97 感情の混乱2
宮廷からの帰り、私はいつも通り上機嫌で、ユアンはいつも通り不機嫌だった。
今日の授業も楽しかったなー。アイルズここ最近手ぇ出してこないし、良好良好。何より魔力概念がいよいよ難しくなって来たって感じだし。
『朝方よりも夕暮れの方が大気中の魔力密度が高い』とか。
『魔力密度が高すぎる場合、近くに何らかの魔獣が居る可能性が高い』とか。
これだけ聞くと大して難しそうに感じないけど、憶える量が尋常じゃない。しかも理屈っぽいし、それに本の著者に物申したい事が結構あったりする。
朝方よりも夕暮れの方が大気中の魔力密度が高いのは太陽の位置によるものじゃなく、温度によるものだと思うし、ていうか専門の魔力計測器がないと魔獣が近くに居る場合の魔力は分かんないしさ。
いい加減なんだよねー。アイルズ、わざとそういうの読ませてる感じがするけど。
「今日は楽しみましたか?」
「んー、まあね。でもまだ魔力概念の段階だし、早く使えるようになりたいよ」
「別に使えなくともいいと思いますけどね……」
「そうやってちょくちょく私に辞めるように言うの止めてったら」
心配してくれてるのは分かるけどさ。
最近ますます警戒してる気がするし、アイルズの思惑が分からん。帰ってレーヴィにでも聞くかあ。でも全然関係ないレーヴィに聞くのもなあ。悪いかな。
それにあいつらの思惑が分かってもなー。どうしようもないし。
「ミルヴィア様、本当に今日も何もなかったんですか?アイルズ様に気を使っているわけでは無く?」
「そうだってば。ちゃんと教えてもらっただけ。お利口だって」
「お利口」
ユアンが嘲るように笑った。悪いなー。
毎日こういう質問が続いてるんだけど、生憎本当にアイルズはこの頃何もしてきてない。指先一本触れてないって言った状況なんだよね。だから安心していいって皆(ユアン、お兄様、エリアス、狐ちゃん)には言ってあるんだけど。
なーんか最近皆ピリピリしてるんだよね。互いが互いを警戒しちゃってるって言うか。舞踏会の時アイルズが狐ちゃんに殺意剥き出しにしてた時みたいな感じなんだよねー。
なんでだろう。
「何だか最近、ミルヴィア様がどこかへ行く気がしてならないんですが」
「何その露骨なフラグ」
止めてよ。どこもいかないってば。
「そもそも、護衛のユアン置いてどっか行くとか、ないでしょ。襲われたらどうするの」
「……なら、良いのですが」
そもそも「どっか行くような気がして」っていうのは、私には言わないでほしいね。しばらく城下町から出る気はないんだから。
あー、まあ夢で呼ばれたんなら別だけど。あ、それの事か?
だったら久々に愛発に会えるかも!
なんとなく嬉しくなる私。やっぱり気さくに話せるのはあの子だもんなー。私の前世知ってる子だし、何より私だし。
ふふふ、楽しみ。時間遡れるからあんまり心配されなくて済むし。
「今日はどのような勉強をしましたか?」
「うん?だから魔力概念だって。あ、聞きたい?長くなるよ?具体的には原稿用紙三枚くらい」
「……いえ、いいです」
……今度買い物でも付き合ってあげよっかなあ。最近笑ってはいるけど違う感じがする。
あーあ。人間関係って複雑だなー。なんで皆皆の事嫌いなんだろなー。狐ちゃんとユアンみたいな明確な嫌う理由がありゃそれでいいんだけど、アイルズとユアンが敵対する理由イマイチ分かんないし。
私以外の事でも何かしらある気がするんだけど……気のせい?
ん、風?
――!
「なっ!」
突然、後ろから剣が出て来た。慌てて弾き、ユアンの剣を抜いて応戦する。っ、やば、最近勉強ばっかで鈍ってんのに!
魔法なら狐ちゃんとやったの活用できるけど、剣じゃムリ!
すぐに剣に風を纏わせ、一振りすると、風が相手に当たる仕組みにする。これ、魔法概念の応用ね。
相手の剣を根本から弾いて靴で蹴り上げ、地面に刺す。それから相手の喉元に剣を宛がう――!?
「ビサ!」
「師匠、やっぱり鈍ってますよ。訓練しましょう」
ビサは革の手袋をした手で私の剣を受け止めると、そんな事を言った。
私はユアンに剣を返すと、地面からビサの剣を引き抜く。
「はい、返す」
「師匠!」
「あー、分かったって。でもだめだよ。私だってやりたい事あるんだから。知ってるでしょ?てか言ったでしょ?」
「ですが、師匠はもっと強くなれます!それに私を育てると言ったじゃないですか!」
「私とばっかり戦ってたって意味ないでしょ!もっと他の人とも戦いなさい!」
「張り合いがありません!」
「知るか!じゃあ軍曹にでもやってもらえ!」
「勝ちましたよ!」
「すご!?」
マジで!?私の弟子そんな強くなってたの!?そしてその軍曹を倒せるビサを圧倒する私の周りに居る人達って!?
「でも、うん、だめ」
「師匠!お願いします!」
「ええ~……師匠だって訓練したいさ。落ち着いたらやってあげるかもしれない」
「いつですか?」
「分かんないけど」
「師匠っ!」
「少しは自分でも鍛えればいいでしょ!」
「ミルヴィア様、周りを」
あ。
恐る恐る周りを見渡すと、すっかり注目の的だった。額に手を当ててはー、と息を吐くと、ビサを見る。んな悲しそうな顔してもだめだかんね。
「だめなものはだめだ。駄々捏ねる子供みたいな真似、しないでよ」
「……ですが、師匠、本当に鈍ってますよ。普段の師匠なら、私が剣を突きだす前に気付いたはずです。それに判断が遅れていました。いつもの師匠じゃありません」
「あのね」
もう一度ため息を吐いた。
本当、この頃物騒だな。全員ピリピリしてるとは言ったけど、まさかビサまでとは。
ほんっと、どうしてだろ。
「『いつもの師匠』のままでいちゃ、困るんだよね、こっちとしては」
「……」
「私はいろいろ極めた老人じゃないの。まだ成長途中なの。それに剣ばっかりしたくない。私は魔法が好きだから。まだまだ学びたいし、まだまだやりたい事たくさんあるわけ。ビサみたいに地位が完全に確立されてるわけでもないし、少しくらい好奇心で動かしてよ。最近忙しいし、ビサと訓練する余裕はないの。いい?分かった?分かったら、はい、返事」
「……分かりました」
「よろしい。じゃあね、ビサ。また会えたら会おう」
「はい」
私はひらりと手を振ると、その場から離れた。ユアンがかなり複雑そうな顔してたのは、気付かないふり。
……鈍ってるって人から言われるとショックだな……。
閲覧ありがとうございます。
今回:フラグ立てまくる回。
次回、三百四号室でエリアスとお話。ユアンもいます。