06 王国暦五九八年 コンセル 二十四日
朝のホームルーム。
いつも通り、教師が挨拶や訓示を行う。
「まだ調査票を提出していない生徒は、今月末までに提出すること。以上。それから、エルロック。話しがあるから来るように」
話し、だって?
今から?
「おい、何かやったのか?」
エルロックの方を見る。
表情は、読めないな。
「エルロック、早く来い」
教師に急かされてエルロックが立ち上がったかと思うと、俺の腕を引く。
「えっ。俺も?」
そして、同様にシャルロの腕を引く。
シャルロまで?
「仕方ないな」
シャルロは何の話しか、わかってるのか?
三人で廊下に出ると、一限目の教師とすれ違った。
授業をさぼってまで話さなきゃいけないことなのか?
「なんでその二人を連れて来たんだ」
「なんで?」
エルロックの方を見る。
「例のテストの件なんだろう」
シャルロが答える。
「あぁ、この前、エルロックが丸一日かけてやってたやつか?」
「あぁ」
「あれ、なんだったんだ?」
「錬金術に関する中等部一年の期末テスト」
「はぁ?」
思わず、大声が出る。
「こら。授業中だぞ。静かにしろ」
だって。
中等部一年のテストだって?
なんでそんなもんやらせたんだよ。
解く方も解く方だ。
何、馬鹿正直にやってるんだよ。
そう思ってると、応接室に案内された。
「ここで待ってるんだ」
そう言って、教師は行ってしまう。
「おい、シャルロ。あんなものどこで用意したんだよ」
「ヴェロニクから渡された。エルロックにやらせてみろって」
「ヴェロニクって、アレクシス様といつも一緒に居る?」
「そうだ。アレクシス様の指示かと思ってたんだが。どうなんだ?エルロック」
違うらしい。
エルロックは首を横に振った。
「じゃあ、何の目的で…」
目的?
ただやらせただけじゃないってことか?
応接室の扉が開く。
「三人も呼んだ覚えはないが。…まぁ、良い。座りなさい」
か、会長?
促されて、エルロックの隣に座る。
「君はシャルロ、君はカミーユ。そして、君がエルロック」
指を指される。
「私はこの養成所の会長だ。要は一番偉い立場にある。エルロック。君は、私がこの職に就いてから、一度も例がないことを二度成し遂げた」
「?」
「一つは、養成所への中途入学。あの問題は私が作ったものだ。その年で古代語まで自在に操れるという生徒は見たことがない。君が砂漠で…」
突然、エルロックが目の前の机に手を叩きつけて立ち上がる。
紅の瞳が、会長を睨んでいる。
「エルロック、落ちつけ」
落ちついた様子でシャルロが言い、エルロックを座らせる。
「もう一つは、先日のテストだ。あれは、君がまだ習ってもいない錬金術のテストだ。だがしかし、持てる知識を上手く使って、問題を解いている。あの問題を解くのに必要なのは、自然に関する知識、魔法に関する知識、錬金術の器具に関する知識、後はせいぜい読解力と数学だろう。回答に至るまでのプロセスも見せてもらった。君の思考回路はとても柔軟で、発想力も豊かで面白い。まさに天才だ」
この会長にそれだけ言わせるってことは、養成所きっての天才に間違いない。
「そこで、だ。私は、君には中等部の授業の方が相応しいと判断した。つまり、君は初等部で学ぶ必要はない。今から中等部のクラスに入ると良い」
え…。
「私からの話しは以上だ」
エルロックが驚いて、口を開く。
でも、声は出ない。
「ちょ、ちょっと待って下さい!エルロックは、」
「カミーユ。これは決定だ」
「エルロックはそうは思ってない」
で、良いんだよな?
だから、俺を連れて来たんだろ?
「彼がどう思っていようと関係ない。これは、もう決定済みのことだ」
「決定って、どういうことだよ。なんで、本人の意思に関係なく…。そうだ、フラーダリーは?」
「保護者が養成所の方針に口を出したりはしない」
くそっ。
本人の意思は関係ないのか?
喋れないから?
「会長、話しが見えてきません」
シャルロ。
「どういうことだ?」
「あれは、エルロックが一人でやったものではありません。クラスの能力を結集してやったものです」
なんだって?
「あのノートの文字は、すべて同一人物のものだが?」
「エルロックが意見をまとめながら書いていたためです。ノートを見たならば、ご存知でしょう。問題を解く為に幾つもの試行錯誤があったのを。あれは、一人の人間が考えたものではないからです」
シャルロがノート見てたのって、エルロックが解いてから、午後のホームルームまでの間のはずだ。
「ふむ。面白い話しだな」
「ですから、今回のテストは、エルロックの能力を計るものではありません」
助かった。
「つまり、君たちのクラスは、とても優秀だと。ならば、同様の問題を私が作ろう。それを初等部の一年が解けると言うのならば、考え直してみよう」
はぁ?
