04 王国暦六〇〇年 ヴェルソ 四日
「お前たち。一体、あれをどこで手に入れたんだ」
「何の話しですか」
「昨日、花火を上げたのはお前たちだろう」
まぁ、疑われるよな。
アレクシス様の誕生日に、校舎の目の前なんて目立つ場所で花火を上げたのはエルの単独行動だけど。
「証拠がありますか?」
全員で宿舎に居たというアリバイは作ったし、先生との問答はシャルロに任せておこう。
エルもそのつもりなのか、暢気に横で欠伸をしてる。
「木炭と硫黄を使用した理由は」
「硫黄は痒み止め軟膏の作成、木炭は水質浄化実験です」
痒み止め軟膏は前に作ったことがある。
でも、木炭の水質浄化実験なんてしたことがない。
先生が溜息を吐く。
「もし持っているなら、あれは絶対に養成所の外には持ち出さないこと。危険な実験はしないように。以上」
あれ?それだけ?
先生が立ち上がって部屋から出て行く。
「ばればれの割に、何の処罰もなしだったな」
「証拠がないからな。硝石の保管にさえ気をつけてれば問題ない。…わかってるのか?エル」
「持ってるけど」
エルが硝石の入った瓶を出す。
「持ち歩くなよ」
「見つかったら没収だぞ」
「今日は実験しないのか?」
「やめておけ」
「木炭の水質浄化実験って何?」
「ナルセスの論文だ。読みたいなら図書館にある」
「ナルセスの?」
…暗に、硝石の入手ルートを先生に教えたのか。
ナルセスは水の専門科で、エルと知り合いだってことも先生は知ってるだろうからな。
先生があっさり説教をやめたのは、簡単に手に入らないはずの硝石の入手ルートが特定できたからだろう。
「じゃあ、今日は図書館に行こう。卒業式にはもっとたくさん花火を上げたいんだ」
エルの奴。今の説教、何も聞いてなかったな。
「昨日と同じ方法を使えば、ばれる可能性が高い。時限式の打ち上げ方法を考えた方が良いだろうな」
「時限式か…」
今度は三人で逃げる時間を確保しなきゃいけないからな。
昨日。
エルは花火の打ち上げは一人でやると言ったから、フォローが大変だった。
闇の魔法で姿を消した人間を、闇の祝福の強い夜に探すのは、闇の精霊であっても難しいことらしい。エルが一人で花火を上げると言ったのは、一人なら見つからない自信があったからだと思うけど。
魔法を使い続ければ魔力を消費するし、警備員が光を当てればすぐに魔法は解ける。
打ち上げが上手くいったとして、どうやって逃げるかが問題なのかは明らかだ。
だから、シャルロと一緒にエルを窓から引っ張り上げる準備をして待っていたんだけど。エルはいつ、どこで打ち上げるかも言わなかったから、相当待たされた。
時間は深夜。
細い三日月の横。
夜空に菫色と碧色の小さな花がたくさん咲く。
そして、光に少し遅れて、花が開いた時の音が鳴り響く。
花火の打ち上げは成功。
校舎前なんて目立つ打ち上げ場所だったから、すぐに警備員が集まって来たけど。エルは打ち上げ後、真っ直ぐ宿舎に来たらしい。その上、宿舎の近くで魔法を解いたから、俺たちも無事にエルを発見出来て、警備員にばれる前にエルを宿舎に回収することが出来た。
俺たちがやったって痕跡を残さずに済んだのは良いけど。
エルは打ち上げ後のことは実質何も考えてなかった上に、宿舎に来たのもメラニーの誘導だったらしい。
なんでこう、後先考えずに行動するんだ。
―次からは、ちゃんと相談するよ。
エルにしては珍しく、反省したみたいだけど。
その反省が生かされる保証があるかは謎だ。
「早く行こう」
「はいはい」
「仕方ないな」
エルを先頭に、三人で説教部屋を出る。
まぁ、単独行動をされなければ何とかなるだろう。
※
図書館で丸一日調べ物をして、夕食を食べて部屋に戻る。
そして、中等部一年の授業選択の用紙を出す。
いい加減、提出用のを作成しないと。卒業式が終わったら個人面談が始まってしまう。
『まーだ、ぐずぐず悩んでるのかよ』
錬金術なら、エルとシャルロと一緒に居ればいくらでも実験は出来るだろう。
でも。
もっと学びたいとも思う。
『なぁ。赤いのが騎士で、青いのが魔法なんだろ?錬金術って何色なんだ?』
「は?」
『俺は文字は読めねーんだよ』
「読めないのか?」
『当たり前だろ。言葉も文化もころころ変わる人間の文字をいちいち覚えてられるかっつーの』
ころころ変わってるとは思わないけど。長生きの精霊からは、そう見えるのかもしれない。…いや。
「なんで会話は出来るんだよ」
『人間の話しぐらい聞いてれば覚えるだろ。文字の読み書きが出来なくても喋れる子供なんてたくさん居るじゃねーか。お前らの声はずっと聞いてるんだぞ』
そういうものなのか?
