05 王国暦五九九年 ポアソン 九日
歓迎会当日。
講堂は他の学年も使うから、順番に使う予定だ。
俺たちは一番最初に借りる。
「ねぇ、マリー見なかった?」
「見なかった?って。…まさか、居ないのか」
「居ないのよ。もう、衣装着なくちゃ間に合わないわ」
「んん…。困ったねぇ」
「何かあったんじゃないの?最後に見たの誰?」
「今朝は一緒にご飯食べに行ったわ。…全然食べてなかったけど」
「その後は?」
「練習したいって、一人で出かけて…」
「あー、もう、どうするんだよ」
「手分けして探そう」
「時間ないぞ」
「サンドリヨンが居なくちゃ話しにならないってのに」
まだ俺が言ったこと根に持ってるんじゃないだろうな。
でも、真面目なマリーが、劇を当日にすっぽかすなんて考えられないけど…。
「マリー、誰かさんのせいで相当追いつめられてたわ」
「どこかで泣いてるのかも」
くそっ。
俺のせいかよ。
「どうするんだよ。劇。今さらやめるっていうのか?」
「サンドリヨン役が居ないんじゃしょうがないからな。開演時間を遅らせてマリーを探しながら、ここに居る誰かにサンドリヨン役をやってもらうしか…」
「舞台には俺が立つ」
エル?
「開演時間は遅らせなくて良い。マリーの役は俺がやる。みんなはマリーを探してくれ。女子は歌の配置」
「えー。エルがやったら、バイオリンが居なくなっちゃうよぉ」
ユリア、問題はそこじゃないだろ。
「マリーが見つかればやるよ。ユリアはレパートリー多いから何とかなるだろ」
「んー。わかったぁ」
「声はどうするんだ?」
「喋らない」
「え?」
「えっ」
「えー」
「ユリア、劇が止まりそうになったら、頼むよ」
「ふふふ。まかせてぇ」
「俺は口だけ動かしてるから。一幕は歌だけ。みんなで歌って」
「あのスプレーで声変えれば良いじゃない」
「だめだ。俺は演技なんてできない。俺がやるのは、マリーの役」
「マリーの役って」
「マリーは必ず見つける」
見つける?
見つかるの間違いだろ。
「俺はそれまでの代理。良いから早く準備しろ」
「髪はともかく。…それ、どうするのよ。…マリーの瞳はピンクよ」
「あのでっかい帽子をかぶってるよ」
そういや、誰か作ってたな。
エルの顔が隠れるぐらい、大きくて、つば広の三角帽子。
「あれ、使うの?」
「あぁ」
「持って来てないわ。急いで取ってくる」
「…まさかと思うけど、お前、二幕でも喋らないつもりか」
「当たり前だろ?どうにかしろ」
「何言ってるんだよ。サンドリヨンのセリフなしでどうやって劇を進めるって言うんだ」
「やれよ、カミーユ。お前ならエルが喋らなくてもどうにかできるだろ」
どうにかって…。
これは、劇だろ?
「マリーは手分けして探す。養成所の外には出てないだろ。二幕の終わりまでには一度戻る。じゃあな」
「おい、監督が居なくなってどうするんだよ!」
「最悪、三幕の剣舞のシーンで引き延ばす。ラストまでにはマリーを引っ張り上げるぞ」
「おー!」
「おー!」
「おー、じゃねーよ」
みんな、何考えてるんだ。
「劇が失敗するか成功するかはお前にかかってるんだぞ、カミーユ」
くそっ。
「わかったよ、やれば良いんだろ!」
「エル、支度しよう」
「ん」
なんなんだよ、これ。
俺が悪いのか?
