05 王国暦六〇〇年 ヴェルソ 十五日 前編
今日はアレクシス様の卒業式。
って言っても、忙しくて講堂に行く暇はない。
去年のサンドリヨンが好評だったから、今年も新入生の歓迎会で劇をやろうって話しになったのだ。
演目は眠り姫と七人の小人。
台本はシャルロで、姫役はマリー。
今は会議室で二人で練習してるはずだ。今年は去年より配役も増えたし、マリーが一人で舞台に立つってこともないから上手く行くだろう。
王子役は俺だけど、登場シーンなんて最後だけだから楽なものだ。
だから雑用を任されていて、今はエルと一緒に眠り姫の棺を飾る造花を作ってる。
「カミーユ、ちょっと出かけて来る」
「は?どこ行くんだよ」
「フラーダリーが来た」
エルが窓の外を指さす。
「どこだ?」
校舎前の通りには大勢の人が居る。
今日は卒業式だから、講堂と図書館が一般に開放されているのだ。
養成所が一般に開放される日なんて滅多にないから、卒業式目当てではなく、養成所に居る子供に会いに来る親や、春から養成所に通う新入生なんかも来てるはずだ。
…見つけた。
講堂の前にフラーダリーが居る。
「あそこか」
「出来た」
製作途中だった造花を完成させたエルが、机に花を置いて立ち上がる。
「すぐ戻る」
「わかったよ」
エルが走って教室を出ていく。
会う約束でもしてたんだろうな。
フラーダリーはアレクシス様の卒業式を見に来たんだろうけど、養成所に来たなら絶対にエルに会いたいと思うだろう。本当は、エルと一緒にアレクシス様の卒業式を見たかったのかもしれない。
でも、卒業式を見には行けない。
劇の準備もあるけど、卒業式が終わって卒業生が出てきたら、音だけの花火を打ち上げる予定なのだ。
警備が手薄そうなところは今朝の内にシャルロが調べていたから、打ち上げてすぐに逃げれば何とかなるだろう。これだけ人が多いんだ。人混みに紛れてしまえば誰が上げたかなんて特定できるわけがない。
まぁ、本番は夜なんだけど。
「カミーユ。これ、もらうねぇ」
ユリアが机の上に置いた造花を箱の中に入れる。
「エル、どこに行ったのぉ?」
「フラーダリーが来てるから、顔を出しに行ったみたいだぜ」
「そっかぁ」
「外を見てたら、エルが校舎から出て来るのが見えるんじゃないか?」
「見えるかなぁ」
ユリアが窓の外を眺める。
…ユリアの気持ちに気づいてないのはエルだけだよな。
鈍感っていうか、何も考えてないだけなんだろうけど。
でも、エルが誰かを好きになるって想像がつかない。
好きな人が出来たらどんな顔するんだ?
「あ、出て来たぁ」
ユリアが楽しそうに窓の下を見る。
本当に、好きなんだな。
「告白しないのか?」
「んー。いつか気づいてくれないかなぁって思ってるんだけどねぇ」
「あいつにそれを期待しても無駄だと思うぜ」
「でもぉ…。私が好きって言ってもぉ、ちゃんとわかってくれない気がするんだよねぇ」
確かに。
「振られたくなったら告白してみようかなぁ」
「何だよそれ」
「だって、好きって言ったら離れちゃいそうな気がするんだもん」
フラーダリーと話してるエルを眺める。
…好きって言ったら。
「このままの関係で居られなくなるのは事実だろうな」
「だよねぇ」
ユリアが溜息を吐く。
「エルって、どうしてあんなに自分のこと話すの嫌がるのかなぁ」
エルは詮索されるのを嫌うからな。
「何か聞いたのか?」
「ここに来た時は甘いの好きだったのに、今は食べなくなっちゃったでしょぉ?」
「あぁ、それか」
「知ってるのぉ?」
「それは…」
あ。これを言うってことは、エルが喋れなかったことも話さなきゃいけないのか。
「それは?」
ここで何も言わないのもまずい。
こういう時、どう答えたら…。
「俺が、甘いものが苦手になる薬を飲ませたからだよ」
「えぇ?そんなのあるのぉ?」
信じた。
「なんかの薬の失敗作だから、もう一回作れって言われても無理だけど」
「そうなんだぁ」
「っていうか。失敗の話しなんだから、誰にも言うなよ」
「ふふふ。わかったぁ」
軽い罪悪感。
でも、俺の薬のせいっていうのは間違ってないだろう。
「でもぉ、エルは甘いもの食べれなくても困らないって言ってたから大丈夫だと思うよぉ」
あれだけ甘いもの食べてたのに?