「他国の言語は?」
『大陸の言語なんてどこも似たようなもんだろ?それはお前の感覚と同じなんじゃねーのか?』
基本は一緒なんだろうけど、微妙に発音とかイントネーションが違うんだよな。通じない単語もあるって言うし。
っていうか、精霊って基本的に土地を離れないんだっけ。同じ場所で同じように生きてるなら言葉は通じるってことなのか。
『で?錬金術ってどれなんだよ』
錬金術。
俺がやりたいのを入れると…。
※
出来た。
けど、酷いな。これ。
『紫が錬金術か?』
「そうだよ」
わかりやすく紫のマーカーで色づけたもの。
色がないのは、必修の教養科目。
『青いのが完全に消えたな』
騎士と錬金術の科目が中心。
『これがお前のやりたい奴なのか』
「…違う」
だめだ。これじゃあ、何のために養成所に入ったんだかわからない。
魔法の科目も入れないと。
『おい!』
用紙を丸めて、ごみ箱に捨てる。
『捨てるのかよ。それがお前のやりたいことなんだろ?誰かに言われたことだけやってるつもりか?』
「どういう意味だよ」
『そうじゃねーか。やりたいことが出来ないからぐずぐず悩んでるんじゃねーのかよ』
「魔法を学んで、騎士になることは俺の目標で…」
ノックの音が鳴る。
こんな時間に、誰だ?
部屋の扉を開く。
「こんばんは」
「!」
『アレクじゃねーか』
なんで?
「少し話があるんだ。良いかい」
「はっ、はい」
なんで?
俺に、話し?
『お前、緊張し過ぎだぞ』
だめだ、混乱して。
上手く整理できない。
「出直した方が良いかな」
出直す?
「いえ、出直すなんて。暇してるんで、どうぞ。こんなところで良ければ」
『落ちつけよ』
アレクシス様が苦笑する。
「じゃあ、お邪魔するよ」
落ちつけ。
えっと…。
「どうぞ、座って下さい」
「ありがとう」
椅子を勧めて、サイドテーブルを引き寄せてコーヒーの準備をする。
『アレクってこの国の王族なんだろ?』
「そうだよ」
アレクシス様が答える。
『やっぱり聞こえんのか』
え?
「ブレスト?」
『なんだよ』
顕現してないよな。
精霊って、契約中は契約者としか話せないんじゃなかったっけ。
「ラングリオンの王族はね、どんな精霊の声も聞こえるんだよ」
王家は神から信託を受けた特別な血筋だから、特別な加護を受けてるって聞いたことはあるけど…。
それって王家の精霊の存在だけじゃないのか?
