04 王国暦五九九年 ベリエ 十五日 後編
ランチが終わって、エルとマリーが光の洞窟に入って行く。
「散歩に行ってくるよ」
「一人で行くのか?」
アルベールが聞く。
「そのつもりだけど。誰か来るかい」
シャルロと顔を見合わせる。
エルとマリーを洞窟の入り口で待ってなくて良いのか?
「ここでエルを待ちます」
シャルロに合わせよう。
「俺も」
「のんびり紅茶を楽しんでるよ」
「僕も妹を待っています」
「じゃあ、行ってくるよ」
アレクシス様が一人で歩いて行く。
アルベールと、その弟でマリーの兄のレオナールが、洞窟の手前にテーブルと椅子を出し、チェスを並べている。
洞窟の入り口の監視は、二人がするのか。
「カミーユ。追えるか」
「…は?」
誰を?
「後を尾ける」
「お前、何言ってるんだ?」
「おー。面白そうだな」
「アレクシス様なら、桜の広場を目指していると思うよ」
「気づかれないように気を付けて行けよ」
「行くぞ、カミーユ」
「ツァレンとレンシールは?」
二人の方を見る。
「俺たちの任務は護衛だからな。お前たちのやることに口は出さないぜ」
「右に同じ」
そういうもんか?
誰も尾行に反対しないんだな。
っていうか。尾行なんてできるのか?自分より実力が上の相手に対して。
…試してみるか。
「シャルロ、会話は全部ジェスチャーだ」
右手を出す。
「右に行く、左に行く、進め、止まれ。それから、戻る、待機、だ」
言いながら、手の形を変える。
「戻ると待機の意味は?」
「尾行のルートを変える時に使うかもしれない。戻るは全く同じルートを戻る、だ。それならシャルロが先行した方が安全で早いから、シャルロが先に移動してくれ。待機は、俺が先行してルートを探すから、その場で待っててくれ」
「わかった」
アレクシス様の姿が完全に見えなくなってから、進んだ方向に向かう。
体勢を低くして、森の茂みから顔を出す。
アレクシス様の姿は見えない。大丈夫。
進め、の合図を送って、先に行く。
そのまま、足音を立てないように。
止まれの合図をして、茂みから先を見る。
見えた。アレクシス様。
振り返って見るが、ツァレンとレンシールの姿は見えない。
どこかから、俺とシャルロを監視しているはずなんだけど。
アレクシス様が見えなくなったのを確認して、進めの合図を送って茂みから先に進む。
あ。
止まれの合図をしながら止まる。
歩みが遅くなった。
…気づかれた?
耳を澄ます。
足音は聞こえない。
鳥のさえずりだけが聞こえる。
呼吸を整えて。
隠れている茂みの下から、そっと草木を避けて、その先を見る。
アレクシス様が鳥に餌をやっている。
何をやっても絵になる人だな。
持っていた餌を宙に巻くと、鳥がその餌に群がる。
そして、アレクシス様が先に進む。
…ルートを変えなくちゃいけないな。鳥が居る道なんて通れない。
周囲を見回す。
このまま、左から回れば行けるか?
