもいいか。
「神楽、いつもながらに早起きじゃの」
「おはようレーヴィ。今日は自由行動してていいよ。ただし城下町は出ない事、誰かを襲わない事」
「了解した。もう誰も襲わぬよ。元々無理に奪った精力はつまらぬ。まずいしの」
「そうなんだ?」
「ああ。罪悪感もあるし」
「そこらへんだけは、夢魔っぽくないよねえ」
レーヴィは軽く笑って、ドレッサーの前で髪を整え始めた。すっかりそのドレッサーがお気に入りだなー。私のなのに。使ってないから別に構わないんだけどさ。
私も起きて、三百四号室に行く。多分、そこに……
「ユアン、居る?」
「はい」
やっぱり。見え見えなんだよねー。この考えも見抜かれてる気がするけど。
ユアンが一人で立って、微笑みかけていた。いつも通りだね。良かったよかった。さて、座ってセプスの事でも考えよう。
私は一人用の椅子に座ると、考える事に集中する。
一つルールを決めよう。所詮自分だけのルールだけど、ないよりいいでしょ。
即ち、『一日中考える』事。途中で「やっぱりそのままだなー」で終わらさない。どっちにしろそのままだったとしても、それは夜に決めなくちゃ。夜になって布団に入るまでは、徹底的に考え抜く!
よし決定。
まず、どうだろう。私はコナー君の事について、セプスに対して怒ってるかな?ううん、怒ってはいないと思う。ただ、遣る瀬無い気持ちがあるだけで。
コナー君は確かに可哀想かもしれない。でも本人は、可哀想と思われる事を望んでいないと思うんだ。だって、私は銀行強盗に殺されて異世界に転生して、可哀想だなんて思われたくない。今は幸せだ、って目いっぱい主張したい。
だからセプスに対しては怒っていない。それは一つの結論として置いておこう。で、次、コナー君は今幸せか?
それによって、質問の答えがちょっと決まる。コナー君が『隔離者』に生まれて物凄く不幸だって言うなら、私はセプスが嫌いになる。逆にコナー君が『隔離者』に生まれて不幸だけど、今は楽しいって言ってくれるなら、セプスを嫌いになる理由はない。
どうしてそんなミス犯したの、っていう怒りはもちろんある。どうして、コナー君の時にそうなったんだろうと。でもそんなん今さら言ったって仕方ない。だってもう過ぎた事なんだから。それで後悔してくれれば、それで気を付けてくれればいい。
幸いにもコナー君は私の近くに居る。私がこれから幸せにしてあげる事だって、十分可能だ。なら、ミスを犯した事に関しての怒りなんて無い。
コナー君なら、私はちゃんと幸せに出来る。恋愛的な意味じゃなくてね?
じゃあ、セプスの事は好き?いや、好きかどうかは分からない。ミスを犯した事に変わりはないわけだし、今までのコナー君の生活がある。親と離れて暮らした幼少時代なんて、悲しいはずだもん。
だから、好きとは言えないかもしれない。うわ、早速この前の答えが変わっちゃった。
やっぱり変わるものなんだなあ。んじゃ次、セプスと話してて、楽しいかどうか。そりゃ楽しい。その面は好き。ええ?なんか色々矛盾してる。
堂々巡り。
その後、ずーっと考えていると。
「ミルヴィア様」
「ぅわっ!」
びっくりした~。
あんまり急に声掛けないでよ。心臓に悪いじゃん。
「なあに?」
「そろそろ行く時間では?」
「え、わ、ほんとだ!」
「珍しいですね。いつもは私が言わずとも時間を見て行こうと言いますのに」
ユアンが首を傾げている。だよねえ、本当に珍しい。
遅刻しそう。アイルズ待たせちゃ悪いよ。
「考え事してたらつい。早く行こうか」
大急ぎで支度して、家を出た。
道中も、ずっと考える。
話すのは楽しい。だからセプスは好き、っていう考えでこの前は好きって結論出したんだろうなあ。短絡的って言うか単純って言うか。
それも事実。セプスと話すのは超楽しい。だから、さっき好きじゃない、って言ったのにもう好きって言いたくなってきてる。
人間(神様×吸血鬼)って複雑だわ~。
「ミルヴィア様?」
「!え、あ、ごめん」
いつの間に着いてたんだ……?
私がポカンとして宮廷を見上げていると、ユアンがおでこに手を当ててきた。
へ?
