01 王国暦五九九年 ヴェルソ 十六日
マリーはシャルロと一緒に劇の稽古。
セリーヌたちは、早速衣装の準備に取り掛かる。
俺は剣舞の出来そうなメンバーを集めて、会議室を借りて稽古。
休みは全部劇の稽古に費やさなきゃいけない。
「ルシアン、もっと振り回して良いぜ」
「まじか。行くぜ、ルード!」
「おいっ!ぶつかるだろ!」
「少しぐらいぶつかっても平気だ。どうせ真剣じゃないんだし。大げさにかわした方がそれっぽく見えるぜ」
「舞なんだよな?」
「んー。劇だから、本当に戦ってるように見えて良いんじゃないか」
「アバウトな指示だな」
「後、ルードに向かって振るな。お前らの敵は俺なんだからな」
「カミーユは稽古しなくて良いのかよ」
「動きを先に覚えろよ。失敗しても俺はお前らの剣を受けるなんてしないぞ」
「そういう奴に限って、本番で斬られるんだよなー」
皆が笑う。
妙なフラグを立てるなよ。
「お前らが俺を斬ったら、劇が台無しだぞ」
「その時は、俺たちの誰かがサンドリヨンを娶れば良いんじゃないか」
「マリーは美人だからなー」
そういう問題か?
「失敗したらどうしよう」
「今からそんなこと言っててどうするんだよ、アシュー」
「だって、聴衆の面前に立つんだよ。大丈夫かな、僕」
「心配するなよ。一人で立つわけじゃないんだから」
「カミーユは何で僕を選んだの」
「お前の剣筋は見栄えが良い」
「…それ、褒めてるの?」
「褒めてないだろ」
「ノエル。それ以上アシューを落ち込ませるな」
ルシアンとジャンルードは相性が良い。
ノエルとアシュリックもだ。
この二人どうしをペアで組ませておけば、舞台上でぶつかることはないだろう。
アシューはふり幅が大きくて隙だらけだけど、その分、舞台で映えるだろう。実戦でそれはダメだけど。
※
「カミーユ、助けて」
エルが会議室の扉を開きながら言う。
「エル?」
エルが走って俺の後ろに隠れる。
追いかけて来たのは、衣装を作っていたはずの女子連中だ。
「どうしたんだよ」
「丁度良かったわ。みんなも食べてみて」
「お菓子作ったのよ」
そういうことか。
「エルは甘いものは食わないぜ」
「だからって、手作りのお菓子を見るなり嫌そうな顔するの、失礼じゃない」
想像つくな、その顔。
「美味そうだな」
「でしょー?」
少し焦げてるけど。
「食べて食べてー」
一つ取って食べる。
…まぁまぁかな。
「美味しい?」
「香ばしくて良いんじゃないか」
稽古を中断した四人もこっちに来て、一緒に食べる。
「うわ。まっず」
「そうか?美味いぜ」
「苦い…」
「こんなもんじゃねー?」
「どうしてうちの男子ってこんなに失礼な奴ばっかりなの」
「お前ら、衣装制作はどうした」
「エミールたちに任せて、お菓子作りをしてたのよ」
「あいつらは舞台道具を作ってるはずだろ」
「やってくれるって言ったからいいのよ」
エミールたち、衣装制作に飽きた女子連中に押し付けられたな…。
「こっちもちゃんとしたの作らなきゃいけないものねー」
まぁ、この感じじゃ、もう少しまともなもの作れるように試作は重ねた方が良いだろうな。
じゃないと新入生が不憫だ。
「もう少し焼き時間を調整した方が良いわね」
「…ショコラ入れてごまかせば良いんじゃないか」
エルが後ろから言う。
「ショコラのサブレか。美味しそうね」
「っていうか、食べなさいよ」
「甘いのは嫌いだって言ってるだろ」
「アシューは苦いって言ってたわよ」
「不味いものは、もっと食べたくない」
「はっきり言うわね…」
「あー、みんな居たぁ」
「ユリア」
「どうしたの?ピアノの練習してたんじゃなかったの」
「ふふふ。エルに用事があるのぉ」
「だってよ、エル」
後ろに居るエルを引っ張り出す。
「これ、弾いて欲しいのぉ」
ユリアがエルに楽譜を渡す。
バイオリンの楽譜?
