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旧作2-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.王子と姫
16/40

00 王国暦五九九年 ヴェルソ 十五日

 今日は養成所の卒業式だ。

 高等部を修了して卒業する先輩と、中等部二年で卒業する先輩を見送る会。

 と言っても、出席は強制じゃないから、エルとシャルロと一緒に実験室に来ている。

 最近は休みと言ったら、三人で実験室に来るか、グリフに剣の稽古を付き合ってもらうかのどちらかだ。

 ロニーとの勉強会は、不定期に続けている。

「できた」

 エルが完成した薬を別の容器に移す。

 シャルロと俺はチェスをやっていたから、エルが何を作っていたか見ていない。

「カミーユ、口開けてみろ」

「あぁ?」

 口を開けると、エルが俺の口にスプレーを吹きかける。

「なにすん…。あーっ、あぁ?」

 なんだこれ?

「また変なものを作ったのか」

「シャルロも口開けて」

「断る」

「なんだよ、面白いだろ?」

 シャルロが黒のクイーンを動かす。

「チェック」

「え?…うわー、フォークかよ」

 キングを逃がすなら…、こっちか。

「チェックメイト」

「あ」

 黒のナイトが動く。詰んだ。

「ビショップでラインを防げば良かったのに」

 エルがそう言って、フォークの状態に一度戻し、ビショップを動かす。

 ルークは取られるけど、まだ続きが出来そうだな。

 いや、ここからクイーンを動かせば、ビショップがあれにかかってるから…。

 惜しかったな。

「もう一回やろうぜ。…っていうか。これ、どうやったら治るんだよ」

 さっきからずっと声が変だ。

 普段の声より高くなってる。

 女声より高くて、低い声が出せない。

「水でも飲めば良いだろ」

 手元にあったオランジュエードを飲む。

「あーっ、あーっ。ん。治ったな」

 今度はエルが、自分の口にスプレーを吹きかける。

「あーっ。…難しいな。あっ、あっ、うー」

「お前は何がしたいんだ」

「なんか変な感じだな」

 変な感じなのは俺の方だ。

 いつもの声じゃないんだから。

「授業中にいきなり声が変わったら面白いだろ?教師にやっても良いかな」

「懲りない奴だな」

「出せる課題が無くなってきたって教師がぼやいてたぜ」

「え?もう?…つまらないな」

 シャボン玉の件以来、エルは何かを思いついては悪戯をしてる。

 俺とシャルロは毎回それに巻き込まれるわけだけど。

 悪戯をやれば担任教師が補習やら課題を持って来るが、エルにとっては何の反省材料にもならない。

 悪戯も勉強も楽しくて仕方ないらしい。

 あまりにも日常茶飯事になり過ぎて、説教で終わることもあるぐらいだ。

 シャボン玉の時が一番きつかった気がする。

 外出、外泊禁止令も出ているが、どちらにしろ春の長休み…、ヴェルソの三十日から立春の四日間、ポアソンの朔日までは帰省が許可されているから関係ない。

「学年が上がれば授業が増える。必然的に教師が出せる課題の範囲も広がるだろ」

 休みの後。ポアソンから初等部二年の前期が始まる。

「そっか。楽しみだな」

 本当に変な奴。

「いつまで女の声で居るんだよ」

