02 王国暦六〇〇年 カプリコルヌ 二十六日 前編
放課後。
「カミーユ、今日は暇なんだろ?」
「あぁ」
「実験室に行こう。昨日、シャルロと一緒にやってた実験があるんだ」
エルが鞄の中から何か出そうとするのをシャルロが止める。
「詳しいことは実験室に行ってからだ」
「じゃあ、早く行こう」
「わかったって」
エルの様子を見る限り、ロニーから誘われた気配はなさそうだよな。
昨日、誘うって言ったのは冗談か?それとも…。
「あ」
ロニーが実験室の前に居る。
制服から私服に着替えてるってことは、これから出かけるつもりだよな。
「エル」
ロニーに気付いたエルが身構えたけど、遅い。
走って来たロニーがエルに抱き着く。
『相変わらずとろい奴だな』
「今日も可愛いね」
「離せよ」
エルがあからさまに嫌そうな顔をしてロニーの腕から逃げようとするが、びくともしない。じゃれているように見えて、完全に取り押さえてるからな。あれ。
「一緒に出掛けよう」
「嫌だよ。今日はやることがあるんだ」
ロニーがエルの耳元で何か言う。
「え?いつ?」
「やっぱり知らなかったんだ」
「知らない」
「付き合ってくれる?」
「いいよ」
え?嘘だろ?
「着替えたら正門で待ち合わせ。一人で来るんだよ」
「わかったよ」
ロニーが手を振って去る。
「なんで引き受けたんだ」
「アレクの誕生日っていつ?」
いつって…。
「ヴェルソの三日だ」
シャルロが答える。
「知らなかったのか?」
「知らない」
もうすぐなのに、知らなかったのか。
「実験はまた明日。じゃあな、カミーユ、シャルロ」
エルが走って行く。
「カミーユ」
「わかってるよ」
尾行するしかないよな。
「俺はヴェロニクの足止めをしておく」
ロニーは着替えを済ませてるから、真っ直ぐ正門に行ってるはずだ。
「着替えて剣とマントを持って来い。俺はこの上にマントを羽織る」
「了解」
※
急いで着替えを済ませ、帯刀して帽子を被り、シャルロに渡すフード付きのマントを持って部屋を出る。
校舎から出ると、エルが正門に向かって走ってるのが見える。
…支度、早すぎだろ。
シャルロとロニーはどこに居るんだ?
『おい。あいつ、お前に用があるみたいだぜ』
あいつ?
配達員が俺の方に走って来る。
「カミーユ様、お手紙です」
「手紙?」
「サインを」
サインを書いて、配達員から手紙を受け取る。
「では、失礼いたします」
差出人は…、シャルロ?
手紙を開く。
事務所裏。
この一言の為に配達員を使ったのか?あいつ。
事務所って正門の事務所のことだよな。
正門に続く道は見通しが良くてエルにばれるから、裏道を使った方が良いだろう。図書館側の裏道から事務所裏を目指して走る。
「遅い」
「遅いよ、カミーユ」
俺の姿を見つけると同時に、事務所裏に居た二人が言う。
「最短で来たぞ」
「エルはもう正門に来てる」
「間に合わなかったらカミーユのせいだからね」
「は?」
ロニーが手をひらひらと振って、正門の方へ行く。
間に合わなかったら、って。何の話しだ?