待機の合図を送って、左側の茂みから顔を出す。
アレクシス様が向かっているのは、左手か。ルートとしては問題ない。
隠れられそうな場所を目指して、少し進む。大丈夫。ここからもアレクシス様が向かう方向は確認できる。
戻って、シャルロに左に行く、の合図を送って、左手に移動する。
アレクシス様の歩みの速度が戻ってる。
もう少し、早いペースで移動した方が良いだろう。
進めの合図で、移動先を確認しながら後を尾ける。
ほとんど移動は真っ直ぐ。
これなら見失わないから、かなり間隔を開けて尾行が出来る。
焦らず、音を立てないように。
遠くに開けた場所が見える。
あれが、桜の広場だろう。
アレクシス様の向かう方角も同じ。
アレクシス様が広場に出たのを確認し、シャルロを見る。
「ここがゴールみたいだぜ」
「…何もなかったな」
「何かあると思ってたのか?」
「アレクシス様が一人で行動されているんだ。何かするなら絶好の機会じゃないか」
「アレクシス様が襲われるって言うのか?」
「近衛騎士も連れずに王族が一人で歩いてる。これほど危険な状況はない」
言われてみると、有り得ない状況だよな。
「なんで尾行するなんて言ったんだ」
「アレクシス様が一人じゃないと誰も襲えないだろう」
意味が解らない。
「だいたい、アレクシス様が今日ここに来るのを知ってる人間なんて限られてるだろ?」
「そうだ。かなり限られてる。知っている可能性があるのは、後ろの騎士二人、オルロワール家の人間、」
マリーは知らないみたいだったな。
「それから、グリフレッド、ヴェロニクと協力者が一人」
グリフとロニー、それからアレクシス様が入れ替わったグレイのローブの誰かは、アレクシス様が抜け出すのに協力した人物だからな。
「そして、養成所の誰か」
「誰か?」
「アレクシス様が俺たちを誘ったのは、人の多い場所だっただろ?」
そういえば、十二日の中庭は花見の真っ最中だった。
あ。
「エルも知ってるだろ?」
「知っていたのか?アレクシス様が来ること。俺は言ってないぞ」
「…知らなかったのか?あれ」
そういえば、俺とシャルロが来ることも知らなかったみたいだ。
「どちらにしろエルは数に入れない。俺が今言ったのは、アレクシス様に害をなす可能性のある人物だ」
「害をなすって?」
「そのままの意味だ。今回の件は、かなり情報が漏れにくい中で一つ一つのことが決められた。エルがグラム湖に行くこと。そしてアレクシス様がグラム湖に行くこと。これを知り得た人間は少ない。だから、アレクシス様かエルが襲われれば、この中に情報を漏らす、魔法研究所の関係者が含まれてるってことだ」
「関係者って…、まさか、」
「エルを捕まえたい奴に決まってるだろう」
俺たちの身近に、スパイが居るって言うのか?
「魔法研究所の連中は昨日、ここに来てるんだ。お前だって、連中が暢気に花見目的で来たとは思ってないだろう」
そうだ。
魔法研究所の連中は、エルがグラム湖に来ると知っていたから、昨日来たに違いない。そして、事前に何か仕掛けた可能性が高いのだ。
アレクシス様だって、そう思ったからこそ、わざわざ厩舎で話しを聞いたんだろう。
っていうか、エルとマリーを二人で行かせて大丈夫だったのか?
…アレクシス様が何もしないってことは、大丈夫なのか?
いや、考えたって仕方ない。どうせ俺たちは何もできないんだ。
それよりも。
「今、シャルロが言った中には、敵になりそうな奴なんて一人も居ないぞ」
オルロワール家、ツァレンとシール、グリフとロニーじゃ、みんな身内だろう。
「いや…」
シャルロが何か言いかけたところで。
急に何かが光輝く。
アレクシス様のいる方向を見ると、アレクシス様が周囲に金色の剣を浮遊させて立っていた。
なんだ、あの剣。
魔法…?
ゆらゆらと浮かぶそれは、全部で六本。
「静かに」
「動くなよ」
突然、真横に現れた相手に驚いて声を上げそうになった瞬間、口を塞がれた。
俺の横にはツァレンが。シャルロの横にはレンシールが居る。
「お前ら運が良いな。アレクシス様が戦う姿なんて、そうそう見られないぜ」
「ツァレン。静かにしろ」
ツァレンが俺の口の拘束を解き、アレクシス様を見る。
空から、アレクシス様に向かって炎の矢が飛んでくる。
攻撃を仕掛けている相手の姿は見えない。
飛んで来た炎の矢を、アレクシス様の周りに浮かぶ金色の剣が一本浮かんで、切り裂く。
今度は炎の玉。
そして、大地が隆起してアレクシス様に向かって来る。…が、その隆起は一瞬何かが光ったかと思うと、途中で止まり、逆方向に向かって行く。
炎の玉も同じように小さく光ったかと思うと、向かって来た方角へ戻って行く。
アレクシス様は一歩も動かずに遠くを見ている。
これが、魔法使いの戦い方?
