05 王国暦五九九年 ベリエ 十七日 前編
放課後。
エルは今日居ない。
アレクシス様と一緒に出かけたのだ。フラーダリーと一緒に花見に行くらしい。
「結局、情報を漏らしたのって誰なんだ?」
アレクシス様がグラム湖に行くことを知っていた人間。
エルがグラム湖に行くことを知っていた人間。
考えてみたけど、さっぱりだ。
「アレクシス様と検証してもわからなかったんだ。俺もお前も誰にも話してないなら、考えられるのは一つ。エルが誰かに喋ったってことだ」
「喋るか?エルが」
「親しい人間なら喋った可能性がある」
そうかな。
エルは、俺とシャルロの前なら結構喋るけど、それ以外の奴が入ると途端に口数が減る。
誰かに話したとしたら、それは本当に限られた人間。
俺たちの知ってる奴に違いない。
「そんな身近に、魔法研究所に情報を売るようなやつが居たって言うのか」
「その通りだ。そいつはエルがグラム湖に行くことを確実に知っていた。それも、早い段階で」
「早い段階?」
「そうじゃないと、キマイラの準備なんてできないだろう」
エルとマリーを襲ったキマイラという亜精霊。
「あれ、魔法研究所の連中の仕業で間違いないのか?」
「間違いない。研究所の連中は、準備する時間が十分あったはずなんだ。…お前にも話しておくか」
「ん?」
「敵の名前」
「えっ。知ってるのか?」
「調べるのは簡単だからな。エルを狙ってる奴の名前は、魔法研究所の副所長、ロメイン。クロライーナの調査団の団長でもあった人物だ」
調査団の団長なら間違いないだろうな。
「あいつはエルを砂漠から連れてくるつもりだったらしい。それを横取りしたのがフラーダリーだ」
「横取りって。フラーダリーはエルを保護したんだろ?」
「ロメインはエルを王都に連れてくる根回しを全部済ませていた。エルは本来ならロメインに引き取られ、魔法研究所で保護する手はずだったんだ。…フラーダリーは自分の権限で勝手にエルを連れて来たんだよ」
「それじゃ、まるでフラーダリーが誘拐したみたいだぞ」
「その通りだ。フラーダリーはロメインを出し抜いて、砂漠でエルの保護者だった男に一筆書かせ、エルを勝手に砂漠から連れて来たんだよ。本当は自分の養子にするつもりだったようだが、年が近すぎるという理由で裁判所から突っぱねられた。フラーダリーはエルと八歳しか離れてないからな。フラーダリーはエルを養成所に入れることで、留学生の後見人という立場を手に入れ、エルの保護者として裁判所から正式に認められたんだ」
「え?じゃあ、フラーダリーがエルを養成所に入れたのって…」
「エルを守る目的以上に、自分が保護者になる理由が必要だったのかもな」
「待ってくれ。フラーダリーは、エルを守ってるんだよな?アレクシス様も」
「あぁ。でも、これだけ聞けば、フラーダリーが自分の権力…、実質的には何の権力も持っていないんだから、この言い方は少しおかしいか。陛下からご寵愛を受けている立場を利用して、子供を誘拐したとしか思えないだろう」
「そうだけど…」
なんだか頭がこんがらがって来た。
「だから、フラーダリーは誰にも助けを求めることが出来なかったんだ」
そういえば、前にシャルロが言ってたな。
エルの保護を、公共の機関に頼れないとかどうとか…。
「フラーダリーが頼れたのは、アレクシス様と養成所だけ。エルから目を離せば、エルは魔法研究所に正式な理由で連れて行かれてしまう。そうなれば、フラーダリーはエルを連れ戻せない」
「正式な理由って何だ」
「クロライーナの奇跡」
「なんだそれ」
「エルは、クロライーナの奇跡だから魔法研究所で保護する必要がある」
「何かの隠語か?…精霊戦争で生き残ったから、そんな風に言われてるってことか?」
「詳しくは書かれていなかったが、おそらくそうなんだろう」
精霊戦争で奇跡的に生き残った子供だから、クロライーナの奇跡か。
「エルを狙ってるのは魔法研究所だけじゃないらしいんだ」
「え?」
「国で保護しないとまずいらしい」
「は?」
「俺が見た資料には、エルがクロライーナの奇跡であることは他国にはまだ知られていない、と書かれてた。でも、知られる前に保護しなければ危険らしい。フラーダリーに横取りされて困ってるんだよ。研究所の連中は」
「…あのさ。フラーダリーは、悪い奴じゃないんだよな?」
「お前は誰の味方だ」
「それはこっちが聞きたいよ」
話が整理しきれない。
「わかったよ。フラーダリー視点で話しを整理しよう。魔法研究所はエルを砂漠から連れ出そうとしていた。それは、エルがクロライーナの奇跡だからだ。フラーダリーは魔法研究所がエルを保護することに反対し、無理やり自分で保護することにした。これで良いか?」
「…なんで反対したんだ?魔法研究所の目的って、エルの保護なんだろ?」
「国への説明はそうだが、実際どうだかはわからない。保護して何をするかなんて書いてなかった」
「やばい理由があるってことか?」
「その可能性がある」
「やっぱり悪い奴らなんじゃないか」
「…続けるぞ。フラーダリーは王都で、エルが自分の子供であると周知したんだ。アレクシス様と共に。これによって魔法研究所はエルに手を出しにくくなった。いくら正式な理由があるとはいえ、クロライーナの奇跡という話しはトップシークレット。それを盾にフラーダリーを訴えてエルを引き取ることはできない。なんせ、フラーダリーはエルの保護者に頼まれてエルを王都に連れて来たことになってるからな。そうこうしている内にエルは養成所に入り、フラーダリーはエルの正式な保護者になった。魔法研究所の連中は、エルを正式に引き取る方法を失ったんだ」
本当に、どっちが悪いのかわからないぞ。
フラーダリーを見る限り、エルを可愛がってるようにしか見えないんだけど…。
まさか、エルを気に入ったから自分の子供にした、なんて馬鹿げた理由じゃないよな?
