98 お休み前に
操作魔法から帰ると、エリアスが立っていた。
ここ最近じゃあんまり珍しくもない。操作魔法が終わった日、ランダムで出没するのだ。ゲームのレアキャラみたいな感じで。
当然私としては、うるさいと思うわけでね。
「よっ、エリアス。お疲れさん!」
「何がお疲れさんだ。遅かったな」
「お兄様みたいなこと言わないでよ~。ただビサに嗾けられただけ」
エリアス、あんま睨まないでくれないかな。結構怖いんだよ君。
エリアスは眼鏡を押し上げると、無言で付いて来た。逆に怖い。いや、逆にと言うか普通に怖い。
三百四号室に着くと、私はいつもの席に座り、エリアスは向かいの席に座る。一冊本を手に取って、読み始める。
うーん、魔力概念は良いんだけど、やっぱりここらへんの仕組みが理解出来んのよね~。うまく誤魔化されてる感があるというか。理屈も分からない魔法は使いたくないなー。
あっ、ここ誤字だ!だめじゃん、五膳七時って何さそれ。印刷ミス?
うわあ、この人理論完全に勘違いしてるよ。温度差で魔力の密度が変わるのは気温の変化時に僅かな差異が生まれるからだって。
一人、操作魔法の本を読みつつ盛り上がる。
「おい、ミルヴィア」
「?なに」
顔を上げる。ええ、まだ半分も読んでないのに声掛けちゃう?お話しちゃう?
ま、いいけど。
「お前、勉強はいいが、この二週間、血を吸ったか?」
私の目が細められる。エリアスはそれを見て、深い深い、滅茶苦茶深ーいため息を吐いた。
「鬼化したらどうするんだよ。誰も止められないぞ。もう少し自分の行動に責任を持て」
「だってさー、血なんて吸う機会ないもん。私が血ぃ吸ったことあるのユアンとお兄様とレーヴィだけだよ?ユアンからはもう貰う気ないし、お兄様だって忙しいし、レーヴィも最近ちょくちょくどっか出掛けてるし」
「私は血等いくらでも差し上げますよ」
「そーゆーんじゃなじゃん。違うじゃん」
があっ!一生懸命自分正当化しようとしてんのにっ!邪魔すんなっ!
案の定、エリアスはまた鋭く私を睨み付けてきた。ちぇっ、そんな怖い顔しないでって。イケメンが台無しだよー。笑顔笑顔。
「たまには血を吸え。それと、飯は?」
「食べてない」
「水は?」
「飲んでない」
「睡眠は?」
「五時間ほど」
「おやつは?」
「遠慮します」
「……お前なんで動けてる」
「ははー、なんでだろねー!」
「なんでだろねー、じゃない!」
うおぅ、そんな怒らないでって。
だってねー、お腹空かないし喉渇かないしお菓子も別に要らないんだよね。
それにどっちかっていうと操作魔法に熱中しすぎて、寝たくもないしご飯食べてる暇もないって感じなんよな。
スイッチ切ったらパッと寝れるけど、寝る気にすらならない。
ほんっと、楽しすぎるのも考えもんだよ。
「ユアンから血をもらえ。だめなら夢魔からもらえ。もう飲みたくないどうこうじゃないぞ。お前、吸血鬼なんだから血を飲まないと本気で死ぬぞ?」
「えー、だって、なんか抵抗あるし」
「『抵抗あるし』じゃない。ったく、中途半端に血なんか飲むからそんな風になるんだ。吸血鬼が血を吸うのは至って普通だ。誰もお前を責めたりしない」
「そうだけど……」
責められる責められないの問題じゃないんだよね、今んところ。
罪悪感と人としての嫌悪感の問題?ていうか……。
「じゃー、あとでレーヴィにでももらおうかな」
適当にそんな事を言って誤魔化す。レーヴィなら、多分、私が言ったら飲ましたって嘘ついてくれるだろうし。エリアス騙すのは心苦しいけど、まあ、仕方ないでしょ。
「嘘だな」
「えー、疑うの?」
「そんなに血を飲みたくないなら新しい血でも飲めばいいだろう」
それを聞いて0.5秒。私はエリアスの首元に牙を宛がっていた。エリアスが、チッと舌打ちする。ふふん、軽はずみにこんな事言うからこうなるんだよ。
反省しなさい。血はもらうけど。
「放せ」
「嫌って言ったら?」
「カーティスに突き出す」
「突き出せば?私としては新しい血が飲めるんだったら何でもするよ?」
「罪悪感と嫌悪感はどこ行った」
「海外」
くだらない返答に、エリアスが本気で硬直する。うっわ、一気に緊張感無くなっちゃったよ。
ま、いっか。
「いただきます」
つぷ、と牙が首筋に沈む。エリアスがビクッとしたけど、気にしない。こくん、と一口飲んだ。
とたん、物凄く体が熱くなる。
「……!」
「ばっ、」
「ミルヴィア様!?」
崩れ落ちる前に、エリアスに縋り付く。
なにこれ!?苦し、うあ!
「馬鹿!一気に飲むからそうなるんだ!」
「エリアス様、どうすれば!」
え、なにこれ?お兄様の血飲んだときみたいだよ?しかもそれに加えて愛発に呼ばれた時みたいに滅茶苦茶体が熱いんですけど!
ぐ、う、~っ!
「ユアン、おねが、ある……」
「何ですか?」
「アイルズ、と、うぐ、コナーく、げほっ!呼んで、っく、多分、アイルズ、ならっ、くすり、作れる……」
操作魔法は何でも創り出せる。
薬を作るには基本、専門的な知識とハーブが必要だ。専門的な知識はエリアスが持ってる。ハーブならコナー君がお得意だ。
混乱する頭の中で、それだけは考えられた。
うっ、げほっ!
「うぐ!え、エリアス、ユアン、聞かな、エリアス、」
「~っ!ユアン!すぐアイルズを呼んでこい!庭師なら庭に居るだろう!」
「……!」
「こんな時まで私情を持ち込むな!」
頭が痛い息が苦しい体が熱い目の前が霞む。
ああ。
一瞬、一瞬だけ。
おやすみなさい。
閲覧ありがとうございます。
エリアスの血を飲んだ時お兄様の時みたくなったのは、種族二つ分くらいの魔力があるからです。今後詳しく説明する予定です。
次回、特別編です。