106 ただいま
『じゃあな、神楽』
『二週間後に来るやなんて、厚かましいなあ。ま、お話楽しみにしとるわ』
『お前が楽しめたんなら、良かったな』
『記憶が消えないと聞いて安心したぞ』
『今は何もしないけど、いつか何かすると思って覚悟してるといいよ』
『回答楽しみにしています』
『――うん、さようなら』
赤い花びらに包まれた中。目を閉じる。体が硬い何かに包まれ、熱くなる感覚。時間遡行の時のなんとも言えない安心感。
さようなら。
「ミルヴィア!気を確かに持って!」
「ミルヴィア様!こちらが分かりますか!?」
「魔王様、意識を確立できますか!?」
「神楽、起きるのじゃ!」
「ミルヴィアっ!起きて!」
「師匠!起き上がってください!」
あ、わ、懐かしい……でも、起きたく、ないなあ。
そう、もっと、寝ていたいなあ。また、意識が沈みそう……。
「――起きろ、ミルヴィア」
「はいぃっ!」
対してビシッと言われたわけじゃないのに、飛び起きた。起き上がってみると、全員勢揃い。
……あれ?
私、なんで倒れてんだっけ。あ、そっか、エリアスの血ぃ飲んで、で、神様のところ行って――あっ!?
私は思わず上を向いた。天蓋が見えるだけで、もちろんニフテリザとかが見えたわけじゃない。
「ミルヴィア……よかった。アイルズの話だと、今目覚めなければ打つ手がないって言ってたから……」
見てみれば、お兄様が憔悴しきった表情で弱々しく微笑んだ。いや、お兄様だけじゃなく、多分全員寝不足だ。安心して、コナー君なんかは腰が抜けていた。
わ、私の天使が!?
「コナー君、ちょ、大丈夫?」
「うん。良かったあ。ハーブ、なるべく早めに用意しなきゃって思って、でもお屋敷になくて、周りのお屋敷全部回って、やっと、集まっ……」
「わ!?」
バタン、とコナー君が倒れる。慌ててベッドから降りようとすると、ユアンに止められた。
「ユアン、コナー君が!」
「分かっています。寝不足でしょう。ですがミルヴィア様こそ、先ほどまで倒れていた身です。大人しくしてもらわねば困ります」
「……」
ユアンの顔を見た途端、さっき神様から言われた数々の言葉が思い起こされる。
……意識、とか、してないと……思うけどなあ。
「師匠、私が連れて行きましょう」
「あ、ありがとう」
ビサは比較的しっかりしてるなあ。さすが兵士?兵士の体力?
ビサはにっこり笑って、小さくお辞儀すると出て行った。クーストースの言葉を思い出して、振り切る。ビサが私に本気なのは、有り得ない。
「魔王様、明後日の授業ですが、休みましょう」
「っ、嫌だ。授業には出る。大丈夫だ」
「ですが、お体が心配です。この一か月で何度も倒れたと伺いました」
「いや、出る。一日もすれば全快するのは、この一か月で分かっている」
「………分かりました」
「アイルズ!」
お兄様が声を荒げるけど、エリアスが腕を引っ張って座らせる。お兄様には悪いけど、万智鶴さんからの質問にきちんと答えなきゃいけないんだ。しかもその猶予が二週間。その間にほとんど全員と会わなきゃ、って、無理くね?ああでも、少年とさえ会えれば後はどうにかなるか。少年はそんなに話題に上がらなかったし、会わなくっても大丈夫そうだし。
「ミルヴィア様、今日は休みましょう。連日、睡眠もまともに取らず忙しかったのも原因でしょう。もっとも、一番の原因はエリアス様の血を飲んだ事による魔力の大量摂取でしょうけれど」
「魔力の大量摂取?」
「俺はそこそこ長生きしてるからな。操って来た霊魂、食べてきた魔力も少なくない。それを一気に飲んだら、体に馴染まない魔力の摂りすぎで失神してもおかしくはない」