「魔法研究所はエルを諦めたのか」
「諦めてない。正式な方法は止めて、無理やり奪うことにしたんだ。だから、エルから目を離せないんだろ」
ノックが二回。
シャルロが立ち上がって、部屋の扉を開く。
「はい」
「シュヴァイン家からお手紙です」
手紙の配達員か。
「あぁ。ありがとう」
「受領サインを。…はい。ありがとうございます。では」
扉を閉めて、シャルロが手紙を開きながら戻ってくる。
「十日…?」
「?」
「読んでみろ」
シャルロが俺に便箋を見せる。
ロメインから依頼を受けた使者は、十日にヴィクトルの研究所に向かいました。
帰還したのは十三日です。
「ヴィクトル?」
誰だ?
「ヴィクトルは、元魔法研究所の所員。擬似的に亜精霊を作る研究に成功したが、非倫理的な研究を行った罪に問われ、行方をくらました。今は地方に研究所を構えて非合法な研究を続けている。キマイラの出所はここで間違いない。輸送の時期は手紙に書いてある通りだ」
つまり、十日の時点で魔法研究所は情報を持っていた?
「っていうか、犯罪者じゃないか」
亜精霊とは、精霊に食われた生き物で、いわゆる化け物。
…擬似的に亜精霊を作る、だって?そんなことできるのか?
「俺はキマイラの出所はヴィクトルの研究所に違いないと思ったから、王都に帰ってすぐにキマイラの輸送時期を調べさせた。これはその結果」
そういや花見から帰った後、取りに行くものがあるって家に帰ってたな。
「この二人は繋がってる。ロメインは魔法研究所の資金をヴィクトルに流してるからな」
「は?」
まてまて。
「なんでそんなに色んなこと知ってるんだよ」
「知りたいか」
「え?」
なんで、確認するんだよ。
「知りたいけど」
「本当に、何も知らないんだな。カミーユ」
「どういうことだよ」
「情報収集はシュヴァイン家の十八番だ。情報操作もな。…何故、ノイシュヴァイン家からシュヴァイン家が分家として作られたかわからないか。ノイシュヴァインは裁判官として綺麗な仕事をする。シュヴァイン家はノイシュヴァイン家の為に、彼らが望む情報を集めるんだ。時にはねつ造もして」
「なっ…。どんだけブラックな家なんだよ」
「貴族ならみんな知っているぞ。シュヴァイン家に弱みを握られたらおしまいだって」
「お前、そんな家の跡取りを望まれてるのか」
「良く知ってるな」
「ロニーに聞いたんだよ」
「…もう少し、貴族社会というものに慣れろ」
どこでそんな情報得ろって言うんだよ。
俺の家は騎士の道一本なのに。
「ヴィクトルについて、もう少し教えておこう」
「あぁ」
「俺たちが生まれる前に、国中を荒らしていた恐ろしい亜精霊が居たんだ。その亜精霊は、生き物だった頃の原形をとどめないような、名状しがたい異形だったらしい。魔法研究所はその亜精霊を生け捕ることに成功し、その亜精霊について研究した。…その研究を行っていたのがヴィクトルだ。研究の結果、生き物が精霊の強い力を浴びると、突然変異する場合があるとわかった。そして、ヴィクトルは生き物に精霊の強い力を与え、異形に変化させる実験を行っていたんだ」
なんでそんなこと…。
「その結果生まれたのが、キマイラ?」
エルが言っていた亜精霊を思い出す。
獅子の首、山羊の首、山羊の胴体、蛇の口を持った尻尾。
「キマイラもそれで生み出された一つだ。王都で実験中に亜精霊が逃げ出す事件が起こってから、魔法研究所はヴィクトルに罪を着せ、この研究は打ち切った。…魔法研究所で行っていたのは、純粋な亜精霊の生態調査であり、そんな非合法な研究を勝手に行ったのはヴィクトル一人ということになっている」
「その資料をねつ造したのもシュヴァイン家?」
「大分、俺の話しがわかるようになってきたな」
そうなのかよ。
「魔法研究所は王立の機関。非合法な実験を奨励していたと世間に知られるのはまずいからな」
確かにそうだけど…。
「ロメインとヴィクトルは繋がってる。そして、ロメインはエルを狙ってる」
「あぁ」
「気づかないか?」
何に?
