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旧作2-2  作者: 智枝 理子
Ⅴ.夢と選択
33/40

01 王国暦六〇〇年 カプリコルヌ 二十五日

「久しぶり、カミーユ」

「……」

「どうしたの?座ったら」

「今日も言わないのか?」

「言わない」

『お前が前に言ってた取引だっけ?本当に取引だったのか?それ』

「あのさ、」

「課題は?」

 言う気もないし、聞く気もないみたいだな。

 ロニーから出されていた課題を鞄から出して渡す。

「採点するから待っていて」

 課題の用紙に目を落とすロニーを眺める。

 …何も変わらない。

 錬金術の授業はいつの間にか数学やら古代語といった、本来の目的からそれたものになっているし。勉強会も月に一、二回に減ったけど。

 まだロニーとの授業は続いてる。


「騎士の授業。ロニーはどれぐらい取ってるんだ?」

「新設されたものから順に全部取ってるよ」

 教師から受け取った選択科目のモデルをロニーに見せる。

「弓も槍も初めて扱う。乗馬は少し楽しみだけど」

「弓の授業は私も受けるよ。次年度から新設されるからね。…槍の授業はもう終わっちゃったな。カミーユがやるなら、もう一度同じ授業を受けても良いけど」

「意味あるのかよ、それ」

「一緒に戦えるよ」

 そういえばロニーの実力って知らないな。

「君は、このモデル通りに授業を取るんだよね?」

 教師からもらったモデル。

「言われた通りにするつもりはないけど…」

 正直、これ以外の選択肢があるのかはわからない。

 錬金術の実験を入れたかったけれど、昨日一晩考えた限りでは、どう考えても取れそうになかったのを思い出す。

「魔法と錬金術は全く違うものだ。それは勉強していればわかることだよね?」

「わかってるよ」

 授業でやってる内容を聞く限り、全く別物だ。

 だから、錬金術の実験の授業を取る為には、並行して取らなければならない錬金術の授業が多い。

 騎士の科目と魔法の科目、それに加えて必修の教養科目を取ることも考えると、他の科目を取るなんて不可能。

 無理して取ろうとするなら何かを削らなければいけないことになるんだけど…。

「私には、君が魔法専門科を目指しているようには見えないんだけど」

「目指してるよ」

「それなら、私に魔法のことを教えて欲しいって言わないのは何故?」

『お前、魔法に興味ないんだろ?俺様と契約しておいて一度も魔法を使ってないもんな』

 図星だから困る。

「ねぇ、カミーユ。私と決闘をしない?」

「は?」

『お。面白そうだな』

 いきなり、何言ってるんだ?

「勝てたら、なんでも一つ言うことを聞いてあげる」

「それって…」

「負けたら、言うことを聞いてもらうよ」

 だよな。

「俺が負けたら何をさせる気だ」

「負けるのが怖いの?」

「挑発には乗らないぞ」

『つまんねー奴だな』

 ブレストはなんでこんなに好戦的なんだよ。

 だいたい、負けた時のリスクが高すぎる。

 勝てば確実に俺の望みは叶うけど、負ければ状況が悪化する。しかも、相手は近衛騎士を目指している騎士の卵。俺よりも年上で経験豊富な相手に対して俺が勝てる見込みは低い。

 それなら今の状態を維持する方がましだろう。

「君って変なところで冷静だよね。残念だな」

 あれ。引きさがるのか。

「じゃあ、この話しはなしだね」

「気になるだろ。俺に何をさせたかったのか話せよ」

 ロニーが俺を見上げる。

「付き合って欲しい」

 付き合う?

「どこに?」

「どこだと思う?」

「魔法研究所じゃないだろうな」

「違うよ」

「なら、別に付き合っても良いぜ」

「そう。なら行こうか」

「今から?」

「外出禁止令、出てないよね?」

「出てないけど…」

「近くだから、制服のままで平気だよ。行こう」

「おい、どこに行く気だ?」

「錬金術研究所」

 なんで?


