02 王国暦五九九年 ベリエ 十二日
「ほら、満開だぜ」
「!」
エルが中庭を見て、驚いた顔をする。
桜が満開になるのは一瞬だ。
昨日までは三分咲きぐらいだったのが、今日は一気に満開。
「あれが、満開」
エルが惹きつけられるように、じっとその紅の瞳を桜に向ける。
「すごく綺麗だ」
その笑顔。
本当に喜んでるんだな。
「ほら、花見をしようぜ」
「花見って」
「桜を見ながら食事をするんだよ」
食堂から持って来たサンドイッチとオランジュエードを軽く掲げる。
今日は皆、花見をしながらランチを食べる為に、中庭に集まっている。
「エル」
「アレク」
アレクシス様。
「来ると思っていた。桜はどう?」
「すごく綺麗。アレクとフラーダリーが見せたかったのがわかるよ。きっと、グラム湖も綺麗なんだろうな」
「良く知っているね」
「あぁ。今度、桜を見にマリーとグラム湖に行くんだ」
「グラム湖に?」
アレクシス様、知らなかったのか。
「良かったね。グラム湖は桜がたくさんあるんだ。満開の桜が咲き乱れる光景は見ごたえがあるよ」
心配はしないのか。オルロワール家を信頼してるんだろうな。
「おいで。向こうで一緒に食べよう」
アレクシス様が向かった先には、グリフとロニー、それからアレクシス様のクラスメイトが居る。
「あれ、初等部の不良三人組だ」
「不良三人組?」
エルが首を傾げる。まぁ、自分の評判なんて知らないだろ。
「三人とも有名人だからね」
「ねぇ、声を変えるスプレーのレシピ、教えてくれる?」
「カミーユが改良してドロップにしたんだ」
エルがそう言って、持っていたドロップを食べる。
「これで持続時間が安定するから」
その声になると本当に女と変わらない。
スプレーじゃ持続時間にむらがありすぎるから、シャルロがもう少し安定的に使えるようにしろと言ったのだ。それで、ドロップの形に改良した。
「良い案だね」
「ロニー」
「相変わらず悪戯ばかりしてるんだって?スライムをかぶって走って行く教師を見かけたよ」
確かに、あのゲル状の半固体ってスライムだな。
「あれは事故だよ」
「カミーユ、シャルロ、少し良いかな」
「アレクシス様」
エルは…。
ロニーが後ろからエルに抱き着いて、エルが暴れている。
ほっといても良いだろう。
「はい」
「はい」
アレクシス様について、桜の傍まで行く。
「十六日まで、外出禁止令が出てるね」
「はい」
情報が早いな。
「十五日に、私と一緒に遊びに行かないかい」
「えっ?」
「もちろん無理にとは言わないよ。同行するなら、外出許可は私が出してあげよう」
「同行します」
「カミーユは?」
「行きます」
「十五日の朝、寮の食堂で会おう」
「わかりました」
「それじゃあ。三日後に」
アレクシス様が、グリフやロニーたちに遊ばれてるエルの方に歩いて行く。
「あっちじゃ、ゆっくり食えそうにないな」
適当な場所にシャルロと落ち着いて、サンドイッチの包みを開けて食べる。
今日は豚のリエットのサンドイッチ。フレッシュな野菜とよく合う。
食べながら少し声を潜めて、シャルロに話しかける。
「アレクシス様は、やっぱり心配してるのか?」
「そうだろう。でも、どうやって外に行くつもりなんだろうな」
「え?」
「公式だろうと非公式だろうと、王子殿下が外出されるなら警備の準備が必要になる。今、出かけるって決めたんだから、準備なんて間に合わない」
「じゃあ、内緒で行くって言うのか?」
「そうだ」
オルロワール家の警備だけじゃ不安ってことか?
それとも別の理由が…?
「どうして俺たちを誘ったんだろうな」
「さぁな」
エルを守る為にグラム湖へ行くなら、アレクシス様一人で十分なはずだ。アレクシス様は強いし、精霊の加護もある。
俺たちじゃ足手まといにしかならないと思うけど…。
何しに行くのか、教えてもらえなかった。
というか、質問を許さない感じだった。
「エルの奴。何やってるんだ」
シャルロに言われてエルの方を見ると、エルがアレクシス様にドロップの瓶を傾けている。
「あ」
あのドロップは、声を高くするドロップなのに。
アレクシス様がドロップを一つを取って、口の中に運ぶ。
そして、皆が見守る中。
アレクシス様が平然な顔で何か喋っている。
あれ?
あの様子じゃ、何も起こってない?
声が高くなるはずなのに?
代わりにアレクシス様が、エルの口に何か入れて、エルが悶えながらオランジュエードを飲んでいる。
「あ~。甘いものでも食わされたな」
「エルも馬鹿だな。アレクシス様に薬を盛るなんて出来るわけないだろう」
「…そうだな」
サンドイッチを食べ終えてエルと合流する。
「まだ食ってんのか」
エルはまだサンドイッチを食べている。
「相変わらず食べるのが遅いな」
口に入れていたサンドイッチを押し込み、オランジュエードを飲んで、ようやくエルが口を開く。
「どこ行ってたんだよ」
「花見だよ。桜の近くまで行って見て来たんだ」
「俺も行く」
「食ってからにしろ」
「昼休みが終わるぞ」
エルは大人しくサンドイッチを食べているが、とても急いでいるようには見えない。
たぶん、本人は急いでいるつもりなんだろうけど。




