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旧作2-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.騎士と紅の瞳の新入生
8/40

06 王国暦五九八年 コンセル 二十四日

 朝のホームルーム。

 いつも通り、教師が挨拶や訓示を行う。

「まだ調査票を提出していない生徒は、今月末までに提出すること。以上。それから、エルロック。話しがあるから来るように」

 話し、だって?

 今から?

「おい、何かやったのか?」

 エルロックの方を見る。

 表情は、読めないな。

「エルロック、早く来い」

 教師に急かされてエルロックが立ち上がったかと思うと、俺の腕を引く。

「えっ。俺も?」

 そして、同様にシャルロの腕を引く。

 シャルロまで?

「仕方ないな」

 シャルロは何の話しか、わかってるのか?

 三人で廊下に出ると、一限目の教師とすれ違った。

 授業をさぼってまで話さなきゃいけないことなのか?

「なんでその二人を連れて来たんだ」

「なんで?」

 エルロックの方を見る。

「例のテストの件なんだろう」

 シャルロが答える。

「あぁ、この前、エルロックが丸一日かけてやってたやつか?」

「あぁ」

「あれ、なんだったんだ?」

「錬金術に関する中等部一年の期末テスト」

「はぁ?」

 思わず、大声が出る。

「こら。授業中だぞ。静かにしろ」

 だって。

 中等部一年のテストだって?

 なんでそんなもんやらせたんだよ。

 解く方も解く方だ。

 何、馬鹿正直にやってるんだよ。

 そう思ってると、応接室に案内された。

「ここで待ってるんだ」

 そう言って、教師は行ってしまう。

「おい、シャルロ。あんなものどこで用意したんだよ」

「ヴェロニクから渡された。エルロックにやらせてみろって」

「ヴェロニクって、アレクシス様といつも一緒に居る?」

「そうだ。アレクシス様の指示かと思ってたんだが。どうなんだ?エルロック」

 違うらしい。

 エルロックは首を横に振った。

「じゃあ、何の目的で…」

 目的?

 ただやらせただけじゃないってことか?

 応接室の扉が開く。

「三人も呼んだ覚えはないが。…まぁ、良い。座りなさい」

 か、会長?

 促されて、エルロックの隣に座る。

「君はシャルロ、君はカミーユ。そして、君がエルロック」

 指を指される。

「私はこの養成所の会長だ。要は一番偉い立場にある。エルロック。君は、私がこの職に就いてから、一度も例がないことを二度成し遂げた」

「?」

「一つは、養成所への中途入学。あの問題は私が作ったものだ。その年で古代語まで自在に操れるという生徒は見たことがない。君が砂漠で…」

 突然、エルロックが目の前の机に手を叩きつけて立ち上がる。

 紅の瞳が、会長を睨んでいる。

「エルロック、落ちつけ」

 落ちついた様子でシャルロが言い、エルロックを座らせる。

「もう一つは、先日のテストだ。あれは、君がまだ習ってもいない錬金術のテストだ。だがしかし、持てる知識を上手く使って、問題を解いている。あの問題を解くのに必要なのは、自然に関する知識、魔法に関する知識、錬金術の器具に関する知識、後はせいぜい読解力と数学だろう。回答に至るまでのプロセスも見せてもらった。君の思考回路はとても柔軟で、発想力も豊かで面白い。まさに天才だ」

 この会長にそれだけ言わせるってことは、養成所きっての天才に間違いない。

「そこで、だ。私は、君には中等部の授業の方が相応しいと判断した。つまり、君は初等部で学ぶ必要はない。今から中等部のクラスに入ると良い」

 え…。

「私からの話しは以上だ」

 エルロックが驚いて、口を開く。

 でも、声は出ない。

「ちょ、ちょっと待って下さい!エルロックは、」

「カミーユ。これは決定だ」

「エルロックはそうは思ってない」

 で、良いんだよな?

 だから、俺を連れて来たんだろ?

「彼がどう思っていようと関係ない。これは、もう決定済みのことだ」

「決定って、どういうことだよ。なんで、本人の意思に関係なく…。そうだ、フラーダリーは?」

「保護者が養成所の方針に口を出したりはしない」

 くそっ。

 本人の意思は関係ないのか?

 喋れないから?

「会長、話しが見えてきません」

 シャルロ。

「どういうことだ?」

「あれは、エルロックが一人でやったものではありません。クラスの能力を結集してやったものです」

 なんだって?

「あのノートの文字は、すべて同一人物のものだが?」

「エルロックが意見をまとめながら書いていたためです。ノートを見たならば、ご存知でしょう。問題を解く為に幾つもの試行錯誤があったのを。あれは、一人の人間が考えたものではないからです」

 シャルロがノート見てたのって、エルロックが解いてから、午後のホームルームまでの間のはずだ。

「ふむ。面白い話しだな」

「ですから、今回のテストは、エルロックの能力を計るものではありません」

 助かった。

「つまり、君たちのクラスは、とても優秀だと。ならば、同様の問題を私が作ろう。それを初等部の一年が解けると言うのならば、考え直してみよう」

 はぁ?