 ※


 錬金術研究所と魔法研究所。

 王立魔術師養成所とは、この二つの研究機関に入れる人材を養成する為の場所だ。

 けど、全員が研究機関に入るというわけじゃないし、養成所の高等部まで通うとは限らない。

 養成所は同年代の貴族の子供たちに加え、王族も通う特殊な場所だ。だから、一般教養や魔法を学んで同年代の貴族との繋がりを作れば、中等部で卒業するケースも多い。研究所に入らないなら高等部で学ぶような専門的な知識は不要とされているからだ。

 アレクシス様だって、今年のヴェルソに卒業する。王族は中等部で卒業し、その後は城で帝王学だとかを学ぶことになっている。

 アルベールも中等部で卒業するんじゃないかって言われてる。アルベールは代々書記官を務めるオルロワール家の長男で、将来オルロワール家を継ぐ人間。高等部の専門科に進む必要はなく、伯爵を手伝って書記官の勉強をするべきだから。

 俺の家だって騎士の家系だ。高等部の魔法専門科に進む予定だけど、卒業後に研究所に入ったりなんかしない。養成所では魔法について詳しく学び、魔法剣士としての技量を身に着け、騎士を目指す。

 だから…。


 だから。錬金術研究所になんて用はないんだけど。

「連れて来たよ」

 ロニーに案内されて、研究所の一室に入る。

「良く来たな。カミーユ」

『昨日の奴じゃねーか』

「ナルセス?」

 なんで?

「知り合いだったの?」

 それはこっちの台詞だ。

「昨日、養成所で会ったばかりだ」

「養成所?何しに行ったの?」

「新しい給水塔の設計を頼まれているから、養成所の給水塔を見に行ってきたんだ。王都では、あれが一番新しいものだからな」

「仕事ってそれか」

「そうだったの」

「カミーユとは一度ゆっくり話をしてみたいと思っていたが。こんなに早く連れて来るとは思わなかったぞ」

「私とカミーユは騎士を目指す同志だからね。快諾してくれたよ」

『本当にこいつの言ってることは適当だな』

 適当っていうか…。

「お前は変わった人間に好かれるな」

 どういう意味だ。

「座れ」

 席に促されて、ソファーに座る。

 ナルセスは机に向かって何かの薬を調合している。

 ロニーは…。コーヒーを淹れるらしい。

「卒業後の進路は決めたか?」

「騎士になる」

「つまらない答えだな」

 失礼な奴だな。

「俺の家は、」

「卒業後、錬金術研究所に来ないか」

「は?」

「言っただろう。エルロックよりカミーユの方が研究所に欲しいと」

 あの話しか。

「錬金術研究所には薬学を扱う専門部署がないんだ」

「ない?なんで?」

「新薬の開発が必要がないからだ。すでに知られている薬で代用可能な病が多く、難病の多くは魔法や精霊の奇跡を頼ればどうにかなるからな」

 確かに。

「しかし、既存の薬でも魔法でもどうにもならない病も存在する」

「エルみたいな?」

「そうだ。エルロックの声を取り戻した薬。あれはかなり優秀な薬だ。余計な成分も多いが、強制的に声を上げさせるという目的を十分に果たす」

 目的は、そうだったんだけど。

「エルロックが声を出せなかったのは精神的なダメージが原因だ。発声に関して彼には何の問題もないから…」

「なんでそんなに詳しいんだ?」

「私はフラーダリーに頼まれてエルロックを看ていたんだ。彼女は私の同期で友人だからな」

 それでエルと知り合いだったのか。

「後は本人次第だから放っておけば声は出ると思っていたが。君の薬は声帯に働きかける薬。声を上げるために出す微弱な振動を、より大きくする効果もある」

 あの薬が、そこまでちゃんと効果があるものだったのかわからない。

「つまり」

 ナルセスが俺の向かいに座り、作っていた薬を飲む。

「こういうことだ」

 思わず耳を塞ぐ。

「多少改良したが」

 どんだけ拡声作用があるんだよ。

「はい、どうぞ」

 ロニーが俺とナルセスの前にコーヒーを置く。

「それ、本当に俺のレシピか?」

 あのレシピは俺とロニーしか知らない。

「私がナルセスに教えたんだから間違いないよ」

「…お前か」

「そういうわけだ」

 ナルセスがコーヒーを飲む。

「アレクから頼まれて、エルの声が出るようになったことを報告するついでに教えてあげたんだよ。ナルセスが治せなかった病気の治療薬を開発した子がいるって」

『嫌味な奴だなー』

「素晴らしい才能じゃないか」

 …声の大きさが戻ってる。

「悔しくないの?」

「私は水の専門科であって、薬の専門科じゃない。…ただ。カミーユがやっていたのは人体実験だ。以後、安全性の確認も済んでいない薬をいきなり患者に与えるようなことはしないように」

