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いつもの帰り道  作者: 銀花
#02 君の風景
6/33

「あ、菜月、今日も遅刻しただろ」


 急に大貴が戻ってきて光の隣の席に座った。


「大和もじゃん」


 口を尖らせ菜月は彼を睨んだ。大貴は何事もなかったかのように笑った。


「栗原君、告白された?」


 唐突に光が尋ね、菜月の胸の内が何故か騒いだ。

 大貴が女の子に告白されることは今まで幾度かあったのだが、さっき光が言った言葉が頭の中に残っていて少し不安になった。

 菜月と目が合った大貴はギクリと一瞬動揺したみたいだ。思わず菜月も動揺の色を見せた。


「あー……うん、された。断ったけどね」


 首をすくめて大貴はそれだけ告げた。ふぅん、と光が言う。


「栗原君って、好きな子いるでしょ」


「……は?」


 大貴も菜月も驚いて光に視線を向ける。彼女はニコリと微笑んでいた。


「告白されても全部断ってるって、さっき菜月に聞いたけど。それって好きな子がいるからじゃない?」


 大貴が光から菜月に視線を移すと、彼女は目を泳がせながら音のしない口笛を吹いていた。

 何でお前は勝手にそういうことを喋るんだよ、と思いながら大貴は菜月を睨んでいたが、彼女が視線を合わせることはなかった。大貴はため息を吐いた。


「好きな子、か……いるかもね」


 大貴の答えに菜月は驚いた。


「何かあやふやな答え」


 光が呆れたように言う。慌てて菜月は身体を大貴の方へ乗り出した。


「ちょっとっ、誰? 私聞いたことないんだけど!」


「言ってねーもん」


 大貴がそっけなく返した時、教室の前のドアが開き佐々木が入ってきた。


「席つけー、ホームルームだぞー」


 相変わらず力の抜ける話し方で言い、佐々木は教壇に立った。生徒たちも次々に、しかしだらだらと席につき始める。


「今日も暑いなぁ……欠席いるかー?」


 佐々木はぐるりと教室を見渡し、空席がないか確かめた。


「欠席はなし、と。今日の連絡も特になしだ。何か質問あるやついるか?」


 出席簿に記入しながら佐々木は呟く。


「せんせー、結婚するって聞いたけど、本当?」


 廊下側の女子生徒が元気良く手を挙げ、興味津々に尋ねた。当然、教室内もざわめく。 佐々木は驚いた表情でその女子生徒を見ていた。


「情報早いな、誰に聞いた?」


「職員室行ったら先生達が話してた」


「……そっか、先生達も噂話好きだな」


 どこかホッとした様子で佐々木は笑った。



「へー、先生結婚するんだ」


 菜月は身体を横に向け、窓の壁に背を預けた。


「結婚しても良い年なんじゃない」


 頬杖をついた光が冷静に答える。



 相手がどんな人か、一緒に住んでいるのか等と様々な質問が教室を飛び交った。どの質問に対しても、佐々木は「秘密だ」とか言って曖昧に受け流した。


「じゃあ結婚式はいつですかー?」


 佐々木にことごとくはぐらかされて、少々ふて腐れ気味に一人の生徒が質問した。


「あぁ、それは決まったぞ、いつだと思う?」


 佐々木がニヤリと笑う。即座に「彼女の誕生日」と返ってきたが、佐々木は笑いながら首を横に振った。


「クリスマスだ」


 そう告げると同時に生徒達が騒ぎ出した。中でも一番に、煩い程叫んだのは菜月だった。菜月は机をバンと叩き椅子から腰を浮かせ、驚愕の表情で佐々木を見つめていた。教室中からの注目を浴びていたが菜月はそれに気付いていなかった。

