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旧作2-2  作者: 智枝 理子
Ⅴ.夢と選択
35/40

03 王国暦六〇〇年 カプリコルヌ 二十六日 後編

 職人通り。

「なんだか王都じゃないみたい」

 その気持ちはわかる。

 中央の華やかさに比べると、ここは全く別世界だ。道路も整備されているとは言えないし、建物も崩れているものが多い。

「気をつけろよ」

『気をつけろよ』

 シャルロとブレストの声が被る。

「わかってるよ」

 でも、元気に走り回ってるのは子供ぐらいで、通りは閑散としている。職人通りというだけあって、金槌の音だとかが聞こえるから、屋内で作業している人は多いのかもしれないけど。

 目の前から子供が一人走って来て、俺にぶつかる。

「いてっ…」

『ほら、言わんこっちゃない』

「うわっ」

 シャルロが子供の腕を掴んで、ひねり上げる。

「ちょっと!何してるのよ!」

 暴れる子供が持っていたものをシャルロが取り上げて、俺に投げる。

「え?財布?」

「この子、掏摸だったの?」

『ばーか。ここってスラムだろ?警戒が足りな過ぎるぞ』

 ブレストは気付いてたのか。

 シャルロが銅貨を一枚出して、子供に見せる。

「俺たちぐらいの金髪の二人連れが入った店は?」

「あっち」

 子供が向かい側にある店の一つを指し、シャルロから銅貨を奪って去る。

 看板もショーウインドウもないし、外側からじゃ何の店なのかわからないな。

 周囲を見渡して、シャルロが薄暗い脇道に入る。

 ここからなら店の監視が出来るな。

「金髪の二人連れって誰のこと?」

「マリーは、俺とカミーユがエンドを目指していたから忠告しに来たんだろう」

「そうよ。危ないもの」

『誘拐されそうになってたのは誰だよ』

 本当に。

 マリーが一人で歩いてる方が明らかに危険なのに。

「俺とカミーユがここに来た理由も同じだ。エルとヴェロニクが南を目指していたから、心配で尾行してたんだよ」

 心配で尾行?

「そうだったの」

 半分ぐらいは嘘だけど。

「こんなところに何しに来たのかしら」

「この辺じゃないと手に入らないものでもあるんだろ」

「中央にないものなんてあるの?」

「さぁな」

『シャルロの奴、説明が面倒になって来たんだろ』

 多分、正解だ。


「出て来た」

 何か買ったみたいだな。包みを持ってる。

 エルが店先に座り込んでる子供に話しかけようとしたところで、ロニーがエルの腕を引いて何か言う。

 何を話してるのかわからないけど…。

「離せ!」

 エルがロニーに向かって声を上げた後、子供に跪く。

 そんなに近づいて大丈夫なのか?

「集まって来たな」

 数人の子供が様子を伺うように顔を出しているのが見える。

 さっき、シャルロから銅貨を奪った子供も居るな。

 囲まれてる。

 ロニーは自分に近づいた子供を適当にあしらっているみたいだけど、エルは囲まれてるのに気付いてるのか?

 しゃがみこんでるエルに子供が近づく。…そして、エルから何かをひったくるように取る。

 何を取られたんだ?

『なんか、やばい感じだな』

 周囲の子供が短剣を出す。

「助けに行った方が…。え?」

 子供たちが、その短剣で一斉に自分の腕を切る。

「…っ」

 シャルロがマリーの口を手で塞ぐ。

「静かにしろ」

 首を上下に動かしたマリーから、シャルロが手を離す。

 何が起こってるんだ…?

『カミーユ、目を閉じるか顔を覆え』

 腕で視界を覆うと、眩しい光が当たりに立ち込める。

 自然では有り得ない光。…魔法か?

『収まったぜ』

 腕を下ろすと、子供たちが方々に逃げていくのがわかる。

「端に寄れ」

 シャルロに言われて壁に背をつけると、子供の一人が俺たちが隠れてる脇道を走り抜けていった。

「今の魔法って、」

「私じゃないわよ」

 マリーじゃないなら…。シャルロでもエルでもないだろうし、ロニーってことか?

 ロニーは魔法剣士を目指してるんだし、何らかの精霊と契約していてもおかしくないけど。

「今のって癒しの魔法よ。子供たちの怪我を治してあげたんだわ」

『眩しい光は、子供を驚かせるのに使ったみたいだけどな』

 ロニーがエルの腕を引いて歩き出す。

「追いかけるぞ。カミーユ、先導してくれ」

「了解」

 二人の背を目で追う。

「あんまり近づいたらメラニーに気付かれるわよ」

「メラニーに?」

 エルが契約してる闇の精霊だ。

「闇の精霊は人の気配に敏感なのよ」

 だったら、俺たちの尾行にメラニーは気付いているんじゃないのか?

