88 操作魔法使える人は!?
とりあえず一晩明けた今日。
いつも通りユアンに起こされた私は、おはようを言うより先にある質問を投げかけた。
「ユアン、操作魔法使える?」
そう。
私は魔力と物質の在り方について勉強したいのだ!
もちろん、もちろんだよ、三百四号室の一番奥の棚にあったよ、そういう専門書は。
だけど小難しすぎて何が何だかさっぱりわかりゃしない!
と言うわけで結論。
分からないなら聞けばいいじゃない。
至極まっとうな理由により、私はユアンに質問したわけだけど、ユアンは苦笑いをして首を振った。
「私は魔力概念の勉強すらマトモにやっていませんからね」
「チ、使えない」
「酷いですね」
ちなみに魔力概念ってのは、『魔力と物質の在り方』を学問的な表現に表したやつだよ。
小難しいでしょ。概念て。日常会話では使わないよそんな言葉。
「んじゃあお兄様に聞いてみるか」
お兄様なら魔法に精通してる事だし、ちょっとは出来るんじゃないかなあ。
まあまだ若い(百歳以上)し、これから勉強するってのも有り得るけど。
お兄様だし、知ってるんじゃない?
「僕は操作魔法に関してはまったくの無知さ。魔力概念の本を一ページ目で放り出したから」
「ええええええええ!」
お兄様は書類に目を通し、サインをしながらそんな事を言った。私の口から、人目も憚らない大声が出る。
あのお兄様が!本を!放り出した!
マジで、そこまで難しい奴なの?嘘、私読める?出来る?というか使える?
お兄様はそれを察したのか、実にドSな表情でにこりと笑った。
「じゃあ、僕が読んだ内容だけでも聞いて行く?」
「え、ああはい……」
そしてお兄様はすうっと息を吸い、一気に言う。
「『魔力とは基本的に血の流れに混じって流れていて、使う際外に出るというのは周知の事実とは思うが、しかしそれには圧倒的な差異が生じる。即ち流れている魔力はどこから放出されるのかと言う事である。勿論長年研究者が研究してきた通り、魔力は障害物をものともしないのであろう。しかしながら可笑しな事に、壁やドアなどの障害物を挟んだ場合、途端に魔力の流れが止まる。さて、それはなぜか。答えは簡単な実験の末に出た。我々の肌等の細胞には魔力が流れており、それと組み込まれる事によって魔力は外に放出される。それが形を成して魔法に成るというわけだ。それを踏まえたうえで考察すると、ドア等の所謂『障害物』に魔力を混ぜて造れば、魔力はそれを吸って障害物の意味を成さず魔法が使えるのではないだろうか。我々は実験してみた。研究員は魔族四人、人族四人である。それぞれ家系は違い、魔力の流れも異なる。そうすると、障害物を挟んでの魔法は魔族よりも人族の方が得意だと言う事が分かった。何故ならば不言魔法を主としている魔族にとって、ドアの向こう側と言うのはイメージしにくいもの。それに比べて人族はイメージせずとも詠唱すればいいのだから簡単である。因みに魔力の流れの違いは大した違いにはならず、やはり人族の方が成功率が高かった点に置いて人族の方が得意だと見える。しかし簡易魔法以外となると途端に難易度が跳ね上がり、一気に実用が不可能になった。その原因はおそらく、ドアに組み込まれた魔力の量なのではと我々は考えている。我々の肌等とは違い、ドアは自分で魔力を補給できない。故にかなりの魔力を要する上級魔法は使えないのだろう。もしかすると魔力に莫大なまでの魔力を込めると、上級魔法も使えるようになるかもしれない。それについてはリターンよりもリスクの方がはるかに高いため、我々はこの時点で障害物を無くすと言う実験は諦めた。