「持続時間を調べてるんだ。スプレー一回で結構持つな、これ」

「喋り続けてないと効果が切れるタイミングが解らないんじゃないか?」

「だから喋ってるんじゃないか。あー、あー」

 それは喋ってるとは言わないだろ。

「歌でも歌ってろ」

「歌?歌なんて子守唄ぐらいしか知らない」

 まただ。

 また、知らないこと。

「じゃあ、子守唄で良いだろ」

「あ、あと、あれが歌える」

「あれ?」

「ほら、マリーたちがいつも歌ってるやつ」

 そう言って、エルが歌いだす。

 あー。サンドリヨンの歌か。

 歌っているエルの横で、チェスを並べ直していると、ノックの音が二回。

 エルが口を閉じる。

「どうぞ」

 実験室の扉が開く。

「やっぱり居たぁ」

 マリー、ユリア、セリーヌ。

「なんだ、お前たちか」

 教師かと思った。

 あまり悪戯ばかりしていると、実験室を使用禁止にすると言われているのだ。

「また悪いこと考えてるの?」

「悪いことってなんだ」

「懲りないわね、あんたたち」

「卒業式に参加してたんじゃないのか」

「途中まで参加してたわ。でも、もう私たちがやることは終わったの」

「お兄様の手伝いをしただけだもの。…チェスをしていたの?」

「あぁ」

「チェスならどこでもできるじゃない」

「良いだろ、どこでやったって」

「何の用だ」

「用事はねぇ、ほら、来月は新入生が来るでしょぉ?歓迎会、何やろぉかなぁって」

 そういえば、入学した後に、上の学年からの歓迎会があったな。

 俺たちが入学した時は、魔法で描いた絵を見せてもらったり、演奏会をしてくれた。

 横で、エルが首を傾げている。

「お前は中途入学だから知らないだろうな。新入生を相手に出し物をするんだよ」

「ねぇ、エル、口開けてぇ?」

 ユリアがエルの口に何か放り込む。

「…甘い」

「え?」

「え?」

 まだ声、治ってないのか。

「エル?」

「ふふふ。面白いねぇ。さっき歌ってたのはエルだったんだぁ」

「良くわかったな。…っていうか、甘いものは嫌いだって言ってるだろ」

 あれ以来、エルは甘いものが苦手になった。

 声を取り戻してから一月ぐらいの間、エルは、甘いものは当分要らないと言って、ゼリーすら口にしなかった。

 そして、久しぶりにショコラを食べて吐いた。

 あれだけ甘いものが好きだったのに。極端な奴だ。

 …まさか、薬の副作用じゃないよな?

「ねぇねぇ、もっと可愛い喋り方にしなよぉ」

「可愛いって?」

「にゃーとか」

「なんで猫の真似なんかしなくちゃいけないんだよ」

「ほらほら」

「ユリア、口開けて」

「あー」

 エルがユリアの口にスプレーをかける。

「あー。声が高くなるスプレーなのぉ?」

「なんかあんまり変わらないな」

 女の声はあまり変化がないんだな。

「にゃー」

「それ、可愛いか?」

 エルが言ったら面白いだろうけど。

「可愛いじゃない」

「ふふふ。これ、面白いねぇ。新入生に配ってみるー?」

「やめなさい。先生に怒られるだけよ」

「だって、俺たちが出来ることってそんなにないだろ?魔法を見せることも出来ないし、楽器だって演奏会レベルじゃ弾けないぞ。俺たちの入学式に初等部の二年がやってたことなんて、菓子を配ってたことぐらいだろ」