…いや。エルが困ることなんてないよな。
いつも困るのは周りだ。
フラーダリーだって、エルに甘い菓子を作れなくなって困ってるだろう。
「ユリアは困ってるんじゃないのか?エルに作る菓子で苦戦してるだろ」
最近、ユリアはエルに菓子を作っているのだ。
「そんなことないよぉ。エルって甘いもの食べると、すっごい反応するからぁ」
「面白がって作ってたのかよ」
あれ?
窓から外を見ると、講堂の前に居たエルとフラーダリーが居なくなってる。
「だってぇ、エルって表情あんまり変わらないのに、甘いもの食べた時だけすっごく変わるんだもん」
「あぁ、確かに」
あからさまに嫌そうな顔するからな。
「それに、エルって口に入れたものは、ちゃんと食べてくれるでしょぉ?」
ユリアは、エルに菓子を手渡しなんてしない。
―エル、口開けてぇ?
馬鹿みたいに言われた通り口を開けるエルに、ユリアは菓子を食べさせる。
雛鳥じゃないんだから、そろそろ学習しても良いと思うんだけど。
「一度手を付けたものは残さない主義らしいからな」
「ねー」
どれだけ苦手なものであろうと、エルは一度口をつけたものは最後まで食べる。
ユリアもエルのことを良く見てるよな。
「っていうか、この前、ユリアの菓子を美味いって言って食ってたな」
「うんっ。甘さ控えめにしたらぁ、美味しいってぇ。でもでもぉ、スパイスの香りが気に入ったのかもしれないしぃ…。もう少し実験してみないとねぇ」
楽しそうだな。
「カミーユ、居る?」
教室の扉が開いて、バイオリンケースを持った女が顔を出す。
「誰だ?あれ」
「知らない人なのぉ?」
俺の顔を見つけた相手が、こっちに手を振る。
「ちょっと来て!」
用事は済んでるから、エルがもうすぐ戻ってくるはずなんだけど。
「すぐ済むから!」
「ふふふ。もてるねぇ」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。…エルかシャルロが戻ってきたら、すぐ戻るから待っててくれって言っておいてくれ」
「まかせてぇ」
教室を出て、バイオリンケースの女について行く。
「何の用だ?」
「この辺なら誰も居ないかな」
周囲を見回して声を潜める。
「ロニーから伝言」
ロニーから?
「大事な話しがあるから図書館に来て」
大事な話し?
「伝えたからね」
「え?おい、」
バイオリンケースの女が走って行く。
大事な話しって。
誰にも知られたくないなら、伝言なんて頼まずに、シャルロみたいに配達員を使えば良いのに。
っていうか。もうすぐアレクシス様の卒業式が始まる時間だろ?なんで図書館に居るんだ?
※
校舎を出て図書館に走って行くと、途中でシャルロとマリーに会う。
「カミーユ?」
「カミーユ。どうしたの?」
「そっちこそ。校舎で練習してたんじゃなかったのか?」
「マリーが眠り姫の解釈を深めたいって言うから、図書館で調べてたんだよ」
「もう少し眠り姫のことを知らなきゃ役なんて作れないもの」
相変わらず完璧主義者だな。
「ロニーを見なかったか?」
「ヴェロニク?見かけなかったが」
「ヴェロニクなら講堂に居るはずよ。もうすぐ卒業式が始まるし、お兄様がクラスで何かするって仰っていたもの」
あれ?じゃあ、やっぱり講堂に居るのか?
「何かあったのか?」
「ロニーが図書館で呼んでるって伝言を貰ったんだけど…」
「ヴェロニクに会ったらカミーユが探してたって伝えておいてあげましょうか?私、これから講堂に行くから」
「いや、良いよ」
「頼む」
え?シャルロ?
「どっちよ」
「…伝えておいてくれ」
「わかったわ。それじゃあね」
マリーが講堂に向かう。
俺がロニーに用があるわけじゃないんだけど。
「なんで?」
「マリーから詳細を聞けば、ヴェロニクがアレクシス様に伝えるだろう」
速足で校舎に向かうシャルロを追う。
「何を?」
「エルは?」
「フラーダリーに会いに行くって出てったけど」
「一人にしたのか」
「そうだけど、もう校舎に戻ってるはず…?」
あれ?
