104 神の気持ち
私は蜘蛛の目を見て、ぐっと体が強張った。ゾーロが不思議そうに首を傾げていた。
「トワル、どうやって来たんだ?」
どうして、じゃなくてどうやって、ってところが分かってるよね。確かに『神の間』には門をくぐらないと来れないし、その門は今クーストースが守ってるし。
蜘蛛がクルクルと何かを指で回していた。
「知らないんだあ、ゾーロは!抜け道、いくつかあるんだよ♪」
「抜け道」
「いいなあ、ゾーロは!ぜーんぜん、知らないんだもんねっ!そうだよね、新しく出来た抜け道だもん、五年間ぼうっとしてたゾーロは、知らないよねっ!」
「……」
嫌味っぽい。
けど突っ込む気にもならず、じりじりと後ずさった。
やだやだ。蜘蛛は、嫌い。大っ嫌い!そういう、後ずさる私を見て面白そうに笑うとこも嫌い!
「臆病だなあ、神楽は!ゾーロと一緒に居て、強い人にもたーっくさん囲まれて、魔王様なのに、臆病で弱虫なんだ!」
「……」
イラつく、より恐怖が勝る。
お兄様が冷たくなったらどうしよう。
ユアンが敵意を持ったらどうしよう。
エリアスに軽蔑されたらどうしよう。
ビサが私の腕に呆れたらどうしよう。
コナー君に嫌らわれたらどうしよう。
狐ちゃんに見放されたらどうしよう。
少年に許されなかったらどうしよう。
レーヴィが離れてったらどうしよう。
恐怖が、私に襲い掛かる。
なんでも、蜘蛛なら出来るのに。いくら今言った全員が精神力強くても、神様なんだから出来ないはずがない。
もし何かあった時、私が蜘蛛を疑うのも怖い。私のせいでも人のせいにしちゃいそうで怖い。
「……神楽、大丈夫か」
「大丈夫」
もしかして、これ、私精神操作受けてないよね?
魔王だから、受けられないはず。つまり、違うっていうのは、分かるんだけど。
っ、あーっ!私らしくないなあ!勢いで、言っちゃえ!
「うるっさい!だれが弱虫だ!」
「!?」
二人が驚愕の表情を浮かべたのが分かった。
なんて事言ったんだ!
っていうのと、
こっちの方が私らしい!
って言うのがあって、ギリギリで前者の方が勝っていた。やべ。
「言うなあ、神楽は!いいね、いいよ、じゃあ、お兄様が神楽の事嫌いになったり、青髪の子を誰かが刺すように仕向けるねっ!」
「っ、やめ、」
「図々しいなあ、神楽は!嫌に決まってるじゃん!」
やっば、本当にやばい!
正直ユアンの方はまったく問題ないんだけども、お兄様には嫌われたく、無い。
私が唇を噛むと、蜘蛛の顔が嬉しそうに笑う。下衆い!正直蜘蛛は大嫌いだからはっきり言いたいのに、怖いから言えない。
ぐう、私らしくないなあ。もっとバシッと言ってやらないとスッキリしない。
でも、神様なんだからご機嫌取りもしなきゃみたいな気持ちが今さら……ニフテリザに殺すとか不謹慎な事言っておいてすげー今さら!
そんな私を見て、ゾーロが目を細めてトワルを見た。トワルが小首をかしげる。
「おい、止めろ。トワル、神楽が困ってるだろう。そう言うのは、嫌いだ」
「!」
トワルが、びくっと震えた。目がゾーロを見たまま固まる。
……ん?
あれ、んんん?あー、なるほど。
「嫌われたくないんだ」
クス、と笑いが零れた。
なあんだ。
なーんだ。
分かっちゃった、分かっちゃった。そうだよね、神様にだって感情があるんだから、好きな人には嫌われたくないよね。
まあ、親近感持てただけマシか。これで突っ込んでいくのは無理だけども。
怖いのは軽減されたような気がするような気がしないでもない。
「神楽、すまない。俺が代わって謝ろう」
「え、いや、いいって。てか止めて、殺気すごいから」
いかにもゾーロに謝らせるなオーラが蜘蛛から発せられてるからやめてほしい。
まだ怖いんだってあの神は……。早くこっから出て行きたい。
「約束破るんだあ、神楽。万智鶴のところに早くいかないと、遅刻、しちゃうよ?」
「……」
怖いって。
でも、まあそうなんだろうけど。まだちょっとゾーロと話したいなあ。これ以上いたら蜘蛛に呪われそうだけど。
蜘蛛の呪いってしつこそう。絡まって離れなさそう。
「じゃあ、わかった、よ」
「神楽、だが」
「分かってないなあ、ゾーロは!行きたいんだって、行かしてあげた方が良いよっ!」
蜘蛛お前!言い返せないけど心ん中で言っとくわ、お前なんて事言ってんの!
ゾーロは寂しそうな面持ちで、分かった、と言った。いやいや違うんだってば!蜘蛛が怖くて言い返せないのがもどかしい!
「じゃあ、ね、また」
「ちょっと最後に言いたいなあ、神楽」
「は、はい?」
恐る恐る振り向くと、にっこりと笑った神様が、問うてきた。
「いつまでも皆で居られるわけじゃないのに――今そんなに大事にしても無駄だよ」
閲覧ありがとうございます。
普段強気なミルヴィア(神楽)が弱気なところを書くのは難しい。
次回、万智鶴と話します。