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いつもの帰り道  作者: 銀花
#02 君の風景
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 菜月は大きな欠伸をした。変わりない、いつもと同じ学校までの道のりを一人ダラダラと歩いていた。昨夜は遅くまでテレビを見ていたから、今とても眠い。

 追試代わりの課題も大貴の助けあって無事に済んだことだし、今日の数学はまた睡眠学習になるだろう。まあ終わってなくても寝ることに変わりはないけれど。


「でっけぇ欠伸」


「うっさいわ」


 いきなり後ろから大和に話し掛けられても、菜月は特別驚いた様子は見せなかった。大和の突然の登場にはいい加減慣れたものだ。

 隣に並んだ大和を見上げて、菜月は目を細くした。大和の茶色の髪が朝日に照らされて光る。


 中学の時、彼の髪の色は金だったが、いつの間にか茶髪になっていた。何故色を落としたのか、その時の心境は菜月には分からないが、大和が落ち着いてきている事は目に見えて分かる。だからか菜月には気になってしょうがない事があった。


「――ねー、私前から思ってたんだけどさ」


「あ?」


「何で大和は彼女作らないの?」


「いらないから」


 大和は即答して口を閉じた。その答えに不満を覚えた菜月は、頬を膨らませた。更に大和へと詰め寄る。


「あんた告られても全部断るらしいじゃん、今までに何人泣かせてんの? 大和それなりにカッコいいのに。黙ってれば」


「一言余計だ」


 そう言って大和が菜月の頭を殴る。


「ったぁ……痛いなー! せめて手加減してよ!」


 菜月は大和の横腹に拳をお見舞いした。鈍い音がした。


「ぐっ……っお…前も手加減を覚えろっ」


 低く呻いてから、大和は菜月の頭を捕まえてヘッドロックした。菜月が痛いと笑いながら騒ぐ。


 朝っぱらから元気な二人を遠くから見ていて、佐々木は微笑ましいと思う反面、やかましいやつらだと思っていた。そして背後でチャイムが鳴った。


「よーし、門閉めろ」


 佐々木は近くにいた生徒に指示した。

 重い音を立てて門が閉まると同時に、さっきまで騒いでいた菜月と大和が猛スピードで走ってきた。佐々木がニヤリと笑う。


「残念だったな、二人とも生徒手帳出せ」


 門の外で二人はゼエゼエと喘いでいた。菜月が胸を押さえながら大和を小突いた。


「やっ……大和のせいだ……っ」


「俺のせいにすんな」


 互いに言い争いながらも二人は素直に鞄から生徒手帳を出し、佐々木に渡した。佐々木は受け取った手帳を開き、自分の印鑑を押した。


「南はあと一回で労働だな」


「げ、マジで」


「あはは、だっせー」


 菜月が笑い声を上げる。


「篠原はあと二回だ」


「ぇえっ!? うそ!」


「はっ、だっせー」


 大和が鼻で笑う。菜月は彼を睨んだ。


「労働きついぞー? したくなかったらもう遅刻しないこった」


 門を開け二人を敷地内に入れながら、佐々木がニヤニヤと言った。

 彼の言う「労働」とはある一定の回数遅刻した者に与えられる、いわゆる罰則だ。噂によるとこれは本当に厳しいらしい。しかしその内容は口外してはならないらしく、本当の内容は誰一人として知らないのである。