なんで俺は、校舎から出るまでの間、エルとすれ違わなかったんだ?
エルが教室を目指しているなら、途中で会ってもおかしくないのに。
「まずいな」
「まずいって?」
「今日は卒業式で、学生以外の人間が養成所に入れる日。魔法研究所の連中も自由に出入りできるんだ。おまけにアレクシス様は卒業式に出席しなければならないから講堂を離れられない」
「こんなに警備員が警戒してる中で誘拐するって言うのか?」
「だから、エルを捕まえるなら校舎の可能性が高い」
「校舎なんて学生以外入れないだろ」
「お前に伝言を伝えたのは誰だ」
「バイオリンケースを持った女」
「名前と所属は?」
「さぁ?制服を着てたから学生だと思うけど」
「それぐらい聞いておけ。ヴェロニクは他にも裏切者が居る可能性をほのめかしていたんだろう?お前はエルを捕まえるのに不都合だから、校舎から追い払われたんだ」
「追い払われたって…」
「そいつはエルを校舎内で捕まえて、麻袋にでも入れて研究所の人間に引き渡すつもりだ」
麻袋?
「そんな目立つものが出てきたら、すぐにばれるだろ」
シャルロが校舎前に居る警備員の側に行く。
「これぐらいの、でかい箱か包みを探してるんだが」
シャルロが大きく腕を広げて大きさを示す。そんな大げさにでかいものなんて…。
「壊れたコントラバスのことですか?」
は?
壊れたコントラバス?
「そうだ」
「それなら、さっき楽器職人に引き渡したばかりです。ほら、まだあそこで運んでますよ」
二人組の男が、台車で大きな楽器箱を運んでる。
…まさか。
「走るぞ」
「了解」
台車の二人組を追いかけていると、俺たちに気付いた男二人が台車のスピードを上げる。
明らかに怪しいだろ、それ!
「待て!」
一人がこちらを振り返って、手を振りかざす。
前方から急につむじ風が吹いて、慌てて体制を整える。
『何遊んでるんだよ』
「急に風が…」
『風?魔法か?』
今度は辺りに霧が立ち込める。
『やっかいだな。幻影の魔法だぜ』
「幻影の魔法?」
『幻影の魔法が完成すれば見失うぞ』
「カミーユ。魔法を使え」
『お。良い案じゃねーか』
「はぁ?」
「相手は二人とも魔法使いだ。脅しになる」
『よし!一発ドカンとやってやれ!』
「俺、魔法なんて…」
「精霊と契約してるなら出来るだろう」
『魔法を使う場所を指して、雷が落ちるイメージだ。やれ!』
なんだよ、その無茶ぶりは!
でも、このままじゃ…。
くそっ。
「失敗しても知らないからな!」
言われた通り前方を指して、稲妻が落ちるイメージで…。
輝く閃光が、目の前に落ちる。
そして、箱から火の手が上がる。
「なっ、なんで?」
『面白れー』
ブレストが笑ってる。
追いかけていた連中が止まったのは良かったけど…。
「なんてことを!火を消せ!」
「水の魔法使いは居ないのか!」
「…お前か?」
シャルロが眉をひそめて俺を見る。
『心配すんな。あれは炎の魔法だから、お前じゃないぜ』
「俺じゃない」
良かった。
いや、良くない。
早く消火しないと…。
「そうだ、水の玉」
「あれか」
シャルロと顔を見合わせて、火の手の上がる箱に向かって一緒に水の玉を投げる。
すると、溢れ出した水が噴水のように辺りに水をまき散らす。
あんな小さな玉の中に、こんなにたくさんの水が?
!
『うわ…』
なんだ、この音…。
声にならない声。
耳を塞いでいても、聞こえる音。
耳鳴り?
まるで体の芯に向かって響くような音。
…吐き気がする。
耳を塞いでいるのに聞こえるなんて、どういうことなんだ。
『来た』
「来た?」
目の前に金色の剣が降り注ぎ、台車を運んでいた男二人が倒れる。
「遅くなったね」
「アレクシス様」
「アレクシス様?」
なんで、ここに?
アレクシス様が箱の傍に跪く。
「エル」
箱の中に居たエルが、薄く目を開く。
良かった。無事だ。
怪我もないし、衣服が燃えた様子もない。
「レ……ス?」
「無事で良かった」
アレクシス様がエルの頭を撫でると、エルが目を閉じる。
「ありがとう。エルを助けてくれて」
『アレク。こいつは水を浴びたんだ。…このままじゃ、まずい』
まずい?
