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いつもの帰り道  作者: 銀花
#07 幸せの花をあなたへ
31/33

 菜月は撫でられた頭を押さえ、照れ隠しに俯いた。


 このところ、大貴の言動にいちいち一喜一憂することが多くなった気がする。最近からなのか、それとも昔からそうだったのか、よくわからない。

 それなのに大貴は何一つ変わった様子がなくて、少しつまらなかった。

 菜月はこほんとひとつ咳をして、二人を追った。


 二人は既に、居間に入っていた。

 菜月は少し躊躇ったが、意を決して足を踏み入れる。

 カーテンが閉められていて薄暗いその部屋は六年前のままだった。家具の位置も、照明も変わらずそこにある。この部屋で大貴の両親は亡くなったのだが、その形跡は全く残っていなかった。純子が綺麗に片付けてくれたのかもしれない。

 不意に佐々木が歩き出し、カーテンを開けて、窓も全開にした。

 温かな日が差して部屋が明るくなり、流れ込む風で淀んでいた空気が動く。

 佇んで部屋を眺めている大貴の背を、菜月は見つめた。


「広い家だなー、俺と朱那だけじゃ部屋余るぞ」


「子ども作ればいいじゃないですか」


 腰に手を当てて言う佐々木に、大貴が苦笑混じりに返した。


――あれ?


 思ったより大丈夫そう。菜月は目をぱちくりとさせ、彼の隣に並んだ。


「大貴、どう?」


「んー」


 唸るような声を発してから大貴は話し出した。


「よくわかんないや。親のことを考えると、悲しいし、辛いんだけど、やっぱり楽しいこともたくさんあったから……ちょっと懐かしいかな」


「懐かしい、かぁ。そういえばパーティ結構したよね」


 菜月はふっと笑って大貴の横顔を見上げると、彼も穏やかに笑っていた。


「お互い両親がパーティ好きだったもんな」


「今もパーティばっかでしょ、あんたたちも招待してんじゃん」


「はは、そうだったな」


「ま、私も好きだからいいんだけどね」


 そう言って肩をすくめると、隣で「俺も」と大貴が頷いた。


「じゃあ俺と朱那がここに住むようになったら、もっとパーティ三昧だな」


 佐々木がからかうように言い、菜月と大貴は思わず吹き出した。


「えー、先生もパーティするの?」


「パーティというか、集まりが好きなんだ俺は。忘年会とか合コンも好きだぞ」


「先生お祭りも好きそう」


「おお、好きだな。花火大会とか、出店制覇するのが昔からの夢でなー」


 子どもみたいに語る佐々木が何だか可愛らしく思えてしまった。自分の両親と朱那と佐々木、それに大貴のみんなでパーティを開いたら、それは賑やかになることだろう。


 ふと、大貴が急に部屋の中をうろうろし始め、照明のスイッチを入れたり、台所に行って蛇口を捻ったりする。


「電気も水も止めてるんだ。当然か」


「だろうなー、六年だっけ? 光熱費も馬鹿にならんだろ。栗原の部屋はどこなんだ?」


 テーブルの椅子を引き出し、それに座りながら佐々木が尋ねる。


「二階ですよ。今は何もないけど」


「そうか……で、どうなんだ? 俺と朱那が住んでもいいか?」


 不意に佐々木が真面目な顔をし、菜月は緊張した。それに反して、大貴は落ち着き払った様子で頷く。


「はい。あ、でも高校出るまでは俺も住んでいいですか? 新婚のお邪魔しちゃうけど」


「おお、当然。お前の家なんだ、遠慮なんかするな」


 佐々木が短く笑って手をぷらぷらと振る。


「高校出るまで、ってことは一人暮らしするつもりか?」


「えっ、そうなの?」


 菜月が驚いて大貴を見つめると、彼は少し顎を引いた。


「一応……そのつもり」


「ここにまた住むんなら、大学生になってからも住んでいいんだぞ? 部屋はあるんだし」


 佐々木が首を傾げる。


「そうなんですけど……元々俺は姉ちゃんが結婚したら一人暮らしするつもりだったから、すぐに気持ちが切り替えられなくて。今のところはまだ一人暮らししようと思ってます」


「そうか。じゃあ近い内にそのことも話し合わんとだな」


 腕を組んだ佐々木がうんうんと頷く。


「いいなー私も一人暮らしさせてもらえないかな」


「菜月は一人暮らしできなそう」


「なんで、やってみなきゃわかんないよ」


「いやー、できないと思うなぁ」


 大貴が首を横に振り、菜月が頬を膨らませている間、佐々木が微笑ましそうにこちらを見ていたのに、二人は気付いていなかった。




 季節は驚きの早さで過ぎていく。短い秋が終わり、手足のかじかむ初冬。


 菜月が専門学校の願書を提出し、推薦の書類も送って、ハラハラしながら合否通知を待っている間に十二月になっていた。


 無事退院し、佐々木と入籍した――本当はクリスマスイブに届けを出す予定だったとか――朱那は、今まで大貴と住んでいたアパートを引き払って、実家に引っ越した。もちろん大貴も一緒にだ。