アレクシス様は、金色の剣を魔法が反射されて向かった方向に放つと、もう一度周囲に金色の剣を出現させる。今度は先の尖ったレイピアのような剣を十本。それを、目の前に並べ、放つ。
遠くの方で、木々の合間に何かが動くのが見えた。
あそこに誰か居る。
金色のレイピアの半分は、間違いなくその相手に向かって刺さり、遠くで叫び声が上がる。
そして、残りの半分が別の方向に飛んで行く。
ここからは見えない方向へ。…絶叫が聞こえた。
そして、アレクシス様がこちらを見る。
「ツァレン、拾って来てくれるかい」
「御意」
「レンシール、カミーユも頼むよ」
「御意」
ばればれだったのか。
ツァレンが、遠くまで走って行くのを見ながら、レンシールと一緒にアレクシス様の傍に行く。
「上手く尾行していたね」
「いつ、気づかれたんですか」
アレクシス様が笑う。
「尾行している人間が居れば、すぐに精霊が教えてくれるからね」
王家の精霊か…。
そうだよな。精霊は顕現しなければ見えないんだから。
王家の精霊が守ってる限り、尾行なんて無意味じゃないか。
シャルロ、わかっててやらせたのか?
「距離の取り方も、ルートの選び方も、用心深くて上手だったよ」
褒められた!
「あっ、ありがとうございます」
間もなく、ツァレンが気を失った焦げ茶色のローブを来た男二人を連れてくる。
「残念だな。知らない顔だ。伯爵の元へ届けておいてくれるかい」
「御意」
そう言って、ツァレンがそのまま二人を運んで行く。
「心当たりはございますか」
「恨みなんていつ誰から買っているかわからないからね」
アレクシス様に恨みを持つ人間なんて…。でも、王族という立場上、アレクシス様は、いつ命を狙われておおかしくはないんだ。
「問題は、私がここに来るという情報が、いつ誰から漏れたかだよ」
あの二人はアレクシス様を狙っていた。
アレクシス様がここに来ることを知っていた人間?
まさか、さっきシャルロが言っていた中に情報を流した人物が…?
「王都を出た時の協力者は誰ですか?」
協力者。アレクシス様と入れ替わった相手。
「マルゴだよ」
「え?マルグリット姫?」
「王都で買い物がしたいって言っていたから協力を頼んだんだ。でも、マルゴに私の行先は伝えていないよ。…桜の季節だから、予測が不可能とは言わないけれどね」
桜を見るなら王都の中でも花見ができる場所はいくつかある。マルグリット姫は、アレクシス様がわざわざグラム湖まで行くって思うだろうか。
「連絡の方法をお伺いしても?」
「それは教えられないな。王家の人間だけが使える方法、と言っておこうか」
王家の精霊を使ったのかな。
っていうか、姫様が勝手に城の外に出て大丈夫なのか?その方が問題がありそうだ。
…ってことは、姫様が王都に出てるのも、お忍び?
「アレクシス様がお越しになることを知っていたのは、オルロワール家だけですか」
「オルロワール家には伝えてないよ。伯爵には内緒だ。事前に言えば怒られるからね」
「えっ」
伯爵、知らなかったのか…。
まぁ、そうだよな。伯爵が許可するわけないだろう。
だから到着してすぐに伯爵に挨拶に行ったのかな。
「昨日の夜に、アルとレオナールにだけ伝えたけどね」
早めに言わなかったのは、アルベールとレオナールから伯爵に伝わるのを警戒したんだろう。
「ツァレンとレンシールはどうでしょうか」
「今朝、近くに居たから呼びつけて、君たちを頼んだんだ」
あの二人が俺たちの護衛を任されたのって、今朝の話しだったのか。
―俺は、レクス様の部屋を守る一介の兵士だよ。
部屋を守るって、城の話しかと思ってたけど。良く考えたらアレクシス様は養成所に居るんだから、普通に養成所内で警備してるのか?