「エルはクロライーナの奇跡。…精霊戦争の生き残りで、精霊戦争を目の前で見ていた可能性がある唯一の人間」
だから、ロメインはエルを狙っている。
あれ?ヴィクトルの研究は、キマイラみたいな化け物を作り出す実験。
その方法は、生き物に精霊の強い力を与えて…。
「エルは、精霊の強い力を浴びた可能性がある?」
「そうだ。生き物が精霊の強い力を浴びて無事なわけがないんだ」
「エルは普通の人間だぞ」
「普通の人間で居られたのにも理由があるのかもしれない。もしくは、外側からは解らない変化があるのかもしれない。エルはヴィクトルの興味を引くには十分な存在だろ?ロメインはエルを引き取って、亜精霊の研究に使うつもりなんじゃないのか。…俺は、フラーダリーとアレクシス様が、無理を通してまでエルを保護した理由は、ここにあるんじゃないかと思ってる」
エル。
研究所に捕まったら、相当やばいんじゃないのか…?
なんで、本人にあんなに自覚が無いんだよ。
「ロメインをどうにかできないのかよ」
「できない」
「悪いことしようとしてるのに」
「エルの保護は国の意志だ。魔法研究所がエルを誘拐しても、それで罰せられることは絶対にない」
「そんな…」
「請われれば、シュヴァイン家は誘拐の事実を揉み消すだろう」
「お前、」
「それが俺の家の仕事だ。だから、エルが誘拐されれば誰も手は出せない」
エル…。
「何か、止める方法はないのか。そうだ、中心人物はロメインなんだろ?そのロメインは、研究所の資金の横流しをしてるじゃないか」
「そんなの調べればわかることだ。国が黙認してる可能性が高い」
「なんで?」
「ヴィクトルは犯罪者で指名手配もされているが、積極的に捕まえようとはされていない。一方で、ヴィクトルの研究は亜精霊の生態解明にかなり役立つ研究なんだ。研究のやり方は悪いが、結果は利益になる。研究成果が魔法研究所に還元されているのは確実だ」
「そう、なのか?」
「そうだ」
「陛下が、そんなことを認めていらっしゃるなんて…」
「お前はとことん、綺麗な奴だな。…まぁ、陛下がご存知かどうかはわからない。アレクシス様は確実に知っているだろうけどな」
アレクシス様が、エルを狙ってるのが誰か知らないわけないだろうから…。
「アレクシス様がこの件でロメインを訴えていない以上、この件でロメインを追い込むのは無理だ」
ほかの方法…。
何か悪い事でもやっていれば…。
「あ。そういえば、アレクシス様を襲った連中は?あいつら、魔法研究所の誰かなんだろ?」
「違う。魔術師ギルドに所属してる、指名手配中の魔法使いだ」
「…なんだよ。たまたま逃走中の魔法使いに絡まれただけなのか?」
「それ、本気で言ってるのか」
「違うのか?」
「信じられないぐらい理想的な回答だな。その理由で牢屋にぶち込まれたよ」
馬鹿にされた。
「あいつらは魔法研究所の連中に雇われてる」
「わかってるなら…」
「あいつらが雇い主について証言するわけないだろ。何も知らなかったか、知ってても絶対に喋らない相手。足がつかない奴を送り込んだんだよ」
「アレクシス様を襲えって?」
「違う。アレクシス様が戦ってるの、見ただろ?魔法研究所がアレクシス様の実力を知らないわけがない。アレクシス様の強さは噂に聞いていた以上だ。アルベールやレオナール、伯爵ですら、アレクシス様の単独行動を咎めなかった」
「…確かに」
伯爵はアレクシス様がグラム湖に到着した後、アレクシス様に近衛騎士を貸したりはしなかった。
普通なら王族が一人で歩いてるなら、王族の警備の強化を優先するはずなのに。
アレクシス様が近衛騎士を置かないのを知っているから、俺たちだけで行動するのを許可してたんだ。…もしかしたら、遠くから護衛をさせていたのかもしれないけど。
「じゃあ、あの魔法使い二人組は何をしてたんだ。襲うのが目的じゃないなら、尾行でもしてたのか?」
「アレクシス様は俺たちの尾行に気付いてたんだ。周囲に不審者が居たら絶対に気付く。尾行していた人間じゃない」
