102 門番とお客様
ニフテリザとのお話が終わった後、私はニフテリザの門を出てからもう一度門を四度叩いた。すぐに、ガチャリと門が開く。そこから出て来たのは、ニフテリザではなくクーストースだった。後ろの色は紫ではなく、真っ白だった。あゝ紫が懐かしい。
クーストースは犬の顔でニッと笑った。
「遅かったな。待ちくたびれた」
「やっほ、クーストース。前の約束だけは憶えてたよ」
「それだけで俺は満足だ」
神は四度のノックには反応しない、って言ってたね。獄狼が来る時はノックが四回らしい。獄狼ってよく知らんけども。
確か神様がサボってると来るらしいけど、神様ってサボる事あるの?
門を通ると、あらゆる動物が描かれた壁、壁、壁があった。まあ、門の集合体なんだけど。よくよく見ると、ネズミが描かれてるところは門が小さく、ライオンが描かれてるところは門がめちゃ大きいのが分かった。
「神ってのはその化身によってサイズが違うからな。ニフテリザは小柄だし、セプスは長身だろう。万智鶴はすらりとしているし、俺は番犬としてがっしりしてる。ゾーロはすらりとしているし小柄だ」
「ネズミは?」
「こんぐらいだな」
手のひらサイズ!
私があ然としていると、クーストースが苦笑した。神様は何の化身になるかは選べないから、ちょっと悔しいんかな。
「所属が違うからお前は会ってないだろうけど、今度会わせてやるさ。医者っぽい服着た奴だぜ」
「ほー、会ってみたいねえ。名前は?」
「さあ。俺も知らねえな。なんて言うんだろうな」
「…………エリアス?」
「はははははは!違う違う!あいつあんな意味深じゃねえって!」
そうかなーと思って言ったのに、笑い転げられた。酷い。
まあ、エリアスが神様とかありえないか。神様の器じゃないもん。どっちかって言うと悪魔だし。契約の代わりに魂持っていく感じがピッタリだもん。あと悪魔の羽根が似合いそう。
クーストースは門に背中を預けた。クーストースは座んないんだよね、滅多に。
大切な時以外座らないって決めてる、って言ってたし。ん、これは別の人だっけ?
にしても、かなり門の数多いなあ。この数だけ生物と神様が居ると思うと、なんかそれ全部管理してる神様ってすごいって思うよね。
蟻の神様とか大変過ぎでしょ。あと蚊とか……全部コントロールとか無理くね?
私はクーストースの隣に並ぶ。うわ、五歳児の体だとクーストースの巨体と見合わない。絶対親と子だって。
「俺はな、あの執事が気に入ってんだ」
「へえ、皆バラバラだね。なんでアイルズ?」
「『信頼を失ってでも愛情が欲しい』ってのが気に入った。潔いところが良いと思ってな」
「ふうん?まあ、確かにそうかもね。私もアイルズ好きだよ」
「……誰かに気があるのか」
「まっさかー!あるわけないじゃん!ないない!」
今度は私が笑う番だった。有り得ないっ!私が誰かに本気とか、誰かが私に本気とか、ガチでない!
私が笑っていると、クーストースはにやりと笑った。まだ笑いがおさまらない私はクーストースの方を見て目の端に溜まった涙を拭った。
なんなの……。
「分かってねえなあ」
「!」
ぽん、とクーストースが私の頭に手を置いた。う、うわ、っ、頭に手ぇ置かれんの緊張する……!
唇を噛んで我慢していると、くしゃくしゃと撫でられ――
「~っ!」
「おーっと、悪い悪い。んで、こういうの誰かにやられた事は?」
「お、お兄様……?」
「それ以外で。んで、ドキドキした事は?」
「今のは緊張だからね!?」
「知ってる知ってる。で、執事に触られたらドキドキするのか?それとも青髪の子か」
「ちが、無いって。ないない。私が触られてドキドキするとか有り得んね」
「そうか?案外あるかもしれないぞ。例えば、口移しで血飲まされた時は?」
「あんのニフテリザやっぱ殺す!」
「不謹慎だ」
言い触らしやがって……!絶対一発入れてやる!