「剣舞を披露してたのは初等部の二年だったぞ」

「まじか。知らなかった」

 あれは綺麗な剣舞だったな。

「で?お前たちは何か案があってここに来たのか」

「カミーユなら剣舞出来るんじゃない?」

「俺一人でやれって言うのか」

「一人でやれとは言ってないわ。動きを教えられるじゃない」

「時間がない。歓迎会って、ポアソンの九日だろ?」

「無理なの?」

「難しいな」

 舞台で映えるような人数なら五人ぐらい居た方良い。

 そもそも、あれは真剣でやるんだ。ミスしたら怪我をしかねない。

「ねぇ、ねぇ、劇にしようよぉ」

「劇?」

「劇?」

「サンドリヨンならぁ、皆、知ってるでしょぉ?」

「今から衣装の準備をして…。道具を準備して?」

「サンドリヨンなら、既存の衣装を改造すればどうにかなるんじゃない?」

「どうにかなるんじゃない、って。誰も炎の魔法なんて使えないのに、どうするのよ」

「どうにか、してみるか」

 あ。声戻ったんだな。

「あれだろ?サンドリヨンが魔法で全部焼き尽くすシーン。見た目に炎が発生してるように見えれば良いんなら、どうにかできるかも」

「どうにかって、魔法使えるの?」

「使えない。…けど。ちょっと試してくる」

「試す?」

 エルが立ち上がって、実験室から出て行こうとするのを追いかける。

「ついてくるな」

「何するつもりだ?」

「実験」

 エルが実験室から出て行く。

「何する気だ?」

「実験って。実験室でやれば良いのに」

「配役決めちゃおうよぉ」

「え?劇で決まりなの?」

「んー。とりあえず、エルが帰って来るまでにやっちゃおう?」

「帰って来るの?あれ」

「さぁ?」

「劇に必要なのは、炎の演出だけじゃない。カミーユ、協力してくれそうなやつを集めて、舞台映えする剣舞を教えろ。真剣でやるわけじゃないから大丈夫だろ」

「んー。まぁ、玩具の武器ならどうにかなるかな」

 真剣じゃないなら、大ぶりな動きをする奴でも良さそうだ。

「セリーヌは衣装の準備。裁縫好きな奴に頼め。既存の衣装を改造すれば、時間をかけなくても良いものが作れるな?」

「何着作るのよ?」

「サンドリヨンと王子の衣装。残りは追って決める。そんなに必要ないだろう。…それから、菓子の準備でもしておけ。劇中に配れば、新入生は喜ぶだろ」

「それは考えてるわ」

「音楽は、今から練習しても間に合わないから、ピアノだけでどうにかするしかない。ユリア、サンドリヨンの歌と、剣舞の曲を覚えて来い」

「はぁい」

「マリー。お前はサンドリヨン役だ。セリフを覚えろ」

「えっ」

「劇はほとんどサンドリヨンの独白だ。王子はカミーユ」

「はぁ?」

「お前以外に誰がやるんだ」

「そうだねぇ。カミーユは背が高いし目立つしぃ」

「カミーユとマリーなら舞台映えするわね」

「ちょっと待ってよ、私、了承してないわ」

「俺だって、」

「時間がないんだぞ。今この場で多数決でもとるか?」

「シャルロの案に賛成」

「あたしもぉ」

「剣舞を教えるのはお前だ。お前が王子役で中心に居なくてどうする」

「あー、くそ。わかったよ。でも、俺は劇なんてやったことないからな!」

「自慢げに言うな。どうしても下手だったら歌でカバーさせるからどうにかしろ。マリー、俺と図書館に来い。サンドリヨンの台本を改変する。そんなに長い劇にしなくて良いだろう。第一幕は、導入としてサンドリヨンが独白し、森で歌う。第二幕は、王子と出会ってガラスの靴を渡す。第三幕は、王子が城に帰って婚約を勧められる。…このシーンに剣舞を入れる。第四幕は、サンドリヨンが王子の裏切りに嘆いて、すべてを炎で燃やす。…演出の方法は、エル次第だな。第五幕は、王子とサンドリヨンが出会って大団円。この時に菓子を配って終わり」

「さくさく進みそうだねぇ」

 っていうか、もうほとんど、具体的に決まってるじゃないか。

 相変わらず頭の回転が速いな。

「ユリアはサンドリヨンと剣舞の曲を覚えれば良い。後はレパートリーから選ぶ。歌のシーンは、お前たちが普段から歌ってるんだからどうにかなるだろ」

「サンドリヨンの歌なら、皆歌えるわよ」

「他の役者はどうするの?」

「後必要なのは、城の人間か。…婚約を勧める王役は俺がやる。婚約者役は要らないだろ。絵を描ける奴に頼んで、人物画を使えば良い。剣舞のシーンに使う役者をそのまま舞台に配置しておけば、王子の謁見シーンは完成だ」