養成所の中でツァレンとレンシールを見かけたことなんてないけど…。誰からも見つからないように護衛してるのかもしれない。
「グリフレッドとヴェロニクはどうですか」
「エルが桜を見に出かけるらしい、って話したのは、十二日だね」
いつ誰と、どこに行くかは話してないみたいだな。
「グラム湖に行くと伝えたのは今朝だよ。食事が終わった後、君たちが来る前に話したんだ」
あー。だから、コーヒーを飲んでから部屋に来るように言ったのか。
「今日は元々、三人で王都で遊ぶ予定だったからね」
それは、ツァレンも言ってたな。
「十二日に話したのは、その一言だけでしたか」
「そうだよ」
「あの二人は、アレクシス様がグラム湖に行くと予想できたと思いますか」
どういう意味だ?
「難しいかな」
あの日、アレクシス様はエルがグラム湖に行くことを知らなかった。ということは、グリフとロニーだって知らなかったはずだ。
「誰と、いつ、どこに行くか言っていないからね。あの二人が考え付いたとするなら、桜を見に行く相手はいつも一緒に行動してる君たちで、行く日は外出禁止令が明けた十七日以降、放課後に遠出は出来ないから、行先は王都のどこかだろうってところじゃないかな」
エルが桜を見に出かけるらしい、って言葉だけで、そこまで推測できるか…?
そう推測できる内容の話ししかしなかったのかもしれない。
…じゃあ。
やっぱり、今まで上がった名前の中に、アレクシス様が今日グラム湖に来ることを事前に知ることが出来た人間なんて居ない。
っていうか、アレクシス様は自分で十分警戒してるみたいだ。自分が出かけることを直前まで誰にも言ってない。
聞いたのは、みんな今日か昨日の夜。
アレクシス様を襲った連中に伝えるタイミングなんてない。
そもそも魔法研究所の連中が花見ついでにここに来たのは昨日だ。昨日までに知ることが出来た人間がこの中に居ないのは確実。皆、白だ。
でも。
エルがグラム湖に行くってわかれば、アレクシス様が行く可能性は高いんじゃないか?
エルがグラム湖に行くことを知ることが出来たのは…?
オルロワール家に関しては、マリーが伯爵に伝えたのは昨日だって言ってる。兄に伝えたかわからないけれど、あの分じゃ伝えてなかっただろうな。
グリフとロニーに関しては、さっき検証済みだ。
だとすると…。
やっぱり、俺たちの知らない第三者が偶然聞いたとしか…。
「花見の話しをしたのは中庭だけですか」
「もちろん。グラム湖という単語を出したのだって、エルと話した時だけだったよ」
あ…。
―今度、桜を見にマリーとグラム湖に行くんだ。
これは、中庭の入り口で、アレクシス様と会った時にエルが言っていたこと。
―十五日に、私と一緒に遊びに行かないかい。
―十五日の朝、寮の食堂で会おう。
これは、桜の木の傍でアレクシス様と約束した時の話し。
確かに、アレクシス様と約束した時はグラム湖なんて一言も言ってない。
あれ?
「なんで、エルが今日オルロワール家に同行すると思ったんですか?」
あの時、エルは、いつ行くか言ってなかったし、オルロワール家に同行するとも言ってなかった。
「マリアンヌに誘われたみたいだからね。オルロワール家が毎年ベリエの十五日にグラム湖に花見に出かけるのは有名な話しだ」
「マリーに誘われたからと言って、エルがオルロワール家に同行すると結論付けるのは早計過ぎませんか」
シャルロ?