「これが愛の喜びと悲しみか」
そういえば、ユリアが弾きたいって言ってたな。
バイオリン、エルに頼んだのか。
「いいよ。やろう」
「うん。じゃあ、一緒に練習しようよぉ。あ、これ一個もらうねぇ」
ユリアがサブレを一つ食べる。
「んー。美味しい」
なんでも食うな。
「今度はマドレーヌが食べたいなぁ」
「マドレーヌも良いわね」
「試してみよっか」
ショコラのサブレはどうしたんだよ。
ユリアはもう一枚手に取って、エルの口に突っ込む。
「んぐ」
エルはあからさまに嫌そうな顔をしながら、サブレを食べる。
「…砂糖が焦げた味」
セリーヌがエルの頭を殴る。
「いってぇ」
その感想は殴られても仕方ないと思うぜ、エル。
※
エルは、ずっとユリアと練習をしているらしい。
マリーと稽古を終えたシャルロと一緒に、ロニーに会いに図書館へ向かう。
「あれ。今日はシャルロも一緒なんだ」
「少し相談がある」
「相談?シャルロが?面白いね」
面白い?
「本題に入るぞ」
「どんな問題かな」
「新入生の歓迎会で劇をやることにしたんだ。演目は教えられないが、合成魔法を使いたい。その理論について教えてくれ」
「合成魔法?精霊と契約していない君たちが?」
「契約してなくてもできるだろ」
そうなのか?
「良く知ってるね。魔法というのは、魔法陣で精霊を呼び出せば使えるよ。自分の魔力を餌にして精霊を呼び出し、力を借りるんだ。契約と違って、その場限りの関係だから、呼びかけに答えてくれた精霊なら、協力してくれる場合はとても多い」
魔法に関しては全く無知だ。
精霊と契約すれば魔法が使えるってことしか知らなかったけど、魔法陣を使うって方法もあるのか。
「でも、合成魔法となるとそう簡単にはいかない。魔法陣は必ず、精霊の種類につき一つだ。光の精霊を呼び出せるのは光の魔法陣だけ。つまり、合成魔法を使うには、まず魔法陣を二つ用意しなくちゃいけない」
魔法陣ってめんどうなんだな。
「さっき少し言ったけど、魔法陣を描いたからと言って必ず精霊が応えてくれるとは限らないからね。呼びかけに答えてくれなきゃ、描き損だ。それを二つ用意するってだけでも成功率の低いことだと思ってね。…そして、更に肝心なこと。合成魔法っていうのは、精霊同士が協力しないと使えないんだ」
「協力?」
「人間が合成魔法を発動させる時だってそうだよ。契約している精霊同士の仲が良くなかったら、上手く魔法が混ざらないからね。調和は非常に大切なことなんだ。要は魔法使いの手腕次第。…でも、魔法陣を使った合成魔法は、呼び出した精霊に、違う属性の精霊と協力してくれって頼むわけだからね。了解してくれる精霊がどれだけ居るかは未知数だ」
「つまり、魔法陣を使った合成魔法は、非常に成功しにくいって言いたいのか」
「その通り。だから、魔法についても精霊についても何の知識も持たない君たちにはお勧めできないな」
「お前ならできるか?」
「私が合成魔法をどうしても使わなければならないなら、必要な精霊と契約するよ。その方が確実で早い」
「出来る人間は」
「アレクなら余裕でできる。アレクの周りには常に彼を守っている精霊が居るからね。アレクが協力を頼めば絶対に断らないだろう」
「王家の精霊か」
「さぁ。語ってはいけないことらしいから」
王家の精霊。
ラングリオンの王家を守護している精霊だ。
王族とは神に選ばれた血統だから、精霊もまたその血族を守ると言われている。
「で?聞きたいことは以上かな」
「あぁ。十分だ」
「じゃあ、今度はこっちから」
「何だ」
「どうしてエルにかまうの」
「友人に付き合って何が悪い」
「何のメリットもないのに」
「メリットが必要か」
「シャルロらしくないね。家の人がどう思うかな」
家の人?
「関係ない」
「それとも、あきらめたの」
「お前に話すことはない。質問は終わりか?」
「うん」
「じゃあな」
シャルロが席を立って行く。
今の、何の話しだ?
