07 王国暦五九八年 コンセル 二十五日
「…なっ」
朝っぱらから、会長が来た。
テスト、もう用意したって言うのか?
「諸君。今日は一日潰して、私の問題を解いてくれるという話しだったな。今日はこの問題が解けるまで、教室からの出入りを禁止する。もちろん、テストを拒否しても構わないが、一度教室から出た者の再入室は禁じる。あぁ。この教室にあるものは、何を使ってくれても構わない。食事はこちらで準備しよう。…テストに参加しない者は?」
敵前逃亡をする奴がいるかよ。
「そうか。では、はじめよう」
そう言って、会長が。
黒板にテストの問題を、書く?
なんだって?なんで、用紙で準備しないんだよ。
会長も何も見ないで書いているから、本当に用紙は準備していないらしい。
っていうか、何語だ、あれ。
隣を見ると、エルロックがすでにノートに書き始めている。
教室の一番前に座っているセリーヌも、ノートを開いて何かを書き始めた。
「古代語か…」
シャルロがそう言って、エルロックの元に来る。
エルロックが現代語に翻訳し続けているが、いくつか単語を古代語や現代語の音だけで記入している。
「これ。人の名前じゃないかなぁ。…歴史上の人ぉ。教科書に載ってるかもぉ」
歴史はユリアの得意分野だ。
「おい、最初の問題消されるぞ。誰か写しておけ!」
「こっちで写してるわ」
セリーヌが応える。
「そういうことか」
「どうしたの?シャルロ」
「ユリア、一問目解けるか?」
「んー…。この人誰だっけなぁ。イエイツ?」
イエイツって。
「それ、騎士じゃないか?」
「じゃ、カミーユ。一緒に解いてぇ?」
「まじかよ」
俺にテストの問題やらせるって言うのか?
ユリアの側に行く。
「イエイツって、何やった人なのぉ?」
「現代の騎士の制度についてまとめ直した人物だよ」
「流石、騎士っ子だねぇ」
なんだ、騎士っ子って。
「騎士の階級、全部ノートに書き出して欲しいなぁ」
「それ、問題に関係あるのか?」
「たぶんー?」
「たぶんって」
「良いから書いてぇ?時間ないよぉ」
騎士の階級、制度。少し貴族の制度だって入ってくる。
「図解で良いか?」
「うん。良いよぉ」
騎士の制度は兄貴から一通り教わってる。
まさか、養成所でその知識が役に立つなんてな。
「全員、手を止めろ!」
担任教師の声がして、手を止める。
「いいか。ランチの時間は手を休めろ。作業は禁止だ」
「えー」
「食事はきちんととるように!」
「はーい」
もう、昼なのか…。
机に突っ伏してるエルロックの側に行く。
「大丈夫か?エルロック」
死んだように動かない。
ずっと、古代語で書かれた問題の翻訳をやり続けているらしい。
あの会長、馬鹿みたいな長文を問題として押し付けてるから。
「わぁ、ケーキまであるわ」
「やった。午後も捗るわね」
ケーキか。
たぶん、エルロックが食べるだろう。
シャルロと一緒に、自分の分とエルロックの分のランチを持ってくる。
「あの会長、本気出し過ぎだろ」
「一問目はどうなった?」
「あぁ?あんなもん、とっくの昔に終わらせたよ。要は現在の騎士の階級制度についてまとめたのは誰で、その制度を詳しく述べよって問題だ。これ間違えたら、親父に何言われるかわからないからな。そっちはどうなんだよ」
「法律の問題なら、もうすぐ終わる。終わったら、錬金術の問題に取り掛かるぞ」
「アレクシス様が選んだ本、借りといて良かったな」
というか。アレクシス様が居なかったら、終わってた。
「エルロック。いつまでも死んでないで、ちゃんと食べろ」
ようやく、エルロックが体を起こす。
フォークを持って、最初に食べ始めたのはケーキだ。
「なんで、それから食うんだよ」
本当に、女みたいなやつ。
午後。
四限目の授業を終えるチャイムが鳴るころ。
ようやく。
「終わったー!」
「こっちも、なんとか…」
「自信ないな。もう一度確認しておこう」
「私のも見てー」
後は、エルロックがやってる、古代語の翻訳だ。
エルロックが、ノートを掲げる。
「お。終わったか」
エルロックが頷く。
シャルロがばらばらにやっていた皆の答えをまとめて、担任の教師に提出する。
「おー。ご苦労さん。会長に提出してくるから、お前らはこのまま解散して良いぞ」
監督役をしていた担任教師が眠そうにそう言って、教室を出て行く。
みんなが、机に突っ伏して死んでるエルロックの元に行く。
ずっと翻訳をしてたんだから、相当疲れただろう。
「お疲れ様。本当に古代語得意なのね」
「今度図書館のあれ。翻訳してもらおうかなぁ」
「あぁ、あの本。ちょっと読みたいよね」
エルロックが頭を上げて、また、何か書きはじめる。
これは、クラス全員の名前?
「何やってるの?エルロック」
名前はわかるけど、顔がわからない。
エルロックがそう書くと、マリー、セリーヌ、ユリアが笑う。
「私はセリーヌよ」
セリーヌがそう言って、ノートに何か書く。
「あ、あたしもぉ」
ユリアも何か書いて、ペンをマリーに回す。
「はい」
「何書こうかしら」
次から次へと、ペンを回して、みんながエルロックのノートに文字を残していく。
あぁ、そういうことか。
全部で二十人。
俺も、自分の名前の横に文字を書く。
「あ、一人足りないぜ、これ」
二十一人目のクラスメイトの名前を書く。
エルロック・クラニス。
「ほら、お前も何か書けよ」
お前だって、クラスの一員だろ。
エルロックにペンを渡すが、何を書くか悩んでいるようだ。
「悩むことか?エルロック」
エルロックが俺の顔を見る。
そして書いた言葉は。
呼び方。エルで良いよ。
あぁ。変な奴。
「よろしくな、エル」