『なんで、そこまでして…』
誰と話してるんだ?
ここに、精霊がもう一人居る?
「シャルロ、私の頼みを聞いてくれないかい」
「はい」
「炎の精霊と契約して欲しいんだ」
え?
「仰せのままに」
「ありがとう。ロジェ、顕現してくれるかい」
ロジェ。
初めて見る、炎の精霊。
でも、今まで見たことがあるどの精霊よりも弱弱しい光だ。
これって…?
「俺はシャルロ」
『シャルロ。君は炎の力を必要としているのかい』
「魔法の力を必要とはしていないが、精霊との繋がりは作りたいと思ってる。それじゃ駄目か?」
『…良いよ。君のことは良く知っている。僕の名前はロジェ』
シャルロが自分の髪を一房切る。
「ロジェ。温度を上げる神に祝福された炎の精霊よ。請い願う。我と共に歩み、その力、我のために捧げよ。代償としてこの身の尽きるまで、汝をわが友とし、守り抜くことを誓う」
『シャルロ。我は応えよう』
ロジェがシャルロの髪を取り込む。
『ありがとう。よろしくね』
「よろしく。ロジェ」
ロジェが顕現を解く。
「ありがとう、シャルロ。…ツァレン、シール。おいで」
「御意」
「御意」
前に会ったことがある騎士二人が来る。
相変わらず、どこから現れるかわからない二人だ。
「ここで待機していてくれるかい。私は少しやることがあるからね」
やることって…。
霧の立ち込める前方に、整列したローブ姿の人間が五人現れる。
魔法研究所の連中?
「このまま引き渡してはいただけませんか」
「それは、誰に言ってるんだい」
アレクシス様が周囲に金の剣を浮かべながら相手に近づく。
「致し方ありません」
「あ…」
霧の中にアレクシス様が消える。
追いかけようとしたところで、ツァレンが俺の腕を掴む。
「大人しくしててくれよ」
「大人しくって…」
「俺たちの護衛か」
「そういうわけだ」
「アレクシス様は?」
「命令は待機だぜ」
『幻影の魔法の中で、無暗に動くのは危険だぜ』
でも。大丈夫なのか?魔法使いを五人も相手するなんて…。
『幻影の魔法は方向感覚も鈍らせるからね。ここはアレクに任せよう。大丈夫。君たちに危害を加えようとするなら、養成所の精霊も黙っていないよ』
養成所の精霊は、俺たちを守ってくれてるんだっけ。
…あれ?
今のってロジェの声?
顕現してないのに?
『何、呆けた顔してるんだよ』
「だって、声が…」
『カミーユは、僕とシャルロの契約に立ち会ったからね』
契約に立ち会えば、相手の精霊の声も聞こえるんだっけ。
魔法の授業で習った気がする。
「エルを箱から出すぞ」
「了解」
箱の中で眠っているエルを抱き起こす。
なんだか甘い香りがする…?
「気をつけろよ。眠りの粉を浴びてるはずだ」
「眠りの粉?」
眠りの粉は甘い匂いなんてしない。もう少し薬っぽい匂いがしたはず。
「この匂いは、眠りの粉の匂いを隠す為か?」
「だろうな。まだ残ってるってことは、相当きつく浴びたんだろう」
エルを眠らせて、楽器箱に入れて運んだのか。
壊れたコントラバスを運んでるなんて言われたら、真横を通ったとしてもエルが中に居るなんて気づかないと思うけど。
『ロジェ。気づかなくて悪かったな』
『良いんだよ。エルを助けてもらうことが目的だったから』
『良くないだろ。お前、殺されるところだったんだぞ』
「え?」
「どうした?カミーユ」
「えっと…」
ブレストの声はシャルロには聞こえないんだよな。
『僕が説明するよ。アレクがシャルロに僕と契約するように言ったのは、僕が怪我をしたからなんだよ』
「怪我?」
精霊って怪我をするのか?
『今の僕は、自分の意思とは関係なく魔力が流れ続けてしまっている状態なんだ』
『お前らで言うところの、失血死目前ってとこだな』
「それ、相当やばいんじゃないのか?」
「治せないのか?」
『精霊の傷を治せるのは、神だけだよ』
地上に神は存在しない。つまり、精霊の傷を癒す方法はないってことなのか?
