01 王国暦五九八年 コンセル 二日
「ねぇ。新入生、今日から来るのよね」
「らしいな」
別に、興味ないけど。
「どんな子かな」
「楽しみだよねぇ」
朝からお喋りのセリーヌとユリアに捕まるなんて。
「男なんだろ?」
「問題はそこじゃないわよ。この養成所に中途入学なんて、前例がないらしいのよ。ねぇ、シャルロ?」
「セリーヌ、ユリア。もうすぐホームルームだぞ。席に着け」
「まだ時間あるじゃない。あぁ、どんな子かな」
「かっこいいと良いなぁ」
「ユリアはそればっかり」
「だってぇ、養成所きっての天才に違いないんでしょ?ねぇ?」
「…中途入学の試験は、まず合格できないように作られてる。天才なのは間違いないだろうな」
そんなに難しい試験を合格した奴なのか。
「ただ、そんな試験を受けるぐらいなら一年待てば良いはずだ。わざわざこの時期に入学させる意図がわからない」
「相変わらずお硬いねぇ」
「同じ年だからじゃないの?」
「クラニスなんて貴族、聞いたことがない。おそらく他国からの留学生だ。留学生なら年齢を気にすることなんてないだろう」
そういうもんかな。
シャルロが言うならそうなんだろうけど。
チャイムが鳴って、ユリアとセリーヌが席に着く。
朝のホームルームの時間だ。
間もなく、教師が誰か連れて入ってくる。
あれが、新入生?
男にしては長い金髪の、端正な顔立ちの少年。
何より目を引くのが、瞳の色。
「今日からこのクラスに入ることになった、エルロック・クラニスだ。少し遅れて入学になったが、仲良くするように。…エルロック、空いている席に座れ」
ブラッドアイ。
紅色の瞳。
それって、吸血鬼種の色だ。
その生徒が歩いてくる。
空いてる席って、今朝来たら用意されてた俺の横。
一番後ろの窓際だ。
「よぉ。俺はカミーユ」
目が合う。
けど、すぐに目をそらされた。
エルロックは、そのまま隣の席に着く。
「おい、なんか言えよ」
なんて無愛想な奴だ。
「変な奴」
一限目は苦手な言語学。
あれ?
言語学の教科書の他に、エルロックは歴史の教科書を出してる。
まさか間違えてる?
「授業を始めるぞ」
言語学の教師が壇上に立つ。
その内、気づくだろ。
…と、思ってたのに。
授業も半ばになっても、教師の話しを全く聞かずに、新入生は歴史の教科書を読みふけっている。
教師にも気づかれてるみたいだけど。
良いのか?それ。
「エルロック。この文章を訳してみろ」
エルロックは顔を上げない。
あ~あ。
目をつけられたな。
「おい、エルロック!」
ようやく、エルロックが顔を上げる。
「入学早々、俺を無視とは良い度胸してるな。これを訳してみろ」
教師が、チョークで黒板に書かれた文章を示す。
ぼーっと、何を考えてるのかわからない表情のままエルロックは立ち上がると、黒板の前に行き、問題の文章の下にすらすらと文字を書く。
流石、天才。
こんな問題余裕か。
「あれ?」
教室がざわつく。
なんで、二種類?
下段に書いたの、なんだ?
「戻れ」
エルロックが席に着く。
「あれ、何の言語だ?」
見たこともない。
「これは古代語だ。後期に学習する。質問があるなら休憩時間に受け付けるから、次のセンテンスに移るぞ」
古代語だって?
なんで、わざわざそんなの書いたんだ。
問われてもいない問題に答えるなんて嫌味な奴だな。
隣を見ると、また歴史の教科書を読んでいる。
この授業で学ぶことはないって言いたいのか。
二限目は数学。
休憩時間もぶっ通しで歴史の教科書を読んでる。
授業が変わったのには気づいて、数学の教科書を机の上に置いていたけれど、授業を受けている気配はない。
教師の問いに対しても、簡単に答えを黒板に書いていた。
養成所に通う意味あるのか?こいつ。
昼休みになっても読んだまま。
チャイムが鳴ったのに気付いてない?
耳が遠い?
「エル、居るかい」
エルロックが顔を上げる。
教室の扉が開いて、姿を現したのは…。
「アレクシス様」
誰かが、その名を呼ぶ。
「こんにちは。失礼するよ」
なんで?
