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心を探す旅  作者: みづき
1/3

<前編>

連載という分類になってますが、短編です。

二つに分割しているので、ご了承下さい。

 澄み切った青空の下、やっとの思いで着いたひとつの町。

 まだあどけなさの残る少年は近くに集まってる集団に声をかけた。

 少女からの距離では内容を聞き取ることは出来なかったが、おおよそ予想はつく。

 またいつもの質問をしているのだろう。

 行く先々で少年は人々に同じ事を聞き、同じ返答を貰っている。今回もそうだろうと思い、ちらりと視線を移すと案の定がっくりと項垂れる少年がいた。

 きっとまた同じことを言われたのだ。

 少女は軽く息を吐き出し、

「お疲れ様。で、知らないって?」

 と、どこか呆れた口調で言う。

「うん。そんなものは見たこともないって……っていうか、そもそも言ってる意味が分からないって言われた」

 さらに項垂れる少年に、少女は深くため息をついた。

 長い距離を歩いて辿り着いた町は今までで一番賑やかだ。店は活気づき、大人も子どもも活き活きとした表情を見せている。

 レンガ造りが主なこの町で少年が何度目かに聞いた質問の内容は、少女には聞かされていない。

「……ほら、行くよ」

「え?」

「え、じゃない! さっさと町から出ないとまた文句言われるよ!?」

 この町は大丈夫そうに見えたが、用心するに越したことはないだろう。

 村や町は、初めは旅人やよその人を歓迎する。けれど、次第にそれが変化していくのだ。歓迎するような、物珍しそうな視線は次第に嫌悪へと変わり、冷たい視線を向けてくる。

 この世界に住む人は、よそ者を嫌うらしい。

「ほら、さっさと歩く!」

 射るような視線を向けられるのは、あまり居心地のよいものではない。

 少女は眉をひそめる少年の手を引いた。

「えぇー? もう一泊くらいして行こうよ。どうせまた歩きっぱなしなんだから」

「だめ」

 少女が感じている視線などをまったく感知していない少年にぴしゃりと言い放ち、半ば引きずるような形で町を出た。



「見つからない……」

 風が吹くたびに踊っていた草は、汚れた靴によってぐしゃりと踏まれた。

 町を出るまでぶつぶつと文句を言っていた少年は、疲れ果てた表情で前を見据えている。

「ねえ、ちょっと休憩しない? 町から出てずっと歩いてるし」

 少年の隣で呆れ顔で言う少女。

 肩にまでかかる髪は、ゆるく吹く風になびいている。

 ようやく辿り着いた町から出たのは、今から何キロメートルも前のことだ。さすがに疲れているだろう。

「だめだ」

「なんでよ。歩きっぱなしでしょ? 荷物も持ってるんだから、少しは休みなさい!」

「……わかった」

 そんな少女の怒声にしぶしぶ頷いた少年は、背負っていたリュックを草の上に置き、その横に座った。

 その様子に満足した少女も、荷物を置いて少年の横に腰を下ろした。

 これからも長い距離をひたすら歩くのだから、体は休めておかなくてはならない。自分が大丈夫だと思っていても、歩きの移動は想像以上に体力を強いている。足腰に支障が出れば、すぐ近くに何もないこの草原ではどうすることも出来ないのだ。