「オルロワール家の花見は家族で過ごすのが慣例で、友人を誘うことは滅多にありません。マリーが恋人を誘うならともかく、特別親しくもないエルを誘うとは考えられません。十五日にエルを連れて行くと考えるのは、無理があると思います」
恋人って…、もう別れてるみたいだけど。
「グラム湖へは子供だけでは行けないよ。保護者が必要だ」
「問題ありません。マリーはオルロワール家の大切な一人娘です。マリーが出かけるなら従者は必ず付きます」
「それもそうだね。じゃあ、エルとマリアンヌがグラム湖に行く予定だったのは、いつと考えるのが、自然だと思うのかな」
「十六日です。休みに複数の友人と共にグラム湖に遊びに行くのは、今の時期なら自然な流れです」
「確かに。君たちも、外出禁止令がなければそうしただろうね」
その通りだ。誰か大人に付き添ってもらって、グラム湖に行っただろう。
「外出禁止令の件はどう説明するのかな」
「エルはフラーダリーに手紙を書いています。手紙の内容を知らなくても、手紙を書いた事実を知っていれば、フラーダリーに許可を求めたと考えられます」
アレクシス様がくすくす笑う。
「苦しいね。エルが姉上に許可を求めたなら、君たちも外出許可の申請をしていないとおかしいんじゃないかな。君たちはいつも三人で行動しているのに、エルだけが十六日に出かけるなんて」
「…オルロワール伯爵にマリーが頼んだとも考えられます」
「家族の行事に呼ぶと言うなら伯爵が一筆書く名目にもなるだろうけど。十六日に、ただ桜を見に行くという理由だけで、彼女は伯爵に頼んだと言うのかい。それなら自分の保護者にでも頼めと言うんじゃないかな」
「マリーはエルが桜を見たことがないと知っています。エルに桜をどうしても見せたいと願えば、伯爵も力を貸すでしょう」
「矛盾してるね」
シャルロが黙る。
「それこそ、十五日にエルを誘う理由になり得る」
「…はい」
…シャルロが負けた。
「君たちは授業の一環で外に出られないか調べていたらしいね」
「えっ」
なんで、知ってるんだ。
「エルとマリアンヌが、いつグラム湖へ行くのか。…十五日に、マリアンヌが家族で過ごす花見にエルを誘った可能性がある。しかし、十六日に友人同士の花見があると考えても不思議はない。そして、授業の一環で外に出ることになった可能性も残る。…これじゃあ、エルとマリアンヌが桜を見に行くって話しが、いつの話しなのか特定できないね」
アレクシス様、楽しそうだな。
「俺たちが、本当に授業の一環で外に出る方法を思いついたって、考えますか?」
「もちろん。君たちは、いつも何をするか予測がつかないからね」
結局方法は見つからなかったんだけど。本当にやるかもしれないって思われてたのか。俺たち。
…っていうか、何の話しだったっけ?
途中から、全然違う話になっていたような?
「アレクシス様が、エルがオルロワール家と同行すると思われたのは、何故ですか」
そう、それだ。
もともと、その話しをしてたはずだ。
「そうだね。答え合わせをしようか」
シャルロとの会話を楽しんでたのかな。
「エルには優先順位があるんだよ」
「優先順位?」
「エルは、マリーと花見に行く、と言ったね。君たちが一緒に行くなら、エルは君たちと一緒に行くと言ったはずだ」
あ。そうかも。
「だから、エルは一人でオルロワール家の花見に参加すると結論付けたんだ。伯爵を頼れば外出禁止令もどうにかなるだろう。マリアンヌがそこまでしてエルを誘った理由は、今、ようやくわかったけれどね」
桜を見たことがないエルに、桜を見せたかったから。
アレクシス様は、エルのことを本当に良くわかってる。
喋らなくてもあれだけエルの言いたいことをわかってたんだから、当たり前か。
「質問は以上かな」
「はい」
「何か分かったかい」
「えっと…」
つまり、まとめると。
今日の参加者の中に、アレクシス様がグラム湖に来ることを事前に知ることが出来た人間は居なかった。
そして、中庭でエルの話しを聞いたからと言って、エルが十五日にグラム湖に行くと結論付けることはできない。
あれ?