ラングリオンの第二王子、アレクシス様。
中等部に通われてるっていうのは知っていたけど。
こんなに間近で見たの、初めてだ。
金髪碧眼の麗人。
他人を魅了する存在。
「授業は楽しかったかい?」
アレクシス様が、エルロックの側まで行って、親しげに声をかける。
エルロックと何か話しているのかもしれないが、エルロックの声は聞こえない。
「すぐに面白くなってくるよ。おいで。ランチに行こう」
アレクシス様がエルロックを連れて教室を出る。
どういう、ことだ?
「あいつ、何者なんだ?」
「アレクシス様が、わざわざ迎えに来るなんて」
ルシアンとジャンルード。
「シャルロは何か知ってるか?」
「さぁな。あの新入生、アレクシス様が連れて来たのか?」
「それなら誰も素性を知らないっておかしいだろ」
「だよなぁ」
アレクシス様に関係あるなら、教師だって説明するに違いない。
「どこの出身なんだ?」
「先生は何も言わなかったよなー。留学生なら出身ぐらい言うはずなのに」
「古代語が自在に操れるみたいだったけど」
「古代語が詳しいからって、どこの出身かわからないだろ」
「頭が良いのは確からしいぜ。あいつ、午前中ずっと歴史の教科書見ながら、教師の出す問題解いてたんだから」
「なんで、歴史?」
「良くわからない奴だな…」
「ま、いいや。そろそろランチに行こうぜ」
食堂は、時間を置いて行った方が混んでなくて良い。
けど。
「お前ら、まだ食ってるのか」
マリーとセリーヌ、ユリア。
一番先に教室を出たはずだけど。
「あ、みんな。丁度良いわ。ねぇ、エルロックと話した?」
「何も話してねーよ」
無視されたし。
「アレクシス様、かなり彼を気に入ってるみたいだけど」
マリーたちの隣のテーブルに座る。
「ほら、あそこ」
マリーたちが指を指した先で、アレクシス様たちと一緒に居るエルロックが見える。
一緒に居るのは、取り巻きのグリフレッドとヴェロニクだろう。
「どういう知り合いなのかなぁ」
「グリフレッドと同じ出身なんじゃない?」
グリフレッド。
アレクシス様の静養先の遊び相手で、幼なじみ。
アレクシス様が気に入って養成所に入学させたらしい。
「それなら中途入学の意味が分からない」
「そうだよな」
「ブラッドアイだから、入学を拒否されたとかぁ?」
あの、紅の瞳。
「まさか。そんな差別、養成所がするわけないだろ」
「そうかなぁ。だって、王都に吸血鬼種なんてぇ、居ないじゃなぁい?」
「吸血鬼種は黒髪にブラッドアイだ。エルロックは金髪だぞ。吸血鬼種じゃない」
「金髪にブラッドアイなんて、聞いたことないわ」
「黒髪の子は、色んな瞳が居るみたいだけどね」
ブラッドアイなんて初めて見たからな。
王都には、吸血鬼種はもちろん、黒髪の人間だって居ない。
そういう風潮があるのだ。
黒髪の人間というだけで入店拒否をするような店や宿は多いから、黒髪の旅人は、王都ではフードを被って過ごすって話しだ。
「本当の吸血鬼は金髪だったりしてぇ?」
「あいつがそうだって言うのか?」
「だって、古代語もドラゴン時代の言語も完璧なんでしょ?不老不死の吸血鬼かもぉ」
「不老不死だったのは、吸血鬼の生みの親、魔王ドラキュラだけだろ」
「でも、配下は皆、悪魔だったんだよぉ?悪魔って不老だよねぇ?」
「そんな危ない奴を何で養成所に入れるんだよ」
全員が、黙る。
口を割ったのは、シャルロだ。
「いいかげんにしろ。くだらない本の読み過ぎだぞ、ユリア」
「吸血鬼伝説、読んだばっかりなのよねぇ」
「その本には吸血鬼の容姿はどう描かれていたんだ?」
「黒髪にぃ、ブラッドアイだけどぉ?」
「なら、あいつは吸血鬼種じゃない。この話しは終わりだ」
シャルロが会話を打ち切る。
シャルロも赤い髪でからかわれたことがあるから、あいつを庇うんだろう。