「婚約者とサンドリヨンが取っ組み合うシーンはないのかぁ」

「なんだよそれ」

「現代版サンドリヨン。愛憎の果てに王子を殺しちゃうのぉ」

 王子が死んだら、絶対幸せな結末にはならないだろ。

「相変わらず変な本ばっかり読んでるな」

「質問は?なければ図書館に移動するぞ」

「衣装は、サンドリヨン、王子、王、剣舞をやる男子の人数分揃えれば良いの?」

「あぁ。カミーユ、剣舞の人数は?」

「俺の他に四人も居れば良いんじゃないか」

「だそうだ」

「わかったわ」

「第一幕はサンドリヨンの歌でしょぉ?第三幕は剣舞の曲。第二幕の出会いのシーンは愛の喜び、第四幕の嘆きの独白シーンは愛の悲しみなんてどうかなぁ」

「それはバイオリンが必要だろ」

「むぅ。じゃあ、愛の挨拶かなぁ」

「弾ける曲、多いな」

「ふふふ。ピアノなら任せてぇ。誰かバイオリン出来ないかなぁ」

「やりたいなら、自分で誰かに交渉しろ」

「んー。わかったぁ。第五幕は、せっかくだから盛り上げたいんだけどなぁ。みんなで歌える曲にしようよぉ」

「菓子を配りながら歌うのかよ」

「あ、それ良いねぇ」

「…これ、本当に形になるのか?」

「ならなかったら、歌を歌って菓子を配って終わりだ」

「つまんないなぁ」

「全員女声で歌えば良いだろ」

「女声?」

「ほら、口開けろ」

「あ?」

 俺が口を開くと、シャルロがさっきのスプレーを吹きかける。

 やられた。

「俺は指揮をやるけどな」

「くっそー。マリー、劇が成功するかどうかはお前にかかってるんだぞ。死ぬ気でセリフ覚えて来い」

「!」

「カミーユ変な声ー」

「男子で高い声って変よね」

「エルはどうなんだ」

「エルはねぇ」

「そうね」

 言いたいことがわからなくもないけど。

「あぁ、なんでこんなことになっちゃったのかしら」

 マリーがため息をつくと、急に、実験室の扉が開く。

「できた」

「エル」

 そう言って、エルが手に持っていた玉を地面に叩きつける。

 と。

「え」

「!」

「わぉ」

 叩きつけられた玉から火柱が上がった。

「何、危ないもの投げてんだよ!」

「触っても平気だ。演出用。光の魔法だから熱くない」

「光の魔法?火柱なのに?」

「光と炎の合成魔法。光の力の方が強い。こっちは煙幕」

 そう言って、別の玉をエルが投げると、そこから煙があふれ出す。

「この二つを使えば、疑似的に炎の魔法の演出が出来るだろ?」

「どうやって作ったんだ、そんなもの」

「どうでも良いだろ」

 シャルロと顔を見合わせる。

「どうでも良くないわよ。どういうこと?合成魔法なんて…」

「エル。アレクシス様に手伝ってもらったのか」

「…あぁ」

 嘘だな。

「で?どうなったんだよ。劇の話し」

「カミーユに聞け。行くぞ、マリー」

「わかったわ」

「私も行くわ。裁縫、手伝ってくれる人探さなきゃ」

「俺だって、剣舞のメンバー探さないといけないんだぞ」

「あたしが説明しておいてあげるよぉ。みんな、いってらっしゃぁい」

「頼んだぞ、ユリア」

 ユリアがちゃんと説明できるのかは知らないけど。


 でも。

 今の、一体どうやったんだ?


 ※


 夕食後。

 シャルロの部屋に行く。

「なぁ、どう思う?」

「何が」

「合成魔法」

「さぁな。出来るんだろ」

「あいつ、魔法使えないんだろ?」

「知らない。本当は使えるのかもしれない。精霊と契約していることを隠しているだけなのかもな」

「だって、合成魔法って。光の精霊と炎の精霊二人と契約してるっていうのか?」

「俺に聞くな」

「エルに聞けって?」

「ヴェロニクが居るだろ。それか、アレクシス様にでも聞くんだな」

「ロニーはエルのこと、あんまり知らないみたいだったぜ」

「馬鹿だな。誰がヴェロニクにエルのことを聞けって言った。合成魔法について聞けば良いだけだろ」

「…俺、そういうの苦手だ」

「次にヴェロニクに会うのはいつだ」

「明日」

「じゃあ、俺も付き合う。エルにばれないようにしろよ」

「ん…。わかった」



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