「構いません。…ほら、カミーユ、エルロック。行くぞ」
シャルロが立ち上がって、会長に礼をする。
立ち去ろうとするシャルロを、慌ててエルロックと一緒に追う。
「おい、シャルロ、」
「黙れ。後で話す」
同様の問題って。
会長、何をさせる気だよ。
教室に戻って、授業を受ける。
けど、全然教師の言葉が入って来ない。
なんだか良くわからないことになってないか?
「エルロックに回せ」
シャルロから手紙を受け取る。
メモには一文。
入試の問題を用意しろ
入試って、エルロックが受けた入試?
メモをエルロックに回すと、メモを見たエルロックが別のノートを取り出して、何かを書きはじめる。
入試の問題、覚えてるのか?
※
ようやく、一限目が終わる。
休憩時間に入ると同時に、エルロックがノートをシャルロに渡す。
「ねぇねぇ、何の呼び出しだったのぉ?」
「そうよ。授業中に呼び出すなんてよっぽどじゃない。誰に呼び出されたの?」
「会長だ」
「え?」
「おい、エルロック、何やったんだ?」
「なんかさー、エルロックが天才だから飛び級させろって言って来たんだよ」
「え?どういうことなの、それ」
「俺だってさっぱりだ。シャルロ、説明してくれ」
シャルロが、エルロックのノートをみんなに見せる。
「面倒な問題だな…。いいか、全員で、この問題を解くぞ」
「なんだって?」
「得意なので良い」
「歴史ならまかせてぇ」
「手伝うわ」
「数学ならやるぜ」
「じゃあ、地理にするかな」
「ねぇ、シャルロ。なんの企画?」
「難しい問題をやらされるから覚悟しておけ」
「なんで?」
「いつ?」
「近い内。明日かもしれない」
「明日ぁ?」
「失敗すると、エルロックが中等部に移動させられる」
そんな話しだったか?
でも、会長が問題を用意するって言ってたな。
一度エルロックが解いた問題を?
「言っておくが。エルロック、お前の思考パターンはばれてる。もう一度お前が解ける問題を用意してくると思うな」
エルロックが少し困ったように俯く。
「んー。なんかわからないけど、テストなんでしょ?」
「やれば良いんだろ」
「楽しそうだねー」
「そうだな」
あれ?
なんだ、その顔。
「どうしたんだ?エルロック」
二限目の開始を告げるチャイムが鳴って、皆が席に着く。
けど、授業に身が入ってないのは明らかだ。
教師からの出題に、みんなことごとく間違えてる。
みんな、さっき写したテストの問題を考えているんだろう。
※
なんていうか。
本当に勉強熱心な連中だぜ。
食堂でも問題について話してる。
当の本人はのんびりデザートを食ってるのに。
「エルロック、食事が終わったら図書館に行くぞ。お前もだ、カミーユ」
「俺は勉強は苦手だぞ。何やるんだ?」
「お前ら、実験室に出入りしてるだろ」
えっ。
「なんで知ってるんだよ」
「錬金術の知識を仕入れておく」
「あぁ、そうだな」
シャルロがエルロックにやらせたのは錬金術のテストだっけ。
あ。
向こうから来るの、アレクシス様だ。
「エル。…悪かったね。ロニーが余計なことをして」
ロニー?ヴェロニクが、余計なこと?
そういえば、シャルロはヴェロニクに言われて、エルロックにテストをやらせたんだっけ。
「アレクシス様」
「シャルロ。どうなってるのかな」
「会長と取引をしました。会長の出す問題をクラス全員で解きます」
「あの会長は、相当変わった問題を出すよ」
「可能な限りやってみます」
「何か手伝おうか」
「自分の責任は自分でとります」
自分の責任?何が?
「わかった。彼はフェアな人だ。今の君たちに解けないような問題は出さない。ただ、エルが錬金術のテストを解いた以上、錬金術をテーマにした問いも出すだろう」
くそ難しい問題なんだろうな。
エルロックが、アレクシス様の腕を掴む。
「そうだね。…この後、どうするつもりだい?」
「図書館で錬金術関連の本を探す予定です」
「わかった。私も行こう。食事が終わったら図書館においで。先に探しているよ」
えっ。
わざわざ、アレクシス様が?
去って行くその背を目で追う。
こいつの為に?
「この問題教えてぇ?」
ユリアが俺とエルロックの間に割って入って、数学のノートを出す。
それに、エルロックが応える。
…まぁ。ほっとけないのはわかるけど。
「素直っていうのは、本当みたいだな」
シャルロが言う。
「だろ?」
エルロックが丁寧にユリアに教えている。
「字、綺麗だねぇ。ありがとう。この先は自力でやるよぉ。…あたし、ユリア。名前覚えてねぇ」
ユリアはノートを持って、マリーたちのところに戻る。
「お前ってさ、面倒見良いよな」
「エルロックのノートは、見やすかったな」
あ。照れてる顔、初めて見たな。