「労働やだ、労働やだ」


 玄関口に向かっている間、菜月は呪文のように何度も呟いていた。どんなことをさせられるのか分からないと言うことが、不安を大きくさせる。

 前を歩いていた大和がイライラした様子で振り返った。


「うるせえ。遅刻しなければいいだろ」


「大和だって同じ状況でしょー」


 菜月が大和を睨み付ける。


「俺労働とかサボるし」


 遅刻はやめられないな、とあっさり言った大和を菜月は思わず凝視した。


「……そうか……サボると言う手があるのか」


「そうそう。めんどくさいだろ労働とか」


「思いつかなかったわー……さすが学年トップ!」


 あと二回遅刻したら労働せざるを得ないとしか考えていなかった。だからすぐにサボることを考えた大和がすごいやつに思えた。その大和が薄笑いを浮かべる。


「お前の頭が弱いんじゃねえの?」


「弱いとか言うな!」


 菜月は頬を膨らませ拳を振り回した。大和は笑い声を上げ、靴棚に入って行った。




 教室に入り、席に着いた菜月は自分の斜め後ろの席に大貴の姿がないことに気付いた。菜月は首を傾げて少し考えを巡らせ、後ろの席で真面目に本を読んでいる女子生徒へと振り返った。

 彼女の手の中の本をちらりと見下ろしたが、小さな文字がずらりと並んでいるのを見て菜月は目が眩んだ。気を取り直して彼女の顔を覗き込む。


「光、大貴どこに行った?」


 背中まである黒髪を揺らし、光はゆっくり顔を上げ赤縁の眼鏡を指で押し上げた。


「……さあ、どこに行ったのかは知らない」


「ま、カバンあるから休みではないか」


 大貴の机の横にぶら下がっている鞄を見て、菜月が呟く。光は再び本に視線を落とした。


「どこに行ったかは知らないけど、栗原君、女の子に呼び出されてたよ」


 光の口から囁くように呟かれた内容に菜月は固まった。


「光……何でそっちを先に言わないのかな」


「あら、気が回らなくて」


 上目遣いに菜月を見つめ、光は微笑んだ。


「あうっ、その笑顔やめてっ、えろいっ」


 菜月は光からの視線を遮るように両手を顔の前にかざす。光は呆れたように本を閉じて眼鏡を外した。


「エロイってね……」


「光の笑顔はえろいんだよ」


「……あまり嬉しくない」


 眼鏡をケースに仕舞いながら、光はため息を吐いた。


 奥村光は高校からの菜月のクラスメートである。面白いことに彼女とは一年から三年目の今も同じクラスなのだ。

 黒髪に眼鏡という優等生のような容姿だが、実際成績の方も大和の次に優秀である。どうして私の周りには頭の良い人がいるんだろうと、菜月は不思議でならなかった。


「栗原君、呼び出されたことは気にならないの?」


「あっ! そうだった、呼び出した女の子って誰? 私知ってる子?」


「2組の子だったよ。菜月は知らないかもね」


「2組か……文系には知ってる子少ないからな」


 菜月は残念そうに肩を落とす。


「心配?」


 光が微笑んで首を傾げた。すると菜月は不思議そうに首を傾げ返す。


「何で私が大貴の心配するのさ」


「え、だってどう考えても告白されてるでしょ。彼女できたらどうしようとか思わないんだ?」


「えー、私、束縛なんかしてないよ。作るなら作れば良いじゃん、彼女」


 あっさりと菜月は笑って言った。光は無言のまま頬杖をつき、短く息を吐いた。


「彼女できたら、今までみたいに一緒にはいられないよ」


 そう言うと、不意に菜月の笑顔が消え思案するように視線が泳いだ。


「ふむむ……そうか。それは考えたことなかったな。大貴告られても全部フッてるみたいだからさ、大和みたいに」


「そいつの名前を出すんじゃない」


 光がサッと表情を変え、菜月を睨んだ。


「こわっ! まだ嫌いなの? 大和のこと」


「ムカつくの! 絶対私の方が頑張ってるのに、あいつの方が上なんて許せん!」


 怒りのオーラを背後に漂わせた光が机をドンと叩き、その音に菜月はビクッと身体を震わせた。

 大和の名前が出るだけで光が豹変してしまうから出来るだけ言わないようにしていたのに、今日はつい口が滑った。今朝、そう言うことを大和と話したからかもしれない。


 大和の成績を越せないことを光は心底悔しがっている。

 そのことを大和自身に伝えてみたら彼は「俺より下のやつなんて相手じゃない」等と言ったのである。光が嫌いになるのも当たり前だ。


 菜月は密かに大和を恨んだ。

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