※
第一幕。
本来なら、サンドリヨンの独白シーン。
講堂の幕が上がる。
観客に背を向け、三角帽子をかぶったサンドリヨンが舞台の中央に立っている。
ピアノが鳴り、合唱が始まる。
孤独なサンドリヨンの歌。
エルはずっと立ったまま動かない。
歌のサビの部分でようやく振り返ったかと思うと、俯いたまま口を動かす。
いつも一人のサンドリヨン。
人間と関わることなく、森で暮らす。
本当に歌だけで終わらせる気か。
「カミーユ、そろそろ準備して」
「あぁ」
舞台の裏を通って、舞台の左手に行く。
第二幕。
王子がサンドリヨンと出会うシーン。
サンドリヨンは中央に立ったまま。
左手から、舞台に出る。
「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」
この時、サンドリヨンは気付いて、言うはずなんだけど。
―あれは誰?この森に人が来るなんて。…話しかけてみる?いいえ。人間と関わってはいけない。あぁ、でも、あのお方。なんて美しい人。
と、話しかけるかどうか逡巡するはずが。
エルは全く気づかないふりをしてそっぽを向いている。
こいつ…。
「おや。あんなところに人が…?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」
そのまま近づく。
ペトリューシカが流れる。
手を差し伸べるほど近づいたところで、エルが帽子を持ったまま振り返る。
「!」
ペトリューシカの音楽が華やかになる瞬間。
観客からは見えないだろう。
帽子を深くかぶったエルの、紅の瞳と目が合う。
見つめ合う。
どうせ顔なんて隠してるのに。どれだけ気合い入れて化粧したんだよ、あの馬鹿連中!
紅の瞳。
長い睫。
化粧のせいか薄く染まる頬。
唇。
その、虜になる。
「なんて美しい人なんだ」
サンドリヨンが後ずさる。
っていうか、この曲。うるさいのにずっと弾きっぱなしかよ。
「待って、美しい人。どうか、御名前をお聞かせください」
逃げようとするサンドリヨンを追う。
サンドリヨンは間合いを取りながら、後ずさる。
追いかけるなって?
跪いて、サンドリヨンに手を差し伸べる。
サンドリヨンは首を横に振る。
これもだめかよ。
「では、私が先に名乗りましょう。私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」
また、首を横に振る。
あぁ本当に、困ったやつ。
「それは残念だ」
この先、俺にどうしろって?
サンドリヨン抜きのセリフなんて。
立ち上がって、胸のブローチを渡す。
「王子であることを証明できなくとも、この気持ちを証明する手段はいくつか用意しています。どうかこれを受け取って下さい、愛しい人」
サンドリヨンが右手を差し伸べかけて、その手を戻す。
そして、また一歩後ずさる。
受け取れよ!
本当に何もしない気か。
参ったな。
何考えてるかわからない。
でも、ちっとも歩み寄りのない、この我儘なところがエルらしい。
「お気に召さなかったのならば申し訳ありません。愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです」
エルは帽子を深くかぶり直して俯く。
これじゃあ、王子がサンドリヨンに言い寄ってるとしか思えないな。
…口説き落とすか。
「あなたのような美しい人に出会ったのは初めてです。いいえ、少し言い方を変えましょう。私は王子として、婚約者を探す為、毎夜催される舞踏会で美しい娘と出会っています。しかし、私の心を揺り動かすような方には、一度も出会ったことがないのです」
そういえば、エルと会うまで。
こんなに他人に興味を持ったこと、なかったな。
「あなたの、その美しい瞳を見る瞬間まで」
顔を上げたエルと目が合う。
そうだ。ずっと、声が聞きたかった。
「どうか私の名を呼んでくれませんか」
エルが首を横に振る。
喋れないって知らなかったから。
女みたいってからかって殴られたっけ。
「せめて御名前を教えてください」
首を振る。
後ずさるエルとの間合いを詰める。
「私はあなたの虜になってしまったのです。この先、あなたなしでは生きられない」
帽子を掴んで顔を上げるエルと、また目が合う。
大分、こっちに興味を持たせられたかな。
絶対、落とす。
「私はあなたに愛を誓いましょう。どうか私の愛を受け取ってはくれませんか」
手を差し伸べる。
「愛しい人。その手を取ってもよろしいでしょうか」
…あれ。
俺、誰を口説いてるんだ?
