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9 自由にやっちゃいましょう

 帰る途中、ユアンさんの顔色が悪かった。どうしたのかと聞いてみれば、トィーチさんが使った魔法はかけられた後も不快感の残る物らしい。


「へー…」

「すみません、顔に出さないよう気を付けますね」

「いえ、それは別に構いませんけど…大丈夫ですか?」

「はい。少ししたら、良くなると…」

「…」


 大丈夫かなあ。なんか随分調子悪そうだけど。今悪党が来たら負けそう。私が追っ払うか。


 私はユアンさんの顔色を窺いながら、歩いて行った。見ながら歩いてきたから気にならなかっただけで、家まで結構距離があるな。黙ってるとつまらないから余計長く感じる。


「治癒魔法かけましょうか?」

「大丈夫ですよ。少しあついですが、何とか」

「暑いなら上着脱いでもいいんですけど…」

「いえ、寒い気もするので」

「…」


 熱とかじゃないよね?ただ少し気分悪いだけだよね?早めに治癒魔法かけないと、後々になってからやると負担が半端じゃないんだけど…。


 暇なまま周囲を見渡しながら歩いていると、ユアンさんがふらふらと小路の方に行った。それを慌てて追う。ユアンさんは膝を付いて胸を抑える。

 

 え、え、なに、どうしたの?


「っ…」

「ユアンさん?ちょっと、大丈夫ですか?」

「はい…」


 ホントに大丈夫なの?熱あるんじゃない?

 額に手を当ててみると、熱い。予想以上に熱かった。


「ユアンさん!?」

「大丈夫です。私が抵抗したの、で、む、無理やりになっただけ、だと思います」

「えーっと、とりあえずあそこで休みましょう!」


 こんなんじゃ歩くのさえ大変そう。私の感覚では三十九度はある。路地裏に行き、水を指先から少量出しハンカチを濡らして額に当てる。うわ、汗びっしょり。息も荒い。

 

 お迎え来てもらった方がいいかな?いや、私みたいな幼女が一人で歩いてたら警察(居るか分からないけど)に連れて行かれる。だからと言ってトィートラッセに行くのも億劫だし、何よりもう閉まってるだろうし。


「すみません、主にこんな、騎士失格です」

「いいですから!ていうか、なんで黙ってたんですか!?」


 もう少し早ければ処置によっては抑えられた。この状態じゃ治癒魔法さえも負担になりかねない。


「護衛としては、公爵家に着くまでと思ったのですが…無理でしたね」


 力なく笑うユアンさんが苦しそうに息を吐く。こんな時になんだけど、母性本能?っていうの?なんかすごい愛おしくなる。恋愛感情とは程遠いけど。

 汗を拭い、ユアンさんが立ち上がろうとする。それを私が押し戻した。


「あと五分くらい休んでから行きましょう。途中途中のベンチで休みながら」

「すみません」

「いえ」


 心底情けなさそうな顔をするユアンさんに笑いかける。お世話になってるしね。何より私より強い人だから、こういう時くらい面倒見たい。


「ミルヴィア様、盗賊が来たらどうなさるのですか?」

「私、結構強いんですよ?」

「お願いですから、私に守らせて下さい」

「あ、料金分の仕事ですか?その点は私、気にしませんので」

「そうではなく…!」


 ユアンさんの目が見開かれる。数秒後、私も気配を感知した。こんな路地裏を三人まとまって歩く野郎共。

 

 …ああ、来やがった。


「ミルヴィア様、こちらへ…」

「私は自衛できますか、らっ!?」

「いいから来て下さい」


 熱で弱ってるとは思えなほど強い力で引き寄せられて反射的に倒れ込む。力、強っ!


