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余計なことを言う大和の横っ腹に、朱那が間髪入れず鉄拳をお見舞いする。
うずくまる大和を無視し、朱那は光に向き直った。
「光ちゃんも、素敵な着物ね」
「あ、ありがとうございます。私、部外者なのに招いていただいて、ホントによかったんですか?」
「いいのいいの。光ちゃんは私の命の恩人だもの」
そう言って朱那がウインクすると、光はオロオロと手を振った。
「そんなことは……あ、あの、これ、私たちのクラスからのお祝いです」
光は持っていた風呂敷包みを開き、丁寧に包装された箱を朱那に差し出した。
それを受け取った朱那はパッと顔を綻ばせる。
「わあ、嬉しい! ありがとう! 何だろう!」
「大したものじゃないんです――」
「マグカップだよ、ペアの」
腹を押さえてうずくまっていた大和が姿勢を戻しながら言うと、朱那は眉を上げた。
「ちょっと何であんたが中身バラすのよ、開けるの楽しみにしてたのに」
「それは申し訳ない」
「まったく。まあでも、ありがとう。クラスの子たちにもお礼言ってて」
朱那が微笑むと、光も大和も笑って頷いた。
「あ、そうそう、菜月ちゃん」
不意に朱那が満面の笑みで振り返り、菜月は若干面食らった。
朱那は髪に挿していた一輪の白い花を抜き取り、菜月に差し出す。
「これ、ブーケに使われてた花なの。ホントは菜月ちゃんにブーケあげたかったんだけど、予想通りブーケトスは飢えた女性の争奪戦になったからね。投げる前に一本抜いておいたんだ。菜月ちゃんにと思って」
そう言って朱那は菜月の手を取り、白い花を握らせる。
「菜月ちゃんにも、幸せが訪れますように」
朱那が優しく微笑んだ。
菜月は何故か胸がいっぱいで、礼を一言告げるのがやっとだった。
そして朱那は友人たちに呼ばれ、そちらへ去っていく。
手に収まる白い花を見下ろし、菜月は吐息を漏らした。朱那の気持ちは嬉しい。だけど――。
菜月は大貴へと振り返り、彼にその花を差し出した。
「はい」
持っていたグラスを下ろし、彼は花を見つめる。
僅かに視線をそらして、菜月はつっけんどんに言った。
「あげる」
「……なんで。菜月がもらったんだろ」
心底不思議そうに大貴が首を傾げ、菜月は少し唇を尖らせた。
「私はいいの。朱那さんの次は、大貴だもん。大貴が幸せになるのが先」
花を無理やり大貴に押し付けると、彼は困惑した表情を浮かべた。
すると背後から大和の盛大なため息が聞こえ、菜月は振り返った。何だかよくわからないが、彼の隣で光も苦笑している。
「お前ほんと馬鹿」
「はあ?」
いきなり大和に貶され、菜月は眉を上げて彼を睨んだ。
しかし大和は妙に真面目な顔で続けた。
「大貴が幸せになったら、同時にお前も幸せになってんだよ」
「……え?」
どういうこと? と尋ねようとしたところ、突然大貴が菜月の横を通り過ぎ、大和に近寄るなり蹴りを入れた。
菜月はポカンとしてそれを見ていた。
「お前何言って……!」
切羽詰まった声で大貴は言った。
蹴られた箇所を擦りながら、大和はしれっと口を開く。
「何って、事実だろ? ほら、背は押してやったんだから、あとはお前が何とかしろよ」
ニヤリと笑った大和が大貴の肩を掴んで身体を反転させる。
こちらを向いた彼の顔は、驚くほど赤くなっていた。一瞬視線が重なったが、すぐにそらされてしまった。
菜月は訳が分からず、大貴を見つめたまま首を傾げ続けた。
そうしている間に大和が光を連れてどこかに行ってしまい、その場には奇妙な沈黙だけが残された。
すると大貴が恥ずかしさに堪えきれないとばかりにその場にしゃがみ込み、頭を抱える。
「も~……こんなとこで言うつもりなかったのに……」
「な、な、何を?」
菜月はオロオロしながら彼を見下ろした。
花をあげただけなのに、おかしな状況になってしまった。
それからまた沈黙が続き、菜月が不安に思って彼の肩に触れようか触れまいか悩んでいた時、大貴がしゃがんだまま先程の白い花を差し出した。
菜月が反射でそれに手を触れた瞬間、大貴が小さく告げた。
「――好き」
菜月はキョトンとした。その一言を、すぐには理解できなかった。
大貴が僅かに顔を上げ、でも視線は合わせずに言葉を続ける。
「俺は、菜月が好きだ。だから、その……これからも側にいてほしいというか……一緒にいたい」
聞き取るのがやっとなぐらい小さな声で彼は言った。
大貴を見つめ、菜月は信じられない気持ちでいっぱいになった。
これは、夢かもしれない。こんな自分に都合のいいこと、続くはずない――。
でも胸の中では期待が膨らみ、溢れる。