 あの様子じゃエルは全く気づいてなさそうだから、危険がなければ言わないのかもしれないけど。

「もう少し距離を置く」

 どちらにしろ、尾行するにはまだ距離が近すぎる。

「ねぇ。どうして子供たちはあんなことをしたの?」

「エルが高級品を出したからだ」

「高級品?」

「高級品って?」

「薬だ」

 エルが子供に取られたのは薬だったのか。

「薬なんて…」

「エルから薬を奪った子供は怪我をしていたが、薬を買う余裕はなかったんだ」

「それなら、余計にあの子たちがあんなことした意味が分からないわ。怪我をすることにメリットがあるの?」

「怪我をすれば薬をタダでくれる相手が居るんだぞ。わざと軽い怪我をして薬を貰って、それを売るつもりだったんだ」

「売るって、どういうこと?」

 物品の買い取りは、たいていの店でやってるからな。薬なら薬屋や雑貨店で売れるだろう。

「富裕区の実情しか知らない御嬢様には一生分からないことだ」

「何よ。シャルロだって同じじゃない」

「物事を自分の価値観だけで見ようとすれば失敗する。その良い例だ」

「…可哀想だわ」

「誰が?」

 …誰が?

「誰って…」

「カミーユ、まだか」

 これぐらい距離が開けば十分だ。

「行くぞ」


 その後は、何処にも寄り道せずにサウスストリートを北上し、養成所に帰った。

 本当に買い物に出かけただけだったらしい。

 シャルロがマントを脱いで俺に渡したのを見て、マリーが帽子を俺に返す。

「ありがとう」

「今日のことは誰にも言うなよ」

「わかってるわ」

 イーストエンドに行ったなんて、マリーも誰にも言えないだろう。


 マリーと別れて宿舎に向かうと、俺の部屋の前にエルが居る。

「カミーユ、シャルロ。…出かけてたのか?」

「出かけてたのはカミーユだけだ」

 シャルロは制服のままだからな。

「何か用か?」

「工具を持ってないか?」

「工具?」

 エルが持っていたものを見せる。

「なんだこれ?」

「オルゴールの材料」

 オルゴールの部品を買いに行ってたのか。

 工具はあるけど…。

「細かい作業に使う工具なら俺が持ってる。貸して欲しいなら部屋に来い」

「わかった」

「じゃあな、カミーユ」

「あぁ」

 二人を見送って、部屋に戻る。

 剣の手入れをしないと。


 ※


 こんなもんかな。

『終わったか?』

「あぁ」

『そういや、お前の持ってる武器に俺が宿って援護することも出来るんだぜ』

「宿る?」

『剣を持って、俺に宿れって命令してみろよ』

「ブレスト、剣に宿ってくれ」

『了解』

 剣が紫色に煌めく。

『これでこの剣は雷属性。こいつで相手を斬れば、魔法のダメージを与える上に感電させて麻痺させることも出来るんだぜ』

「そんなことが出来るのか」

『何か斬ってみるか?』

「斬るものなんてないぞ。戻ってくれ」

『つまんねーなぁ』

 剣の煌めきが消える。

 でも、これはすぐにでも使えそうな技だな。魔法を使うよりも楽だろう。

「精霊って誰でも宿せるのか?」

『誰でも宿せるけど、複数の精霊を宿すのは危ないぜ』

「相性があるってことか?」

『相性もあるけど、剣にはリンの力を越える精霊の力を宿すわけにはいかないんだ』

「リンの力?」

『剣には必ずリンの力が宿ってる。物が斬れるのはリンの力なんだぜ』

 境界の神にして剣の神のリン。

 剣にはすべて、リンの力が宿るって聞いたことがあるけど。

『リンの力を越える精霊の力で満たされた剣は、剣じゃなくなる。つまり、ぶっ壊れるんだよ』

 精霊の力で破壊されるのか。

「俺の剣だったら精霊一人が限界なのか?」

『今宿ってみた感じだと、もう一人は無理な感じがするな。っていうか、精霊を複数宿せる剣なんて、そうそうないと思うぜ』

「剣としての性能が高ければリンの力も強いのか?」

『あー。そうかもな。名のある剣は、大精霊を宿せるって聞いたことあるぜ』

 大精霊。神から生まれた、精霊の生みの親だっけ。人型をしていて、神に近い存在。

 名のある剣か…。

「親父の剣なら宿せそうだな」

『有名な剣なのか?』

「エグドラ家の家宝なんだ。剣の名工、リグニスの作品。名前はユッグ」

『…恐ろしい名前の剣だな』

「知ってるのか?」

