05 王国暦五九九年 スコルピョン 十九日
「…で?みんなで外出禁止令を食らって、散々補習をやらされることになったから、私の課題が終わらなかったの」
くそ。シャルロの奴。
大量に作っておいたシャボン玉をクラスの連中に配って、授業中、教師が黒板の方を向く度に飛ばす遊びをしていたら、二限目が終わった頃に担任教師に呼び出される事態になった。
担任教師にさんざん説教を食らって、午後はクラス全員で教室の掃除。
首謀者だった、俺とエル、シャルロは外出、外泊禁止令を食らって、補習と課題の山を出されたのだ。
事情を知ってる連中が上手くやるって、こういうことかよ。
おかげで、アレクシス様が研修旅行で居ない間ずっと、三人で課題をやっていた。
シャルロは思った通りになったと言っていたけど。おかげでロニーから出された課題は半分もできなかった。
「面白いね。シャボン玉か。私もやりたいな」
エルがアレクシス様の方を向く。
「そうだね。今度、姉上と一緒にやろう」
相変わらず、良くわかるよな…。
「で?課題をやらずに、レシピは作ってたの」
「課題やってたら思いついたのを書いて行っただけだよ」
「材料は?」
「実験室に置いてあるから…」
「じゃあ、これから行って作ろうか」
「え?」
「私が居ない間、実験を我慢してたんだ。今日は好きなだけやっていいよ」
「私も興味があるよ。カミーユ、一緒に行っても構わないかい」
「えっ。はい、もちろんです」
「ありがとう」
アレクシス様に言われて、断れるわけなんてない。
※
あぁ。緊張する。
手元が震えそうになる。
やばい、これって入れ過ぎたか?
…いや、大丈夫だ。効能に差はないはずだから。
「ねぇ、カミーユ。我慢してたのはわかるけど。一体いくつ作るつもりなの?」
あ。
気が付いたら十種類以上できてた。
あぁ、エルが飲む奴だから、甘くしておかないと。
…甘くない奴飲むのか?
甘味を入れていない薬を、ビーカーに入れたココアを飲んでいるエルに渡す。
エルは少し口に含んで、あからさまにまずそうな顔をした後、一気に飲み干す。
まずい
口だけが、そう動いた気がする。
アレクシス様が笑う。
「薬というのは、そういうものだけどね」
やっぱり、甘くしておかないとな。
こっちは花の蜜で…。
ミエルは、割と元の成分を上書きするから…。
あれ?こっちの薬、甘味料入れたっけ?まぁ、良いか。砂糖でも入れておけば飲むだろ。
薬を渡す。
…あ。思いついた。
もう一つ。
ランプに火を灯して、ビーカーに砂糖と水を入れる。
それから…。
「エル!」
アレクシス様の声がして顔を上げると、エルが実験用流しに向かって吐いている。
やばい。
「エル、」
何かまずいもの、混ぜたか?
「……」
「エル?」
「無理…」
声?
「え?」
「エル」
「エル?」
「殺す気か」
これ、エルの声、だよな?
「おい、エル」
「なんだよ」
「お前、さ」
「良かったね、エル」
「ちっとも良くない。吐きそう」
「でも、もう飲まなくて大丈夫だよ」
「もう飲みたくない。カミーユの奴…」
「カミーユにお礼を言わないのかい」
「なんで?」
アレクシス様が笑う。
まさか、気づいてない?
「ねぇ、エル。最後に飲んだ薬ってどれ?」
「七番目の薬だと思うけど…。ん?」
エルが、自分の口を押える。
「あー、あー」
今更のように自分の声を試すエルに、思わず全員が笑う。
「アレク、」
「おめでとう、エル」
「コーヒー飲みたい」
おい。
「じゃあ、片づけてみんなでカフェにでも行こうか。カミーユ、ありがとう」
アレクシス様が、俺に向かってほほ笑む。
「えっ、あのっ、」
あっ、アレクシス様から感謝されるなんて。
「ロニーもありがとう」
「私は何もしてないよ。まさか、カミーユがこんなに早く薬を作るなんてね」
「いえ、俺も、ちゃんと効果のある薬を作れたかなんて自信が…。っていうか、本当に薬の効果で喋れるようになったのかどうかも…」
エルが胸を押さえて、嘔吐いている。
あれって、甘い物を飲み過ぎて、胸やけした結果じゃないのか?
