00 王国暦五九八年 コンセル 朔日
斬撃を、二歩下がって避ける。
すかさず足を踏み込んで、相手の胴体に向かって剣を突き刺す。
足の動きを追うと、右手に避けようとするのがわかる。
軸足に体重を乗せて、突く動作を払いに変える。
自分の剣が、相手の胴体に綺麗に入る。
けど、力が入らない攻撃は、致命傷にはならなかっただろう。
振り下ろされた剣を自分の剣で受け止めながら、相手の左手へ移動し、相手の腕を斬り上げる。
こんなことで怯んでくれる相手ではないのはわかってる。
一歩下がって、相手の動きを観察。
突攻撃。
違う。下がれ。
二歩下がると、自分の居た場所が薙ぎ払われる。
今だ。
空いた胴体めがけて、思い切り薙ぎ払う。
入った!
が。
次の瞬間、相手の剣が俺の首に当たる。
「降参」
剣を落とすと、相手も剣を引いて、剣を鞘に納める。
「良い動きだったぞ、カミーユ」
「兄貴には勝てないな」
言いながら、自分の剣を拾って鞘に納める。
「外で決闘をやれるぐらいには良い動きをしている。毎日ちゃんと鍛錬をしているようだな」
「当たり前だ。次の休みは絶対兄貴から一本取ってやる」
「威勢が良いな。楽しみにしてるよ。怪我を治しておけ」
回復薬をもらって、斬られた箇所を治療する。
「養成所はどうだ?」
「あんなつまんねーとこに六年も居るなんて信じられない。もう、辞めても良いだろ?」
「そんなことを言うな。お前は魔法使いの才能もあるんだから、その才能を磨いて来い」
「それで剣術がおろそかになったら、元も子ももないだろ?」
「お。難しい言い回しを覚えたな」
「馬鹿にしやがって」
「クロフト様、カミーユ様。お茶の準備が整いました」
メイドに言われて、兄のクロフトと一緒に訓練場を出る。
騎士の名門、エグドラ家。
代々、王族の近衛騎士を輩出している名門だ。
俺は男ばかりの三人兄弟の二男。
本来なら、騎士としての修業を積む為に、そろそろ馬術の稽古をする年齢なんだけど、どういうわけか魔法使いの素質を見いだされて、王立魔術師養成所への入学案内が来た。
親父は俺に猛勉強をさせて、養成所に入学。
魔法を勉強して来いと言われたが、正直勉強は苦手だ。
全寮制の養成所を、休みのたびに抜け出して、兄貴に剣の稽古に付き合ってもらっている。
中庭に用意された椅子に座って、コーヒーを飲む。
「あぁ、帰るの、面倒だな」
兄貴が笑う。
「なんだよ?」
「お前の帰る場所は、養成所なんだな」
癖だ。
「しょうがないだろ。授業が終わったら、寮に帰らなきゃいけないんだから」
「良いじゃないか。うちに居たら学べないこともたくさん学べるだろう」
「面倒くせーよ。本当に。一番必要ないのが言語学だ。なんで使いもしない古い言葉なんて勉強しなきゃいけないんだよ」
しかも、言語学の教師は好きじゃない。
「今月はテストがあるんだろ?」
「合格点を取らなかったら補習で休みが潰れる」
「じゃあ、剣の稽古ができないな」
「だから嫌なんだよ。あ~あ。勉強なんて面倒くせー」
「帰る度にその調子だな。今しかできないことを楽しんだらどうだ。友人だってたくさん居るんだろう」
「居るけどさー」
「マリアンヌなんてどうだ。オルロワール家の令嬢と同じクラスなんだろう」
マリアンヌ・ド・オルロワール。
金髪にピンクアイ。誰もが認める美人のクラスメイト。
代々国の書記官を務める、王家の信頼も厚いオルロワール宮中伯の御令嬢。
「マリーはなぁ…。美人だけど、口うるさいぜ。喋らなければ良いのに、口を開けば説教だ」
正義感が強いだけなんだろうけど。
「楽しそうじゃないか。後は?」
「ん…。後は、シャルロは席が隣だ。勉強で世話になってる。ほら、シュヴァインの」
シャルロ・シュヴァイン。
オルロワール家と並ぶ名家、ノイシュヴァイン宮中伯の分家、シュヴァイン子爵の二男。
「赤髪の秀才か。トップで入学したらしいじゃないか」
「そんな感じするな、あいつ」
とにかく頭が良い。
クラスの委員長はマリーだけど、実質的にクラスをまとめてるのはシャルロだろう。
本当に、養成所ってのは貴族の子息やら令嬢ばかり。
エグドラ家も一応、貴族だけど。正直、武官である騎士系の貴族と、文官の貴族じゃ意味合いが違うだろう。
「あ。そういえば、新入生が入るらしいぜ。明日だったはずだ」
「新入生?」
「あぁ。中途入学だってさ。名前は何だったかな」
エル…。なんとかって言ってたな。
忘れた。