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旧作2-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.桜と犯人
26/40

03 王国暦五九九年 ベリエ 十五日 前編

 片手剣に動きやすい服装、マント。…外出の準備を一通り終えてシャルロと一緒に早めの朝食を済ませ、食堂の隅でコーヒーを飲んでいると、アレクシス様が来る。

「おはよう。二人とも」

「おはようございます」

「おはようございます」

「コーヒーを飲み終わったら私の部屋においで」

「いえ、今すぐ…、」

 立ち上がりかけた俺を、シャルロが腕を引いて引き止める。

「わかりました」

「待っているよ」

 アレクシス様が、そのまま食堂を出て行く。

「口ごたえするな」

「え?今の、口ごたえか?」

「そうだ」

「怒らせたのか?俺」

「怒ってはいないと思うが。…お前は養成所でのアレクシス様しか知らないからな」

 っていうか、エルと一緒に居るアレクシス様しか知らない気がする。

「アレクシス様の発言は絶対だ。肯定の返事以外許さない」

「そうなのか?」

「…本当い疎いな」

 悪かったな。

「アレクシス様が、何故、近衛騎士を連れて歩かないか知っているか?」

「養成所が安全な場所だからじゃないのか?」

「フェリックス様も、マルグリット姫も、養成所に居た頃から近衛騎士が傍に居た」

 国王の第一子はフェリックス様。来年、成人して聖剣の儀式に挑戦する王子だ。

 第二子のマルグリット姫がフェリックス王子の一つ下。

 この二人は、すでに養成所を卒業してる。王族が養成所に居るのは中等部の二年までだ。

 第三子がアレクシス様で、第四子がアレクシス様の五歳下のエリオット王子。

「じゃあ、なんで?」

「グリフレッドが、アレクシス様が静養先から連れて来た騎士の卵だって話は知っているな?」

「あぁ」

 王子には、それぞれ後見となる公爵家がついていて、アレクシス様の後見になったのは、ラングリオン王国の南部三地方の中央部、ジュワユーズ地方を治めるルマーニュ公爵家だ。

 その公爵領の北部を治めるヌサカン家がアレクシス様の静養先。

 グリフは代々ルマーニュ公爵に仕える騎士の家系で、年が近かったアレクシス様の遊び相手だったらしい。アレクシス様がグリフを気に入って、自分が養成所に入る時に連れて来たのは有名な話しだ。

「アレクシス様は、自分の最初の近衛騎士はグリフにするから、それまでは近衛騎士を持たないと宣言したんだ」

「宣言って…」

 そんなこと、可能なのか。

「陛下は反対されたが、自分の強さを証明することで近衛騎士は不要だと認めさせたんだよ」

 強さの証明って、この国では一つしかない。

「決闘?」

「そうだ。近衛騎士候補の一人と決闘して、勝ったんだ」

「それ、いつの話しだ?」

「養成所に入る前」

「まさか」

 あり得ない。

 俺だって、騎士を目指して修行してきた身だから言える。

「近衛騎士候補なんて最低でも十五歳だろ?力も体格も成熟している相手と戦って勝つなんて不可能だ」

「断言できるのか」

「俺が兄貴から一本取るのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ」

「同じ家に伝わる剣術なら、経験の差で負けるのは当然だろう。王家に伝わる剣術があるのを知っているか?」

「初代国王が編み出したって剣術だろ?」

「アレクシス様は、それを会得しているらしい」

「会得って…」

 なんて、才能溢れた人なんだ。

「それで誰も文句言えないのか」

「そういうことだ。だから誰もアレクシス様に意見できない。今から貴族連中に恐れられている方だよ。…流石に、研修旅行では陛下が御自分の近衛騎士を派遣したらしいがな」

 やっぱり、貴族連中の間でも、次の皇太子がアレクシス様だって思われているのか。

 強くて、聡明で、他者を惹きつけ、誰をも服従させる人。

 騎士ならば、誰もがその存在に憧れるだろう。

「さぁ、行くか」

 ちょうどコーヒーも飲み終わった。


 ※


 ノックを二回すると、アレクシス様の部屋からグリフが出てくる。

「お。来たな。準備は出来てるか?」

「はい」

「はい」

「そう緊張するなって。花見に行くだけなんだろ?」

 花見?