 ザッ、という音と共に現れたのは、黒い服にニット帽、顔を極力隠している男達。三人いる。一人は剣、一人は弩、一人は多分魔法使い。私を抱き寄せているユアンさんの腕の力が強まったのが分かる。どう考えても盗賊でしょ。


「お前ら、トィートラッセから出てきたじゃないか。金は持ってるんだろ?渡せよ」


 剣を持った男が挑発するように剣を振り回す。

 

「お断りです。さっさと帰って下さい」


 ユアンさん、いつもの迫力なら押し返せるんだろうけど、今は無理。弱ってる男性一人に幼女一人。何が何でも奪うに決まってる。幼女が私じゃなければ、だけど。


「ユアンさん、ここで待っててください。私が…」

「ミルヴィア様」

 

 ユアンさんは私をその場に座らせると、ふらつく体を無理やり起き上がらせた。私は立とうとしてもユアンさんに戻される。


 まずいって!これ以上悪化したらもう帰れないし治癒も出来ない!


「ふん、俺らと戦うってのか?」

「ミルヴィア様の護衛なので」

「その熱で辛そうな体で、お嬢様を守れたら良いなあ?まあ、無理だろうけど…よ!」


 ユアンさんが跳ぶのと、剣の男が跳ぶのとがほぼ同じだった。ユアンさんは剣を抜き、男に応戦する。弩を持った男は私に弩を向けて動きを牽制する。

 

 …そんなの、バリアで防げるんだけどね!?それ以上に風魔法で向きかえる事も出来るんだけどね!?

 

 でも、今はユアンさんに戦ってもらわないといけない。余計な心配をさせるわけにはいかない。だから、動かない。ユアンさんが気になって動けないというのが本当だけど。


 そうこうしてる間に、剣がカキンと弾き合う音が響く。ユアンさん、最初は攻めてたんだけど…


「へっ、弱ってる割には良く動くじゃねえか!」

「!」


 いつの間にかガードに徹せざるを得なくなった。動きも拙くなってくる。隙がある。絶好調だったらすぐに切り伏せられると思う。今そんな事を思っても仕方ないのは分かってるけど、やっぱり心配になってきた。


「ダーデス!」

「はい!」

 

 弩の男は戦っている二人の方に弩を向けた。


「ユアンさん!」


 私の声で、ユアンさんが背後に警戒したとたん、弩が放たれる。私はとっさに昨日の石の破片を弾く要領で弓の進行方向をずらした。だから、幸いユアンさんは深手は追わなかった。深手は。


「っ!」


 ユアンさんの腕は切れ、血が滴っていた。

 

 あ、れ。


 ドクン、と心臓が鳴る。お腹空いた、と直感的に思った。何とか自制し、ユアンさんの方に向かっていく。弓が放たれたけれど、それは進行方向を変えて弩の男に向ける。次に剣の男が斬りかかってくるけど、それは氷魔法で氷を飛ばして剣を弾いた。


「自然の理に最も深く係わる土よ、彼の者を拘束せよ!土固!」


 剣の男は動けないように土魔法で固定する。ついでに弩の男も。これで動けない。魔法使いは、今のところ何もしてこない。


「ユアンさん、大丈夫ですか?」

「はい。ミルヴィア様が進路をずらせてくれませんでしたら、危なかったです」

「すみません、普通に弩ごと弾けば良かったんですけど……血、出てますね」

「今は治癒魔法を使えませんから、我慢するしかありませんね」

「…治しましょうか」

「ですから、治癒魔法は負担になってしまいます」

「私なら、治せます」


 ユアンさんの返事も待たず、ユアンさんの腕を持った。細い。こんな細腕で、よく剣なんか扱えるな。

 

「え、ミルヴィア様!待ってください!腕に…」

「大丈夫です」

「大丈夫とかではく、!?」

 

 私の空腹がもたない。私はユアンさんの腕から滴る血を舐めた。美味しい。


「ミ、ミルヴィア様…」


 主に舐めてもらうのは心外だと言うのかな?でも私がお腹空いちゃってるんだもん、仕方ないよね。おっと、傷が塞がりはじめた。治りきる前に、出来る限り血を飲んでおく。


 ズシッと重みが来て一瞬息が苦しくなった後、目の前がクリアになった。


「…ユアンさんって何族ですか」

「えー、あまり知られていませんが、剣の一族です」

固有魔法(ユニークマジック)は?」

「『視界良好』だったかと」

「…」


 見える、というか、視える。剣の一族すごいな。


「ミルヴィア様、後で責任取ってくださいよ」

「?」

「剣の一族、というか騎士は口付けの意味を重んじます」

「えー、と。腕へのキスの意味って?」

「後で調べて下さいね」


 にこり、と笑われる。怖い!黒い!