「どこまで歩くつもり?」

 少女は目の前にどこまでも続くだろう草原を見つめる。

 見渡す限りなにもない土地。荒れ果てたといってもいいこの地を、ここまでずっと歩いてきた。

 家に帰ろうにも、帰れる距離ではない。それに地図もない状態だ。ここがどこなのかもわからないし、どう歩いているのかもわからない。

 見つけた町から出てほとんど一直線に進む手探りの旅。

「さぁ。この前町についたから……結構あるかなぁ? 次の町まで」

「そこまでずっと歩くの? 無理よ。一体何日かかると思ってるの」

「でも、見つけなくちゃ」

「……人でも歩いてきてくれるといいんだけど」

「見つけないと」

 同じ言葉を繰り返し続ける少年にため息を吐き、

「わかってるわよ。っていうか、そんなに大事なもの? こんな、命を懸けるかもしれない旅を続けるほど」

 と、軽く柳眉を寄せた。

 見ての通り、あたりには何もない。

 建物も道も、木ですら殆どない場所なのだ。当然、水もなく食料もない。

 リュックのなかに入るだけ入れた命を繋ぎとめるものも、徐々に少なくなっていく。

 運よくどこかの村や町に出くわした時は事情を話し、宿に泊めてもらっていた。

 けれどそれもここに来て限界かと思われる。

 緑ばかりが視界に映るこの世界で、途方に暮れるどころか絶望に似た感情がわき上がった。

「ねぇ、私はあんたの幼馴染だからついて来たけど――泣きつかれたっていうのもあるけど。で、肝心の探すものって聞いてないんだけど?」

 少年は何かを探すために旅に出た。

 これまでずっと一緒に旅をしてきたが、それを聞く暇もなかった。

 少年はどこか遠くを見つめて、

「……心だ」

 とちいさく呟いた。

「はあ?」

「俺は、心を探す旅をしているんだ」

 ぽつりぽつりと、少年は言う。

「心!? ちょっとあんた、ふざけないでよ! そんなもののために私たちはここまで旅をしてたっていうの!?」

 少女は立ち上がり、信じられないという目つきで少年を見る。

「だいたい、何よ心を探すって――!! 意味わかんない!」

 旅に出る理由を聞かなかった彼女にも問題があるのだが、そんなことは今の少女は考えていない。

 何も言わず、一緒に旅に出てくれと懇願した少年に対して、なぜ早く言わなかったのかと怒りに震えた。

「探すって言うから!! なにか大切なものかと思ったのよ! なのに――」

 そこまで一気にまくし立て、少女は荒くなった息を整える。

 当の少年はそんな彼女を見上げ、先ほどと変わらない表情をしていた。

 それが余計に、彼女を怒り立たせる。

「ちょっと、もう一回説明しなさい。ちゃんとわかるように!」

「え……今説明したけど」

「もっとわかるように! 今のじゃ納得できないでしょ!!」

 噛み付く勢いで話す少女に少年は考え込み、座るように促した。

 何か言いたそうだったが、しぶしぶ座った少女を見て口を開く。

「俺が旅をしてるのは、さっきも言ったとおり心を探すためだよ」

「うん」

「……あのさ、心ってあると思う?」

「……はい?」

 そのまま頷こうとした少女は少年の言葉に動きを止めた。

「心って、あると思う?」

「いや、言ってる意味がよく……」

「体の一部じゃないでしょ? こう、精神的なもの。科学とかじゃ絶対に解明できないものなんだと思うんだ」

「はあ……?」

「で、俺は心を探してるんだ。目に見える、心。あると思う?」

「……知らないわよそんなの!! っていうか今あんたがそのこと話してんでしょ!?」

 心が目に見えるはずがない。

 それは誰に教わるまでもなく、常識で、誰にでも分かっていることだからだ。

 それを知っている少年はそれでも探すというのだ。

 絶対に、見つからないものを。

「あんた、本当意味わかんない。考えてることも言ってる事も、さっぱりよ」

 これで出会った人々が知らないと、意味が分からないといった意味がようやく分かった。

 確かに、普通に聞けばわけが分からないと思うだろう。そして、この少年はどうかしてるとも。

 両手を挙げ、少女はため息と共に首を振った。

「俺はまた探しに行くけど……どうする?」

 ここまで何も聞かず、付き合ってくれた少女。これ以上自分の意味の分からない旅に付き合わせるわけにはいかない。

 少年としては、できれば――

「行くわよ。これからも一緒に」

「え? いや、でも……これ以上わけ分からないことに巻き込むのは――」

「わけわかんないこと言ってんのはどっちよ? 付き合ってやるっていってるの。ありがたく思いなさい」

 ぽかんとしたのは一瞬で、すぐに少年は瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「うん、ありがとう」

 そんな少年を見て、少女は細く息を吐いて軽やかに告げた。

「それに、あんただけじゃ心配だしね」

 そして再び、少年と少女の奇妙な旅は続く。

 決して見つかるはずはないとわかっているものを、追い求める旅。

 二人は軽く手を叩き、風に揺れる草を踏みしめた。

「見つけるのもだけど――こっちのほうが大変かも」

 少し先を歩く少女の後姿を見つめ、少年は苦笑した。

 もしかすれば、心を見つけるよりもはるかに大変かもしれない。

 途中からついてこなくなった少年に気付き、少女は少年に声を張り上げた。

 僅かに苦笑し、これからも共に旅を続けてくれるであろう少女の元へと駆ける。

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