93 操作魔法の授業
席に座ると、私は教壇に立つアイルズを見上げていた。見上げるのは慣れてるけど、さすがにこの格好からだと学校を思い出すな……。
懐かしい。
アイルズはにこりと笑い、私の机から一冊本を抜き取ると(途中にあった本なのにほとんど山が崩れなかった)私に渡した。
えーっと、何々、『魔法概念記憶編』?
なにこれ、とアイルズを見ると、説明が始まる。
「魔力概念は基本的に三つの段階を踏みます」
「ああ」
「概念を憶える・仕組みを憶える・応用」
「なるほど。で、これは魔法概念か。魔法の仕組みなんて組み分けがあるのか?」
「ありませんが、私としては分けて考えた方がやりやすいと思いまして。いきなり『魔法とは魔力によって結成され、肌は通り抜けるがドアは通り抜けない。何故ならば』と仕組みも説明されるよりは分かりやすいでしょう?そこらへんは私が教えていきますので、ご安心を」
「……ありがとうな」
「いえいえ。執事として当然です」
でも、へーえ、『魔力概念記憶編』ねえ。長いけど結構いいと思うな、これ。
それと、アイルズもお兄様が読んだ本読んでたのね。有名なのかな?
アイルズは取りあえずと、魔力概念についての簡易な授業を行う。これが分かりやすいんだ。
「魔力は血中に流れているというのは知っていますね?」
「ああ」
「ならば、何故肌を貫通すると思います?」
「肌に適度な魔力が含まれているからだろう」
「その通り。勉強してきたのですね。良い生徒です。さて、だとすると何故血液中に流れている魔力が肌に在るのでしょう?」
「それは……」
眉をひそめる。それは知らないし考えた事もない。元からの細胞、とは違うな。だとすればその細胞を研究すればいいんだから。
アイルズが問題を出したって事は、知ってるって事だから、絶対答えはあるはずなんだけど……。
「分からない。何故なのだ?」
「肌を切ると、どうなりますか?」
「血が出る」
「それですよ。その僅かな血が、魔力を通すものなのです。血に含まれる僅かな魔力が肌へと染み渡り、そこから魔法が使えるんです。子供はまだ発達していませんから魔力が暴走しやすい、というのもこの所以ですね」
「ほう、物知りだな」
「お褒めに預かり光栄ですよ、魔王様」
アイルズはまた笑い、こちらに歩いてくると私の背後に立った。それからもう一冊本を抜き取ると、23ページを開く。
うん、一発でページが分かってるって事は、かなり読み込んでるな。
やっぱりアイルズ、悪い奴じゃないと思うんだけどなあ。
「このページですね、今やったところは。あなたは最初から魔法が使えたらしいのでここは省いてもいいですが、どうします?」
「いや、やる。しっかりやっておいて損はないだろう」
「ええ、そうですね。損はありませんよ」
最初は基礎から。分かってても早く操作魔法が使いたくてしょうがない。
しばらく、アイルズから基礎的な授業を延々と受ける。この部屋には時計が無いから正確な時間は把握できないけど、恐らく一時間くらいはそうやってたと思う。
もういっぱいいっぱいだというところになって、アイルズが問題集を差し出してきた。パラパラと仲を見てみると、これはまた見事な問題集。
基礎問題から応用問題まできっちり分けてあるっていうね。
こりゃすごい。
「これの、1~5ページまでやっておいてください」
「アイルズはどうするんだ?」
「分からないことがあれば質問を受けます」
「なるほど。分かった」
カリカリと、羽ペンが紙の上を滑る音がする。
『時計はどうやって時間を図っているか』
えーっと、時計は四方八方に魔力を撒いてるんだっけ。それは発した魔力をもう一度吸い込む無限装置があって、定期的に一定の魔力を込める事によってその正確さが増す……。
さっき聞いた内容を必死に思い出しながら(ていうか時計についてはアイルズさらっとしか言ってなかった)、問題を解いて行く。
最終問題まで行ったところで、私の手が止まった。
『魔王が不死身と言われる所以は?』
……トィーチさんから、聞いた事あったっけ。
魔王は自然の理と直接関係があり、魔力の尽きる事無く生きられるから……。
最後に句点を打つと、アイルズが立ち上がって問題集を覗き込む。最後のページだけだったけど、多分アイルズにとって重要なのは最終問題だけだし。
