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いつもの帰り道  作者: 銀花
#04 ふたつの恋
18/33

「……関係ないってどういうことよ。二人は付き合ってないってこと? そんな嘘ついてどうするの、二人して私を騙して、面白がってるの!?」


 悲鳴のようにめぐみが叫び、大和を睨んだ。彼女の眼には怒りと悲しみが入り混じっていた。


「大和が転校してから、私ずっと一人だった! 友だちもみんな離れてって、陰口叩かれてたのも知ってる。高校生になってからも寂しくて、大和に会いたくて……大和ならこの気持ち分かってくれるって思ってたのに――」


 光は大和の背を見つめた。彼はただひたすらめぐみの言葉を受け止めているようだった。


 彼のために何か言ってあげられたらいいのに。

 しかし大和の「関係ない」の一言で一線を引かれ、庇われたばかりだ。自分が口を挟むべきでないことは、光も分かっている。


 大和が無言で居続けるため、めぐみが嘲笑混じりに更に話す。


「……私ね、この前レイプされそうになったの。中学の時のことを聞いたクラスの男子が、教室でいきなり襲いかかってきて……抵抗したら、妊娠したことあるやつが処女ぶってんなよって、妊娠したらまた堕ろせばいいだろって言うのよ、最低よね……」


 光は息を呑んだ。自分は男性にキスを迫られただけで吐き気がしたというのに、それ以上は考えたくもなかった。


「大和のこと忘れようって、好きな人作ってみようとしたけど、作れなかった。やっぱり大和が好きだから……。ずっと会いたかった、会ってまたやり直したかった……私、本当は――」


 涙ぐみながらめぐみは大和を見上げた。


「本当はちゃんと産んであげたかったの」


 胃の中に、重いものが落ちてきたような気がした。不安が一気に押し寄せてくる。


――早く、何か言って。


 光は鞄を抱きしめ、大和が口を開くのをひたすら待った。


 彼の過去に自分はいない。不安になる理由はそれなのだろうか。目の前に彼は立っているのに、遠くにいるような感覚に襲われた。


「…………ごめんな」


 少しの沈黙の後、大和が小さく呟いた。


「本当ならあの時、俺がめぐみの側にいて、めぐみの気持ちとか言いたいこと全部聞いてやるべきだったんだ。それができなかった。めぐみに辛い思いさせてるのに、逃げるようにいなくなった……俺がガキだったから……本当にごめん」


 苦しそうな彼の言葉を聞きながら、光は俯いていた。

 大和が言った「後悔」とはこのことだったのだと、漸く気付いて、胸が痛くなった。

 寂しそうな笑顔で、めぐみが首を振る。


「……そんなことないよ……あの時はお互いの親もすごく怒ってたし、私のせいでもあるんだし……大和が転校したのもしょうがないって思ってたから」


「……俺は、この後悔は一生忘れないんだと思う。この先めぐみと一緒にいても、多分苦しいだけだから……めぐみを幸せにできる自信なんてもうないんだ」


 めぐみはしばらく俯いていた。

 大和の顔は見えなかった。でも懸命に彼女に向き合うその後ろ姿からは、誠意が感じられた。


 生温い風が吹いて、彼の色素の薄い髪を揺らしていく。


――あ……。


 そういえば、以前もこうやって、彼の髪を眺めていた気がする。



「……そっか、わかった」


 めぐみが顔を上げ、先程とはうって変わって朗らかに笑った。それを見て光は拍子抜けしてしまった。てっきりまだ言い募ると思っていたのだ。

 彼女は決まり悪そうに頭を掻いた。


「ごめんね、しつこくて。よく考えたらホント未練たらたらじゃん私、カッコ悪いや……」


 そうぽつりと呟き、めぐみは視線を落として照れくさそうに頬を掻く。


「それにね、さっき好きな人いないって言っちゃったけど……実は気になる人はいるんだよね」


「……なんだそれ」


 大和が間の抜けた声を発し、場の空気が急に和らいだ。めぐみが苦笑を浮かべた。


「へへへ、その……襲われそうになった時に助けてくれた人がいて、その人なんだ」


「ふーん、同級生とか?」


「ううん…………担任」


「はあ?」


 頓狂な声を出した大和の後ろで、光もあんぐりと口を開いた。

 めぐみが恥ずかしそうに両手で口元を覆う。


「お、おかしいかな、先生を好きになるなんて」


「いや……別にいいんじゃねーの。どうせ半年したら卒業だろ」


「だ、だよね!」


 パッと笑顔になって、めぐみは自分の髪を撫で付けた。


「……ホントは罪悪感があったの。大和のこと差し置いて、私だけ他の人を好きになっていいのかって。だから、会いに来たっていうのもあって。まあ、大和に会ったら本気でやり直したくなっちゃったんだけどさ」


