07 ?
「何の用?」
「どうして、魔法研究所に情報を流したんだ」
「何のこと?」
「お前なんだろ?エルが十五日にグラム湖に行くってばらしたの」
「ばらした?…誰に何をばらすって言うの」
「いいから答えてくれ」
「答えて欲しいなら、ちゃんと質問をして」
「エルがグラム湖に行くのを知ったのはいつだ」
「十五日だよ。アレクが今日の予定は変更って、あの日の朝に言ったんだ」
「違う。そんなはずはない。もっと前に知ることが出来たはずだ」
「前って…。もしかして、十二日のこと?確かに、アレクからエルが桜を見に行くらしいって聞いたけど…」
「いや、違う。もっと前に知ってたんだ」
「もっと前って?」
「エルから聞いたんだろ?」
「いつ聞いたって言うの」
「…シャルロが言ってたんだから、犯人はお前で間違いないんだ」
突然、相手が笑いだす。
「なんだよ」
「あぁ、面白い。…たまには、ちゃんと自分で情報を集めて考えてみたらどうなの、カミーユ。シャルロの言ってることが百パーセント正解だって信じちゃう辺り、本当に騙されやすいよね」
「どういう意味だ」
「シャルロに何回騙されたことがある?」
「え?」
「ほら、今も騙されてるかもしれないよ。…シュヴァイン家がどんな家か教えてあげようか。君はシャルロを全面的に信頼してるようだけど…」
「シャルロは俺に嘘なんて吐かない」
「どうして?」
「友達だから」
「私よりもシャルロが信頼できるってこと?」
「信頼してるよ。どっちも」
「じゃあ、教えてあげる。君が疑うべきはシャルロであって私じゃない」
「違う。お前だ」
「根拠は?」
「シャルロが犯人なんて有り得ない。シャルロは今回の件が、かなり情報が漏れにくい環境で起こったことを知っていた。シャルロが自分しか知り得ないかもしれない情報を、誰かに漏らすなんて考えられない」
現に、アレクシス様だって言ってたんだ。
すべての情報を正確に把握していたのは、俺とシャルロしか居なかったって。
「そう。それでシャルロが犯人ではないって言うんだね」
「そうだよ」
「そうだね。私もきっと、そこまで機密性の高い情報だって知ってたら、誰かに言ったりはしないかな」
「だから、お前は知らなかったんだ。八日の日に、エルがお前に簡単に口を滑らせた内容の話しが、アレクシス様ですら知らないような話しだったなんて」
「なんだ。もう、エルから聞いてたの」
「…あぁ」
「そうだよ。私は八日にエルから聞いたんだ。…あの日。私は、中庭の桜に花が咲いてたって教えてあげただけなんだよ。そしたら、グラム湖にマリーと行くって言うじゃないか。日にちだって簡単に教えてくれたよ。…内緒の話しなんて、全然思わなかった。アレクも十二日まで知らないことだったなんてね」
「エルはマリーから口止めされてたんだ。クラスの誰にも言わないように。お前なら喋っても良いと判断したんだろ」
「そんな単純な理由で、あっさり私に話したの」
「そうだよ。十二日にアレクシス様に言ったのも、同じ理由だ」
「…そうだったね。ねぇ、どうしてエルが私に喋ったと思ったの?」
「情報が漏れるのはエルからしか考えられなかったし、シャルロが犯人はお前だって言ってたから」
「後はエルから聞き出せば終りだったってことか」
「違う。俺はエルから何も聞いてない」
「え?」
「俺がさっき八日って言ったのは、俺がエルと一緒に居なかったのがその日だけだったからだ」
エルがマリーに誘われた八日から、ロメインがヴィクトル研究所にキマイラを取りに行かせた十日までの間。エルが誰かに喋ったとしたら、その期間だ。
「九日も十日も授業があったし、放課後はいつも通り実験室で過ごして寮に帰ったんだ。一緒に居なかったのは八日の午後だけ。だから、エルが俺の知らないところで誰かに話したとしたら、八日しか考えられない」
俺はエルに変なこと言われたせいで、その後一緒に居なかったから、あの後のエルの行動は知らない。
「ひどい。そんな理由だったなんて」
「なんだよ、文句あるのか」