「先に行く。南下しろ」
「わかったよ」
シャルロにマントを渡して、事務所に入る。
『おい、どこ行くんだよ』
「外出手続きがあるんだよ」
『面倒だなー』
本当に。
※
急いで外出手続きを済ませ、養成所を出て南の通りを走ると、二つ目の交差点にシャルロが居た。
「エルは?」
「あの店だ」
ショーウインドウに時計が並んでる。時計店だ。
「丁度、時報の時間だったんだ。さっきまで賑やかだったぞ」
―間に合わなかったらカミーユのせいだよ。
って。そういうわけか。
「この手紙はいつ書いたんだよ」
「外出手続きをする際に事務所で頼んだ。部屋に居るはずだから、大至急カミーユに届けてくれって」
「すれ違ってたらどうするんだよ」
「配達員が無能なら時間のロスになっていただけだ。手紙が渡らなくても、お前は正門周辺を探すだろう」
たぶん、事務所裏は真っ先に探す場所だけど。
「何か問題があるか?」
「…いや」
僅かなタイムロスを防ぐ為だけに、配達員を使うなんて発想が俺にはないってだけだ。
ロニーを上手く足止めできなかった場合の保険だろう。あの様子だと、時報の時間までに時計店に行きたかったみたいだし。
「どうやってロニーを足止めしてたんだ?」
「カミーユが来るまで動くなって言っただけだ」
「それで大人しく待ってたって言うのかよ」
「…待っていれば、二人で出かけることを邪魔しないって言ったからな」
「邪魔しない?尾行するのに?」
「尾行ぐらい好きにしろって言ってたぞ。目的はエルにプレゼントを選ばせることだから、俺たちに邪魔されたくないらしい。…来た」
時計店からエルとロニーが出て来る。
何も持ってないし、何か買ったわけじゃなさそうだ。
「次はどこに行くんだろうな」
「時計店以外は未定。エルの買いたいもの次第だ」
「そんなことも聞いたのか?」
「勝手に喋ったんだよ」
本当に何考えてるかわからない奴だよな。…いや。
「アレクシス様の為か」
「どういう意味だ」
「アレクシス様はエルからプレゼントをもらったら喜びそうだと思って」
「その為にヴェロニクがエルを連れ出したって言うのか」
「そうじゃないか?」
「俺にはあいつの考えてることがわからない」
俺だってわからないけど。
「シャルロは、アレクシス様との答え合わせをしたのか?」
「した」
「したのか」
答えはわかってるんだし、後は整合性のとれた説明をすれば終わりだろうけど。
「カミーユは?」
「してない。俺はシャルロみたいに説明出来る気がしないし」
それ以上に、アレクシス様と一対一で話すなんて無理な気がする。
「アレクシス様は、ヴェロニクは犯人だが裏切らないと仰った」
確かに。そんな感じするな。
「それがどういう意味なのか分からない」
「そのままじゃないか?」
「じゃあ、お前はこのまま二人を放っておいても平気だと思うのか」
平気?
ロニーが俺と約束したのは、魔法研究所に情報を漏らさないってことだけだ。
魔法研究所に連れて行かないとは言ってない。
「微妙」
「根拠は?」
「んー」
なんて言ったら良いんだろうな。
「適当な奴だ」
適当じゃないんだけど。
アレクシス様はロニーがエルを魔法研究所に連れて行くことはないって信じられるのかな。俺はそこまで自信を持てない。
「サウスストリートに入ったな」
ってことは、魔法研究所とは反対方向。
魔法研究所に向かう気はないらしい。
…けど。南下し過ぎじゃないか?
王都は北へ行くほど富裕層が多く、南へ行くほど貧困層が多い。
イーストエンドやウエストエンドと呼ばれる場所には無暗に近づかないよう、親父からも言われたことがある。
「こんな場所にアレクシス様へのプレゼントを買うような店があるのか?」
「わざわざエンドを目指してるってことは、目的は職人通りだろう」
「職人通り?」
「イーストエンドにある王都でも指折りの職人が集まる場所だ」
「なんでそんなのがイーストエンドに?」
「理由は…」
「ちょっと!そこの二人!」
後ろから聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえる。
『喧しいのが一人来たぜー』
「一人か。…どうする?」
「走るぞ」
振り返らずに、シャルロと一緒に走る。
「待ちなさい!」
なんで追いかけて来るんだよ。