『けど、人間と契約すれば、人間から魔力を得られるからね。流れ出る魔力よりも回復する魔力が強ければ、僕の傷もいずれ良くなるんだ。だから、シャルロが契約してくれたことで、僕は回復に向かっているんだよ』
精霊と人間の契約。人間が精霊の力を借りる代わりに、精霊は人間から魔力を得るんだっけ。精霊は魔力を補給する術がないから。
「そうなった原因は、水の玉なのか」
「水の玉…?」
『君は聡いね。その通りだよ』
『お前も聞いただろ。ロジェの悲鳴』
あの、声…?
『僕はエルと共に箱の中に居た。メラニーから君たちが外に居るって聞いて、内側から炎で知らせたのは僕だよ』
そういえば、闇の精霊は人間の気配に敏感だってマリーが言ってたな。
メラニーは外の状況を把握出来るんだ。
そして、エルの味方である俺たちが来たからロジェに知らせて、ロジェがエルを助ける為に箱を燃やした。
エルが無傷だったのは、ロジェがエルを傷つけないように魔法を使ってたからだったんだ。
そして。
「俺たちが水の玉を投げたから…」
『炎の魔法を使ったのが誰なのか、もう少し早く気づいてたら、俺が警告してやれたんだけどな』
『誰にも責任はないよ。魔法は誰が使ったのかわかりにくいからね。精霊が内側から箱を燃やしてるなんて、わかるはずがない。それに、君たちが早く炎を消化しなければエルが危険だったのは事実だよ』
「……」
「ごめん…」
『良いんだよ。養成所の子を守るのが僕の役目だからね。…ほら、まだすべては終わっていない』
ツァレンとシールが俺たちの前に立ち、シャルロが相手を睨む。
「ロメイン」
「こいつが?」
魔法研究所の副所長。
「エルロックを引き渡してもらおう」
「冗談じゃない」
「何故、エルを狙う必要がある。エルに特殊な力が無いのは確認済みじゃないのか」
「無いことの証明は不可能だ。アレクシス様に危険が及ぶ可能性がある限り、エルロックをアレクシス様の傍に置いておくわけにはいかないだろう」
危険なんて…。
「だから、エルを使って実験をするって言うのか」
「そんなことはしない。私の養子として引き取り、養成所に通わせることも続ける」
「養子だって?」
「私は奇跡を求めているわけではない。このままフラーダリーの庇護下に置き、アレクシス様と近い立場に居ることが危険だと言っているのだ」
目的が変わってる?
それとも、これは俺たちを説得するための嘘?
「それに、吸血鬼の血を引く人間が王族と縁がある立場に居ては困るのもわかるだろう」
「エルは吸血鬼種じゃねーぞ」
「随分、自分に都合の良い説明じゃないか」
「事実だ。王家のことを考えるならば、エルロックは…」
「そこまで」
俺たちとロメインの間に、アレクシス様が飛んでくる。
「アレクシス様…!」
「幻影の魔法がここまで発達していたなんて、やられたな。まるで本物のような幻。あれは光の魔法と大地の魔法の合成魔法かな」
「仰せの通り。お見事です」
「君の魔法学への貢献は評価するよ。でも。これ以上、私を怒らせないことだ」
「御身に危険が及ぶ可能性をお考えください。何が起こるか予測不可能なことに変わりはないのですよ。クロライーナの事件が、もう一度起こらないという保証はないのです。アレクシス様に何かあれば…」
アレクシス様がロメインの腕に触れると、ロメインの腕が…。
『なんだ、あの魔法』
ブレストが知らない魔法?
「今、私が何て言ったのか覚えているかい」
「…申し訳ありません」
ロメインの両腕。肘から下の部分が完全に消えている。
「綺麗に片づけて行くようにね」
「仰せのままに」
アレクシス様が俺たちの方に振り返る。
あの魔法…。
本当に、腕を消したのか?
「さて。ショーの続きをしようか」
「ショーの続き?」
「みんなは校舎のロビーに行ってくれるかい」
「はい」
「はい」
アレクシス様が天に向かって手を伸ばすと、風が吹く。
「行くぞ」
ツァレンが先導して、風の中を走る。
っていうか、すごい風だ。砂埃を巻き上げて吹きすさぶ風が、立ち込めていた霧を吹き飛ばす。視界が晴れていくと、あちこちから歓声が上がった。
振り返ると、空に金色の蝶が舞っている。
あれも魔法?
『なんつー、常識はずれな奴だよ』
「常識外れ?」
『精霊がやるような出力の魔法を平気で出してる。王族って、本当に神の祝福を得てるのか?』
そんなにすごいのか?これって。