「一個教えてあげる。…エルと会ったのは八日の夜だよ。本当に偶然だった。エルは本を返し忘れていたから、返却期限に気付いて慌てて返しに来たんだよ。返却期限が九日だったら、九日の夜、つまりカミーユが知らない時に返しに来ただろうね」
「あ…」
「そんな適当な理由で追い詰められたのがショックだよ」
「悪かったな」
「どうせ、そんなに隠すことでもないし。良いけどね。…認めてあげる。私はロメインに情報を流してる」
認めた。
「話しはこれで終わり?」
「いや、終わりじゃない」
「まだ何かあるの?私は情報は流してるけど、エルには何もしてないからね」
「情報を流すのをやめろ」
「断る。アレクだって何も言わないのに。どうして私がカミーユの言うことを聞かないといけないの」
「なんで、アレクシス様はお前の行動を咎めないんだ」
「私がやってるのが、エルの素行報告だからじゃないの」
「素行報告?」
「そのままだよ。エルが養成所でどんな風に過ごして居るか。私がロメインに報告しているのはそれだけだよ。そのついでに、エルがグラム湖に行くって話しも報告したんだ」
「なんで?」
「君たちは、エルのことを調べているのに気づかないの。あの子は危険だ。街一つ消滅させておいて平然と生きているような子供だよ。怖くないの」
知ってる…?
「何を驚くの?知っているに決まってるじゃない。私がロメインに協力するのは、エルが危険な存在だからだ。あの子はクロライーナの奇跡。精霊戦争の発端になり、クロライーナを消滅させた張本人」
「でも、エルは何もしてないだろ」
「何もしてない?それ、本気で言ってるの?精霊がエルの為に、二手に分かれて戦ったんだよ。あの子さえいなければ戦争は起こらなかった」
「なんだって?」
「それが魔法研究所の出した結論。でも、すべては隠されてる。魔法研究所ですら、あの子を殺さずにかばう。あの子が生きてるせいで、魔法研究所は精霊戦争の真実を公表できないというのに」
魔法研究所は、精霊戦争の実態を完全に把握していて、全部隠してたのか。
…そうだよな。精霊戦争が解明されれば、エルがクロライーナの奇跡であることがばれる。エルの存在を隠す必要があるなら、精霊戦争の原因は、永遠に不明でなければならないんだ。
「エルを殺す気がないなら、早く捕まえてヴィクトルの研究材料にした方が、よっぽど国の利益になる。なのに、アレクはあの子をかばってる。人を、精霊を殺したあの子を、普通の人間として生きさせようとしてる」
「俺はアレクシス様の意見に賛成だ。エルが殺したわけじゃない。エルにはなんの力もないんだぞ。精霊がエルを救うために戦争をしたとして。エルに何の責任があるっていうんだ」
「エルは精霊を騙したと思わないの。精霊をたぶらかして戦争を引き起こし、今度はアレクをたぶらかしてる。いずれこの国に戦争をもたらす存在になると思わないの」
「は?…あり得ない。どう考えたら、エルが戦争の種になるって…」
「エルの存在は他国からも狙われてるんだよ。エルの為に戦争が起こるかもしれない」
「子供一人の為に、戦争が起こるって言うのか」
「現に、起こったじゃないか。精霊戦争が。…もしエルに命の危険があれば、アレクも君も、エルを救うのだろうね」
「救うよ、当然だ」
「好きだから?」
「え…?」
なんで、知ってるんだよ。
「違うの?」
「…そうだよ。俺はエルを愛してる」
「カミーユ。目を覚まして。おかしいよ、みんな。エルに騙されてるとしか思えない」
「は?何言ってるんだ」
「ねぇ、カミーユ。私は間違っている?エルが本当は大嘘吐きで、全部演技だったらどうするの?エルの目的が、この国を滅ぼす為で、その為に有力者に取り入っているとしたら?」
「そんなわけ…」
「ない、と断言できる?」
エルが、この国を滅ぼすなんて。
あり得ない。
でも、精霊戦争の原因はエルで間違いない。
そして、生き残ったのはエル一人。
「あの子は悪魔だ」
「悪魔?」