 シャルロと顔を見合わせる。

「アレク、どうするんだ?」

「今行くよ」

 アレクシス様の部屋から、ロニーと、紺色のローブを着てフードを被ったアレクシス様が出てくる。

「グラム湖に到着するまでは、私のことはレクスと呼ぶようにね」

「はい、レクス様」

「はい」


 ※


 外出の手続きはすべてアレクシス様がやってくれた。

 外出許可証を持って門の外に出る。

「それじゃあ、二人とも。東大門の外で待ち合わせよう。ツァレンとレンシールと一緒なら門を抜けられるからね」

 ツァレン?レンシール?

「はい」

「はい」

「良い返事だね」

 にっこりとほほ笑むアレクシス様と別れて、イーストストリートの先にある東大門を目指す。

「誰か知ってるか?」

「さぁ。…おそらく、騎士なのだろうが」

「近衛騎士?だって、アレクシス様は近衛騎士を置かないんだろ?」

「聞いてみればわかるだろう」

 シャルロがそう言ったところで、左横に並んだ人物に右肩を掴まれる。

「!」

「さぁ行こうぜ」

 右に居るシャルロを見ると、シャルロの右横にも誰か居る。

「私はレンシール。今日はレクス様からシャルロの護衛を仰せつかっている」

「俺はツァレン。よろしくな、カミーユ」

 合流が早すぎだろ。

「近衛騎士?」

「さっき自分で言ってたじゃないか。レクス様は近衛騎士を置かない。俺は、レクス様の部屋を守る一介の兵士だよ」

 全然、近づいてくる気配を感じなかった。

 普通の兵士な訳がない。

「離してくれ」

 ツァレンが俺を掴んでいた手を離す。

「ツァレンって、ア…、レクス様が研修旅行に行った時に付き添った騎士なのか?」

「俺たちも同行したぜ。ちょっと前まで陛下の近衛騎士の従騎士をやっていたからな」

 従騎士をしていたってことは、やっぱり今は正式な騎士じゃないか。

 陛下の近衛騎士は必ず三等騎士。そして、騎士は自分の従騎士に対して、二つ下の階位を叙勲出来るから…。

「五等騎士?」

「お。流石、騎士の名門。詳しいな」

「なんで騎士なのに、一介の兵士なんて名乗ってるんだよ」

「主君が居なければ騎士とは名乗れないだろう」

 そりゃそうだ。

「俺とシールは、レクス様の近衛騎士を目指してるんだよ」

「目指してるって…。グリフが近衛騎士になるのを待ってるのか?」

「グリフレッドが近衛騎士になったところで、あの方が他の近衛騎士を置くかは分からないけどな」

 アレクシス様の実力なら、近衛騎士なんて要らなそうだけど。

 でも、それは歴代の国王すべてに言える。

 今の陛下だって、皇太子時代には戦争の最前線で戦っていたって話しだ。

 国王陛下と皇太子は、ラングリオン王国の一等騎士。騎士の頂点に立つ立場。強くなければ誰も従わない。

 今のアレクシス様は王子だから三等騎士。

 二等騎士は、ラングリオンの南部三地方をそれぞれ任されている公爵を指す。

 っていうか。

 アレクシス様の騎士を目指すって、相当大変なことじゃないのか?

「カミーユも目指してるのか?」

「…目指してるけど」

「だよなぁ。騎士として生まれたなら、どんな障害があっても目指したくなるよな」

「ツァレンって、どこの家なんだ?」

「エグドラ家みたいな名門じゃないぜ」

 詮索するなってことか。


 東大門は、大勢の人や馬車が出入りしている。

 これから花見に行く人も多いんだろう。

 学生が通り抜けようとすると、必ず呼び止められるらしいけど…。通り抜けられるのか?

「ご苦労さん」

「ツァレン様、レンシール様。お疲れ様です」

 様?

