おまけ
本編のおまけです。
凍えるような風が吹き付け、菜月のコートをバサバサとはためかせる。
「ひぃ、寒い!」
菜月はポケットに手を突っ込んだまま、縮こまった。
朱那の結婚式の二次会からの帰宅途中、時折街灯やイルミネーションを飾る家が点々と見えるが、住宅街は暗く静まり返り、人影もない。
菜月は少し前を歩く大貴を追いかけ、隣に並んで、暖を取るようにピタリとくっついた。
「うう、ダメだ、風避けにもならん」
「……」
ぶつくさ言う菜月に、大貴は無言で呆れたような視線を向けた。それからため息を吐いて前を向く。
「帰ったら勉強しなきゃ」
「あらあら、受験生は大変ですこと」
菜月が口に手を当ててニヤニヤ笑うと、大貴は微かに眉を上げた。
「ムカつく、自分だけ進路決まったからって。この前まで、何したらいいか分かんないって泣いてたくせに」
「そんな昔のこと覚えてないもーん」
唇を尖らせてそっぽを向くと大貴の肘に軽く小突かれた。
「ていうかさ、こんな時期に結婚式挙げなくてもいいよな。ホントに俺らの担任かあの先生」
「本人に直接言ってみればいいよ。俺は受験生じゃないからな、って言うよどうせ」
「……ホントに教師かよあの人」
やれやれと大貴は肩を落とし、菜月は吹き出した。
その時、何かがふわりと目の前に落ちてきて、夜空を見上げる。
暗い空からちらちらと舞い降りてくるのは、白い雪。
菜月は顔を綻ばせて大貴の袖を掴み、揺さぶった。
「見て見て! 雪!」
「あー、どおりで寒いわけだよ」
はあと白い息を吐き出しながら、大貴は雪を眺めている。
その横顔を見上げ菜月はハッとし、自身のマフラーを外して彼の首に巻き付けた。
大貴が目をぱちくりとさせて振り返る。
「何、いきなり」
「受験生が風邪ひいたらヤバいじゃん。もうすぐセンターなんだから。貸してあげる」
「菜月は寒くないのか」
「平気平気、私寒いの嫌いじゃないし」
菜月はへへと笑って先に歩き出そうとしたが、大貴に腕を掴まれ引き止められた。
驚いて振り返ったのも束の間、彼の両手が菜月の頬を包む。菜月は自分の心臓が跳ねるのを感じた。
「平気とか言ってる割に、顔冷たいけど」
「……大貴の手も冷たいんだけど」
冷えきった彼の手から逃れようともがいてみたが、上手く力が入らない。
それに心臓の音がうるさくて、その音が彼にまで届いてる気がして、体温が一気に上がった。
大貴の顔がすぐ近くにあり、恥ずかしいのに、視線が外せない。
弱り果てて眉を下げると、彼は微苦笑して尋ねた。
「……キスしていい?」
「うえっ!? キッ……!? えええ……!?」
こんなとこで!? と菜月は顔を真っ赤にして慌てふためいた。そんなこと突然言われても心の準備ができていない。
狼狽しきって視線を揺らがせていると、大貴は更に小首を傾げる。
「していい?」
――ちょっ、そんな顔されたら……!
断れないじゃない、と内心叫びながら目をキツく閉じた。
「う……うん」
覚悟を決めて菜月が頷くのとほぼ同時に、唇が重ねられる。
初めてのキスは、優しくて、温かかった。
心臓が早鐘のように鳴り続け、次第に足下がふわふわしてくる。緊張に硬直していた身体も溶けるように力が抜けていく。
一度唇を離し、視線を絡めてからまた口付ける。
――好き……大貴が好き。
気持ちが溢れて、止まらない。もっと触れていたい。
菜月は大貴のジャケットをきゅと握りしめた。
長く思えたキスの後、唇を離した彼は、少し照れたように視線をそらした。それを見た菜月も何だか恥ずかしさが増し、俯いた。
向き合ったまま無言で佇んでいると、大貴が低く呟く。
「これからちゃんと抑えられるかな……」
「……え?」
それが全く聞き取れず、菜月は彼を見上げて首を傾げる。すると大貴は一瞬弱ったような視線を向けたが、そのまま歩き出した。
「帰ろう」
彼は当然のように菜月の手を掴んだ。
菜月は不思議に思ったが、おぼつかない足取りで大貴についていった。
彼の少し後ろを歩きながら、菜月は指で自分の唇に触れた。
展開が早すぎてちょっと頭がついていかない。
でも胸は高鳴るばかりで、大貴がいとおしくてたまらなかった。
彼から幸せをもらったら、同じぐらい彼を幸せにしたい。そうやって一緒に幸せになっていけたら、どんなにいいか。
繋がれたこの手を離さないために、どんなときも側にいよう。
そう考えたとき、不意に、二次会で朱那が神父の真似事をして言った台詞が蘇った。
病める時も健やかなる時も――。
菜月は足を速めて大貴にそっと寄り添った。
胸の中にひとつの誓いを抱きながら。
#00 いつもの帰り道 終
これにて完結です!
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
下部に番外編のリンクを貼りましたので、そちらもよろしくお願いいたします^^