「そうじゃないか。人の命をもてあそんでる。どうして皆、エルの為に命を懸けようとするの。…それがアレクだったら納得するよ?彼は生まれながらにしての王者。人を導く存在だ。彼の為に人が死ぬと言うのならわかる。けれど、エルは違う。ただの子供じゃないか」
「そうだよ。だから、アレクシス様はエルに、普通の子供として生きて欲しいんだ」
「私の話し、聞いていた?」
「聞いてたよ。…でも、やっぱりエルが何かしようとしてるなんて考えられない。どうしてお前はそこまでエルを悪役にしたいんだ」
「殺したいほど憎んでるからに決まっているじゃない」
「…なんだって?」
「私はエルの存在を許さない。どうして生きてるの。あの子さえいなければ平和なのに」
「だから裏切ってるのか?」
「裏切ってなんかいないよ。アレクの為だ。…アレクがエルを守るように言ってなかったら、今すぐに殺してる」
「直接手を出せないから、魔法研究所に協力してるのか」
「そうだよ。魔法研究所がエルを保護するのが一番良い。…君に錬金術を教えたのだってそう。エルに毒でも飲ませてくれないかと思ったからだ」
「なんだって?…じゃあ、お前が俺に教えたのって、」
「間違ったことは一つも教えてないよ。君が言ったんじゃないか。クラスで一番頭が悪いって。それなら、中途半端な錬金術の知識で調子に乗って、勝手に失敗してくれると思ったんだ。なのに、君はその才能を開花させて、エルの声を取り戻してしまった」
「…お前、そんなこと思ってたのか」
「君はエグドラ家の二男。まっすぐで、純粋で、優しくて。これほど騙しやすい素材はないよ」
酷い言われようだ。
「頼むから、もうエルに手を出すな。魔法研究所に情報を流するのはやめろ」
「どうして私が君の頼みを聞かなきゃいけないの」
「どうすれば、俺の頼みを聞いてくれるんだ」
「…なに?エルから手を引けば、何でも言うことを聞いてくれるとでも言うの」
「あぁ」
「馬鹿みたい。内通者が私一人とは限らないのに」
「たぶん、お前が一番厄介だ。近くに居過ぎる」
「そう。…なんでも言うことを聞いてくれるの」
「条件次第だ」
「エルを殺してっていう頼みは聞けないってことだね」
「当たり前だろ」
本末転倒じゃないか。
「…うん。そうだね。考えてあげても良いよ」
「え?」
「その、取引」
「本当か?」
「でも、内容はすぐに決められない。君が叶えられるもので、決して受け入れ難いような内容にしなくちゃいけないからね」
恐ろしい奴だな。
「だから、それまでは保留。保留の間は、情報を流すのをやめてあげる。それで構わない?」
「随分、俺にとって良い条件だな」
「将来の同僚になるかもしれないんだから。それぐらいのサービスはしてあげるよ」
「お前、こんなことして、アレクシス様の近衛騎士になれると思ってるのか」
「もちろん。私は一つもアレクに逆らってないからね。アレクは私に、情報を流すのをやめるように言わないし、私はエルを可愛がってるじゃないか」
あれ、可愛がってるって言うのか。
…でも、良く考えたら、エルはこいつの態度の真意をわかっていたのかもしれない。
だから苦手だって言ってたんだ。
「じゃあね、カミーユ。次の授業は明日だから忘れずにね」
「まだ、続けるのか」
「嘘をつくのが上手くなりたいなら、私に付き合うと良いよ。今の話しをした私と、普段通りに接することが出来るなら、君も私やシャルロの様に、呼吸をするぐらい簡単に人を騙せるようになるからね」
「そんな人間になりたくないぞ」
「エルにばれたくないんだよね?」
「あぁ」
「なら、頑張らないと」
「お前、俺の味方なのか?敵なのか?」
「私は初めからずっと君の味方だったじゃない。…私の敵は、エルだけだ」
なんつーか。
複雑すぎるだろ、それ。
「じゃあね、カミーユ。シャルロにもよろしく」
俺は、誰と話してたんだ?
俺自身が敵だと思ってたやつと話してたんだよな?
…でも、あいつはあいつなりに正当な理由を持って、情報を流してる。
アレクシス様の為に。
何が正しくて、何が間違ってるんだ。
わからない。
でも。
俺はエルを守りたいと考えてる。
それだけは確か。