「ちゃんと私が監督してたよ」

 してた、だって?

「専門家でもない学生の監督下なんて遊びと変わらないだろう。ただでさえエルロックは不用心に何でも信用するんだ」

『あいつって馬鹿なんだか天才なんだかわからないからな』

 エルが俺の作った薬を疑いもせず一気飲みしてたのを思い出す。

 …あれは、危ないよな。

「さて、薬の話しだが…」

「ナルセス、ここって何もないの?」

「菓子ならないぞ。受付から持って来い」

「雑用じゃないんだけど」

 ロニーが肩をすくめて、部屋を出る。

 取りに行くのか。

「話しを戻すぞ。おそらく、エルロックはずっと喋っていた。声が出ないことに慣れていたせいで自分の声帯の振るわせ方を忘れていたんだろう。この薬の、声帯に刺激を与える成分によって声を出せるようになったと考えられる」

「ちょっと待て。エルはその薬を飲んで吐いた後に喋れるようになったんだぞ。薬の効果かどうかは微妙だ」

 ナルセスだってコーヒーを飲んだだけで状態が戻ったのに。

「良い解釈だ。しかし、この薬の効果で間違いない」

「なんで?」

「検証済みだ。声が出ないよう機能を停止させられていた部位に刺激を与えることで、動作可能な状態に変えたんだ」

 休眠状態だった機能を起動させたってことか?

「飲み過ぎは毒になるが、必要量なら体に害のある成分もなく副作用もない、理想的な薬だと言える。…君の目の付け所は優秀だ。声を変えるドロップも面白い」

「あれはエルが作ったものをシャルロに言われて加工しただけだ」

「謙遜する必要はない。錬金術の目的とは、」

「魔法を使えない市民が魔法を使えるようになるためのもの」

 錬金術関連の本には必ず書かれている。

「その通りだ。魔法の加工であり、疑似的な魔法であり、一般の人間にも扱え、安全で理解しやすいものである。…エルロックのセンスも天才的だ。目的のものを作成するということは、言うほど簡単な作業ではない。彼も是非うちで引き取りたい逸材だがね。好きにさせることがアレクシス様のご意思だと言うなら従うまでだ」

 エルの治療に携わったってことは、いろいろ知ってるんだろうな。

「カミーユは本当に騎士を目指しているのか?」

「え?」

「ロニーの話しを聞く限り、とても優秀な錬金術師になれそうだと思うが」

「俺は…」

「君の夢は何だ?」

「夢…」

 騎士になること。

 それは兄弟の夢で。

 養成所に入る前から決まってたことで。

 アレクシス様に会って、前よりも明確な夢になったはずだ。

 疑問を挟む余地のないほど当たり前のこと。

 …でも。ロニーから錬金術を学んで。

 エルとシャルロと一緒に実験室で色んなものを試して。

 俺は…。

 でも、あれは遊びのはず。

 だって、俺は騎士の家系で…。

 あれ?

 騎士の家系じゃなかったら、俺は?

「悩める時間は少ないぞ。中等部に入る頃には将来の進路を決めておかなければならない。せいぜい後悔しないように選択すると良い」

 だめだ。兄貴がせっかく俺が騎士になれるようにしてくれてるのに。

「一つ朗報をやるとすれば。アレクシス様はお前のことを気に入ってるようだぞ」

「え?」

「あの方は気に入らない人間は傍に置かない。花見に連れて行くぐらいなのだから、相当気に入られてるんだろう」

 本当に?