「構いません。…ほら、カミーユ、エルロック。行くぞ」

 シャルロが立ち上がって、会長に礼をする。

 立ち去ろうとするシャルロを、慌ててエルロックと一緒に追う。

「おい、シャルロ、」

「黙れ。後で話す」

 同様の問題って。

 会長、何をさせる気だよ。


 教室に戻って、授業を受ける。

 けど、全然教師の言葉が入って来ない。

 なんだか良くわからないことになってないか?

「エルロックに回せ」

 シャルロから手紙を受け取る。

 メモには一文。


 入試の問題を用意しろ


 入試って、エルロックが受けた入試?

 メモをエルロックに回すと、メモを見たエルロックが別のノートを取り出して、何かを書きはじめる。

 入試の問題、覚えてるのか?


 ※


 ようやく、一限目が終わる。

 休憩時間に入ると同時に、エルロックがノートをシャルロに渡す。

「ねぇねぇ、何の呼び出しだったのぉ?」

「そうよ。授業中に呼び出すなんてよっぽどじゃない。誰に呼び出されたの?」

「会長だ」

「え?」

「おい、エルロック、何やったんだ?」

「なんかさー、エルロックが天才だから飛び級させろって言って来たんだよ」

「え?どういうことなの、それ」

「俺だってさっぱりだ。シャルロ、説明してくれ」

 シャルロが、エルロックのノートをみんなに見せる。

「面倒な問題だな…。いいか、全員で、この問題を解くぞ」

「なんだって?」

「得意なので良い」

「歴史ならまかせてぇ」

「手伝うわ」

「数学ならやるぜ」

「じゃあ、地理にするかな」

「ねぇ、シャルロ。なんの企画?」

「難しい問題をやらされるから覚悟しておけ」

「なんで?」

「いつ?」

「近い内。明日かもしれない」

「明日ぁ?」

「失敗すると、エルロックが中等部に移動させられる」

 そんな話しだったか?

 でも、会長が問題を用意するって言ってたな。

 一度エルロックが解いた問題を?

「言っておくが。エルロック、お前の思考パターンはばれてる。もう一度お前が解ける問題を用意してくると思うな」

 エルロックが少し困ったように俯く。

「んー。なんかわからないけど、テストなんでしょ?」

「やれば良いんだろ」

「楽しそうだねー」

「そうだな」

 あれ?

 なんだ、その顔。

「どうしたんだ?エルロック」

 二限目の開始を告げるチャイムが鳴って、皆が席に着く。

 けど、授業に身が入ってないのは明らかだ。

 教師からの出題に、みんなことごとく間違えてる。

 みんな、さっき写したテストの問題を考えているんだろう。


 ※


 なんていうか。

 本当に勉強熱心な連中だぜ。

 食堂でも問題について話してる。

 当の本人はのんびりデザートを食ってるのに。

「エルロック、食事が終わったら図書館に行くぞ。お前もだ、カミーユ」

「俺は勉強は苦手だぞ。何やるんだ?」

「お前ら、実験室に出入りしてるだろ」

 えっ。

「なんで知ってるんだよ」

「錬金術の知識を仕入れておく」

「あぁ、そうだな」

 シャルロがエルロックにやらせたのは錬金術のテストだっけ。

 あ。

 向こうから来るの、アレクシス様だ。

「エル。…悪かったね。ロニーが余計なことをして」

 ロニー?ヴェロニクが、余計なこと?

 そういえば、シャルロはヴェロニクに言われて、エルロックにテストをやらせたんだっけ。

「アレクシス様」

「シャルロ。どうなってるのかな」

「会長と取引をしました。会長の出す問題をクラス全員で解きます」

「あの会長は、相当変わった問題を出すよ」

「可能な限りやってみます」

「何か手伝おうか」

「自分の責任は自分でとります」

 自分の責任?何が?

「わかった。彼はフェアな人だ。今の君たちに解けないような問題は出さない。ただ、エルが錬金術のテストを解いた以上、錬金術をテーマにした問いも出すだろう」

 くそ難しい問題なんだろうな。

 エルロックが、アレクシス様の腕を掴む。

「そうだね。…この後、どうするつもりだい?」

「図書館で錬金術関連の本を探す予定です」

「わかった。私も行こう。食事が終わったら図書館においで。先に探しているよ」

 えっ。

 わざわざ、アレクシス様が?

 去って行くその背を目で追う。

 こいつの為に?

「この問題教えてぇ?」

 ユリアが俺とエルロックの間に割って入って、数学のノートを出す。

 それに、エルロックが応える。

 …まぁ。ほっとけないのはわかるけど。

「素直っていうのは、本当みたいだな」

 シャルロが言う。

「だろ?」

 エルロックが丁寧にユリアに教えている。

「字、綺麗だねぇ。ありがとう。この先は自力でやるよぉ。…あたし、ユリア。名前覚えてねぇ」

 ユリアはノートを持って、マリーたちのところに戻る。

「お前ってさ、面倒見良いよな」

「エルロックのノートは、見やすかったな」

 あ。照れてる顔、初めて見たな。


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