 何事もなく、門を通過する。

「なんで?」

「陛下の近衛騎士の従騎士をやってたんだ。顔が広くなるのは当然だろ?」

 従騎士というのは、四六時中、先輩騎士につきっきりだ。だから、必然的にあちこちで顔が売れる。

 従騎士をやるのは、騎士としての作法や武術を習う以上に、自分の顔を売るという意味合いも強いのだ。

 ツァレンと一緒に、今度は、門を抜けた先にある厩舎に向かう。

「さて。上手くやってるかな」

「レクス様、何をしてるんだ?」

「今日の御予定は、グリフとロニーと一緒に王都で買い物らしいぜ」

「え?」

「ほら、来た」

 門を通過したのは、グレイのローブを着た…、アレクシス様。

 あれ?紺のローブだったのに?

「遅くなったね。さぁ、行こうか」

 アレクシス様が馬を一頭引いて、それに跨る。

「さ、カミーユはこっちだ」

 ツァレンが馬に乗って、俺の手を引いて馬上に引っ張り上げる。

「手綱はしっかり掴んでおけよ」

 ツァレンの前に乗って、手綱を掴む。

 馬に乗せてもらうのなんてどれぐらいぶりだ?

 シャルロはレンシールと一緒に乗っている。

 そして、アレクシス様が馬を走らせたのに合わせて、ツァレンとレンシールが馬を走らせる。

「乗馬は初めてか?」

「親父に乗せてもらってことがある」

「そうか」

「なぁ、なんで、レクス様はローブが変わってるんだ?」

「なんでだと思う?」

 紺のローブをグレイのローブに変えた理由…。

 アレクシス様の今日の予定は、グリフとロニーと一緒に王都で買い物。

「誰かと入れ替わった?」

「そういうことだ」

「なんで?」

「レクス様には、見張りがついているんだよ。陛下が派遣した」

「近衛騎士を置かないから?」

「そんなとこだ。俺も見張りが何人居るかは知らないけど。レクス様のことだから、ちゃんと全員撒いて来たんだろう」

「レクス様、グラム湖に行って問題ないのか?」

「問題ないさ。レクス様だからな」

 本当に誰も敵わないんだな。


 ※


 しばらく爽やかな風を受けながら馬を走らせ、グラム湖に到着し、馬の速度を落とす。

 周囲を森に囲まれた湖への入口は、舗装された道が続いている。

「こんにちは」

「アレクシス様?」

 アレクシス様が馬から降りて、道を守っている兵士に話しかける。

 それに倣って、俺たちも馬から降りる。

 ここから先は光の洞窟に続く道だ。許可がなければ入れない。

「馬を頼むよ」

「はい。お預かりいたします」

 厩舎のある小さな砦から出て来た兵士が、馬を預かって厩舎に運ぶ。

「またお忍びですか」

 またって…。そんなに王都を抜け出すことがあるのか?

「みんなには内緒にしておいて欲しいな」

「オルロワール家の方々がいらっしゃっているのに、それは難しいです」

「他には誰か来てるのかな」

「毎年、この日はオルロワール家の方々だけですよ」

「昨日は?」

「昨日は、魔法研究所の方がお越しになられていましたね」

 魔法研究所?