「邪魔者も居なくなったし、今日の授業をしようか」
「待てよ。今の話し、なんなんだ?」
「それはこっちが聞きたいけどね。錬金術の授業で魔法の話しなんてさ」
「それは、シャルロが…」
「まぁ、どうでも良いけど」
どうでも良いのかよ。
「教えてくれよ。シャルロの家の話し」
「知らないの?シュヴァイン家の後継者騒動」
「後継者騒動?…シャルロは二男だろ?」
「長男がどうもダメな奴でね。頭の切れるシャルロを後継者に押す動きがあるんだ。現シュヴァイン子爵もそれを望んでいる。でも、シャルロは実は妾腹だ。そのせいで正妻は反対。自分が産んだ三男を推してる」
「なんだ、その泥沼な家は」
「だから子爵はシャルロを養成所に入れたんだよ。養成所はシャルロの身の安全を保障するにも適した場所だからね」
それ、前にも聞いた話しだな。
「ちなみに長男は養成所の入試に落ちたらしいよ。シュヴァイン家っていうのは頭が良い家系だと思ってたんだけどね」
だから余計に、馬鹿で有名になってしまった長男を跡取りにはしたくないのか。
「養成所を卒業っていうのは一大ブランドだからね。それに、アレクとの繋がりもできる。シャルロが卒業すれば、子爵は有無を言わさず彼を後継者として迎えて、正妻を追い出すつもりなのさ」
「なんだか貴族ってのは面倒だな…」
「でも、少し良くない噂が立ってるだろう」
「良くない噂?」
「君たち、あれだけ派手に養成所でやってて、自分たちの評判を知らないの?」
「…それって」
「そうだよ。君たちは養成所きっての不良三人組。悪いことばっかりやっては教師を泣かせてるって評判だ。君たちが居るせいで、養成所はちょっと安全上問題があるんじゃないかって言われてるんだよ」
それは知らなかったな…。
親父の耳にも入ってるのか、これ。
「カミーユは良いかもしれないけどね。シャルロにとっては非常にまずい。だって、養成所で悪名が付いちゃったんだからね。体裁を気にする貴族にとっては良くないことだ。今はまだ初等部だし、子供だってことで目を瞑ってもらえるかもしれないけど。シャルロが子爵の後継になりたいのなら、今すぐエルにかまうのをやめるべきだと思うよ」
そんな話し、ちっともしなかったぞ、シャルロの奴。
「カミーユは、もう少し貴族の事情にも詳しくならないとね」
「なんで?」
「アレクの近衛騎士なら、貴族の名前はもちろん、その情勢についてある程度把握しておかないと務まらないよ。自分の主君の敵か味方かぐらい、知識として入れておかないとね」
騎士はだいたい王家に忠誠を誓うけど…。
いや。そうでもないか。ロニーのイエイツ家っていうのは、自分の家名の為にロニーに色々指示してたみたいだし。
そう考えると、貴族ってかなり面倒だな。
俺が知ってるのって、王家の信頼の厚い貴族は、書記官を務めるオルロワール家と、裁判官を務めるノイシュヴァイン家ってことぐらい。こんなの、ラングリオンなら常識だ。
シャルロのシュヴァイン家は、ノイシュヴァイン家の分家だけど、大分事情が違うみたいだな。法律系に強い家系に違いはないはずだけど。
「そろそろ勉強しようか?」
「十分した気分だぜ」
「そうだね。…気分も乗らないし、カフェにでも行こうか」
「ロニーらしくないな」
「そうかな」
いつもだったら問答無用で勉強をさせる気がする。
「ちょっと落ち込むことがあったんだ」
「落ち込むこと?」
「すごく欲しいものがあってね。絶対手に入らないってわかってるけど、そこがすごく良いんだ」
「…欲しいのに、手に入らなくて良いのか」
「手に入っちゃったらつまらないからね」
「あぁ、それ。なんとなくわかるかも」
小さい頃の兄弟喧嘩。
すごくどうでも良いものを取りあいしたけど、手に入れてみると、案外欲しくなかったことに気付く。
「案外欲しくないんだよな」
「そう。…きっと、欲しいと思っている間が一番楽しいんだろうね」
「そこまでわかってて、何に落ち込んでるんだよ」
「お前の目が節穴なだけって言われたから」
「…それ、言いそうなやつに心当たりあるんだけど」
「きっと正解だよ。だから、カフェにでも行って甘いものでも食べよう」
「そうだな」