エルが右手を差し出す。
本当は。ここで手の甲にキスをするんだ。
でも。
もう、逃がさない。
その右手を引き寄せて、抱きしめる。
「あ…」
驚いたエルが声を漏らす。
女の声。
ちゃんと、スプレー使ってるんじゃないか。
「こんな気持ちになったのはあなたが初めてです」
やばい。
すごく抱き心地が良い。
「私はあなたを妻として迎えたい。是非、このまま一緒に来てください」
きつく抱きしめる。
欲しい。
「このまま連れ去りましょう」
俺に抱きしめられたまま、身動きの取れないエルが俺を見る。
「話しが違うぞカミーユ」
眉をひそめて、エルが小声で言う。
しょうがないだろ。
お前は一切喋らないで、俺が何か言う度に逃げようとするんだから。
こうやって捕まえるしかないだろ。
「キスしよう」
は?
エルが俺の首に腕を回す。
そして顔の向きを変える。
…まぁ、観客側からは、してるように見えただろう。
エルが腕を外した瞬間、帽子が落ちる。
サンドリヨンは目を閉じて、顔を隠しながら、背中を向けて舞台袖へ走り出す。
「お待ちください!」
言った瞬間。エルがこけた。
あー。ドレスの裾を踏んだんだな。
思い切り顔面をぶつけたらしく、舞台袖に居る連中が笑いをこらえている。
っていうか、マリーを探しに行ってた連中じゃないか。見つかったのか?
エルがこっそり煙幕の玉を取り出して、割る。
辺りに煙が立ち込めた。
…おいおい。サンドリヨンが煙幕使ってどうするんだよ。
煙の中、エルは舞台袖の連中に引っ張られて退場。
エルが居た場所に、ガラスの靴が落ちてる。
曲が止んで、煙幕が引くのを待って、セリフを吐く。
「あぁ。行ってしまわれたのか。…もう一度会えるだろうか」
周囲を見渡し、ガラスの靴を見つけて、拾い上げる。
「これは、あの方の靴?」
そういえば、このシーンでは、サンドリヨンから王子がガラスの靴をもらわなくちゃいけない。
本当は、これをあなたのお守りにしてくださいって渡されるんだけどな。
「これを持っていれば、あの方にもう一度会える気がする。愛しい人。私の声が聞こえているでしょうか。もう一度会いに来ます。私の心はあなたのもの。次こそは、良いお返事を期待しています」
ガラスの靴を持って、左手に退場。
あぁ、しんどい。
幕が下りる。
やっばいなぁ…。
反則だろ、あの可愛いさは。
本当に女じゃないのか、あれ。
信じられないぞ。
っていうか…。
何考えてんだ。俺。
「カミーユ。及第点と言ったところか」
「シャルロ」
右手の舞台袖に移動すると、衣装に着替えたシャルロが居る。
「ちゃんとガラスの靴を見つけて来たな」
「当たり前だ」
エルは鼻を布で押さえている。
「大丈夫か?エル」
たぶん、鼻血を止める薬が塗られた布だろう。
「あぁ」
「マリーは?」
「…見つからない」
「図書館の給湯室」
「え?」
全員がエルの顔を見る。
「なんで?」
「早く行けよ」
「本当にそこに居るの?」
「たぶん」
「知ってるなら最初から教えてよね!行ってくるわ!」
何人かが走って行く。
「なんで?」
「…聞くな」
「だって」
「言いたくない」
「エル…」
「カミーユ、準備しろ。マリーが帰って来るまで剣舞のシーンを引き延ばすぞ」
「はぁ?ふざけんなよ、剣舞のシーンなんてそんなに長くないぞ?」
「殺し合いをすれば良いじゃないか」
「は?」
「本気で殺しに行くか」
「カミーユは俺たちの剣なんて受けないんだろ?」
こいつら、正気か?
「大丈夫かな」
「戦いたくなかったら、そうそうに倒れて良いぜ」
「うん、僕はそうするよ」
王子が斬られたらやばいだろ。
くそー。
アシューを最初に斬るとして。次はどうするかな…。
ルシアンかルードのどっちかを先に倒した方が楽か?