『そりゃあ…。人間と契約して歩いてたんだから、名工の名前ぐらい知ってるぜ』

 リグニス、アルディア、ルミエール。この三人は剣の名工として有名だからな。

 さてと。そろそろ夕飯だ。

 エルはまだシャルロの部屋に居るのかな。

 ついでに、あれをエルに渡しておくか。


 ナルセスから貰った瓶を持ってシャルロの部屋に行くと、エルがテーブル一面に材料と工具を並べて作業してる。床には木屑だとかが落ちてるし。

「散らかし過ぎだろ」

「いつものことだ」

 …いつも散らかすだけ散らかして、片付けるなんてしないからな。

 特に本の扱いは酷い。

 エルが一度出した本を元の場所に戻しているところは見たことがない。

「集中してるみたいだな」

 持って来た瓶をエルの頭の上に乗せるが、反応がない。

「二十九日までに仕上げるらしい」

「二十九日?」

「アレクシス様が城に帰還される日だ。毎年二十九日から帰還されて、四日の午前に養成所に戻られる」

 それは知らなかったな。

 誕生日は城で祝宴があるって聞いたことがあるけど、そんなに早くから戻ってるのか。

 木材を削っているエルの手元を覗く。その下には設計図。

 バイオリンの形をしたオルゴール?

 だから、バイオリンが椅子の上に出してあったのか。

「これを二十九日までに仕上げるつもりか?」

「らしいな」

「出来るのかよ」

「明日の夜にはニスを塗るって言ってたぞ」

 本気か?

 エルが持っていたパーツを置く。

「エル」

「ん…?」

 ぼーっと頭を上げたエルから落ちそうになった瓶を慌てて取る。

「カミーユ?」

 エルが眉をひそめる。

 俺がシャルロの部屋に入ったことすら気づいてないんだろ。

「土産。ナルセスからエルに渡してくれって頼まれたんだ」

「ナルセスから?」

 エルに瓶を渡す。

「何?これ」

「硝石」

「!」

 エルが大きく目を見開く。

「シャルロ、これで実験が出来る?」

「出来る」

「やった!」

 すごく喜んでる。

「せっかくだから、一発でたくさん出る奴を作りたいんだ。色は二色の予定」

 エルがノートを出して見せる。

 今日、俺に見せたかったのってこれか。

「あの綺麗な菫色を出したいんだ」

「菫と碧にするつもりか?」

 エルが頷く。

「でも…。今から準備して間に合うかわからない」

 エルが制作途中のオルゴールを見る。

 両方、アレクシス様の誕生日に合わせたいのか。

「ナルセスからレシピも聞いて来たし、大丈夫じゃないか?」

「炎色反応の実験ぐらいならやっておいてやる」

 エルが頷く。

 エルのノートには昨日やった炎色反応の実験の結果が書いてある。細かい色の調整ぐらいならどうにかなるだろう。

「作業がひと段落したなら夕飯を食べに行こうぜ」

「…その前に、その瓶は部屋に置いて来い」

「わかった」

 エルが瓶を持って部屋を出る。

「ナルセスの奴。どうやってあれを用意したんだ」

「錬金術研究所にあるんだし、持ち出すのは簡単じゃないのか?」

「硝石は国の重要品目の一つ。その保有量は常に国で管理されている。横流ししたなんてばれたらやばいものに決まってるだろ」

「あんな量でも?」

「当然だ。一昨日、エルがナルセスに頼んだばかりのはずなのに、良く用意できたな」

 本当に。

 ナルセスが俺に詳しいレシピを教えたのも、硝石を用意したのも、エルがやりたがってるのを知ってたからだ。

「ナルセスも相当エルに甘いよな」

「甘い?取り扱いを間違えれば簡単に爆発する危険物を渡しておいて?」

「レシピも注意点も聞いて来たぜ」

「硝石は全部エルに渡したのか」

「まさか。三分の一ぐらいだ」

「良い判断だ」

 全部エルに渡すことが危険なことぐらいわかってる。

 見つかって教師に取り上げられる可能性もあるから、残りは部屋に隠してあるのだ。

「エルがオルゴールにかかりきりの内に、予備実験もしておくか」

「了解。…あ、シャルロにもこれ、渡しておく」

 ナルセスから貰った魔法の玉をシャルロに渡す。

「水の玉か」

 水の玉。

 一つでどれぐらいの効果があるかは割ってみないとわからないな。


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