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いつもの帰り道  作者: 銀花
#06 二等分の約束
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 それから二人は無言でその場に佇んでいた。


「……大和……大貴が話したの?」


 ポツリと尋ねると、大和は躊躇いなく頷いた。


「大貴からも聞いたし、新聞でも確認した、図書館行って。大貴あまり詳しくは話さなかったから」


「……ふーん」


 菜月は俯いたまま再び歩き出す。その隣に大和が並んだ。


――あれは小学六年生の時。

 空手の稽古が終わった後で、高校から帰宅途中の朱那とも鉢合わせ、三人で空手の試合のことなどを話しながらいつも通り家に帰った日のことだった。

 大貴に漫画を借りる約束をしていたのを思い出し、菜月は空手着を置いて隣の家へ向かった。

 玄関を上がると、いつもは明かりが点いているはずの廊下が暗く、不気味に静まり返っていた。

 廊下を進むと、光の漏れる居間の入り口で呆然と立ち尽くしている大貴と、その後ろにへたり込んでガタガタ震える朱那が目に写った。

 不振に思いながら彼らに近寄って居間を覗き込んでみたら――。


 菜月はギュッと目を瞑った。

 これ以上は思い出したくない。思い出したくないのに、記憶は流れるように蘇ってくる。


 両親の遺体を最初に発見したのはその子供たちだった。大貴を抱きしめ、朱那は悲鳴すら上げずにただただ震えていた。

 菜月はパニックのあまり外へ飛び出し、自分の両親に助けを求めたのだった。

 その日から栗原家周辺は警察や報道関係者が入り乱れ、日夜騒然としていた。

 運がいいのか悪いのか、犯人はすぐに逮捕されたが、ニュースでは連日あることないこと言っていたのを幼いながら記憶している。テレビをつけるのがいやになったぐらいだ。

 そして姉弟は両親の葬儀を終えてから、離れた町の親戚の家へ引き取られていった。


「――大貴と朱那さんね、伯母さんの家に引き取られてた時、気味悪いとか陰で色々言われたらしくて……それで大貴がちょっと不安定になったから、朱那さんがうちに相談しに来たの。そしたらうちのお母さんが怒って、二人はうちが引き取りますって直談判までしに行って、大貴たちもこっちに戻ってきたんだ」


 菜月は一息入れて目を拭い、弱々しく呟く。


「同小の子がいるから、どこかで広まるだろうなって思ってたけど、直接聞かれるとやっぱキツいなぁ……しかも精神的に参ってる時に……」


「俺もぶん殴ってやろうかと思ったけど、なんかあいつら涙目になってたし。まあ謝ったから許した」


 偉そうな態度の大和を見上げ、こっそり肩をすくめた。


「さっき不覚にも大和がちょっとかっこいいとか思っちゃった、不覚にも」


「それ褒めてねーだろ」


「ははは。でも……ありがと、怒ってくれて」


「……感謝される程のことはしてねぇよ、俺がああいうのが嫌いなだけだ」


 ふいとそっぽを向いて言う大和に、菜月は微かに笑う。


「私が嬉しかっただけだから。そんじゃ、私こっちから帰る。またね」


 そう言って手を振り、菜月は十字路を右に折れた。


 大和の遠ざかっていく足音を背中で聞きながら、菜月は夕空を仰ぎ、また大きなため息を吐いた。



 それからどの道を通ってどう帰ったのか覚えていないぐらい、考え事をし過ぎていたらしい。気付いたら既に自宅前に辿り着いていた。注意力も散漫だったようで、何度かつまずいた気もする。

 菜月はドアの鍵を開け、家へ入った。


「ただいまー」


 そう声をかけてみるものの、家の中は薄暗く、返事もない。

 父も母も、大貴もまだ帰っていないようだ。


 菜月は居間のソファに鞄を投げ、台所の冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ。

 それを口に運びながら静かな居間をぼんやり眺める。


 何故か、言い様のない不安が後から後からわき出てきて、鼻の奥がツンと匂った。

 慌てて麦茶を飲み干し、居間を出るなり二階の自身の部屋へ駆け上がった。


――なんで泣きそうになってんだろ、子どもみたい……。


 菜月は唇を噛み、ベッドにうつ伏せに倒れ込むのだっだ。




* * * * *




 佐々木の車を見送り、大貴と菜月の母・純子は家の門をくぐった。

 大貴の両手には大きな荷物が二つぶら下がっていた。

 玄関のドアの鍵を開けながら、純子が急にくすりと笑う。


「久しぶりに話したけど、あの弁護士さんってやっぱり面白い人ね」


「そうですね、俺たちのこと孫みたいだってずっと言ってますし」


「そういえば、あなたたちの件が全部終わったら引退するって話だったかしら。ベテランなのに、もったいないわね」


「はい、頼りにしてるから残念です。でも何かあったらいつでも相談にのるとも言ってくれてますので」


 朱那の病院に行って入院手続きや医者から経過を聞いた後、大貴と純子、そして佐々木の三人は、六年前から栗原姉弟の相談にのってくれている弁護士に会いに行った。朱那のことを伝えておかなければと思ったのだ。

