03 王国暦五九九年 ヴェルソ 三十日
今日は通し稽古。
午後から講堂を貸し切って、舞台の大道具を並べたり、役者の立ち位置の調整を行う予定だ。
でも。
「あぁ、もう、また間違えたわ」
「…あれ、何回目だ」
「全然進まないな」
まだ第一幕だっていうのに。
「マリー、もういいから歌のところからやるぞ」
「…わかったわ」
委員長で完璧主義者。
セリフ一つのミスで稽古を止められたらやってられない。
女子が並ぶ。
「パートごとに分かれて並べ」
「分かれてるわよ。ソプラノが四人、アルトが三人よ」
「マリーはソプラノだろ?なんでアルトが三人しか居ないんだよ」
「いいのよ。これで」
「…ユリア、伴奏を」
なんていうか。
雰囲気悪いな。
シャルロは思い通りに行かなくてイライラしてるし。
女子連中は勝手だし。
マリーは神経質に何度もやり直すし。
男子連中はと言えば、隅で剣の稽古を…。いや、あれは遊んでるだけか。
エルはバイオリンの楽譜を眺めている。
サンドリヨンの歌。
まぁ、なんとかなりそうだな。
「次、ラストの歌をやるぞ」
「え?順番に通し稽古じゃなかったの?」
「そこで遊んでる連中も入れ」
ラストは混声合唱だ。ほとんど全員で歌う。
「エル、入れよ」
「聞いてる」
…相変わらず人の話を聞かない奴だ。
ユリアの伴奏に合わせて全員で歌う。
が、途中で歌が止まる。
「ちょっと!待ってよ。滅茶苦茶だわ。練習してなかったの?」
「してただろ?音程外した覚えはないぞ」
「そういう問題じゃない。女子の方が少ないのよ。もう少し考えて歌って」
「バランスが悪いって言ってるの」
「はぁ?ちゃんと歌うなってことかよ」
あ~あ。
どうするんだ、これ。
シャルロを見ると、頭を抱えてる。
あいつが困ってるの、珍しいな。
「落ちつけよ、みんな。…つまり、こういうことだろ?男子は人数が多い分、少し抑え気味で歌えって。で、女子はその分、声を張り上げて頑張ってくれれば良いと」
「抑えろって、どうしろって言うんだよ」
「十分歌ってるよ」
「そうだわ」
「おい、エル!そっちにはどう響いてた?」
エルが顔を上げる。
「男子はそろってない。下手。女子はマリーの声しか綺麗じゃない」
お前は…。
正直に言い過ぎだ。
皆を更に怒らせてどうするんだよ。
「あぁ、だから、」
当の本人は怒らせることを言ったつもりがないらしい。
「あいつは、ああいう奴だから。怒っても意味ないぜ」
「はぁい!注目ー!」
ユリアが大声を上げる。
「発声練習やろうよぉ」
「お。良いな。頼むぜ」
「行くよぉ」
なんとかなれば良いけど…。
※
「…以上、今度の練習の時までにやっておくこと。マリーとカミーユは残れ。他は解散」
適当な返事をしながら、みんなが講堂を出て行く。
険悪な雰囲気は最後まで解消されなかったな。
残ったのは俺とシャルロ、マリーとエル、ユリア。
もう夕方だ。
「次は第二幕。出会いのシーン」
マリーが中央に立ち、俺が左側から舞台に入る。
「あぁ、なんて清々しい日だ。森の空気も気持ち良い。遠出した甲斐があったというものだ」
王子が森にやって来る。
サンドリヨンは王子に気付いて、独白。
「あれは誰?この森に人が来るなんて。…話しかけてみる?いいえ。人間と関わってはいけない。あぁ、でも、あのお方。なんて美しい人」
人間と関わってはいけないサンドリヨンが、王子を見つけて戸惑う。
興味はあるが、自分からは近づいてはいけない。
「おや。あんなところに人が…?おかしいな。この森の、こんな最奥に人が居るなんて」
マリーに近づく。
マリーが振り返り、目が合う。
しばらく見つめ合って…。
「なんか、全然だめだねぇ」
ユリア。
「何が?」
「ここは二人が恋に落ちるシーンだよぉ?…なんかこう、ばばーんと、こんな感じ?」
ユリアが曲を弾く。
あれは、ペトリューシカ。
途中まで弾いて演奏をやめる。
「ペトリューシカか。上手く演技に合わせて使っても良いな。…続けろ」
ええと。
「なんて美しい人なんだ」
「なんて素敵な方でしょう」
一歩ずつ間合いを詰める。
「どうか、御名前をお聞かせください」
そして、手を取り合う。
「私の名前は、サンドリヨン。あなたの御名前を伺ってもよろしいかしら」
「私はこの国の王子です。この国の方ならば、私の顔にも見覚えがあるのではないでしょうか」
「王子様…?」
マリーが手を振りほどいて、後ずさり、俯く。
「そんな高貴な方とは露知らず。どうかご無礼をお許しください」
「いいえ。身分などどうでも良いのです。私はあなたの虜になってしまった。どうかその顔を見せて下さい」
近寄って、その顔を上げさせる。
「この気持ちを証明する手段はいくつか用意しています。どうかこれを受け取って下さい、愛しい人」
本番では、ブローチをつけてる。
ブローチを外すふりをして、マリーにそれを差し出す。
「これは…?」
「愛しい人に贈り物をするのは我が国の慣習なのです。愛の証として、どうか受け取って下さい」
「私が受け取ってもよろしいのでしょうか」
「受け取ってくれますか?」
マリーが受け取る仕草をする。
「はい。喜んで」
あ。その笑顔はかなり可愛い。
「サンドリヨン。このブローチにはもう一つの意味があるのを御存知ですか」
「まぁ。なんでしょうか」
「このブローチは将来自分の妻となる女性に贈るものなのです。サンドリヨン。私はあなたを愛している」
「…カミーユ、マリー。間違えてるぞ」
「え?」
「喜んで、の後に、告白のシーンがあるだろ。まだサンドリヨンの気持ちを聞いてない。ブローチを婚約の証にして、サンドリヨンから靴をもらうのは二幕のラストだ」
「あー」
そういやそうだったな。
「もう一度、始めから」
「…なぁ、シャルロ」
「なんだ、エル」
「二幕をペトリューシュカ?にするなら、俺のバイオリンは要らないよな」
「練習はしておけ」
バイオリンは、四幕の愛の悲しみだってあるだろ。
「…カミーユが下手だから悪いのよ」
「はぁ?俺のせいだって言うのかよ」
「もう少しセリフに気持ちを込められないの?全然、愛されてるって感じないわ」
「なんで演技にそんなに感情込めなきゃいけないんだよ。だいたいマリーだってそうだろ?」
「私はちゃんとやってるわ。…カミーユを好きな人だと思って」
「どう考えても、そう思ってないだろ、今の発言」
「お前ら」
「何よ」
「何だよ」
「あまり仲が悪いようだったら劇中にキスシーン入れるからな」
「はぁ?」
「嫌よ!」
「なんで嫌なんだ?」
エルを見る。
あぁ。わかってないな。こいつ。
「シャルロが言ってるのは、口を合わせるキスのことだからな。そんなの恋人にしかしない」
「サンドリヨンと王子は恋人じゃないか」
「何言ってるのよ!エルって、どうして、そう変なこと言うの?いくら演技だからって、私にだってキスの相手を選ぶ権利ぐらいあるわ!」
「俺だってそうだよ」
「二人とも、落ちついたらぁ?」
俺は十分落ちついてる。
「最初からやり直しだ」
いつまで続けるんだよ、これ。