諦めつつも計算してみると、理論上は障害物を挟む場合、上級魔法の魔力50とするとドアに込める魔力はその三倍、150も要した。それに加えて魔法を通過させる毎に魔力が奪われていくのだ。これは考えるまでもなく、量産は不可である。しかしこの理論によって新たな仮説が生まれた。魔力と物質の波長が合えば障害物はどうなるのだろう。そこで我々は新たな議論に取り掛かった。それは即ち『魔力と物質のぶつかり合う時どうなるか』という事である。無論我々はかなりの時間議論を交わし、一つの結論にたどり着いた。それは物質が何であるかが重要なのではないかと言う事だ。さて、これを踏まえて実験を行うと――』」
「あ、もういいですごめんなさい」
何が怖いって、これお兄様一ページ目で放り出したって事は一ページにこれほどの量が書かれてるって事だよ。
何それ化物?嫌だよそんな長いの読むの。だからこそ教えてもらおうと思ってたのに、他の人も望み薄だな。
「お兄様、アテとかありません?」
「無いなあ。そうだ、ビサに聞いてみたら?ちょっとくらいなら勉強しているはずだよ」
「あ、はい!じゃあユアン、訓練場へGO!」
「はい」
「失礼しました、お兄様!」
私達は出て行って、扉を閉めた。その後、お兄様の表情が険しいものになったのは、私も気が付かなかったけど。
外出の格好で外に出る。例によって例の如く目立ってたけど、もうスルーが身に着いた。他愛無い話をしながら、ビサの居るはずの訓練場に行く。
うーん、やっぱり番兵で固められてんなー。
しゃーない、ちょっとだけ魔力放出して偉そうにしよう。
番兵は、私を見ると目を細めた。あ、あの時(お兄様とユアンが決闘した時)に居た番兵さんだ。
私は帽子をクイッと上げると、わずかに口の端を持ち上げる。さぞ悪そうな笑みに見えてるんだろうなあ。
「お勤めご苦労」
「っ、魔王様……!?」
番兵が僅かにたじろぐ。それでもすぐに持ち直すと、咳払いをして何の用か聞いてきた。
うわ、この人すごいね。威圧に耐えられるなんて、かなりのもんだよ。
この人はちゃんとした人だな。
「ああ。兵長に用があってな」
「ビサ殿、ですか。今は訓練中ですが」
「邪魔なら見学しつつ休憩時間まで待つつもりだ」
「そ、そうですか……」
でも、魔王が居るなんて威圧感ハンパないだろうなー。ま、いっか。これも勉強勉強。耐性耐性。
私が中に入った途端、一糸乱れぬ連携で行進していた兵士がいっぺんに止まった。実は殺気放ちながら入って来たんだよねー。
うむ、殺気感知は良好良好♪
「ししょ……魔王様!」
「やあビサ。よくやってるみたいじゃないか」
ビサが声掛けをしてたみたいで、兵士達の前から声を上げた。兵士達は声こそ上げないものの、こちらを凝視して震えている。
恐怖耐性はなし、ね。
これはけしからん。しゃーないね、休憩時間までの見学と行きますか。
「用があってな。まあ、今は訓練中らしい。休憩時間まで見学させてもらおう」
「え、いえししょ……魔王様、用があるなら今――」
「ビサ」
アイコンタクトでどういう意図かを伝えると、ビサは目を見開いてから意地の悪い笑みを浮かべた。ふふふ、良いね良いね。
ドSばっかだね私の周り!
「魔王様がご見学なさる!皆、より一層励むように!」
「はっ!」
ビサが叫ぶと、兵士達が一斉に返事をする。
ふーん、ビサ信頼あるんだなー。リーダーシップとるのには向いてないと思ってたけど、なるほどね、威圧じゃなく信頼で指揮を執ってるわけか。
私とは違うけど、いいんじゃん?