「光の洞窟の調査とおっしゃられていましたが、花見でしょう」

「大勢で来ていたのかな」

「はい。満開ですから」

「それは楽しみだ。ではね」

 アレクシス様を先頭に舗装された道をしばらく歩く。

 湖に近づくにつれて桜の木が増えてきた。

「綺麗だな」

「こっち側の桜を見るなんて初めてだ」

 一般に開放されているのは、光の洞窟の反対側だ。

 今日は休日だから花見客がたくさん来てるだろうけど、流石にこっち側は人が全然居ない。

 しばらく歩くと、少し開けた場所に馬車が数台並んでいるのを見つける。

 その近くでテーブルやら椅子を並べてランチをとっているのが、間違いなくオルロワール家だろう。

「アレク!」

 エルが走って来た。

「カミーユにシャルロまで」

 エルが後ろに居る二人を見る。

「ツァレンと申します」

「レンシールと申します」

 二人が頭を下げる。

「俺はエルロック。…アレクが連れて来てくれるなら、マリーに頼まなくても良かったのに」

「エルが来るって言わなかったら、グラム湖まで遠出はしなかったよ」

「あっちに行こう。すごく綺麗な場所があるんだ」

 人の話を聞かない奴だな。

「伯爵に挨拶をするから待ってくれるかな」

 そう言って、アレクシス様が伯爵の傍に行く。

「歩いて来たのか?」

「まさか。馬に乗せてもらったんだよ」

「馬?」

「俺はレンシールに、カミーユはツァレンに乗せてもらったんだ。馬は途中にあった厩舎に預けている」

「良いな。俺も帰りはアレクに乗せてもらおう」

「お前なぁ…」

「そんなところで立ってないで、ランチにしましょう」

「マリー」

 メイドの案内で、ランチが用意されている席に着く。

 俺たちが来ること、伯爵は知ってたのか?

 テーブルと椅子のセットから食事まですべて準備されている。

「結局、みんな来たのね」

 マリーは知らないみたいだな。

 もともと客人が来ても良いように準備してるのかもしれない。もしくは、従者が多いから多めに準備してるのかも。

「どうせだから、二人も光の洞窟に付き合ってちょうだい」

「光の洞窟?」

「マリーは光の精霊と契約するんだ」

 なんだその話しは。

「俺とカミーユは行かないぞ」

「どうして?」

「一緒に行けば、あの騎士がついて来る」

 シャルロが後ろに控えている二人を見る。

 そういえば、アレクシス様から俺たちの護衛を任されてるって言ってたな。

「契約に、あまり大勢を立ち会わせられないわ」

 魔法学の授業で習った、精霊との契約の方法を思い出す。

 契約中の精霊は、顕現しない状態では契約者としか会話できない。けれど、契約に立ち会った人間とは顕現しない状態で会話できる。

 だから、契約には、誰かを立ち会わせないのが基本だ。

「エルは立ち会わせて良いのかよ」

「一人で行きたくないもの」

「怖いのか?」

 マリーが目をそらす。一人で行くのが怖いんだな。

「お兄様たちだって一人では行かなかったわ」

「それなら兄に頼めば良いじゃないか」

「近親者と一緒には行けない決まりなの」

「光の精霊との契約は、オルロワール家の試練だからな」

 花見ついでに試練かよ。

 つまり、光の洞窟に入るのは、マリーとエルだけ?

 それって危ないんじゃないのか?

「ねぇ、どうしてアレクシス様と一緒なの?アレクシス様、お忍びでいらっしゃってるの?」

「さぁな。俺たちは、アレクシス様に誘われただけだ。グラム湖が目的地だったことだって、今日初めて知ったんだ」

 シャルロ?

「そうだったの。昨日お決めになったのかしら」

「昨日?」

「えぇ。だって、エルがフラーダリーの許可貰ったのって昨日じゃない」

 あれ?そうだったか?

「そういえばそうだったな」

 シャルロが合わせてるけど。

 嘘だ。

「エルが来るから、アレクシス様もグラム湖に来たくなったのかと思っただけよ」

 エルがフラーダリーから手紙をもらったのは十二日の放課後だ。

 いつも通り実験室に居た時に、配達員が持ってきたから覚えてる。

 養成所での手紙の受け渡しは、必ず個人へ手渡し。エルが目の前で開いて、許可が下りたって言ってたから間違いない。

 …昨日まで、マリーに言うの忘れてたんだな。

「返事が遅かったから、フラーダリーの許可が下りなかったのかと思って心配したのよ。本当、ぎりぎりだったわ。エルから話を聞いて、急いでお父様に手紙書いたんだから。エルも行くから外出許可を下さいって」

「先に話してあったんじゃないのか?」

「友達を連れて行くかもって話してはあったけれど、誰かは言ってないわ。先に外出許可だけをもらうなんてできないもの」

 外出許可をエルにだけ出すっていうのは、かなりまずい。

 アレクシス様が一緒に行動すれば問題ないだろうけど。

 っていうか、毎年家族だけで過ごすイベントに、こんなに大勢で押しかけて良かったのか?

 マリーに言われてそのまま席に着いたけど。後でちゃんと、伯爵に挨拶しておかないとな。



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