 それこそ大貴たちの祖父に当たるぐらいの年齢の弁護士で、些細なことにも親身になってくれ、また陽気な人柄が大貴たちを打ち解けさせていた。

 彼との雑談も弾んでしまい、話が終わった時には既に外は真っ暗だった。


 ドアを閉め、玄関先に荷物を下ろしてスニーカーを脱いでいると、先に上がった純子が大貴の荷物を軽々と持ち上げた。

 昔から小柄な割に力持ちで、大貴はこっそり感心している。


「大貴くんは一階の和室を使って。荷物運んでおくわ。お布団は押し入れの中にあるのを使ってね」


「あ、はい、ありがとうございます。っていうか自分で運びますから」


「いいのいいの。それにしても暗いわね。菜月帰ってるはずなのに、自分の部屋にいるのかしら」


 廊下の途中にある階段から二階に向けて、純子が娘の名を呼んだが返事はなかった。


「おかしいわねぇ。大貴くんちょっと見てきてくれる? 私夕飯の準備もしないとだから。まこちゃんがまだ帰ってなくてよかったわ」


 そう言って純子は荷物を持ち直す。

 ちなみに彼女の言う“まこちゃん”とは純子の夫で菜月の父のまことのことである。篠原夫妻は互いのことを“ちゃん”付けで呼び合う仲の良さだ。


 そんなことより、突然の頼み事に大貴は呆気に取られた。


「はあ」と曖昧に頷くや、純子は「じゃあよろしく」と言い残しさっさと奥の部屋へ消えてしまった。


 大貴はやれやれと思いながら階段を上り、菜月の部屋のドアを叩く。


「菜月入るよ」


 返事も待たずにドアを引いた。

 菜月の部屋も電気は点いておらず、カーテンも閉まっていないせいで街灯の光が暗い部屋を仄かに照らしていた。

 不意に部屋の隅で何かがもぞもぞと動いたのが見え、大貴は左手で照明のスイッチを探ってパチと押した。

 ベッドの上に、制服のままうつ伏せに倒れている菜月の姿があった。それを見下ろして、大貴は眉をひそめる。


「菜月」


「……ってこないで」


 彼女の消え入りそうな声に、やっぱり、と大貴はため息を吐いた。

 問答無用でベッドに近付き、菜月の肩を掴んで強引に仰向かせた。


「何泣いてんの?」


 予想通り、こちらを見た菜月の瞳は潤んでいて、濡れた頬に髪が貼り付いている。

 菜月は大貴の手を振り払い、身体を横に向けた。


「入ってこないでって……いったのに」


「はいはい。それで、何で泣いてんの」


 その場に膝をつき、菜月の口に入っている髪を掻き上げてやると、彼女は表情を崩して大きくしゃくり上げた。


「わかんない……頭ぐちゃぐちゃしてる……」


「……ならそのぐちゃぐちゃになってんの全部吐き出せ、聞くから」


 大貴が差し出した手を、菜月はすがるようにぎゅっと掴み、それから目を閉じてゆっくり深呼吸し始めた。


 そういえば菜月が泣いているところを見るのは久しぶりだ。昔は些細なことでも泣くから何度も慰めた記憶があるが、いつからかその回数も減った。

 誰もいないところで、こうやって一人で泣いていたのだろうか。


 大貴は手を握ったまま静かに座り直し、彼女が落ち着くのを待った。

 しばらくして、ふうと細く息を吐き出した菜月が、震える声で尋ねた。


「……朱那さん……大丈夫……?」


「ちゃんと息してるし、生きてるよ。目は覚ましてないけど」


「……朱那さん、私が声かけても起きなかったから、怖かった。おばさんたちみたいに、二度と起きないんじゃないかって……」


「目の前で事故見たんだもんな……しんどかったろ」


 労るように頭を撫でると、その間、菜月は目を閉じていた。

 その様子を見、胸の奥を締め付けられる感覚に襲われたが、大貴はその感情すらも押し殺した。

 菜月がそっと瞼を上げ、尋ねる。


「朱那さんの意識いつ戻るの……? 結婚式あるのに……間に合う……?」


「……それは俺にはわからない。でも先生はずっと待ってるって言ってたから、心配いらないだろ」


「あ……そっか……佐々木ちゃんもいるんだ……なんか私一人でテンパってたな」


 そう言って菜月はほっとしたように力を抜いていた。


 彼女の顔を覗き込み、大貴は首を傾げた。


「心配事はそれだけ?」


 すると菜月は数回瞬きを繰り返し、躊躇いながら口を開く。

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