 そう思いながら、飛んできた水の球を只の水に戻す。ふむ、弱い。


「水は凍り、凍った水は強き力となる!彼の者を閉じ込めたまえ、氷牢!」


 地面から氷が突きあがり、檻となり牢屋となる。一瞬で終わった。もしかして、一番見せ場が無かったのって魔法使い?


「さて、ミルヴィア様に舐めて(・・・)もらったおかげで熱も引きました。行きましょう」

治して(・・・)あげたんですよ。行きましょうか」


 悪党、というにも粗い奴らを置きっぱなしにして歩き出す。


「そういえば、ミルヴィア様は吸血鬼でしたね」

「今さらですか」

「吸血鬼も、口付けの意味を意識した部族だったはずです」

「この世に私しかいないなら、私が始祖です。私の部族は口付けの意味なんて気にしません」

「でも、相手が気にするんですから責任はとってもらわないといけませんよ?」

「え?」

「失礼」

「ちょ!ユアン!?」


 思わずさん付けするの忘れたけど、気にしてる余裕が無い。だって、いきなりお姫様抱っこされて、周りからの視線集めてるんだよ?


「お、下ろして!」

「嫌です。少しくらい言う事を聞いてください」

「嫌だ!なんでこうなる!?」

「それは腕への口付けの意味を調べてから仰ってください」

「ええ…?」

「それと、そうですね、その口調の方がいいです。ユアンで結構ですし」

「じゃあユアンで。で、ユアンは私の事を信頼してる?」

「もちろんです」

「それなら下ろしてくんないかな?」

「それはだめですね」


 結構あの路地裏は家から近かったらしく、五分ほどで着いた。ユアンさん…あーもういいや、ユアンが私のペースに合わせなくて良かったかもしれないけど。

 

 家に着いたら、ユアンは私を下してくれた。ユアンと一緒にお兄様の仕事部屋があるタフィツトに向かう。多分タフィツトに居るよ、って私が言ったから。

 長い渡り廊下を渡り終え、会釈してくるメイドさん達に会釈を返しながら着いた部屋のドアには金色のプレートが掛かっていた。

 

 コンコン

 

 金色のプレートが掛かっているドアをノックする。すぐにドアが開いて、お兄様が出てきた。


「ミルヴィア!帰ったんだね!」

「はい。お兄様、ちょっと聞きたいんですが、腕へのキスの意味ってなんですか?」

「えーっと、確か恋慕だったかな?」

「…」


 は?

 え?

 今、何と?


 恐る恐るユアンを見ると、ニッコリと笑っている。黒い。笑顔が黒い!ゾクッと悪寒が走った。

 

「責任、取って下さるんですよね?」

「…こ、断っても…?」

「だめですよ。不用意にそういった事をしてはいけないと心に刻んでください」


 もう十分刻んでますが!

 許してくださいませ!


「え、どうしたの?ミルヴィア?」

「お兄様、恋慕を取り消す方法って知ってますか?」


 ユアンの方を見たまま引き攣った笑顔でそう言うと、お兄様は首を傾げた。


「さあ、知らないけど…え!?まさかミルヴィア、ユアン相手にやったんじゃないよね!?」

「怪我してたので、つい…」


 お兄様がユアンを睨み付ける。ユアンは余裕の笑顔だ。そういえば、ユアンの方が年上だよね。


「ユアン、僕がお前を許すことは一生無いと思え」

「肝に銘じます」


 ユアンは笑顔のまま言い切った。なんか、怖い。


 ああ、お兄様。

 お兄様が腹黒って言うのは嘘みたいです。


 腹黒なのは、ユアンの方だったようです…。

閲覧ありがとうございます。

呼び方がユアンになりました。それに、お兄様腹黒説が覆されましたね。


余談ですが、二人が倒した盗賊は巷で有名な盗賊で、発見した人が冒険者ギルドに通報しました。その後しばらくは、誰が倒したんだと話題になったようです。

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