でも、舞台を盛り上げるなら、先にノエルを倒して、ルシアンとルードのタッグを相手にする方が、長引かせることが出来るだろうな。
「舞台のセットが完了したな。…準備するぞ」
「カミーユ、これ、持って行け」
「なんだよ?」
「困ったら割れ」
「煙幕か?」
「違う。闇の魔法。舞台を暗転させる」
次は闇の魔法かよ。
「お前さ、本当に何も言う気ないのか」
「俺のことを詮索するなら、もう口を利かない」
もともと喋れなかった癖に。何言ってるんだ。
「わかったよ。詮索しない。でも言いたくなったら言えよ」
「…一生言わない」
俺も、一生言えないな。
舞台のセリフが本気だったなんて。
第三幕。
謁見の間。
「王子よ、戻ったか」
偉そうな役、似合うよなぁ、シャルロ。
「はい。国王陛下。…ご報告があります」
「報告?」
「私はとうとう運命の姫君を見つけました。彼女を妻に迎えたいと考えております」
「ほう。今まで誰にも心を開くことのなかったお前にそこまで言わせると言うのか。なんとも喜ばしいことだ。王子よ。そなたが望むと言うのならば、考えてやっても良いぞ」
あれ。話しが違うぞ。
反対するんじゃなかったのか。
シャルロが笑う。
あぁ。この笑い方は、良くないことを考えてるな。
「ありがとうございます、陛下」
「して、その姫君とは何処に?」
「ここにはおりません。遠く東の森に…」
「東の森だと?」
「はい」
「お前は東の森に入ったのか」
「はい」
「あぁ。無知とはなんたる罪か。あの森には人間は立ち入ってはならないのだ。まさかお前の言う姫君とは、森に住んでいる娘だとは言わんだろうな」
「その通りです、国王陛下。私は彼女と森で出会い、一目で恋に落ちました」
「なんだと!お前は知らないのか。あの森に住んでいるのは、炎の魔女サンドリヨンだぞ」
「炎の魔女、サンドリヨン?」
あ。そういや、王子は名前を教えてもらってなかったな。
「そうだ。昔、この国の水源を支えていた神木を燃やした炎の魔女。お前は国の仇であるその魔女を娶りたいと言うのか」
なんだその設定!
「私は許さんぞ。王子よ、お前にはもっと相応しい相手が居る。サンドリヨンは魔女。お前は惑わされただけだ」
「ですが、陛下」
「私の言うことが聞けないと言うのか」
「私の愛は本物です。私はあの方を、サンドリヨンを愛している」
「正気に戻れ。あいつは魔女。そしてお前は国の王子。やがて私の後を継ぎ、この国を導いて行く存在だ。それが何故、悪魔に魂を売ったような娘に惑わされる!あれは危険な女。近づく者を焼き殺す。お前もすぐに、その業火に焼かれるだろう」
シャルロが俺を見下す。
俺にどうしろって言うんだよ!
「さぁ、王子よ。すべて忘れるんだ。森へ行ったこと、あの娘に出会ったこと」
忘れる…?
「忘れるなんて、できません。出会ったことをなかったことにするなんて。私は確かに彼女と出会い、そして…。愛を伝え、口づけを交わしました。私の愛は本物です」
「惑わされおって。…もう、お前の話しは聞けぬ。あの娘とは二度と会うな。東の森に行くことを禁じる。これは命令だ。従わなければ、反逆者としてこの場で斬り捨ててやろう」
国王の周囲に居た騎士が一斉にこちらを見る。
本筋に戻ってきた。
…でも。
これ、どうやって四幕に繋げるんだ?
このまま剣舞をやっても良いのか?
「どうした。王子よ」
シャルロが高い場所から口元に笑みを湛えて俺を見下す。
くそ。
やって良いんだな。
「サンドリヨン。私はあなたへの愛を貫きます」
剣を抜く。
「愚か者め!皆の者、あの反逆者の首を取れ!」
国王の号令に合わせて、剣舞が始まる。
シャルロは左手に退場。
予定通りの剣舞を始める。
ルシアンとルードの攻撃を受けて、剣を押し返すと、二人がくるくると舞いながら後退。
同様にノエルとアシューの攻撃を受けて押し返す。
ルシアンの攻撃を飛んでかわして、剣を振り上げ、そのままルードの剣に当てる。今度は俺がルードの足元を斬って、ルードがジャンプでかわし、ルシアン、ルードの攻撃を回転しながらかわして、ノエルとアシューの相手をする。
っていうか。
第四幕は、王子が自分を裏切ったと勘違いしたサンドリヨンが、国を滅ぼすシーンだろ?
