87 『隔離者』
コナー君はもう帰ると言ったんだけど、その前に窓が開かないと言ってみたら、
「え?これこうやって開けるんだよ?」
そう言ってコナー君はぽんっと窓を押した。軽くキイ、と音を立てて窓が開く。その光景に、私は唖然となった。
マジか……外国人がふすまとか開けられない理屈が今分かったわ。
なるほどね、私にとって出窓はスライド型ってイメージだったから押すなんて発想無かったわー。
すごいコナー君、さすがコナー君。
…………はあ。
「じゃあ、おやすみミルヴィア」
「うん、おやすみなさい、コナー君」
コナー君が出て行った後、私は一切の休憩もなくいきなり窓から飛び出した。
やばいやばい!時間結構すぎてるよね、うわっ!月の位置からして三十分は過ぎてるじゃん馬鹿なの怒らせたいの!?
コナー君のせいじゃないし、良いんだけどさあ。
三百四号室の窓をノックして、開けて入る。そこにはレーヴィが座っていて、こちらを見てにやりと笑った。
う、怒ってる?
「遅かったな神楽よ。待ちくたびれたぞ」
意外と普通の口調で、レーヴィが言う。夜だからか、『魅惑』が溢れ出てちょっとここらへんの空気すごい事になっちゃってるけど。
まー良いよね、そこらへんは。ところで、怒ってないよね?
「うん。ごめんね」
「いいぞ。ところで『隔離者』についての書籍なんじゃがな」
「ちょ、怒らないの?」
「はっ、三百年の中での三十分なんざ小さいものよ。これが何千回訪れれば三百年などという月日が過ごせるのじゃ」
「まあそうだけど」
レーヴィはすでに本を四冊見つけていた。
これ、私前本棚粗方読み尽くしたと思ってたけど、本棚って三重構造になってたんだなあ、これが。
攫われた朝に気付いたんよ。まだ読める!ってのと、まだこんなにあんのか、ってのが混ざって微妙な気分だった。
ちなみに前のが簡単な辞典や事典、あとは事件資料等々。真ん中のが童話とか小説っぽい奴で、まだ手は付けられてない。
そして一番奥。そこは完全な専門書で、魔法文字ばかりじゃなく魔女文字すらも混ざってるからかなり難しい。
まあ、レーヴィは昔っからこの国に居る魔獣、つまり魔女文字なんてなんのその。
それに私も段々理解できるようになって来たと思う気がするしね!
「『隔離者』の特徴は知っておろう」
「うん。魔力の補給が出来ないって事でしょ?あと、魔力が無くなったら死んじゃう、とか」
「そうじゃ。よく知ってるじゃあないか。ならほとんど説明は不要じゃが、まあならエルフについて解説しようかのう」
いやもっと『隔離者』についてなんか言ってよ、と思ったけど、レーヴィの機嫌がよさそうなのでほっといた。エルフと仲いいのかな?
「エルフは一般的に言われている通り、誇り高く面倒くさい種族じゃ。敵には決して屈せず、膝を折らず、手を挙げず、鋭い眼光で睨み付ける。それは夢魔に対しても同じじゃな」
「へー」
「まあ、儂は一つの村の男全員をやったがの!」
「うおい!」
やるな!ていうか機嫌が良さそうだったのは当時の優越感を思い出したからか!
んっとに碌でもないなこの夢魔はっ!
「いやでも、高飛車な分精力はとてつもなく美味かったぞ?」
「知るか!って、高飛車だと精力って美味しいの?」
「うむ。正確に言えば、そのものが膝を折るほどの圧倒的な力の前で、精力が格段に強くなるという事なのじゃがな。美味かったぞ。あの時別の場所で生まれたという『隔離者』の話も聞いたのじゃ」
「……それって」
もしかしてコナー君の事じゃあ。
でも、私の思いに反して、レーヴィはゆっくりと首を振った。
「あれは五十年以上前の事じゃからな、違うじゃろう。その者がどういった処分になったか、聞きたいか?」
「参考までに」
「三十日の拷問、それに次いだ処刑じゃ」
「……」
「驚かぬのか?」
「さんじゅうにち」
三十日、ね。
地球じゃ一か月の長さじゃないか。最ッ悪。なんだよ、異端者がそんな汚らわしいか。なら一瞬で死なせてあげろ。
「そして、三十日の間に、魂を痛めつける事もすると言う」
「なに、それ?」
「魂を傷付ける方法は残念ながら不明じゃ。奥の本棚で調べれば出て来るやもしれぬが、禁術じゃろうしあったとしても『決して使う事無かれ』くらいじゃろう」
「で、魂を傷付けられたら、どうなるの?」
「……恐らくじゃ。少なくとも儂はそんな迷信信じちゃあいないし、人は死んだらそこまでじゃと思うとる」
レーヴィは長い、非常に長い前置きをしてから言った。
私としては、間違っているとは思えない事を。
「輪廻というものに入れなくなる。いわば魂が別の個体に移るのじゃな」
「ッ!」
バン!