 長いこと真っ暗だった隣の家に明かりが灯っていることが何だか不思議で、嬉しかった。


 それから、菜月は晴れて進学先が決まり、のんびりとした気持ちで学校生活を送っていたところ、佐々木に「お前もセンター試験は受けるんだから勉強はしろ」と釘を刺された。

 大学に行こうが行かまいが、センター試験をクラス全員で受けるのが決まりで、学校の伝統でもあった。


 でもやはりこの季節は、町中が賑やかで胸が踊るし、それに何より、朱那の結婚式が迫っている。

 菜月の心はセンター試験どころではなかった。



 そして待ちに待った、結婚式当日、クリスマスの日。


 菜月は以前買ったドレスを着て、髪をまとめ上げ、化粧も丁寧にして、結婚式に参加した。


 朱那のウエディングドレス姿はとても綺麗で、感動のあまり菜月は涙ぐんだ――誠は号泣していた。

 朱那の脚の骨折の完治が間に合わず彼女は車椅子での登場――足を引きずって歩く姿は見苦しく思えたのだろう――になってしまったのだが、式場のスタッフがこれでもかと車椅子ごと飾り立ててくれいて、見劣りしない華やかさだった。

 お陰で朱那も佐々木も始終幸せそうな笑顔をしていたし、周りもまた同じだった。


 式も披露宴も無事に終わり、夜の帳が下りた頃、身内だけが集まる二次会へともつれこんだ。

 小さなバーを貸し切って行われた二次会は立食形式で、テーブルに料理やドリンクが並べられ自由に取ることができた。クリスマスだからか、デザートのケーキにはサンタクロースの砂糖菓子がちょこんと載っていた。

 それに会場内もツリーや可愛らしい靴下などが飾られ、クリスマス一色だ。

 新郎新婦それぞれの家族や友人が大勢いて、その中心に朱那たちがいる。


 端からはただのクリスマスパーティにしか見えないだろうな等と考えながら、菜月はウーロン茶の入ったグラスを片手に、壁に寄り掛かっていた。

 隣にいる大貴は皿に取った料理を食べている。

 披露宴から食べ通しだがよく入るものだと、菜月はこっそり呆れた。菜月も料理――せめてデザートに手を伸ばしたいのだが、苦しい程に満腹だ。


「あ、菜月」


 突然名前を呼ばれ、菜月は飛び上がって声のした方へ顔を向けた。

 そこには、なんと振袖姿でちりめんの風呂敷包みを抱える光の姿があるではないか。


「うえええ、光!? どしたのその格好!」


 彼女に近寄って菜月がピョンと跳ねると、光は照れたように前髪を撫で付けた。


「私ドレスとか持ってなかったから……うちのお母さんのお古なの」


「なるほど。光、着物似合うね。だけど二次会なんだから、もっとラフでもよかったのに」


「だよね……私もそう言ったんだけど、お母さんが『先生の結婚式なんだから綺麗にしなさい』ってうるさくて」


 光がげんなりと言い、菜月は声にして笑った。


「でも着物いいね、あまり着る機会ないもん」


「菜月もドレス可愛いよ」


 薄化粧した光がにこりと微笑み、菜月は思わず頬を染めた。


――なんだこれ可愛すぎでしょ。


「いえいえ、光には敵いませんことよ」


「ええ? そんなことないよ、菜月可愛いって」


 キョトンとして光が小首を傾げる。


「ふええ、そんな目でこっち見ないで、ときめくから!」


 菜月が光の視線を両手で遮ると、光は「なにそれ」と吹き出した。


「なんだ菜月たち見つかってんじゃん」


 光の背後から現れたのは、これまた正装した――和服ではなかったが――大和だった。

 ちなみに何故ここに彼らがいるのかというと、朱那に「誰か一人ずつ二次会に招待していいよ」と言われたので、菜月は光を、大貴は大和を招待したのだ。

 佐々木も担当のクラスの生徒が来ることを喜んでいた。


 大和は手にしていた二つのグラスの内一つを光に手渡す。

 この二人、この格好でここまで来たのだろうか。かなり目立っただろうな、等と考えながら菜月は首を傾げた。


「二人とも今来たの?」


「うん、さっきね。だからまだ先生たちに挨拶もできてなくて、いつ挨拶しようか迷ってるのよね」


「大丈夫だって、気付いたらあっちから近付いてくるだろ」


 グラスを傾けながら大和が言い、そしてそれは言葉通りとなる。


 朱那がひょこひょこと歩いて――会場に段差が多いので車椅子は不便だったようだ――こちらに近付いてきた。


「大和も光ちゃんも、お越しいただきありがとうございます」


 ウエディングドレスよりは簡素だが、それでも装飾の派手な白いドレスをまとった朱那がふわりと笑う。

 すると大和が軽く頭を下げた。


「こちらこそ、お招きくださりありがとうございます。馬子にも衣装ってこのことだな」

(ページ番号振り間違ってました><ご指摘ありがとうございます)

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