「お喋りな精霊が一緒だと、すぐに魔法使いだとばれてしまうから気をつけるようにね」
『誰がお喋りだよ』
十分喧しいだろ。
「ブレスト。もう少し敬語とか使えないのかよ」
『精霊に人間の常識を押し付けるんじゃねー』
だからって。
「すみません、アレクシス様」
『謝る必要ないからな』
「良いんだよ。精霊は自由な存在だからね」
自由な存在。…そうだろう。誰からも何からも影響を受けない存在なんだから。
コーヒーをアレクシス様の前に置く。
「ありがとう。ミルクも砂糖も要らないよ。座ってくれるかい」
「はい」
言われた通り、椅子に座る。
「ナルセスから聞いていると思うけれど。私は君を近衛騎士に迎えたいと思っている」
「…はい。光栄です」
あの話し、本当だったんだ。
「と言っても、グリフが近衛騎士になってからだけどね。…グリフが養成所を卒業する時に騎士の叙勲を得られるかは未定。卒業後、私の従騎士を務めれば正式な騎士となるのに数年はかかってしまう。それに伴って、君を近衛騎士に迎える時期もずれるだろう」
アレクシス様の近衛騎士…。
「あの、質問しても良いですか」
「構わないよ」
「何故、グリフを近衛騎士にしてからなんですか?」
「幼なじみの大切な約束だからだよ」
大切な約束。
だから、アレクシス様は無理を通したのか。
「アレクシス様は、騎士の課程が創設された理由を知っていますか?」
「君はなんて聞いているんだい」
質問を返された。
―騎士課程の創設は以前から話しの出ていたことだ。
―個人の意見で急に創設されるわけがないだろう。
―グリフレッドとヴェロニクを騎士にする為、という方がしっくりくると考えておけ。
「その…。国から圧力がかかったと考えた方が良いって」
アレクシス様が笑う。
「グリフが早く騎士にならなければ、誰も私の近衛騎士になれないから、と?」
「はい」
「養成所は独立機関で、誰からも干渉は受けないんだよ。規則に従わず学ぶことを放棄した者は、伯爵の子息だろうと追い出すことが出来るのが養成所。だから、どれだけ方々から圧力がかかったとしても、会長が首を縦に振らなければ騎士課程の創設はなかっただろうね」
あの会長、そんなにすごい立場に居るのか?
「じゃあ、騎士課程が創設されたのは、兄貴が熱心に会長に手紙を送ったからなんですか?」
「兄というのは、エグドラ子爵の従騎士をしているクロフトだね」
「はい」
兄貴は去年の春から親父の従騎士をしている。
「騎士課程の創設は、私がグリフを王都に連れて来た頃からルマーニュ公爵が会長に訴えていたことなんだよ」
「公爵が?」
ルマーニュ公爵は、グリフの出身のジュワユーズ地方の公爵だ。
公爵はきっと、アレクシス様とグリフの約束を知ってたんだろうな。だから、グリフを早く騎士にする方法を考えていたのかもしれない。
っていうか。会長って公爵の要請も無視してたのかよ。…どんだけすごい人なんだ。
「公爵に合わせて、騎士を輩出する貴族たちも創設の訴えに参加していたんだ。養成所で魔法を学ばせると騎士になる年齢が上がってしまうのは、騎士を目指す者の悩みの種だったからね。クロフトも熱心に手紙を送っていたと言うのは私も聞いているよ」
兄貴が手紙を送ったことは、無駄なことじゃなかった…?
「彼らは騎士に必要な科目の草案を出し、武術の教師に相応しい人物を用意し、学生用の武具を揃え、騎士課程の創設に必要な準備をしたんだ。外堀を埋めることで、ようやく会長も騎士課程の創設を承諾したんだよ」
それって、会長が騎士や貴族が創設に必要な諸々を用意するのを待ってたって聞こえるけど。
アレクシス様がくすくす笑う。
「会長は一枚も二枚も上手な人だからね」
やっぱりそうなんだ。
っていうか、俺の考えてること読まれてる。
「次の質問は?」
えっと…。
「俺は自分の実力をアレクシス様に見て頂いたことは一度もありません。何故、俺を近衛騎士に選んでくれたんですか?」
「その理由に思い当たることはあるかい」
また、質問を返された。
さっきと同じ。
俺自身がある程度答えを用意してるって、アレクシス様は気づいてるんだ。
「親父から推薦があったんですか?」
「エグドラ子爵は何もおっしゃっていないよ」
「じゃあ、兄貴が?」
「従騎士である彼は、まだ私に発言出来る立場には居ないね」
そうだ。
アレクシス様はこの国の王子。本来なら簡単に話すことなんてできない相手。
「多くの貴族は、エグドラ家は代々近衛騎士を輩出する家だと思っているだろう。けれど、家系で近衛騎士を選んだ歴史はない。それは騎士の家に生まれた者ならば解っていることだね」
「はい」
「近衛騎士は家系で選ぶものではなく、個人間の契約だ。私が君を選ぶ理由は、君となら上手くやっていけると思うからだよ」
『随分気に入られてるんじゃないか。魔法使いっぽくないけど、カミーユは強いからな』
「君も、カミーユとなら上手くやっていけると思ったから契約したんだろう」
『まぁな』
本当に?