確かに。
「でも、戦ってたじゃないか」
「光の洞窟の近くは聖地で、許可なく入れない。アレクシス様は不審な魔法使いを見つけたから攻撃を仕掛けた。いや、攻撃というよりは、光の魔法を放って、けん制したんだろうな」
そういえば、俺が最初にアレクシス様の方を見た時。
何かが光って、驚いてアレクシス様の方を見ると、アレクシス様は自分の周囲に、魔法で作った金色の剣を浮かべて立っていた。
「そして、相手は反撃してきたから敵とみなし、戦った。…そんなところじゃないか」
そして見事に倒されて捕まったのか。
「おそらく、あの二人の本当の目的は、エルの様子を観察することなんだ」
「アレクシス様ではなく、エルを尾行するのが目的だったって?」
「魔法研究所の連中は、洞窟に仕掛けをセットしておいたんだ。亜精霊とトラップを。その意図は解らないが、セットしただけで終わりってことはないだろう」
「じゃあ、なんで桜の広場なんてうろついてたんだ?エルとマリーは、洞窟に入ってるのに」
「洞窟に近づけなかったんじゃないのか。凶暴な亜精霊が居る洞窟で、いつ来るかもわからない二人を待っているのは危険が伴う。だから洞窟の近くで待機していたが、俺たちがぞろぞろ行った上に、アルベールとレオナールが洞窟の前でチェスを始めたから、尾行を諦めたんだ。引き揚げようとしたところでアレクシス様に見つかったってところだろう」
「運が悪いな」
「あんな見晴らしの良いところに居るのが悪い」
「もしかしたら、あそこで花見をして帰ろうとしてたんじゃないか」
桜の広場は今でも印象に残ってる。まさに花見をするのに絶好のタイミングだった。
「…そうかもな」
桜も見れて、アレクシス様が戦ってるところも見られたんだから。
良く考えたら、あの日は俺にとっては運が良いことばかりだ。
「でもさ、あの魔法使い二人組。洞窟の中でエルとマリーを待ってれば良かったんじゃないか?」
「亜精霊は凶暴だ。理性なんてない恐ろしい生き物だぞ」
「エルが勝てるような亜精霊だったんだろ?」
「キマイラは、山羊の胴体に、鋭い角を持つ山羊の首、炎のブレスを吐く獅子の首、毒を吐く蛇の尻尾を持つ生き物だ」
「はぁ?」
想像以上の化け物だな。
「魔法使いが二人でも、近づくのを臆するような亜精霊だ。戦って勝てる相手だと思うか?」
「逃げるよ。一人でそんな相手と戦うのは危険だ。外にはアルベールとレオナールが居たんだし、叫べば気づいて助けに来てくれるだろ」
「マリーが一緒だろ」
「時間稼ぎぐらいするよ。マリーに先に逃げてもらって…」
あ。
―逃げろって言ったのに、マリーが逃げないから。
―また蒸し返す気?
エルとマリーの会話を思い出す。
エルは時間稼ぎをして、マリーを逃がそうとしたのに。マリーの奴、言うことを聞かなかったのか。
「マリーが逃げなかったから、エルは戦うしかなかった?」
「そうだ。マリーのせいで状況は最悪。でも、エルは戦って亜精霊を仕留めた」
「あいつ、そんなに強かったか?」
弱くはない。
けれど、片手剣の授業ではルシアンやルードにもしょっちゅう負けてる。
そもそも力が弱いのだ。スピードタイプの剣士だから仕方ないんだけど。
「エルの実力で亜精霊とは戦えない。下手すれば二人とも死んでる状況だ。なのに、何故、ほとんど無傷で帰れたんだ」
「あんなに泥だらけで帰って来て無傷だって?…マリーは光の精霊と契約したんだろ?怪我は魔法で治してもらったんじゃないか?」
「マリーは癒しの魔法を使っていない。洞窟から出た時、エルは泥だらけだったが、衣服が破れた形跡もなかったんだぞ。それに、あんなにすぐわかる場所に傷をつけてたんだ。マリーが癒しの魔法を使ってたら先に治療してるはずだ」
「そっか…」
「エルは実力で勝ったんだ」
「まじかよ」
「でも、どうやって勝ったかわからない。マリーは見ていたから何か知ってるかもしれないが」
「聞きに行ってみるか?どうせ、ユリアとセリーヌと一緒に、カフェか図書館に居るだろ」