でも、その後、アレクシス様が十五日にって俺たちを誘ってる。もし、両方の情報を聞いていたなら十五日にグラム湖に行くって推測できる?
いや。だめだ。
エルの話しを聞けるのは、中庭の入り口。そして、アレクシス様の話しを聞けるのは桜の前。両方聞くには、アレクシス様を尾行していないと無理だ。
そして、アレクシス様を尾行するのは不可能。精霊が常に気を配っているのだ。不審な行動をする人間に、精霊が気付かなかったわけがない。
ってことは。
「エルが十五日にグラム湖に行くって話しも、アレクシス様がグラム湖に行くって話しも、知ることが出来た人間は居ない…?」
「私と君たちを除いては、ね」
アレクシス様が微笑む。
えっ。それって…。
「最初は君たちが誰かに話したのかと思ってたんだけど、そうじゃないみたいだね」
「マリアンヌが口止めしています。エルを連れて行くことを、クラスの人間に話さないように」
家族の行事に誰も連れて行けないから、エルを連れて行く話は内緒にしなければならないと言っていた。
「あの件について話したのは、マリーが提案した八日と、アレクシス様の前で話したきりです。マリーもほかの人間に喋るとは思えません。…カミーユ、お前は?」
「言わないよ。っていうか、俺たちはほとんど一緒に居るんだ。わかるだろ」
教室に行ってから放課後まで。
日中なんて、一緒に居ない時間の方が少ない。
「困ったな。一体誰が情報を流したのかな」
本当に困ってるんだろうか。
どちらかというと少し楽しそうで、困っているようには見えない。
「今日は内緒で桜を見に来ただけだから。邪魔が入るなんて思ってなかったんだけどね」
本当に、桜を見に来ただけだったのか。
「ほら、ご覧。とても綺麗だよ」
アレクシス様に言われて、周囲を見渡す。
桜の広場…。
満開の桜が咲き乱れている。
一面、春の色。
すべてが桜の色に染まる場所。
「グラム湖で一番、桜を楽しめる場所なんだ」
確かに。
こんな光景、見たことがない。
風が吹くたびに、桜の花びらが風に舞う。
その幻想的な美しさに心奪われる。
エルが連れて来たかったのって、ここなんだろうな。
※
「ただいま」
「エル、マリー」
光の洞窟の前に戻ると、しばらくして、二人が帰って来た。
っていうか。
「エル?お前…、何があったんだよ」
どっかから転げ落ちたんじゃないかと思うぐらい、顔に泥はついてるし、マントは汚れてるし、怪我までしてる。
マリーは無傷みたいだけど…。
「亜精霊と戦った」
「亜精霊と、戦ったぁ?」
「うるさいな」
エルが耳を塞ぐ。
アレクシス様がエルの傍に行って頬に触れる。
「エル、怪我をしているね」
「あ」
「治してやるぜ」
アルベールがそう言って、エルの傷に魔法を使う。
オルロワール家の人間は光の精霊と契約しているから、癒しの魔法を使える。
「そういう時は全力で逃げて来いよ」
「逃げろって言ったのに、マリーが逃げないから」
「また蒸し返す気?」
マリーがエルを睨み、エルが顔をそらす。
何があったんだよ。
「別に、無事だったんだから良いだろ」
「エル、どんな亜精霊だった?」
「獅子の首、山羊の首、山羊の胴体、蛇の口を持った尻尾」
「なんだその恐ろしい生物は」
どこの化け物だ、
「キマイラか。…エル、トラップは魔法で仕掛けられていたのかな」
「え?」
トラップ?そんなものまであったのか。
「魔法みたいだけど」
「アル、調査に行こう。早い方が魔法の痕跡を探しやすい」
「いいぜ。レオ、お父様に報告を。みんなも戻ってるんだ」
アレクシス様、何でも自分でやるんだな。
「オルロワール家に喧嘩売るなんて、一体誰の仕業かしら」
亜精霊にトラップ。
狙ったのは、マリーなのか?それともエル?