「脇道に入る」
「了解」
サウスストリートからイースト側の道に入る。
シャルロの後を追いかけながら、幾つかの曲がり角を曲がる。
「この辺まで来れば大丈夫だろう」
『途中まで追いかけて来てたけど。のろまだからな』
マリーの服装で走れるわけないからな。
流石に、こんな複雑な路地まで追いかけて来ないだろう。
「ここ、どこだ?」
「さぁな」
乱雑に家が立ち並ぶ住宅街。
「エルとロニーを見失ったぞ」
「職人通りはまだ先だ。あそこ以外に目指している場所があったら困るが。とりあえず南に向かいながらサウスストリートに戻る道を…」
シャルロが言いかけたところで、遠くで悲鳴が上がる。
「あの馬鹿」
大きく舌打ちをしたシャルロと一緒に来た道を戻ると、途中で眩しい光が見える。
『光の魔法だな』
あっちか。
光の射す方に走ると、マリーが大柄な男に担がれながら暴れてる。
「助けて!」
「マリーを離せ!」
剣を抜いて相手に向かって走ると、取り巻き二人が剣を抜く。一人目の攻撃をかわして蹴り上げ、二人目の攻撃を剣で受けて鍔迫り合いをする。
『おい。あいつ、逃げちまうぜ』
マリーを抱えている男が走り出す。
「くっそ。逃がすかよ」
鍔迫り合いを弾いて相手を威嚇するように剣を振り、追いかけようとしたところで、もう一人が迫ってくる。
…どうする?シャルロ。
「マリー。目を閉じてろ」
マリーが悲鳴を上げながら顔を覆う。
ナイフが三本、大柄な男に向かって飛ぶのを横目で見ながら、斬りかかってきた相手の攻撃をかわして腹部に剣を突き刺す。刺さった剣を抜きながら、もう一人の男の攻撃を屈んでかわし、相手の左脚を斬り上げながら立ち上がる。続けて相手が振り降ろした剣を弾いて吹き飛ばし、相手の腹部に膝蹴りを入れる。
『お前、本当に強かったんだな』
ナイフが放たれた方を見ると、まだ顔を覆ったままのマリーをシャルロが抱えて、行く方向を顎で示す。
了解。
剣に付着した血を拭って鞘にしまい、シャルロを追う。
二本、ナイフが刺さった男が倒れてる。一本は外したみたいだけど、あの距離で良く当てたな。
サウスストリートに戻って来た。
「マリー。もう良いぞ」
ようやく顔を上げたマリーをシャルロが降ろす。
…また泣いてる。
「さっきの人たちは?」
「連中はお尋ね者だ。守備隊に捕まりたくなければ自力で帰るだろう」
「犯罪者なの?」
「そうだ」
シャルロは、そういうことに詳しそうだよな。
サウスストリートの先を見ると、遠くでエルとロニーが角を曲がるのが見えた。
「行くぞ」
歩き出そうとした俺とシャルロの腕をマリーが掴む。
「ちょっと、どこに行くのよ」
「サウスストリート沿いなら裏道より安全だ。マリーは中央広場に戻って守備隊に報告しろ」
「嫌よ」
「ついて来るな」
シャルロが乱暴にマリーの腕を振りほどいて歩き出す。
マリーが両手で俺の腕を掴む。
「離さないわよ」
どうしろって言うんだ。
「一人にしないで」
…頼むから、その顔はやめてくれ。
「わかったよ」
「ありがとう。カミーユ」
『女に弱いな』
だって、断ったら絶対に泣いただろ。
マリーと一緒に走ってシャルロに追いつくと、シャルロが俺の帽子を取ってマリーにかぶせる。
「何するのよ」
「金髪にピンクアイなんて、攫ってくれって言っているようなものだ」
精霊の祝福が強い家系の女性に現れる特別な瞳の色。それだけでオルロワール家の御令嬢ってわかるからな。
「ごめんなさい」
マリーが俺の帽子を深くかぶる。
「ねぇ、どこに行くの?子供だけでエンドに行くなんて危険よ」
「なら帰れ」
マリーが黙る。
けど、すぐに口を開く。
「ナイフを投げるなんて危ないじゃない。当たったらどうするのよ」
「俺がマリーに怪我をさせると思ってるのか」
「…ごめんなさい」
すごいな。
マリーを簡単に黙らせることが出来るのなんてシャルロぐらいじゃないのか。
「助けてくれて感謝してるわ。二人とも、ありがとう」
こんなにしおらしいマリーを見るのは初めてだ。
『こういう時こそ魔法を使えば楽なんだぜー』
確かに、そうなんだけど。
『でも、お前って魔法が下手そうだからなー。あの場で全員感電させるよりは剣で戦った方がマシだったかもな』
…それ。褒められてるって思うことにするよ。