「アレクシス様の近衛騎士になることも夢じゃない。何より、ロニーがそう思ってるようだからな」

 そうだ。

 迷う必要なんてない。

 だって俺は。

「面白いレシピをやる」

「面白いレシピ?」

 レシピを見る。

 これって…。

「興味があるか?」

「ある」

「これをエルロックに渡してくれ」

 白い粉末の入った瓶。

 ラベルがない。

「これは?」

「何だと思う?」

 まさか。

 レシピの中の一つを指す。

「正解」

 本当に?

 国で管理されている重要品目の一つじゃないか。

 錬金術研究所でも保管されてるって聞いたことがあるけど…。

 そうか。これが、昨日ナルセスがエルに言っていた、材料を揃えるのが難しいもの。

「俺が用意してやれるのはこれだけだ。扱いには気をつけろよ」

「わかった」

 エルがやりたがってた実験って、これだったのか。

「ついでにこれも渡しておこう。失敗した時に必要になる」

 水の玉だ。

「レシピについて質問はあるか?」

「じゃあ、これさ…」


 ※


 一通り、ナルセスと話していたら夕方になった。

 ロニーは研究所のロビーで読書をしてたらしい。…菓子を取りに行ってたんじゃなかったのか。

「カミーユってさ」

「なんだよ」

「信じられないぐらい馬鹿だよね」

「は?」

「君はアレクの騎士になることを諦めたの?」

「そんなわけあるかよ」

「だったら、どうしてレシピなんて貰ってるの?こんな時間までナルセスと錬金術の話で盛り上がってた理由は?」

「ここに連れて来たのはお前だろ」

「それはナルセスに頼まれたからだ。私はちゃんとナルセスに言ったよ。カミーユを研究所に誘うつもりだったら、騎士になることを諦めさせてって」

「なんだよ、それ」

『そんな話ししてなかったんじゃないか?あいつ』

 騎士を諦めろなんて言ってなかったけど。

「選べるのは一つだ。アレクの騎士を目指すなら、そろそろ錬金術と縁を切った方が良い。錬金術を学んでる余裕がないの、わかってるよね?それとも、騎士の課程をあきらめて魔法を中心に学ぶ傍ら、錬金術を学ぶと言うの?」

「そんなわけないだろ。騎士の課程を勉強しないなんて考えられない」

 兄貴がせっかく会長に掛け合ってくれたのに。

「それなら、あのモデルの通りに授業を受けないと。魔法をちゃんと学べるのは養成所だけだ。魔法を剣術に応用する技術を身につけたいと思うなら、魔法の勉強を捨てるなんてしてはいけない。騎士を目指すなら従騎士になれば良いけれど、魔法を学べる機会なんて養成所以外でないんだよ」

 知ってる。

 だから、親父は俺を養成所に入れたんだ。

 魔法を勉強させるために。

「カミーユ。悩むことないよね?君が目指しているのは、ずっとアレクの近衛騎士だったはずだ」

「そんなのわかってる」

 言われなくたって。

 あぁ、くそ。

「お前、なんでそんなに俺に構うんだ」

 ロニーが驚いた顔をする。

「君が目指すべき方向を曲げたのは私だから。これでも、責任を感じているんだよ」

「何言ってるんだよ。俺は、目指すべき方向を曲げられたなんて思ってない。ロニーが俺に錬金術を教えてくれたことは感謝してる」

 俺はエルの声を取り戻したかったから。

「っていうか。あの時、お前だって言ってただろ。エルの声を取り戻してくれてありがとうって。お互いに理想的な結果を勝ち取っただけだ」

「…馬鹿みたい。私と君の目的は違う。アレクが喜ぶことをしてくれたから感謝しただけだよ」

 あぁ。お前はそういう奴だよ。

「あ~あ。他にも行きたいところがあったんだけどな」

「今から?」

「散々待たされたせいで時間が無くなったんだ」

「悪かったよ」

「しょうがないから、明日にでもエルを誘って遊びに行こうかな」

「は?…なんでそうなるんだよ」

「いけないの?」

「エルが乗るか知らないぞ」

「エルは必ず来るよ」

 ロニーが微笑む。

 その自信はどこから来るんだよ。

 エルはロニーのことが苦手なのに。


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