「そんなこと言ったら、私っ……しつこいくらい側にいるんだから……! ほんとにいいの……!? 私……私――」
自分でも分かるほど涙声になった。でも震えるのを抑えるのが精一杯だった。
ドレスをぎゅっと握り締めて大貴を見つめていると、ふと彼が顔を上げ、視線が絡む。
大貴は少しはにかんでから、静かに頷いた。
それだけで、我慢していたものが一気に崩れていく。
気付いたら菜月は大貴の首に腕を回してしがみついていて、大貴は尻餅をついたようだった。
「――私も好き」
大貴の肩に顔を埋めて菜月は告げた。
恥ずかしさも、躊躇いも、全然なかった。
これまでずっと心に抱いていたのは“大貴に幸せになってほしい”ではなく、本当は“大貴と一緒に幸せになりたい”だった。
自分の気持ちを偽って、大貴に他に好きな女の子ができても構わないとか言っていた。 そんなの嫌なくせに、大貴が好きなくせに。
十八年分の想いを伝えたくても、言葉が見つからない。
でもわざわざ言葉にするのももどかしく思えて、菜月は腕に力を込めた。
ぎこちなく背中に回された大貴の手も、彼の温度も、何もかもがいとおしかった。
「きゃー! 二人ともおめでとー!」
突然、すぐ近くで甲高い声が響いた。
二人が慌てて身体を離すと、周りに朱那や佐々木、それから大和たちもいて、笑いながらこちらを見ている。
先程の囃し立てる声は朱那の声だったようだ。
大和が朱那たちを連れてきたのだろう。先程のを見られていたのかと思うと彼らの視線が急に恥ずかしくなり、菜月は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何で見てんの!」
「うわぁん! 弟にもついに春が!」
菜月のことなどてんで無視で、朱那がわっと泣き出し、佐々木も彼女の肩を支えて涙を拭う仕草をする。
「そうだな、めでたいな。よし、じゃあ今からここで篠原たちの式を挙げるか」
「はあああ!?」
「良いわね! 私が神父役やるわ! 病メル時モ健ヤカナル時モ、共ニ歩ミ添イ続ケルコトヲ、誓イマスカ?」
さっきまで泣いてたはずの朱那が突然神父の――しかも何故か外人訛りで――真似をする。
それが余りにもおかしくて怒りもどこかに飛んでいってしまい、菜月は笑い出した。
「あはは、なんで片言なの」
ケラケラ笑っていると、すぐ側で大貴がため息と共にうなだれた。
「もうやだ、この姉……」
恥ずかしそうにしている彼をちらりと見て、菜月はこっそり微笑んだ。
家族がいて、友人がいて、大貴がいる。
改めて確認して、実感すると、じわりと胸が温かくなり、心が満たされていく。
この幸せがいつまでも続きますようにと、願わずにはいられなかった。
菜月は手にしている白い花を見つめ、ぽつんと呟く。
「サンタさんに頼んだら、叶えてくれるかな」
「何を?」と大貴が首を傾げる。菜月は花を口元に寄せて、ふふと笑った。
「内緒」
「……サンタってプレゼント運ぶだけで願いは叶えないだろ」
「もう、何その夢のない感じ。台無しなんだけど」
大貴にもっともなことを言われ、菜月はガクリと肩を落とした。
「だってそうじゃん」
「むー、じゃあ神様にお願いするからいいよ」
「何を」
「だから内緒だってば」
同じことの繰り返しで菜月は何だかおかしくなった。
それは大貴もだったようで、二人は視線を重ねて、笑い合った。
いつもと変わらない、笑顔で。
#06 幸せの花をあなたへ 終
『いつもの帰り道』完
ご愛読、ありがとうございました。
『いつもの帰り道』は実は2008年に書き始めたお話なんですが、一年に一章ずつでいいかな、と思っていた時期があったせいで五年もかけてしまいました(苦笑
五年の内に世間はケータイがスマホへと変化していき、話を進める上で、そこが一番「ああ時代が進んでしまったなと」ちょっぴり寂しく思った部分でした。
これにて『いつもの帰り道』は完結でございます。
現在(2013/01/17)、スピンオフの短い話を2編執筆中であります。
朱那視点の過去話と、大学生の大和と光の話です。主人公達の話は今のところ何も考えていません。
上げるまでにはもうしばらくかかりそうですが、そちらもよろしくお願いいたします。
それが書き終わるまでは、サイトに上げている番外編をいくつか上げようと思います。
これからも何かしらお話を書いていきますので、またどこかで見かけたら、生温い目で見守ってくださると嬉しいです。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
2013/01/17 灰色の空の日に 銀花
おまけがもう1ページあります(^o^)