「熱、は、ありませんね」
「ないよ!何?」
「先ほどからぼーっとされているようでしたので」
「考え事。ぼーっとなんてしてません」
失敬な。
私は衛兵ににこりと笑いかけると、門を開けてもらった。顔パス便利。最近はユアンに変装させることも諦めたしね。
アイルズのところへ行く途中もちょっとだけ考えたけど、結局進まず、アイルズと会った。
「いらっしゃいませ、魔王様。ユアンは待っていてください」
「言われずとも」
「いつもと同じくらいの時間だから」
「分かりました。何かあったら言ってください」
いつもと同じ会話をしつつ、教室に入る。今日は、えーっと。
「テストですね。その前に少しだけ復習です。本の百六十ページを開いてください」
「ああ」
言われたとおりにする。
あ、セプスも操作魔法の使い手だったなー。今度色々教えてもらうのもアリか。
そこは尊敬できる点だよね。だとすると嫌いよりも好き、っていうのが合ってるような気がしてきた。けどやっぱり、大好きとは言えない。嘘は吐けないからね。
どうしよう、ここまで考えても答えが少しも出ないとか、今日中に出来るかな。
セプスに関しては懸念すべきところが多すぎるんだよなあ。
例えば仕事に関しては超真面目で一流だし。
かと思えばたまに軽いミス(物の出現場所間違えたりね)するし。
話題は多いし話し上手とまでは行かないまでも楽しい。
逆に緊張しすぎるきらいもある。
ね、難しい。セプスはなんだか両極端なところがあるんだよなー。何でも出来るのと、何にも出来ないのと。
仕事はいつだって真面目で頑張るのに、落ち込んだりするとすぐにミスをする。話すのはすごく楽しいのに、緊張しちゃうとまったく喋れなくなる。
要するに感情に左右されやすいタイプ――って、そんなん考えてるんじゃないってば!
「魔王様」
「っ、あ、ああ、聞いている」
「……」
アイルズが目を細めた。顔から笑顔が消えてる。冷や汗が流れた。普段笑顔の人が笑っていない時ほど怖い物はない!
「聞いていなかったのですね?」
「いや、聞いていたぞ」
「では先ほど私が行った事を復唱してもらっても?」
やば、全ッ然分からない。
俯くと、カツカツと音が聞こえてきた。アイルズが近寄ってきて、私の教科書を覗き込む。近い!
「ページをめくってくださいと言ったはずです」
「す、すまない。もう一度、頼めるか」
「……そうですねえ」
こっわ。ユアンに前三百六号室で追い詰められた時くらいの威圧感がある。
そう思ってじっとしていると、アイルズが急に肩を抱き寄せて――はあ!?
「な、」
「何を考えていたのですか?ユアンの事を?」
「ちが、そう言うのではなく」
「では、どういう事です?私の授業を放って、何を」
「なんでもない!今日はもう帰れと言うのなら帰る。だから、離せ!」
ユアンにばれたらまずいんだって!
暴れるとますます力が強くなるし!だからどうして皆こんなに握力強いの!?魔法で怪我させるわけにも行かないのに!
「嫌です。何を考えていたのかきちんと説明してください」
「だか、ら、何も」
「何も考えてないのなら、何故ぼうっとしていたのでしょうね?」
これ本当にやばい。
心臓ばくばくで死にそうなんですけど。あれ、魔王って死なないよね?平気かな?
「人からの質問についての、回答を」
「ほう?」
「すまない。離してくれ。悪かったと、思っているから」
「本当ですかね?」
「本当だ!私は嘘は吐かない」
「では」
ふう。離れてくれた。
と思ったと同時に、手が握られる。
「何だ」
「……失礼します」
アイルズは急に跪いたかと思えば、手の甲に自分の唇を押し付けた。
…………!?
「ユアンもしているようでしたので、私からも」
「お、お前、急に」
「最近何もしていませんでしたからね。これでまた警戒して頂けると助かります」
「~っ!」
え、は、ん!?
つまり今まで何もしてこなかったのってフェイク?いや、そいうのではないんだろうけど、え、え?
「そろそろお時間です。私にとっての収穫はありましたね。ではまた、次の授業を楽しみにしております」
「あ、ああ……?」
何、何だったの、今の。
そんなまた笑顔浮かべられても、信じらんないって。
「ただ、あなたが何も警戒していないようだったので、忠告しただけです。私はまだあなたを諦めていません。今襲ったって、良いんですよ?そうしますか?」
「いや、遠慮しておく」
あーっ!今日は全然だめだった!なんっも分かんなかったし操作魔法の授業も疎かになったし!
私は激しく後悔しながらユアンの待っている隣室に行った。ユアンに何かされましたか、と聞かれたから、何も、と答えた。うん、何もされてないと思う。
結局その後、セプスについても考えたけど答えは出ず、布団に入ってスイッチを切る直前になってもだめだった。
明日コナー君と会うし、その時にまた、考えよう。
閲覧ありがとうございます。
アイルズは久々に登場な気がします。話はよく出ていましたけど。
次回、引き続きセプスについて考えつつ、コナー君とお茶会です。