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「イヤなら断るべきだよ!」
菜月は語尾を強めて言い、光の手を掴んだ。
「……でも、もう昨日そういう風に私もめぐみさんと接しちゃったし……それにあんなに頼まれたら――――」
昨日の帰りに、光は大和に懇願されたそうだ。めぐみを帰す為に、光に彼女のフリをしてくれ、と。
それを聞いた菜月は腹が立ってしょうがなかった。
大和が光を利用している事が許せなかった。光は菜月の一番の親友だ。大切な彼女を、大和のいざこざに巻き込ませるのは嫌だった。
「光はホントにイヤじゃないの? 大和のこと、嫌いでしょう」
光の目を覗き込み、菜月は首を傾げた。
その視線を受け止め、光は少し考えてから微かに首を振った。
「……いやじゃない」
俯いて、彼女は囁く。
「変だよね、ずっと嫌いだって思ってたのに……頼まれても悪い気はしなかった。でも……何か悔しい」
俯いたまま短く笑い、光は手で目を拭った。
菜月はゆっくり座り直し、光を見つめて微笑んだ。
認めたくないだけで、光はずっと大和が好きなのだ。目の敵にするのは、感情の裏返し。二人の事はいつも近くで見ていたから、菜月は良く分かっているつもりだ。
恋って良いなぁ、と密かに思った。自分は恋というものがよく分からないから、余計に羨ましく思う。
「大和がどうして光選んだのか何となく分かるなぁ」
光が顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。菜月は笑ったまま頬杖をついた。
「光なら、頭良いからちゃんと空気読んで話合わせてくれるって、大和そう思ったんじゃないかな。私だと絶対殴るもん」
菜月が拳を突き出すと、光はプッと吹き出した。
「光がイヤじゃないなら、私は応援するね。ってゆかもうホントに付き合っちゃえば良いのに」
「それは無理」
光が真顔で即答し、菜月は呆気に取られた。
光はもう少し素直にならなければならないようだ。やれやれと肩をすくめつつ、彼女の心を開かせるのはやっぱり大和なのだろうとこっそり思った。光は頑固だから、大和、がんばれ。
「でもさ。彼女のフリって、具体的には何するの?」
「さあ……一緒に帰ったりとか?」
「デートしたり?」
「えっ」
光の顔が赤らみ、菜月はニヤリと笑い更に話す。
「キスしちゃったりして」
「なっ、す、するわけないじゃない! 冗談はやめて! 宿題するんでしょ、さっさとやるよ!」
そう言って、光は鞄から教科書やプリントを取り出してテーブルにバンと力強く置いた。その音に菜月は震え上がる。
「昨日あんなことあったせいで少しも進まなかったんだから! ……何やってるの?」
「へ?」
「菜月もやるんでしょう! さっさとプリント出す!」
「は、はい、すみません」
菜月は慌てて学校鞄から雑に折り曲げたプリントを取り出した。
そうでした、数学を教えてもらおうという算段でした。でもキレる必要なくない?
数分前は大和を応援した菜月だったが、やはり恨めしく思うのだった。
#03 千草の色 おわり