「カミーユ」
「なんだよ」
「お前、天才だな」
「…は?」
なんで、養成所きっての天才から、天才なんて言われるんだ。
「そうだね。エルの声を取り戻す薬を、たった半年足らずで作ったのだから」
「それは、ロニーが錬金術を教えてくれたおかげで…」
「いいから、早く片づけろ」
こいつはっ!
喋らない方が可愛かった。
「いいよ。今作ったレシピ、忘れない内に書き留めておきたいから、先に行ってろ」
「ん」
「私も手伝うよ。アレク、エルに何か飲ませてあげないと、その胸やけは良くならないんじゃないかな。それとも、胸やけに効く薬でも作ろうか?」
エルが首を横に振る。
「冗談じゃない」
「じゃあ、お言葉に甘えて、行くとしようか。エル、おいで」
「じゃあな、カミーユ、ロニー」
エルがアレクシス様と実験室を出ていく。
なんていうか。
性格悪いな。
喋れるようになって良かった、のか?
「これで錬金術の勉強も終わりだね」
「終わり?」
「だって、目的は達成されちゃったから。それとも、まだ教えて欲しいの?」
もともと、エルの声を取り戻す薬を作りたくて、勉強してたけど…。
「少し、面白くなってきたんだよな…」
「なら、もう少し続けてもいいよ」
それはありがたいな。
「お前も面倒見良いよな」
「だって、将来同僚になるんだから、仲良くしておいて損はないだろう」
「同僚って…」
「目指すんだよね、アレクの近衛騎士」
「もちろん」
その、予定だけど…。
ここしばらく、騎士のことなんて考えていなかった。
薬を作ることばかり考えてて。
こんなんじゃ、だめだ。
「ロニー、頼みがあるんだけど」
「何かな」
「俺に、剣の稽古をつけてくれないか?」
「休日に家に帰れば良いじゃない」
「兄貴は今年の春から親父の従騎士をやる。俺の稽古に付き合う暇なんてないんだ」
「君に付き合ってたらアレクと遊ぶ暇がなさそうだな…。錬金術は今まで通り私が、剣の稽古はグリフに頼むってのはどう?」
「グリフレッド?」
「そう。グリフは小さい頃から真面目に騎士の修行をしてたから、私よりも強いよ」
「そうか」
「一番強いのはアレクだけどね」
そういえば、兄貴も負けたって言ってたな。
「主君として最高だな」
人を従えられるだけの器と強さ。
「うん。アレクは最強だよ。…でもね、カミーユ。アレクを主君にしたいなら、もう少しアレクの顔をちゃんと見られるようにならないとね」
「恐れ多いよ。良く、お前は愛称で呼べるな」
「今は第二王子で同期だからね」
今は、か。
来年には、アレクシス様は卒業する。王族は中等部の二年で卒業だ。
その後は城に帰って帝王学だとかを学ぶらしい。王族としての公務も増える年齢だから仕方ないんだけど。
まぁ、養成所自体、高等部は錬金術専門科と魔法専門科に別れて、研究所に入るための専門的な学習をするのだから、王族には不要なんだけど。
俺は、魔法専門科を目指しながら騎士を目指す科目を取って行く予定だ。
あれ…。
おかしい。
それじゃあ、今俺がやってることって、不要なことじゃないか。
「なぁ、ロニー、なんでそんなに錬金術に詳しいんだ?」
「好きな人に媚薬を作りたかったから」
そういや、王立図書館で会った時に言ってたな。
「カミーユ。君はセンスがある。だから、私が教えられることは全部教えるけど、それは中等部レベルの話しだ。私は魔法専門科に進むから、それ以上のことは教えられない。知りたいのなら、古代語を学んで自分で調べるんだよ」
だから、俺に古代語を学べって言ったのか。
「エルの声を取り戻してくれてありがとう」
「でも、あれが本当に効いたかわからないぞ」
「物事は結果がすべてだ。どんな作用にせよ、エルが薬を飲み続けて声を取り戻したのは事実じゃないか」
そうかな。
また、騙されてる気がするけど。
「なぁ、ロニー」
「何かな」
「好きな相手に媚薬、盛ったのか?」
ロニーは笑う。
「盛ったよ」
盛ったのか。
「誰に?」
「聞きたい?」
頷くと、ロニーはその名を言う。
「誰にも内緒だよ」
一生言わないでおこう。