 佐々木がニヤニヤしながら首を傾げる。


「どうした篠原」


「はっ、あははっ、何でもないでーす。おめでとうねー先生」


 照れ笑いを浮かべ頭を掻きながら菜月は座りなおした。そしてすぐさま大貴へと振り返った。


「ねえ、クリスマスって大貴さん、まさか……そんなことはないよねえ?」


 動揺しきった笑顔で首を傾げる菜月に、大貴も動揺しきった笑みを見せた。


「まさか……でも偶然にしては……」


 一致してる、とそう言いかけたとき不意に佐々木と目が合い、彼は意味深にニコリと笑った。


「……!」


 大貴が何か言いたそうに口をパクパクしている間に、佐々木は視線を大貴からそらしていた。


「そういや篠原、プリントやって来たか?」


「へっ? あ、やった、やりました」


 突然話し掛けられて菜月はアタフタとしながら鞄に手を突っ込み、グシャグシャのプリントを取り出した。そして椅子から立ち上がり、教壇の方へ向かう。


「おぉ、全部書いてるじゃないか。ちゃんと一人でやったのか?」


 プリントを受け取りながら、佐々木が尋ねる。菜月はギクッとして一瞬視線をそらした。


「――――やりましたよ、一人で!」


「その間は何だ」


「いたっ」


 間髪入れず、佐々木からデコピンをお見舞いされる。生徒達が笑い声を上げた。菜月は額を擦りながら拗ねたように口を尖らせた。


「ま、持ってこないよりはマシだ。席に戻れ」


 佐々木に促されて菜月は拗ねたまま自分の席へ戻った。

 席に戻った時にふと大貴に目をやると、彼は佐々木を見上げたまま唖然としていた。


「大貴?」


 椅子に座って囁きかけると、彼はハッと驚いたように振り向いた。


「大丈夫?」


「──大丈夫だけど……たぶん俺らが思ったこと当たってる気がする」


 大貴が引き攣り笑顔で呟く。菜月はあんぐりと口を開けた。


「何言ってんの! 違う、絶対違う!」


 ブンブンとかぶりを振り、菜月は更に喋る。


「もし先生が婚約者だったら、大貴のお義兄さんになっちゃうんだよ!? イヤじゃない!?」


「イヤっていうか……」


「私はイヤ! 先生がお義兄ちゃんとか絶対イヤ!」


 菜月の義兄になるわけじゃないんだけど、と大貴は言いたくなったが口を閉じて堪えた。


 いつの間にかホームルームを終わらせた佐々木が教室を出ていく。ざわめく教室内で、菜月と大貴は佐々木の背中を見送り、また顔を合わせた。


「……佐々木ちゃんいたら私が大貴ん家行けなくなるじゃん」


「お前それ数学が絡んでたりするだろ」


 大貴が呆れた表情をする。菜月は光の机に突っ伏した。


「絡んでなくてもイヤ~っ!」


「──でも先生も教え子の姉と結婚するって、すごい勇気と覚悟よね」


 今まで二人の会話を静かに聞いていた光が急に口を開いた。菜月も大貴も彼女に目をやる。

 光は悪戯っぽく微笑んだ。


「あんた達のこと聞いた時は、先生もビックリしたんじゃない?」


「……光は佐々木ちゃん擁護派!?」


「え。や、擁護というか」


 何というか、と光は口元を押さえた。佐々木が朱那の婚約者である事が、どうやら菜月は本気で嫌らしい。


「まだ決まったわけじゃないだろ」


 急に三人の間に入ってきた大和が、大貴の机に腰掛ける。途端光が疎ましそうなオーラを放ち始めたが、大和はそれを無視した。

 菜月は口を尖らせ、大和を見上げる。


「大和はどう思ってんの?」


「確実に佐々木」とあっさりと答える大和を、大貴は怪訝に見上げた。


「何かすごい自信ありげじゃねぇ?」


「勘だよ勘」


「すっごくイヤな勘!」


 大和を睨みながら菜月は頬を膨らませた。

 朱那には幸せになって欲しいのだが、その相手が佐々木となるとどうも許せなかった。だって佐々木、どこまで行ったって佐々木。何故よりによって佐々木なのだ。

 光はなだめるように菜月の頭をゆっくり撫でた。不満そうに菜月が口を尖らす。


「もし私が大貴と結婚したらさー、私のお義兄ちゃんにもなっちゃうじゃん。ヤだなー」


 ムスッとして脚を揺らしている菜月以外の三人は固まった。

 光は思わず大和と目を合わせた。これはどう突っ込めば良いのだろう、と言う視線を光が送ると、大和はやれやれとため息を吐いた。


「俺はお前の考えなしの発言がイヤだよ」


「……そ、そうよ菜月、そういうことはあまり言っちゃダメ」


 光がコツンと菜月の頭を小突く。そして光と大和は目配せしてからそれぞれ大貴に目をやった。

 彼は口を片手で覆い、恥ずかしそうに視線を泳がせている。あの手の下はきっとにやけているのだろうと思い、光は堪えきれずに吹き出した。

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