第二幕で俺とエルが演じたのは、結局王子がサンドリヨンに告白したけど、サンドリヨンは、まぁまぁその気になって終わりって程度だ。王子はサンドリヨンとの結婚を望んでいたけど、サンドリヨンからは王子と結婚したいって意思表示は皆無。
そんなんで、王子に婚約者が出来たなんて嘆いて国を燃やすか?
っていうか、婚約者出て来てないし!
ストーリー的におかしい気がするけど。
考えながら、四人の相手をする。
アシューはあっという間に倒れた。
続けてノエルも、そう間をおかずに。
ルシアンとルードの相手を続けながら、舞台袖を見るけれど、マリーが帰って来た気配はない。
くそ。どうするんだよ、これ。
剣を振り上げたルシアンのわき腹を斬って、ルシアンが倒れる。
続けて、ルード。
鍔迫り合いをするが、力を入れれば折れる玩具だ。本気で力なんて入れられない。
お互いに一歩引いて、何度か剣を合わせる。
あぁ、無理だ。これは斬るしかない。
完全にがら空きの横に回って、ルードを斬ると、ルードが倒れる。
終わった。
っていうか。
どうやって幕を引けば良いんだ?これ。
「射よ!」
「え?」
後ろから、何かが飛んでくる。
振り返って剣を構えようとしたところで、背中に何か当たる。
背に触れると、赤い絵の具が手に着いた。
これって…。
その場に膝をつく。
「しぶといな」
足音がして、顔を上げる。
「陛下…」
シャルロが剣を振り上げる。
「懺悔の言葉があるなら聞いてやろう」
殺される?
王子が?
そんな話し、あってどうするんだ。
あぁ、台本が滅茶苦茶だろ。せめて俺に何か言うことないのかよ。
「自らの行いを恥じよ」
殺す気だ。
王子が殺されたら終わりだろ?
背中に矢が刺さったまま戦えって?
いや。王子が王を殺すなんて絶対だめだ。あり得ない。
たとえ物語だって、そんな反逆的なこと、俺はやらないぞ。
…どうする?
エルからもらった魔法の玉。
「サンドリヨン。せめてもう一度君に会いたかった」
そう言って、魔法の玉を割る。
「なんだ、これは!」
魔法の玉から暗闇が溢れ出す。
「まさか!サンドリヨン?」
そして、幕引き。
っつうか。何も見えないぞ、これ。
「おい、シャルロ。これで良かったのか」
「合格点だ」
今度は及第点じゃなくて合格点、か。
「俺が斬られてたらどうするんだよ」
「どっちにしろ、王子はサンドリヨンのガラスの靴を持ってるんだ。いくらでも助かる設定にできる」
「ストーリーは」
「サンドリヨンは第四幕で、王子を助けるために国を燃やす。自分の靴を持っている王子は絶対無事だとわかってるからな」
「どこのヤンデレだよ」
「第二幕でお前とエルがもう少し上手くやっていれば、ここまでストーリーを改変しなかった」
「で?この暗転、いつまで続くんだ」
「…作ったやつに聞け」
手探りで舞台袖まで移動する。
「おい、エル。これ、どうにかしろよ」
「ん…。お願い」
エルが小さい声でそう呟くと、辺りの闇が消える。
何、したんだ。
エルが俺を見る。
「はいはい。何も聞かなければ良いんだろ」
「早く第四幕の準備をしろ」
ばたばたと皆が準備を始める。
「マリーは?」
「一応、連れ出しては来たのだけど…」
控室に閉じこもってるってわけか。
「マリー!聞いてるか!俺、第五幕は出ないからな」
「はぁ?」
「約束しただろ?逃げても帰って来るって!マリーが出なきゃ、第五幕はない。サンドリヨンは死んで終わりだ。この物語を幸せな結末にしたいんだったら舞台に立て!」
エルはそう言って、帽子を深くかぶる。
「おい、エル。四幕でも何も喋らないつもりか」
「喋らない」
「どうすんだよ」
「バイオリンを弾く」
エルがバイオリンを持って、舞台に向かう。
