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いつもの帰り道  作者: 銀花
#01 夏の放課後
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「おばさんもおじさんも元気そうで何よりだわ」


「うん、超元気。朱那さんもまたご飯食べにおいでって、お母さんが言ってたよ」


「ホントに? やった、おばさんの料理美味しいんだよねー。料理の勉強にもなるし」


 言いながら朱那が部屋へと歩き出し、菜月も慌ててついて行った。

 部屋に入ると、大貴と大和はすでにテレビゲームを始めていた。正確に言えば、大和がプレイしているのを大貴はテーブルの椅子に座って見ているだけである。


「あ、それ、エンディングまでいったら私にも見せてね」


「オープニングとエンディングだけ見るの菜月ぐらいじゃね」


 画面を見たまま大和が呟く。それを聞いた菜月が鼻で笑った。


「必死にレベル上げしてるの見てて何が楽しいのかしら」


「お前がいない時にクリアしてやる」


「えーっ、それひどい! ケチ! ケチ大和!」


「うるせぇ、気が散る!」


「全滅してしまえぇぇ~」


 まるで怨念を送るかのように、菜月が大和の背中に両手の平を向けた。

 その彼女の口がブツブツと「負けろ負けろ」言っていて、朱那が笑い出した。


「あー、相変わらず面白い子達だわ」


「飽きないから良いけどね」


 大貴がポツリと付け足す。

 朱那は彼の前の椅子を引き出し、それに腰を下ろした。そしてテーブルに頬杖をつき、菜月と大和の様子を眺めている自分の弟を静かに見つめた。

 ふと、朱那に見られていることに気付き、大貴は怪訝そうに見つめ返した。


「何?」


「んーん、いい友達持てて良かったね」


 そう囁いて、朱那はニコリと微笑んだ。


「ま、あんたは菜月ちゃんがいれば大丈夫だもんね」


「は?」


 大貴が眉をひそめるのを朱那は無視して、大和の隣に座って野次を飛ばしている菜月の方を見た。


「菜月ちゃん、結婚式挙げる日は決まってるんだよ」


「え? いついつ?」


 菜月が振り返り顔を輝かせた。朱那は彼女に向かってピースをする。


「クリスマス!」


「クリスマスとか、また寒い時を選んだな」


 今まで少しも聞いている様子を見せていなかった大和がいきなり口を挟んだ。


「おう、何だこら、文句があるってか大和。よーし良い度胸だ表へ出な」


 怒りのオーラを纏い、朱那がゆっくり立ち上がった。


「やっちゃえやっちゃえ」


 菜月が囃し立てる。大貴は呆れたようなため息をついた。


「ちょっとちょっと、なんでそこで切れんだよ。また半殺しにする気か? 菜月も盛り上げるな」


「半殺しって、人聞きの悪い。あの時は大和のオイタが過ぎたから痛めつけただけよ」


「それが半殺しって言うの」


 何を隠そう、朱那もしっかり高校まで空手をやっていたのだ。その強さといったら、大貴達には計り知れなかった。


「流石にあの時は俺も死を覚悟したよ。事前に菜月にも蹴られてたからな」


 テレビに向かったまま大和が笑いを含んだ声で言った。


「女に恐怖を感じたのもあの時が初めてだった」


「それ、なんて言うか知ってる? 自業自得って言うんだよ」


 菜月が言うと、その向こうで朱那もうんうんと頷いた。

 何で自分の近くにいる女は手を(足を)上げるのが早いんだろう、と考えて大貴は長く息を吐き出した。


「菜月ー、数学のプリントしなくて良いの」


「はうあっ! そうだった! って今何時!?」


「五時半」


 頬杖をついて大貴が答える。

 菜月は慌てて鞄からしわしわになったプリントを取り出し、テーブルについた。


「七時までには帰らないとごちそうがなくなる! と言うことで大貴さん、解き方を教えてください」


「自分で考えてください」


 菜月と同じ口調で大貴が言った。


「おねがぁぁい! 自力じゃ絶対無理だからぁぁ!!」


 菜月は力の限り喚き騒いだ。そして大貴の腕をガシリと掴み、切羽詰った笑顔を向けた。


「これ出さないと留年しちゃうぅぅぅ」


「わ、わかったから……そんな顔すんな。気持ち悪い……」


「さすが大貴!ありがとう!」



 二人の様子を、朱那は微笑みながら見つめていた。




「朱那さんが結婚かー」


 大貴のアパートから帰っている途中で、まだ薄明るい空を見上げ菜月は呟いた。七時前に何とか数学のプリントも終わり、夕飯には間に合いそうだ。


「別に良いことじゃん」


 その隣を歩く大貴が呟き返す。

 菜月が帰ろうとしていた時、夜道は危険だからと言って朱那が無理やり大貴を送り出した。大和もバイトがあると言って一緒に出たが、さっき彼とは別れた。

 菜月は大貴の顔を覗きこんだ。


「淋しい?」


「何で淋しがるんだよ」


 大貴は肩をすくめ、永遠の別れでもあるまい、と付け足した。


「そうだけどさ。あんたの唯一の家族だなーと思って、朱那さん」


 菜月がそう話しかけても、大貴は何も言わなかった。


 大貴の両親は、大貴が小六の時に亡くなった。あの日のことは菜月も良く覚えていて、実際忘れたことはなかった。あの日に菜月自身が誓ったこともあるから。


 二人とも同じ事を考えているためか、しばらく沈黙が流れた。二つの足音だけが道路に響く。


「……姉ちゃんは今まで苦労してきたから、そろそろ幸せになって良いんだ」


 大貴が静かに呟いた。菜月は彼の横顔を少し見つめ、優しく微笑んだ。


「そだね……幸せにならきゃ、朱那さん……あんたもだよ、分かってる?」


「はは、ありがと」


 短く笑い、大貴は前を向いて歩き続けた。

 菜月は口を閉じて履き潰した自分のスニーカーを見下ろした。その横には大貴のスニーカーが並んで、違う歩幅で歩いていて、だけど彼はいつも自分の歩調に合わせて歩いてくれる。



 大貴と朱那さんが幸せになるのを、私は見届けてあげたいんだ。



 だからそれまで、私は幸せにはならない。そう決めたの。




#01 夏の放課後 おわり

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