闘志に燃える私の横で、クーストースが苦笑したのが分かった。ていうかこの分だとセプスも知ってるしゾーロも知ってるっぽいな……気まずっ!
「ドキドキは、しなかったし。ただ目ぇ覚めたら、って、ドキドキポイントないもん」
「そうか?かなり動揺してただろ。そのくせすぐ許すって、なんだそれ。俺はもっと怒ると思ってたな。ニフテリザから話を聞いた時、あの万智鶴でさえ驚いてた」
「う、だって、謝ったし、そのおかげで戻ったのも事実だよ。謝ったならいい」
考えてみれば、もっと怒ってもよかったんだけどレーヴィがお仕置きしてくれたし。
なんとなく拗ねていると、今度はまたぽん、と頭に手を置かれた。
っ、は、恥ずかし……!て、分かった!
「クーストースがかっこいいからいけない……」
「は!?」
クーストースが驚いて手を離した。私は頭を抱えて蹲る。ていうかだって、上から頭ぽんぽんとか少女漫画でしか見た事無い……!
だって、お兄様は兄妹だし、ユアンもアイルズもそんなタイプじゃないし、そもそも長身の男の人から頭触られんのが慣れてないって言うかそもそも!
「ナチュラルに髪の毛触られんのが一番困るの分かった!?」
「お、おう……」
多分だけど私髪の毛と頭触られるのが一番恥ずい。目に見えないところっていうのは一番ドキドキする……気がする。
私は立ち上がると、クーストースの顔を見上げた。ふむ、犬の顔。……イケメンと言うのだろうかこれは。ある意味イケメンに見えなくもない。
「最近の操作魔法の授業中、あいつ何もしてないみたいだな」
「んん、まーね。てかそれまで知ってるんだ」
「ああ。それ、大丈夫だろうな。そういうのが一番困らないか?」
「え、全然平気だよ?お兄様とユアンに『何もなかった』って堂々と宣言できるのが何より嬉しい。皆心配のし過ぎだと思うんだけどなあ。何もないって、アイルズ結構優しいもん。教え方も上手いし」
「教え方はともかくとして、優しいのか、あいつ?」
「うん。好感度溜めてるって感じじゃない。私としては良いと思うな。私も潔いの、好き」
「へえ、じゃあ青髪と弟子の方は?構ってないみたいだが」
「ユアンはいつも一緒じゃん。ビサは、構ってほしいみたいではあるけど、多分着実に腕は上がってると思う。この前私がビサに気付くの一瞬遅れたのは、私が鈍ってるだけじゃなくて、ビサがも上手くなってるって事だと思うよ。それが、師匠としては素直に嬉しいかなあ」
「……そうか。最近は執事がお気に入りなんだな」
「えーと、ちょっと違うけどね?ただ会う時間が多いだけ」
他にもいろいろ話した時、クーストースがふと門を見た。狐が描かれた門。かなり大き目。あ、そっか、ゾーロは狐になっても尾が九つあるからそう簡単には通れないんだっけ。
クーストースが面白そうにクスッと笑った。
「そろそろ時間だな。ほら、行って来い」
「ちょ、え」
門が開く。少し大きめになって、私がかがめば入れるくらいにはなった。うむ、こういう時は五歳児の体は便利だな!
いいのかな、と思ってクーストースの方を向く。
「いいさ。あー、けど最後に質問」
「またあ?」
そうやって締めたいのは分かるけどさあ。
そう思いつつ、待つ。
「もし執事、青髪、弟子、庭師、猫族――あとゾーロが本気で告白して来たら、お前、誰を選ぶんだ?」
閲覧ありがとうございます。
クーストースに『神の間』は与えられていません。あの門の前が、クーストースの家なので。門番として、家は要らないと万智鶴に直訴したそうです。
次回、ゾーロと話します。一話では終わらないかなー、と。