第四幕。
森の中で、サンドリヨンはバイオリンを奏でる。
曲は、愛の悲しみ。
サンドリヨンがバイオリンを弾きながら踊る度に、火柱が上がる。
その音色に呼応するかのように、炎が舞台をどんどん包んでいく
足元には煙幕。
炎の中で、サンドリヨンがバイオリンを弾き続ける。
まるで音色が魔法を引き起こしているように。
物悲しく。
「…ごめんなさい」
マリーだ。
「早く着替えろ」
「あの…」
「言い訳は終わってからにしろ」
「マリー、準備するわよ」
マリーが頷く。
何とか間に合ったか。
第五幕。
舞台上からすべての大道具が取り払われる。
「サンドリヨン。ようやく出会うことが出来ましたね」
ガラスの靴を持って、マリーの傍に行く。
「王子様。あなたは、私のしたことを責めないのですか」
「私はあなたの愛を信じます」
「私は、あなたを救うためとはいえ、あなたの国を滅ぼしてしまった。あなたに迷惑をかけて…。どうか、選んでください。私がもう片方のガラスの靴を脱げば、私は灰となり、この国を復活させる礎になります。もしあなたが私にガラスの靴を返して下さると言うのならば、私はあなたのものになりましょう」
サンドリヨンがガラスの靴を履けば、すべては元通りになって、大団円のはずだろ。
何、落ち込んでるんだよ。
「サンドリヨン。あなたの気持ちを聞かせて欲しい。私はあなたに愛を誓った。あなたは私を愛してはくれませんか」
「…私は。自分の犯した罪に耐えきれません」
マリーが自分の顔を覆う。
この期に及んで泣くなよ。
「けれど、最後ぐらいは自分の責任を果たそうと思うのです」
「なら、答えをお聞かせください。あなたの気持ちを」
サンドリヨンは顔を上げる。
「愛しています。もし、許されるのならば、あなたと幸せになりたい」
それで良いんだ。
「その言葉を、ずっと聞きたかった」
跪いて、ガラスの靴を差し出す。
「どうか、私の妻となって下さい。愛しい人」
「…はい」
サンドリヨンがガラスの靴を履いた瞬間。
周囲に光があふれる。
これも、エルの魔法なのか。
舞台に皆が並ぶ。
そして、合唱。
女子連中が、観客に菓子を配って歩く。
舞台は成功。
滅茶苦茶なストーリーだけど。
大成功、で良いだろ。
※
「エル、シャルロ、カミーユ。説教部屋に来い」
「え?」
「なんで?」
「…ちっ」
急いで衣装を着替えて、担任教師について行く。
何か怒られるような要素あったか?
誰にも迷惑かけてないじゃないか。
講堂の舞台袖から出ようとしたところで、入り口の扉が開き、教師が立ち止まる。
「先生、少しお話し、よろしいですか」
「アレク」
「アレクシス様?」
なんで?
「王子殿下。どうかされましたか」
「舞台の演出の件でその三人に罰を与えると言うのなら、私が引き受けましょう」
「殿下」
「舞台の演出は私が監督しました」
「どういうことでしょうか」
「先生もご存じでしょう。あの魔法は初等部が使えるようなものじゃない。私が協力しました。安全上問題ないよう配慮しましたが、先生に内緒にし過ぎたのは、反省しています」
教師がため息をつく。
あぁ。あれってそんなにまずいことだったのか。
「殿下。あまりこの三人を庇われないよう」
「私が養成所に居られるのも後一年だから、大目に見て下さると嬉しいな」
「…三人とも。勝手に魔法を使ったり錬金術の技を使うな。そういう時は、必ず、事前に、教師である俺の許可を取れ。良いな?」
「はーい」
「ん」
「…はい」
「反省する気がない奴らだな。…舞台の片付けに戻れ」
そう言って、教師が行ってしまった。
なんつーか。大変だな。
「エル。少しやりすぎたね」
やりすぎた?
