84 蜘蛛る
狐ちゃんと雑談をして早二時間。窓の奥がさーっと暗くなってきて、月明かりが真上に行ったために小屋の中も真っ暗になってきた。
男達もうとうとしながらの見張りで、逃げるなら今だろうなと思ったけど、生憎ながら手段がない。無念!諦めよう!
実は、さっき発見したんだけど、風の可視化と光の可視化は出来た。魔力量が通常の十倍、風40で光20の十倍なんだけどね。
ったく、魔力消費量が多すぎる。でも光がないから、光の可視化は行ってるよ。まあ魔力20とか馬鹿にならない(私は底なしだけど一応節約してる)から、30くらいで抑えてる。30だとギリギリ薄く見える感じなんだよね。
あとはまあ人間の元々の視力でどうにかなるもんなんだ。
あと、狐ちゃんにも話した。物音が下ら何があったのか伝えるね的な。
『魔王、可視化の共有の仕方、知ってるの?』
『知らないよ?』
ていうかそんなのあるの?便利すぎじゃない?
そう思いつつ、狐ちゃんの次の言葉を待つ。共有の仕方なんて、可視化の幅が広がるじゃないか!
『こっちに少しずつ魔力を送れば、相手と自分で可視化の共有が可能なの』
おお、すごい。えっと、『以心伝心』越しに魔力を……ってムズ!
まあやれるけどね(ドヤァ)!
ちょっとずつ、具体的には0.2くらいずつ流し込んでいく。何故か、0.1は出来ないんだよねー。
すると、目に見えて狐ちゃんの目がキラッキラしてるのが分かった。いや、これは光の可視化を行っているせいじゃなくて、素晴らしい!って感動してるみたい。
んな大げさな。
ま、悪い気はしないけどね。
『魔王、便利なの~』
『でしょでしょ?褒めていいんだよ』
『スゴイの、可視化なんて器用な技、中々できるものじゃあないの』
『へっへー』
『こんなの出来るなんて、さすがなの!』
『それほどでも~』
『さすが変人なの!』
『はっは……待ってそれ褒めてない』
違うでしょ、変人に好かれる人でしょ。ユアンとかエリアスとかビサとかレーヴィとか、変人ばっかり集まるし……類は友を呼ぶって言葉、私は嘘だと信じてる。
とりあえず、光の可視化で私達の視界は確保された。ふふふ、これを発見した私、すごくない?
いやいや、でも調子に乗ると碌な事がないからね、程々に程々に。
後の問題と言えば。
『魔王……腹減った……』
『めっ!女の子が腹とか言っちゃいけません!』
そう、狐ちゃんのお腹が限界なのだ。私は種族的なものなのか、夜はむしろ気分が良いし、お腹だって減らない。けど狐ちゃんは狐だからね、腹は減るし眠くなるのさ。
ちなみに、私が夜グッスリ眠れてるのは、カチッとスイッチを切ったように寝る事が出来るからだったりする。
これは生前からの得意技でね。寝起きは悪いけどね。具体的にはユアンを蹴りたくなるくらい。
『ま、おう……私が死んだら、お兄ちゃんに遺言を……』
『だめだ狐ちゃん!耐えるんだ!あとちょっとで助けが来る!』
『お兄ちゃん……ごめん……ね』
『狐ちゃああん!』
こうして、永遠の(普通の)眠りに着いた狐ちゃんだった。
普通だったら緊張して眠れなさそうだけどね。いっか、私も狐ちゃんが寝ちゃったんじゃつまらないし、寝よう。
すうっと眠りに入る。あ、そういえば、お腹減ったのによく寝れたな。
もしかして、気絶したんじゃ、ない、よ、ね……。
「うわあああああ!」
!?
突然の大声で目が覚める。さすがにパッチリだ。何故か狐ちゃんは目が覚めてないけど。
『狐ちゃん!狐ちゃん!なんか誰かが叫んでるよ!』
『んあ……あと一時間……』
『長いよ!起きて!』
狐ちゃんがやっと目を開ける。私みたいにパッチリとは行かないけど、起きた。
私達が寝てから、大した時間は経ってないように思える。相変わらず、月は窓から見えないし。どのくらいだ?一時間くらい?いや、そこまでも経ってないなー。
五十分、んー、もうちっと、四十五分くらいだね。でも、なんか妙に薄暗くない?曇ってるのかな。
『眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い』
『怖い!やめて!』
狐ちゃんが壊れ始めた。くっそ、これは明日の朝までとっておこうと思ってたんだけど。
『狐ちゃん、私のポケット探れる?』
『何なの?私は今眠いの』
『ほらほら』
狐ちゃんが、器用にぱっと取り出した――飴を。
『うっひょー!たっべもの!たっべもの!』
『狐ちゃんキャラが壊れてる!』
あちゃー、これは寝る前に上げておいた方がよかったな。
これ、エリアスのポケットからくすねたんだけど。いつって、今朝(?)エリアスと揉み合ってた時。エリアスのポケットに入ってたから、空飛びながら舐めようと思ってたんだよね。結局舐めずにとっておいたけど。
それが幸いしたようで、狐ちゃんは思わず床に落とした包装された飴を、構わず口でぺろりと開けて舐めはじめた。こいつ意地汚い!