「はは……」


 大和が疲れたような渇いた笑い声を出す。


「でも、大和がここで元気にしてるの見て、私も前見なきゃって思えたよ。大和が元気なら、私それだけで十分なんだ」


 めぐみがにっこりと微笑み、大和も笑みを返した。


「光さん」


 ひょこと顔を覗き込まれ、光は驚いた。


「さっきはごめんなさい。大和のこと、よろしくね」


「あ、うん」


「ちょっと待て、そこで頷くのおかしくね?」


「えっ、そうなの?」


 振り返った大和に、光は不思議そうに首を傾げる。一方でめぐみはくすくすと笑っていた。


「じゃあ、私帰るね。二人とも元気で」


 くるりと背を向けて歩き出しためぐみに、大和は声をかける。


「めぐみ」


「ん?」


 めぐみが足を止め僅かに振り返る。


「身体、気をつけろよ」


「……ありがと」


 ひらりと手を振って、めぐみは再び歩き出す。


 遠ざかる彼女を、大和の背越しに光は見つめていた。後ろ姿が少し寂しそうに見えたが、一歩一歩、前に進んでいく。

 めぐみはただ、過去に縛られていただけなのかもしれない。大和同様に自分を責めて、新しく好きな人を作ることも出来ずに、苦しんでいた。大和に会いたくなる気持ちも、分からないでもない。


 でもめぐみもここから新しい気持ちで歩んでいくのだろう。


 頑張ってほしいと、素直に思えた。


 めぐみの姿が完全に見えなくなり、残った二人はしばらくそこに佇んでいた。

 掛ける言葉が思い付かなかったので、光は大和が何か言うのを待っていた。


 ほんの数日の出来事だったというのに、何だか一年ぐらい過ぎた気分だ。彼女のフリをする必要もなくなった。喜ぶべきなのか、光に分からなかった。

 大和の背を見つめながら考え込んでいると、急に彼が振り返り、視線が重なった。


「……あのさ」


「は、はい」


 光は思わずどもった。


「入学式の時のこと覚えてるか?」


「……入学式?」


 突然何を尋ねるのだろう。光は首を傾げつつ記憶を辿った。


 思い出すのは、新しい環境に対する不安や期待などの感情と、真新しい制服に身を包んだ新入生の群れと。それから――。


 大和が口を開いた。


「お前、俺に眼飛ばしてただろ。あれって怒ってたのか?」


「ええっ、怒ってなんか……ただ髪の色が綺麗だなと思っ――」


 光は慌てて口を押さえた。


 一人だけ、他の人とは違って妙に明るい髪の色をした新入生がいた。色素が薄くて、日が当たると透き通るようで、目を奪われた。

 見惚れていただなんて、恥ずかしくて死んでも言えない。


「――なんだ、そっか」


 そう呟いて、大和がどこかホッとしたように笑った。


「帰ろう、送るよ」


「……大丈夫だよ一人で」


「いや、言いたいことがあるから一緒に行く。菜月! 鞄!」


 大和の視線を追って公園の入り口へと振り向き、光はギョッとした。

 菜月がにこにこしながらこちらに走り寄ってきた。


「な、菜月……!?」


「ほいほい、鞄だよ。いやー、よかったね、めぐみ帰ってくれて」


 大和に鞄を押し付けて、菜月がニヤリと笑う。


「光はこれで晴れて本物の彼女だねぇ、今のお気持ちは?」


「あれ、奥村さん本当に大和と付き合うんだ。おめでとう」


「ちょっ、栗原くんまで! ていうか、彼女って!」


 菜月の後ろから大貴が姿を見せ、光は仰天して顔を赤らめた。すると菜月が余計ニヤニヤし始めた。


「おやおやぁ、照れちゃって、光かわいいんだから」


「照れてないわよ! ……っ私、帰るっ!」


「はいはい帰るから、ちょっと待て」


 踵を返そうとしたら大和に手を掴まれ、光は飛び上がった。


 それを気にも留めずに、大和は親友二人に向き直った。


「二人ともありがとな」


「うん、どういたしまして」


「明日色々と聞くから覚悟しとくように。じゃ、がんばって」


 三人が何を言っているのか光には分からなかった。


 菜月と大貴が手を振って別れを告げ、光は大和に引っ張られて歩き出す。



 手を繋いで帰り道を歩いていく。



 まるで恋人同士のように。




#04 ふたつの恋 終

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