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いつもの帰り道  作者: 銀花
#04 ふたつの恋
17/33

「ちょっと気にかけてあげるだけでいいんじゃん。えーとそうだなー、肩揉んであげようか、とかさ」


「お前それ男に言われて嬉しいか」


「ううん嬉しくない。むしろ、え、何言ってんのこいつ、って思う」


 菜月が平然と首を振り、大和がため息を吐く。

 その時、微かにケータイのバイブレーションの音が聞こえた。菜月はスカートのポケットを押さえた。


「あれ、私の?」


「いや俺のだ」


 そう言って大和がケータイを取り出す。サブ画面を見た彼は微かに眉をひそめた。

 その様子に菜月はハッと息を呑む。


「もしかして……めぐみ?」


「……大貴」


 なんだぁとつまらなそうに口を尖らせる菜月を無視して、大和はパチンとケータイを開いて耳に当てた。


「もしもし」


『あ、大和? 今どこ?』


「学校」


 菜月にも大貴の声は微かに聞こえた。菜月はポッキーを頬張りながら、大和を見守る。


「何か用か」


『うーん……俺の見間違いだといいんだけどさ……てか見間違いだったらよかったんだけど』


「はあ? はっきり言えよ」


『……奥村さんとめぐみって子が一緒に歩いてた』


 大和の顔が青ざめるのを菜月は目撃した。大貴が何を言ったのかよく聞き取れなかったが、いい話でないことは明らかだった。


「大和?」


 心配に思って硬直している大和の腕を揺さぶると、彼はハッと顔を上げた。


『大和聞いてる? 奥村さんたち、公園に入ってった、俺ん家の近くの――』


「すぐ行く」


 それだけ告げて立ち上がるなり、大和はケータイだけを手に教室を飛び出して行った。


「ちょっ、大和!」


 何が起こったのか菜月には分からず、彼が走り去った後をただ呆然と見つめるしかなかった。ただ即座に思ったことは、修羅場だ、ということだった。


 仕方なく、大和と自分の鞄を持ち、教室を出てからケータイを開いた。それから耳に当てて、しばらく通話音を聞く。


「……あ、大貴? よかった繋がった」


『なんだ、菜月もいたんだ』


「うん。大和血相変えて走ってっちゃったんだけど。鞄もほったらかしだよ、ビックリした。大貴今どこ?」


『公園の前』


「わかった、私も行くね」


 互いに頷き合ってから菜月は通話を切った。




* * * * *




 どうしてこんなことになったのだろう。

 光はぼんやりと思った。

 目の前にはめぐみの姿がある。女の子らしいひらひらしたトップスに、短パンから細い脚が覗く。髪はポニーテールにしてピンクのシュシュでまとめている。


――かわいい人。


 自然とそう思えた。自分にないものが、彼女にはある気がした。それが何かと聞かれてもよく分からない。


 先程、下校しようと門を出たところで彼女に呼び止められた。めぐみはずっと待っていたようだった。最初呼び止める相手を間違っているのではと思ったのだが、どうやら話は自分にあるらしい。