「……よく出来ていますね」
「アイルズのお陰だ。まあ、さすがに習っていないところまで出すのは失礼だと思うがな」
「そうですか?些細な悪戯だったのですが。でも、そうですね」
アイルズは、私を流し眼で見た。誘惑的な態度だけど、私はしっかりその目を捉える。
アイルズがいきなり、机に手を付き椅子に手を付き、私の逃げ場のないように囲った。チッ、油断した。一時間四十分くらいも平気だったんだから、今日は大人しいのかと思ってたのに……期待しすぎだったかな。
「あなたは私の想像以上に面白い人らしい」
「そうか?さあ、授業の続きを」
「今日はこれでお終いです。次は火民の日にでも」
「ならばそこを退け」
「嫌です」
「……」
そうはっきり断られちゃうとなあ。私はノーと言える日本人だけど、こういうのはぎくしゃくしちゃって頂けない。
まあ、ユアンはもっと完全に動きを封じてたからユアン以下と言ったところかな。
「こういう時に、ユアンの事を考えますか。まったくあなたは、マナーがなっていませんね」
「どうしてそう思う」
「目が隣室に行っていましたよ。叫びたいですか?」
「別に?好きにすると良い。私を手に入れたくば私を落とせと言ったのは私だし、その発言の責任は取る。だが、少しくらいの抵抗はいいだろう」
アイルズの肩に手を当て、魔力を込めようとして――やめた。
にやりと笑うと、アイルズのネクタイを引っ張る。顔が間近まで迫った。アイルズが驚いた顔になる。ふふん、面白い。
「言っておくが、愛玩のキスくらいじゃ私は落とせないぞ」
「……ユアンですね」
「何がだ?」
「何でも。押し倒された事もあるのでしょう、きっと」
「さあ、どうだろうな?あっても欲情ではないぞ」
「そうでしょうか。ですが、魔王様。勘違いしてもらっては困りますね」
「何が、っ!」
一瞬でアイルズは私の手を振り解くと、私の腰に手を当てて引き寄せた。
ああーっ!もう!これだから強くて変な奴は嫌なんだよ!弱くて変な奴とか強くて普通の奴とかならいいのに!周りにはどっちも居ないし!
アイルズはそのままニコリと微笑む。イラつく!
「あなたの安全圏で安心しきってるあの方とは違いますよ。私はあなたからの信頼が欲しいのではなく、愛情が欲しいのです」
「ならば全員平等に振り分けようか」
「ふふ、良いですね。私に何かされても一切動じないところが、特に。ところで魔王様、まさかタダで授業を受けさせてもらえるとは、思ってませんよね?」
やっば。
だよね、この可能性は考慮してはいたんだけど、お金ないから話逸らしてたのに。それにお金の工面はどうにかなるとしても、他の事要求されたらさすがに困る。
魔王の座に就かせろ、とかね。絶対ないけど。
「何か『ご褒美』を」
「そうだな」
S同士、ちょっとくらい慣れ合いますか。
私は再度、アイルズのネクタイを持って引き寄せた。
「私と親しい者の中で『魔王様口調』で話すのはお前だけだ。信頼してないわけじゃないぞ?だがお前は信頼よりも愛情が欲しいのだろう」
「……そうですね。あなたにはその口調も似合います」
「なら離せ。いい加減苦しいだろう」
コンコン
や、やっば!
「アイルズ離れ、」
「ミルヴィア様、随分と遅――」
入って来たユアンはこの状況を見て、目を細めた。そしてそのまま、流れるように長剣の柄に手を添える。
アイルズも随分と好戦的な表情だった。
あああああ!もう!
「アイルズ様?ミルヴィア様から離れてくれますか」
「嫌と言ったらどうしますか?私の首を、斬りますか?」
「場合によってはそれもいいでしょうけれど、じっくりと嬲るっていうのも、有りでしょうねえ……」
「ナシだ、ユアン!アイルズも離せ!ユアンは剣から手を離せ!」
「嫌と言ったら?」
「無理と言ったら?」
「断るのは許さない!命令だ!」
そう言った途端、二人ともさっと従った。アイルズは教壇に戻り、ユアンは剣から手を離す。もっとも、ユアンは未だ殺気を放ったままだったけど。
これくらいはしょうがない。
一旦は納めたものの、はてさて、どうするか。
何かあったらお兄様に報告するって、言っちゃったんだよなあ……。
閲覧ありがとうございます。
初めての操作魔法。操作魔法……一回も使ってない。
次回、お兄様お怒りですね!