「怒ってる?」
「怒ってないよ。でも、周りはびっくりしているだろうね。…カミーユ、シャルロ。君たちが見た奇跡は、私の精霊が引き起こしたものだよ」
「え?」
「私は自分の精霊をエルに預けているんだ。エルには私の精霊を使わせた実験を許可してる」
じゃあ、あれって…。全部、アレクシス様の精霊を使って?
「劇は素晴らしかったね。面白い解釈だったよ。エルも頑張ったね」
アレクシス様がエルの頭を撫でる。
「アレク、なんで舞台に立ってたのが俺だってわかったんだ」
「愛の悲しみは上手だったよ」
「それで気づいたのか」
いや。
アレクシス様のことだから、最初から気づいてたと思うぞ。
「それじゃあ、三人とも。困ったことがあったらいつでもおいで」
それから、アレクシス様はエルの耳元で何か呟く。
「え?」
エルが驚いた声を上げる。
「では、またね」
アレクシス様を見送って、劇の後片付けに戻ろうと振り返ると。
マリーが立っている。
「ごめんなさい」
マリーがそう言って頭を下げる。
「マリーの馬鹿」
エル?
「エル、サンドリヨンをやってくれて、ありがとう」
「謝罪も礼も要らない。なんで、来なかったんだ」
「舞台に立つ自信がなかったの」
「なんで?マリーは舞台の主役だ。主役は何やったって良いんだぞ。マリーに合わせなくちゃいけないのは周りの方だ」
「お前、そんなこと考えて舞台に立ってたのか」
「だってそうだろ?俺が演技しなくても、喋らなくても、舞台は進んだぞ。一幕では皆が歌を歌ってくれたし、二幕ではカミーユがずっと喋ってくれたし、転んでもみんなが助けてくれたじゃないか。三幕ではシャルロが滅茶苦茶になったストーリーをまとめてくれただろ?」
良く、そこまで周りが何とかしてくれるって信じられるな。
「四幕ではマリーが出てくれると思ったのに、出てくれないからバイオリンを弾くことになったけど。あれもユリアが居てくれたから上手く行った」
「そこまで舞台に出ていたなら、最後まで出ても良かったわ」
「なんで俺が女の役なんてやらなくちゃいけないんだ」
いつの間にか集まって来ていた皆が笑う。
「ここまでやっておいて?」
「お前、今さら何言ってるんだよ」
エルは何故笑われているのかわからない様子で周りを見る。
「うるさいな。俺はサンドリヨンじゃない。サンドリヨンは最初からずっとマリーだ。あれだけ一生懸命練習してたのに、マリーが一度も舞台に立たないなんて勿体ない。俺はずっと楽しみにしてたよ。マリーのサンドリヨン」
マリーがボロボロと涙を流す。
マリーが、こんなにすぐ泣く奴だなんて知らなかったな。
「ありがとう、エル」
「謝罪も礼も要らないって言っただろ。そんなに言うなら、後で俺の為にサンドリヨンを見せて」
「え?」
「見たい」
「あの…」
しょうがないな。
「じゃあ、これが終わったら、教室でもう一回やるか」
「え?」
「王子役が居ないと始まらないだろ」
「そうだな。今度は王子が斬られるってのもありじゃないか?」
「どうせ観客はクラスメイトだから何やってもありだよなー」
「俺を斬れるなんて思うなよ」
「アシュー、やっちまえ」
「えっ。僕には無理だよー」
皆が笑う。
さて。もう一仕事やるか。
手近に置いてある物を持って、舞台の道具や荷物を持って移動する皆に続く。
あぁ、そうだ。
「マリー」
「なぁに?」
「この前は、悪かった。ごめん」
「…いいの。私も、急に泣いてごめんなさい」
「いいんだよ。泣くのは女の特権だろ。俺が悪いんだからマリーは謝る必要ないぜ」
マリーが笑う。
「ありがとう」
ちゃんと謝れて良かった。




