03 王国暦五九八年 コンセル 六日
で?
このハーブとミエルを混ぜて…。
「ほら、出来たぜ」
椅子に座って俺の作業を眺めていたエルロックに、瓶を渡す。
エルロックはそれを受け取ると、中身を一気に飲み干す。
おい。
仮にも、試作品の薬品を、いくら食材でできてるからって、何も警戒せずに一気に飲み干す馬鹿が居るか?
飲み干した後、自分の口を舌で舐めて、瓶を俺に返す。
味は気に入ったらしい。
甘いものが好きなのか。
「喉にはミエルが良いらしいんだけど。どうだ?」
「……」
エルロックが口を動かすが、声が出てる気配はない。
ちゃんと、この本に書いてある通りに作ったんだけど。
「結構上手く行ったと思ってたんだけどなー」
何か失敗したのか?
それとも、エルロックには向いてない方法だったのか。
もう一度、本を読みなおす。
錬金術の本。
計量は間違ってないはずだから…。
昼休みの終わりを告げる、予冷が鳴る。
「教室に戻るか」
もう少し、色んな本を調べるべきなのか。
エルロックと一緒に実験室を出ると、廊下を中等部の生徒が歩いている。
「エル」
アレクシス様と、グリフレッドとヴェロニク。
中等部の午後の授業は、実験室を使う授業が多いっけ。
「一年から実験室を使うなんて、勉強熱心だね。君はエグドラ家のカミーユだったかな」
「覚えていただいていて光栄です」
流石、アレクシス様だ。
養成所において、すべての生徒は平等な関係だけど。
王族は別格だ。
自然と敬語になってしまう。
…っていうか。わかってるのか?エルロック。
エルロックは横で、何かの紙を見せる。
「室内楽か。何にするか決めかねているのかな」
マリーに渡された調査票か。
「あぁ。楽器がわからないのかい」
楽器がわからない?
「そうだね…。放課後、見せてあげよう。教室で待っていてくれたら、迎えに行くよ」
なんだ。楽器をやったことがない以前に、どんな楽器かも知らなかったのか。
「それじゃあ。授業に遅れないようにね」
っていうか。
エルロックは何も喋ってなかったのに。
「アレクシス様、良くお前の考えてることわかるな」
エルロックは首を傾げる。
当然とでも言いたげに。
…だから、喋れないことを誰かに言う必要がないのか。
喋らなくても、わかってもらえると思ってるんだろ。
※
授業中。シャルロに手紙を回す。
あいつ、フラーダリーが引き取った孤児らしい。
だからアレクシス様の知り合いなのか。
出身は?
わからない。
この前医務室で、薬を珍らしそうに眺めてた。
どっかの貧困区の子供かも。
貧困区出身の子供が、古代語を自在に操れるわけがないだろう。
魔法使いの孤児…。
違うな。魔法使いの孤児なら、薬を珍らしそうに眺めるなんてないか。
他に気付いたことは?
喧嘩慣れしてた。
お前が怪我するって珍しいからな。
武術を習ってた気配は?
ないな。ただの喧嘩だ。
だから貧困区出身って思ったのか。
発端は何だ?
あー、そうかも。
俺がからかったんだよ。
女みたいだなって言ったら殴られた。
そんなことで怒ったのか。
他に気付いたことは?
特に。
喋れないことは、言いたくないって言ってたからな。
もしかしたら、シャルロは気付いてるかもしれないけど。
※
四限目が終わって、ホームルーム。
「エル、居るかい?」
「ヴェロニク。まだホームルームだ」
「なら、丁度良い。初等部一年の皆、これから、私たちのクラスで演奏会をやるから講堂においで」
「演奏会?」
「先生、引率は頼んだよ。じゃあ、待ってるから」
嵐のようにヴェロニクが去る。
楽器を見せるために演奏会?
あいつの為に?
