109 癇癪
「お休み、ユアン」
「はい、お休みなさいませ」
あー、今日も全く結論が出なかった。結論どころか一歩先に進んだ気さえしない。
スイッチ切る気にならんけど、まあ、いいや。寝ないと疲れるし、寝よう。
『来てくれる?」
「そろそろだと思った」
「?ミルヴィア様、どうかなさいましたか」
「んーん、なんでもない」
ユアンの訝しげな声に、ルンルンで返事する。ユアンは首を傾げた後、すぐ笑顔になって出て行った。
そうなれば、ふふ、すぐに寝なくっちゃ。
やっぱりねー。この人何かの転機に現れるから。もう長い事出てなかったからね。私は嬉しいよ。
カチッ、と。
おやすみなさい。
そして久しぶりだねえ――――
「愛発」
「うん」
「……ほぇ?」
間抜けな声が出た。だって、出た場所が森の中なんだもん!
体育座りでこちらを見る愛発の服はボロボロだし……幽霊の服って変わるの?っていうかここどこ?っていうかどこっていうか何なの?
「疑問に答えるとね、あのベッド捨てられたんだ。だからこの土、ここにベッドの残骸がちょっとだけ混ざってる。だからここに来たんだろうね……私ここに瞬間移動したもん」
「そう……なんだ」
ちょっとショックだった。
お母さん達がそうしたと思うと、複雑だなー。吹っ切ってるって思えば、全然いいんだけど、なんか悲しい感じがする。
異世界に転生できた私でさえこれなんだから、愛発は相当苦しいだろうなあ……。
「ミルヴィアがどう思ってるか知らないけど、私は全然悲しくなかったよ」
「……そっか」
まあ、愛発神楽はそういう子だからなあ。私が変わっちゃっただけで、愛発はそうだったんだもんね。
それを無理に悲しくさせようとは思わない。でも、なんか人間味が無いなー。
「あっ、それより愛発!夢魔退治にユアン連れてったらエライ事になったんだけど!」
「面白かったよ」
「そうじゃない!ったくいっつもあんたはもう!自分が面白ければそれでいいの!?私一応あなたと一心同体なんですが!」
「うん、だから自分を犠牲にした面白さを追求してみた」
ドヤァ、じゃない!
滅多に感情見せないのにこんな時だけにやっとすな!
もー……まあ悪いのはユアンだし、どっちにしろ連れて行ってたから愛発には責任無いんだけどさ。
「で、今日は何の用で呼び出したの?お話したかっただけ?」
「ううん。ねえ、神のところ、行ったんでしょ」
途端、愛発の目が鋭くなった。う、怖い。あなたいつも無表情なのにそんな表情したら怖いって。
もっと気を付けて!
「行ったよ。いろいろお話して、楽しかっ」
「ねえ、あいつらまだ神様やってたの?あんな奴ら、まだ民から反乱を起こされてなかったの?」
「え、あ、うん?」
「信じらんない。なんであんな奴ら放っておけるわけ?どうしてあんなの、この世に存在するのよ」
「え、ちょっと、愛発、落ち着けってば」
何、何なの。愛発ってそんなにあの人達恨んでるの?
愛発が、私の持つ神様に対する負の感情を全部担ってるって事?待って待って、何だか風が吹いて来たんですけど。
「民だって馬鹿じゃないんだから、気付くでしょ。あんなのが居るって、だけど居ちゃいけないって、自分たちの人生自分で決めるって、分かるでしょ?あんな奴らが、自分の生まれた場所を決めてるんだよ?管理も疎かに、たまにサボって天災を呼んで!」
「ちょ、愛発、落ち着いて!」
やばいやばいやばい!
風が、暴風が!雲が!雨降ってきたよ!?これこの森に居る人遭難するんじゃない!?
これ愛発がやってるの?だとしたら私以上にすごいんですが!
「自分が死ぬタイミングも、自分が生きる時間も全部知ってるくせに!全部黙って!」
「愛発ー!」
「世界を二つなんて、守れるわけない!あっちが大変になればこっちだって大変になるんだから!そのための魔王、そのための分身!?ふざけんな!」
プチン
私の中で何か(人、それを堪忍袋の緒と言う)が切れた。
「るっさい!私にも喋らせろ!あとこの暴風雨止めろ!あと一旦深呼吸ーーーーー!」
耳元で叫ぶと、愛発は目を見開いて耳を塞いだ。パタン、と暴風雨が止む。
さっきまでカンカン照りでいい天気だったのに!そこらへんびちゃびちゃじゃん!あーあーあーあー。
よし、深呼吸し始めてるな。よしよし。良好良好。
「ごめん……つい」
「つい、で済むなら神様要らない。ほら立って最近、そうやって癇癪起こしてるから服ボロボロなんでしょ」
今ので一層ぼろくなったし。もうこれ服の意味を成してないんじゃ。ほぼノースリーブ。
寒さはないだろうし、いいっちゃいいんだけど。うーわ、木の枝折れてるところがある。可哀想。治してあげたいけど、今は生憎魔法が使えないし。
「愛発、どうしたのよ」
「だって――私に残るように言ったのも、私を殺したのも、私のお父さんとお母さんにベッドを捨てさせたのも、全部、全部、あいつらなんだから」
「え、そうなの?」
「そうだよ。ミルヴィアはもうどうでもいいと思うけど、私は、よくない。お父さんとお母さんがベッドを捨てたのも、二人が決めた事ならいい。けど、あいつらが、命令してた。許せない」
「……」
でも……でも。
どうしよう。愛発、本当に怒ってる。こうなると私でも多分無理だ。
……エライ時に来ちゃったなあ。
「ごめん、大丈夫。ああ、もう。一つだけ、言いたかっただけなのに」
「う、うん。何?」
愛発はキッとこちらを見ると、深く息を吸って、泣いた後のような声で言った。
「あいつらが言ってた事は、ちゃんと、考えた方が良い。話した順番で、少しずつ考えて。違う答えも、ちゃんと考えてみて」
マジか。
本当に、まじめに考えなきゃいけなくなっちゃったよ……。
閲覧ありがとうございます。
愛発はミルヴィアを見て楽しんでいるところがありますが、ミルヴィアは愛発にかなり救われたところがあると考えてます。
次回、ミルヴィアが考えます。