「続けようか」
「はい。近衛騎士とは主君を守る存在です。実力もご覧にならずに選ばれるのは、不安ではありませんか」
「必要なら私が鍛えるから問題ないよ」
アレクシス様に稽古をつけてもらえるなんて…。
良く考えたら、アレクシス様は近衛騎士なんて必要ないぐらい強いんだ。今だって近衛騎士を一人も付けていないんだから。自分より実力が下の人間に守ってもらおうなんて思ってないんだろう。
でも。
「近衛騎士は、戦時は騎士として、アレクシス様の軍を率いる存在となります。俺に、それが可能だと思いますか」
「無理だね」
即答だ。
「それを学ぶ環境を用意することは養成所では不可能だと思っているよ。軍を率いるとは、理論で語られるほど思い通りに行くことばかりではない。君が学ぼうと思うならば、卒業後になるだろう」
実際に軍を率いた演習はおろか、軍に一度も所属したことのない人間が出来ることじゃない。
「養成所で用意できる騎士の位が七等騎士であるのも、それが最大の理由だろうね」
七等騎士が率いることのできる部隊の人数なんて知れてるからな。
「心配しなくても、多くの兵士の命を預ける人物は選ぶよ」
心配しなくて良いことなのか?それ。
でも、従騎士をやっていない分、学ばなきゃいけないことはあるだろう。
「あの…。魔法が下手でも問題ありませんか」
アレクシス様が笑う。
『カミーユの奴、未だに魔法を使ったことがないからな』
「つまらないのかい」
『べーつにー。…でも、俺様の魔法をいきなりぶっ放したら被害がでかいぜ』
「味方に被害を出されると困るかな。自信がないのなら使わない方が良いだろうね」
「使わない?」
「近衛騎士は、魔法剣士である必要はないんだよ。君は充分、優秀な騎士に育つ素質がある」
考えてなかった。そんなこと。
だったら、魔法を学ばなくても良い?
でも、それじゃあ何のために養成所に入ったのか…。
「さて。騎士の話しはこの辺にしておこうか。もう一つ、話したいことがあるんだ」
「はい」
「私は君に対して、騎士の才能の他にも、錬金術師としての才能も感じるんだ」
「錬金術師ですか?」
「そう。ナルセスの君への評価はとても高い。ラングリオンには薬学の専門家が居ないことは聞いただろう」
「はい」
「私は、君ならラングリオンに新しい風を巻き起こしてくれると思っているんだ。今まで評価されていなかった分野に、新しい評価をつけてくれる存在に」
「そんなこと…」
「ラングリオンは大陸で最も古い国として伝統を重んじる傾向にある。その為、新しいものには否定的なんだ。けれど、時にはそれを破ることも必要だと思っている。姉上が魔法部隊を作っておられるのもそうだね」
フラーダリーは王都に常駐の魔法部隊を作ろうとしてるんだっけ。
でも、王都には守備隊が居るから、魔法使いだけで構成された魔法部隊なんて必要ないって言われてる。そもそも魔法使いは研究所に居るのだ。常駐の戦闘要員である必要なんてないっていうのが一般的な考え方だ。
あれが、新しいこと?
「古い慣習から脱却し、新たな可能性を模索する。私は君に、その可能性も見るんだ」
可能性…。
「私は君を近衛騎士に迎えたいと思う。同時に、君の錬金術師としての将来にも期待する。どちらを選んでも、私は君の選択を歓迎するよ」
アレクシス様…。
「話しはこれで終わり。答えは君の卒業までに出してくれれば良いからね。他に聞きたいことはあるかい」
「いえ。後は自分で考えます」
「楽しみにしているよ」
「はい。ありがとうございます」
アレクシス様に頭を下げる。
…あ。
「あの、」
「何かな」
「誕生日、おめでとうございます」
アレクシス様が微笑む。
「ありがとう。君の、そういうところが好きだよ」
え…?
アレクシス様が部屋を出る。
今、なんて?
『おーい。大丈夫か?』
「…あぁ」
『お前、本当にアレクに弱いよな。王族ってそんなに特別なわけ?』
「特別だよ」
アレクシス様。
あの方は、やっぱり主君に相応しい方。
あの方が目指すものに力を発揮できるなら、俺の選択は間違っていない。
ただ、心残りがあるとすれば…。