「……ごめん」
「いい。思わせ振りな事を言った、俺も悪い」
エリアス無表情だけど、ちょっとは心配してくれてるのかな?だったらちょっと嬉しいけど申し訳ないな。
いや、もう考えないとマズイな。万智鶴さん達に対する回答。セプスへの答えも、ちゃんと用意してなきゃマズイ……よね。
どうしよう。私、さっき言った事がすべてだと思ってるんだけど。考えてそのままだったらそのまま返せばいいの?でもそれは何だか不誠実な気が。全然不誠実じゃないんだけど、なんかそんな気がしちゃう。
「神楽、これからは儂が一緒に寝る」
「え?」
「寝とる間、ずうっと魘されておったぞ。最近儂が出かける事が多かったが、これからは共に居よう。考えてみれば、神楽に無断で屋敷内をうろつく事自体眷属である儂には許されぬ事じゃ」
「え、いや、それくらいはまったく」
「儂が誠心誠意務めておれば、防げた事態もいくつかあったやもしれぬじゃろう。不安は少ないに越したことはない」
「……まあ、ありがたい、かな」
「じゃが、訓練や授業の時は留守番じゃ。寝て過ごすのも一興じゃわい」
まさか気ぃ使われた?一人の時もあった方が良いだろうとも思われた?
キャーッ!ユアンより大人ー!……そりゃそうか。三百歳。
というか、考えてみればエレナさんの方が年上なんだなあ。すげー。その年であの若さとか、すごいな。世の中にはロリババアという存在も居るらしいから見た目が当てにならない。
「ミルヴィア様、疲れているでしょうから、私達は出て行きます。くれぐれも三百四号室なんかに行かず、大人しくしているんですよ」
「……ん」
クーストースの言葉が一番気になるかなあ。誰を選ぶか、かあ。告白でしょ?うーん。誰も選ばない、って言うのが本音だけど、誰か必ず選べと言われたら。
誰だろう?
「……ミルヴィア様、ちゃんと聞いていますか?」
「え?ああ、うん、聞いてるよ。分かったよ、もっかい寝るよ」
「はい、そうしてください」
……ユアンかな?
いや、でも、ユアンは護衛騎士だし、うーん。
エリアスとかは、有り得ないし。アイルズも違うし、あとの人達は友達ばっかりだし。
やば、全ッ然答えが出ないんだけど。本当にどうしよう。ちゃんと答えないと記憶消されちゃう。ずっとなんで悩んでんのか分からないまま二週間過ごしちゃう。
それは嫌だなあ。
悩んでる様子の私を見て、レーヴィが目を細めたのが分かった。
「まあ、今日は全員出てってくれい。儂はここで寝る」
「分かりました、レーヴィ様。では失礼します」
ぞろぞろと全員が出て行く。中々シュールな絵柄ですこと。
で、全員出ていたところで、なんとなく悲しくなった。私は神様のところへ行ったのに、誰も気にしてくれないし気付けないんだなあ、と思って。
いや、気付かないし気付けないの当たり前なんだけど、なーんか悲しいんだよね。本当に行ったのか、妄想じゃないかときになるっていうか。
ふと、レーヴィの方を見た。
「レーヴィ」
「ん?」
「ただいま」
うわ、レーヴィぽかんとしてる。だよねえ、何の事か分かんないよねえ。そう思っていると、レーヴィがニッと笑った。
妖艶で、幼女なのに大人っぽい笑い方。綺麗だな。
「おかえり、神楽。疲れたじゃろう。もう寝た方がいい」
「……ありがとう」
「いいんじゃよ」
さすが大人の包容力。
レーヴィが一番大人なんじゃなかろうか(だからそうだって)。
閲覧ありがとうございます。
レーヴィはなんとなく雰囲気に合わせたりするのが得意です。大人ですからね。
次回、ミルヴィアが悩んでます。