「仕方ないな。放課後、用事のない者は出席するように」
明らかにアレクシス様が主催なのに。
出席しない理由がない。
講堂は、校舎の外側にある。
校舎を中心に、西に男子寮、東に女子寮がある。
もちろん女子寮は男子禁制。
南側は養成所の正門。
正門から校舎の間には幅の広い道があり、その西側に講堂、東側に図書館がある。
養成所でイベントがある際に、一般人が入れるスペースだ。
「講堂がどこにあるのか知ってるのか?」
施設は一通り案内されているのか、エルロックが頷く。
「いらっしゃい、一年生の諸君。曲目のリストだ」
マリーの兄のアルベールが受付をやっている。
「お兄様、何の企画なの?」
「後期に向けて、室内楽の楽器を選ぶだろ?その参考になればと思ってな」
「まぁ。素敵ね」
「アレクの企画だよ」
アレクシス様の呼びかけで、中等部一年のクラスが全員参加ってとこか。
アルベールから渡された曲目を見る。
七つの管弦楽曲
一 炎の精霊と戦いの詩
二 光の精霊と調和の詩
三 水の精霊と翼の詩
四 闇の精霊と快楽の詩
五 大地の精霊と時間の詩
六 風の精霊と魔法使いの詩
七 大河の精霊と奇跡の詩
曲目と一緒に、奏者とその配置まで書かれている。
アレクシス様はバイオリン。これは、有名な話しだからな。
アルベールはビオラが得意って聞いたけど、今回は指揮をやるらしい。
っていうか、この管弦楽曲、明らかにパートが足りない。
壇上には、ピアノが二台もあるし。
バイオリン、ビオラ、チェロ、フルート、オーボエ。
それぞれ人数が居るものの、本当にこの編成で、できるのか?
あ。
この楽器って。
全部後期に選べる楽器のみの編成だ。
※
あぁ。
信じられない。
元の楽譜の迫力を衰えさせることなく、限られた楽器で演奏してる。
調和も素晴らしい。
ピアノを二台使う意図も良くわかる。
一体、誰が編曲を?
十分聞きごたえのある演奏会だ。
すべての曲が終わって、指揮のアルベールが頭を下げる。
全員、立ち上がって拍手をする。
「すごいわ」
「やっぱりフルートって素敵だわ」
「あのオーボエのソロは素晴らしかった」
「あぁ、どうしよう。ピアノもやりたくなっちゃったな」
「チェロもいいな」
「ビオラ、やってみるかな」
「いやいや、バイオリンだろ」
そうだ。
バイオリン。
アレクシス様がやっていたのは、第二バイオリン。
バイオリンは得意なはずなのに、どうしてだ?
バイオリンのソロパートは別の人がやっていた。
「カミーユ、帰らないのか?」
「あぁ。…あれ?エルロック?」
隣で一緒に聴いていたはずなんだけど。
周囲を見回すと、後片づけを始めている壇上で、エルロックがアレクシス様と何か話している。
あ。エルロックは喋れないから、話してはいないんだろうけど。
と。
アレクシス様がバイオリンを構え、突然、ピアノが鳴り始める。
そして。
バイオリンの音が鳴りだす。
「妖精の踊り…」
これは、相当な技量が必要な曲…。
管弦楽曲をやった後に弾けるのか?
思わず、聞き惚れてしまう。
ラングリオンの第二王子という、その存在感そのもののように。
見る者を魅了する、人を惹きつける才能。
生まれながらの王子としての存在感。
違う。
この存在は。
ラングリオンの次の国王は、この人に違いない。
代々、ラングリオン王家に仕えてきた、自分の血がそう語る。
間違いない。
アレクシス様。
この方が、俺が将来、主君と仰ぐ相手に違いない。
養成所へ通うことになったのは、この方に直接会う為。
ここで魔法学を学び、魔法剣士としての才能を伸ばすのは、この方に仕える為に違いない。
いずれ、自分が正式な騎士となった暁に。