 場所を変えようと言われたので、彼女に連れられこの公園にやって来た。


 時刻は六時を迎えていて、公園で遊んでいた子供たちは解散し、それぞれ帰途についていく。

 住宅街の中に作られた公園は、人がいなくなると驚く程に静まり返ってしまった。ただ夏の蒸し暑さだけが残されていた。


 光は肩に掛けた鞄をぎゅっと握り締め、めぐみの横顔をチラと窺う。


 話とは何だろう。


 歩いている間、彼女は始終、無言だった。何故かそれが恐ろしかった。

 不意にめぐみが向き直り、光は思わず肩を震わせた。めぐみが申し訳なさそうににこりと笑う。


「ごめんね、こんなとこまで」


「……ううん」


 ふるふると首を振り、意を決して話し出す。


「それで、話って……?」


「うん、私、明日帰らないといけないんだ。親に呼び戻されちゃった」


「……そうなの」


 光は安堵したことを顔に出さないように必死に取り繕った。

 しかしこれで彼も自分も煩わしいことに悩む必要はなくなる。救われた気分だった。


「だから帰る前に、あなたに聞いておきたいことがあって」


「ん? 何?」


 光は首を傾げた。途端、めぐみの顔から笑みが消える。


「あなたと大和って、本当に付き合ってるの?」


 一瞬、息が詰まった。彼がいない場所で問われると、やはり演じることに気が引ける内容だ。


「……付き合ってるよ、何で?」


「だって少し違和感があったもん、あなたたち見てて。何か、取って付けたような、そんな雰囲気」


 淡々と、温度の低い声でめぐみは言った。

 言い返そうと光は口を開いたが、言葉が出てこなかった。

 そんな光を見ながら、めぐみは更に続ける。


「あなたって、大和の口実作りに付き合わされてるだけじゃないの?」


「……違う、そんなんじゃない」


「じゃあキスとかもうした?」


 その直球な問いに、光は顔を赤らめた。


「してない……けど」


「ふぅん? 何で?」


「何でって……その……」


 どう答えればいいのか分からなくなり、光は視線を泳がせた。

 それにまるで尋問のような彼女の勢いに、既に呑まれていた。頭が上手く働いてくれない。


「じゃ、質問変える。あなたたち、いつから付き合い始めたの? 初デートの日にちは? 場所は? 大和はあなたのどこを好きになったの?」


 めぐみに捲し立てるように尋ねられ、光は気後れしていた。


「あなたは大和のどこが好きなの? ねえ答えて」


 背筋が寒くなった気がした。

 矛先が完全にこちらに向いている。下手なことを言ったら何をされるか分からない。そう恐怖を抱いてしまうくらい、めぐみは危うい雰囲気をまとっていた。

 光は口を閉じたまま、思わず一歩後退った。

 すると急に、めぐみが苦笑を浮かべた。


「大和、どうしてあなたなんかを選んだんだろ」


 心底悔しそうに、腹立たしそうに彼女は言った。


――そんなこと知らないわよ。


 選ばれたとも思っていない。自分は大和にとって彼女のフリをするのに都合のいい相手なだけだ。


 ふと、光は自分の腹の奥で別の感情が生まれたのに気付いた。


 何故自分が二人の過去のいざこざに巻き込まれているのか、もう分からなくなってきた。自分は全くの部外者だというのに。

 そう考えている内にも、その感情はふつふつと沸き上がっていく。


 大和も大和で、真正面からはっきり言ってやればいいものを、こんな回りくどい方法を取るから面倒になってきているのではないか。

 いや、そもそもめぐみがいつまでも未練がましく大和のことを想っているから、こんなことになっているのだ。


 不意に昨日の大和の表情が頭に浮かんだ。


――あんな表情させておいて……。


 憤りを抑えきれず、光はめぐみを見据えて口を開いた。


「あの人が私を選んだ理由なんか知らない。でも私は、あの人に寂しそうな顔はさせないわ」


「……どういう意味よ」


 めぐみの眉が微かに動く。


 光は大きく息を吸い込んだ。


「めぐみさんの話をするとき、あの人いつも辛そうにしてる。それにあなたとのことから立ち直って、やっと前見て歩き出せたのに、またあなたが会いに来たりするから、南くん本当に悩んでるのよ。あなたとよりを戻す気はないって言ってたじゃない……お願いだから、もう忘れてあげて!」


 そう言い切った途端、めぐみが目の色を変え、右手を振り上げた。


――殴られる……!


 光は反射的に目を瞑った。


 パン! と叩かれる音が耳に届いたが、衝撃も痛みもなかった。


 目を開くと誰かの腕の中にいて、見上げると大和の顔が近くにあった。


「……やめろよこんなこと……頼むから」


 そう呟く彼は息を上げている。


 急にめぐみが怯えた表情を見せ、大和に掴まれた手を振り払うなり後退った。


「何で――」


「何で、じゃねえよ」


 大和は光の肩を掴んで後ろに押しやり、めぐみと向き合う。


「こいつは……奥村は関係ないだろ」

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