机を叩いた。
机が真っ二つに割れた。
それでも私は気にしない。気にならない。
迷信?そんなわけない。だったら私はここに存在してない。違うんだ、その通りだ。
「忌まわしいものは徹底的に排除を、という考え方じゃな」
「それでも」
「許せんのは分かっとる。じゃが我慢せい。これも種族じゃ。種族の事に他の者が関わろうとするでない。痛い目を見るぞ」
「その、傷付けられた『隔離者』はどうやって処刑されるの?」
「……本当に、聞きたいのか。惨いぞ」
「いいよそんなの。言ってよ」
レーヴィは覚悟を決めたように言う。
「せめてもの償いとして、緑魔法で止めを刺す」
「――ッ!」
バアン!パリン!グラッ!
窓が割れる壁が割れる屋敷全体が大きく揺れる。
気にならない。気にしない。気に出来ない気にとまれない。
何が償いだ、そんなの皮肉じゃないか!
魔法を使えない人を魔法で殺めるなんて、最低最悪じゃないか!
馬鹿じゃないの、なんなのよその種族!
「神楽、ユアンが来てしまう」
「来ればいい」
「……怒られるぞ」
「怒ればいい」
「叱られるぞ」
「叱ればいい」
「殴られるぞ」
「殴ればいい」
「蹴られるぞ」
「蹴ればいい」
「怒鳴られるぞ」
「怒鳴ればいい」
「殺されるぞ」
「殺せば――いい」
気が重い。やばい、愛発になった気分だ。
嫌だなあ、この気分。全部が成り行きでいいと思うのが愛発だから、絶対そうはなりたくないなあって思ってたのにな。
なんだよこれ。嫌だよ。嫌だ。
嫌悪感忌避感拒絶感。
すべて総動員してエルフの事を頭から追い出そうとする。だめなのに、そうしようと思ってしまう。
まるで戦争の話を聞かされた低学年だ。ショックを受けて、何も出来なくなっちゃう。
――コンコン
「ミルヴィア様、珍しいですね。あなたが部外者を気に掛けるなど」
私はその声に、反射的に短剣を抜いて斬りかかった。飛行もした。だからかなり高速で相手に近付けたと思う。その一振りも全力だった。
だと言うのに、相手は刃の部分をさっと掴んだ。掴んで、止めた。相手の手のひらからは血一滴零れない。
「種族の事なのです、コナー様の事はギリギリまで気にしなければいいじゃないですか」
「――ユアンは」
「何ですか?」
ユアンが言う。珍しく無表情で。
落ち着け私。ねえ、コナー君は何もされてない、そう、されてない。安心しなさいミルヴィア。
それでも落ち着かないと分かると、即座に真読魔法で静穏を呼び寄せる。
落ち着きを取り戻すと、短剣をゆっくりしまった。
「ユアン」
「はい」
「ここ直しといて……お兄様に叱られる」
「仰せのままに」
ユアンに命令した後、私は普通の足取りで部屋に戻る。
部屋に戻った後、布団にもぐりこんだ。そして、枕に向かって思いっきり叫ぶ。
「むー!ふぁふぁしにょふぁかふぁか!ふぉにいひゃまにひぇんかふってふぉふしゅふふぉふぉ!」
うわーっ!馬鹿馬鹿私の馬鹿!
お兄様に喧嘩打ってどうするのよ!
って言ってます。
うわあ、最悪。ユアン相手にあんな無様晒すとか、ないでしょ。ないでしょ、ナシナシでしょ。
いやもう自分でも何言ってっか分かんない。
いくらエルフに腹が立ったからと言って、あれはないなー。三百四号室破壊とか、馬鹿のやる事じゃん。
あーあ。
あーあーあ。
もういいや、今日は寝よう。
さてと。
今度こそ、おやすみなさい。
閲覧ありがとうございます。
うわあ、エルフ下衆い。あ、安心してください、次回からシリアスなしです。
次回、ミルヴィアが操作魔法を使える人を捜します。