「ミルヴィア様、厳しいですね」
「何言ってんの?ただ偶然、ビサが忙しそうだったから、見学するだけだよ?」
「それが厳しいと言っているんですよ」
そうかなあ。
私は腕組みして、訓練の様子を眺める。
最初の行進から始まり、次に戦闘訓練。どちらかと言うと剣道部の部活みたいな感じで、一人一人が打ち合いをしていた。薙ぎ払い、斬りかかり、隙を作って攻め、それがまた策略だったり。
はっきり言おう。
強くない。
多分、初期のビサ同様、ユアンと向き合えば一瞬で殺られる。
それで今はユアンと三十秒やりあえるビサはすごいけどね。ま、ユアンが本気出したら全員一発だろうけどさ。
私含めて。
小一時間ほど見学すると、私は拍手した。
なんとなく。
「素晴らしい連携だったぞビサ。これからも精進してくれ給え」
「はい、魔王様。………ところで師匠、何の用ですか?」
「うん、それなんだけどね」
早めに切り替えて、用件を話す。
操作魔法を使えないか、もしくは使える兵士は知らないかと聞いてみると、一瞬目を細めた後首を振った。
「そのような物好きは居ません。操作魔法など、その前段階が最も苦労する魔法ではないですか?それこそ人族の学園でもない限り居ないと思います」
「そっかー。人族ねー」
情報を得れたのは嬉しいけど、人族じゃあ何も出来ないなあ。
人族領に行くのはもっと先だと思うし。
「ええ、人族には操作魔法の使い手が何人もいると聞きますが……何なら調べましょうか?」
「あ、いいいい。ごめんねお邪魔しちゃって」
「いえ、兵士のプレッシャーにもなったでしょうし、大丈夫ですよ」
こう考えると、軍服のビサってカッコイイな。
リーダーっぽいし、いい人だし。クラスで学級委員の話を皆が聞かない時、静かにしろーって優しく言うタイプの人間だよね。
うん、間違っても学級委員じゃあないな。
「んじゃ――失礼するぞ、ビサ」
「はい、魔王様」
スイッチを切り替えて番兵の居る門から出る。
にしても、そうか、物好きはそう簡単にはいないか。
だとすると、エリアスかな。エリアスならなんか知ってるでしょ。お医者さんだし。
ちょっとくらい勉強してても変じゃないよね。
「知らないな」
「うっそおおおおお!」
撃沈。
まさかのエリアスまでだめとは。しかも病院に押し掛けたら邪魔だって追い返されたし。
良いじゃん、って思ったけど、なんかここ数日私の事に関わってて仕事放っててその皺寄せがきたみたい。
ごめんって謝ったら、
「お前のせいじゃない。仕事まで手が回らなかった俺の責任だ。そのことで責任放棄するつもりはない」
って言われた。
……イケメンだねー。
って言ったら拳骨喰らった。ヒドイ。
てなわけで、知り合い全員に当たったのにだめだった私は、おずおずと屋敷に戻って行ったわけだ。
どうしよっかなー。狐ちゃんと少年は、これまでそんな本読んだ事無かっただろうし。しかもこの状況だと「操作魔法?何それ美味しいの?」の可能性がある。
うー、どうしよう。
「ミルヴィア!」
屋敷の門から入ると、コナー君が明るい表情で声を掛けてくれた。
ふーっ、今日の分の癒しノルマ達成。
「こんにちはコナー君。あの、コナー君って操作魔法使える人知ってる?」
だめもとで聞いてみた。コナー君は『隔離者』に当たるから使えるわけもなし。
けど使える人は知ってるかなーと。
まあ、居ないよなあ。広いコミュニティ築いてる皆でさえ知らなかったんだし――
「知ってるよ」
「あー、そうだよねやっぱ知らないよね、って……えええええええ!」
「操作魔法でしょ?知ってるよ?」
「そ、そうなん?」
「そうなん」
コナー君が笑顔で言う。可愛い。天使。昇天しそうっ!
おふざけは置いといて、と。
知ってるんだ、コナー君。
すげえ……。
気のせいかユアンから殺気が放たれているけど、うん、気のせい。
「あのね、舞踏会の時聞いたんだけど」
「うんうん」
ユアンの殺気がますます膨れあがる。
「ミルヴィアも知ってる人だよ?聞かなかったの?」
「うん」
やば、早く行ってくれないとユアンが何かしらしそう。
「そっかー。あのね」
「うん」
「その人ってね」
「うん」
「執事のアイルズさん、だよ?」
閲覧ありがとうございます。
はい、ここでアイルズですね。久々に出すので楽しみです。
次回、アイルズのとこに行きます。