「頭上にくもが!」
『なんだ、雲だって』
『魔王、いんとねーしょん』
『?』
『雲じゃないの、蜘蛛なの』
『………………………』
くも。
クモ。
蜘蛛。
「むぐっ!んーんーんー!」
蜘蛛は無理!蜘蛛だけは無理!
甲虫も鍬形も蝶々も蛾も蠅も蚯蚓も蝙蝠も飛蝗も蜻蛉も場合によってはGも大丈夫だけど、蜘蛛は嫌だ!
なんでか分かんないけど、蜘蛛は嫌!やだやだやだやだ!
『魔王、落ち着くのっ!』
「んぅー!」
『魔王っ!』
「黙れこいつぁ!」
「ぐがっ!」
ピンポイント、鳩尾を殴られる。ついでとばかりに目隠しを、狐ちゃん共々つけられる。
っ、やだ、やだ……。
『魔王、落ち着くの。深呼吸、深呼吸』
『ッ、は、ふ、あぅっ』
『喘ぎ声はいいの。私女なの。ソッチの趣味はないの』
『そんなじゃ、ない……』
やばい、マジで混乱してる。なんでだろとか、そんなん気にしてる余裕がない。
蜘蛛は怖い、嫌だ、もう帰りたいよ。
「おい!あの蜘蛛下りて来るぞ!」
え!?え、やだ!
『魔王、落ち着くの!』
暴れようとした時、狐ちゃんからの叱責が入った。ギリギリで止まり、猿轡越しに深呼吸をする。
絶対にやだ。
「だめだ!迎撃――!」
魔法を撃ち始める音が聞こえた。それすらももうどうでもいい。どうだっていい。そんな事すら今の私の耳に入らない。正確には脳が認識しようとしない。
ピリピリと痺れて、すべてを拒否する。何も考えようとしない。嫌だ、蜘蛛はだめだ。
蝙蝠はいい。犬もいい。鶴もいい。蛇もいい。狐もいい。
けど、蜘蛛は、蜘蛛、だけは。
「だめだ撃ち返されるぞ!ボスを呼べ、ボスを、うむぐっ!?」
ああ、殺られた。
ぼんやりとそんな事を考える。ここは魔族領だから人殺しはだめだとか、そういう魔王の意識すらも凌駕する蜘蛛への嫌悪感恐怖感が、何よりも恐ろしい。
外から騒ぎが聞こえてくる。ぎゃーぎゃーと、わーわーと、ドカンとか物凄い音がしたりするのに、気にならない。
ああどうしようかな。もうここで死んでしまおうか。ああ、魔王は死ねないんだっけ。じゃあもし蜘蛛の胃袋に気絶してるうちに納まったら、どうだろう、死なないのかな。どこか別のところで、復活するのかな。ゲームみたいに?
でも。
なんだかビサの事が気掛かりになる。もし魔王の不死身が神話だとしてさ。ビサの成長とか見れなかったのは、惜しいかなあ。
あとコナー君かな。全然、会えてないし――
「ここか!」
ぱっと、可視化なしの光が入ってくる。あまりの眩しさに、目を細める。
「しっかりして下さい!」
「う、」
薄らと目を開ける。
……て、え?
目を開けた先に、五人、居た。
「ビサ?て、あれ?ユアンも?お兄様?え、レーヴィと、エリアス」
あれ、早くない?いくらなんでも、早すぎるんじゃ。
「ああ、良かったです」
「気絶したかと思いましたよ」
「さすがに肝を冷やしたよ」
「神楽は世話が掛かるのう」
「魔王がそう簡単に捕まるなよ」
……。
あの、もう一回言っていい?
早くない?
閲覧ありがとうございます。
失踪から救出まで、約十四時間。早いのか。
蜘蛛って暗くなったんですね(上手くない)!
次回、ユアン目線で救出までです。