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いつもの帰り道  作者: 銀花
#03 千草の色
12/33

 店員は菜月達の注文を取り終えると、そのまま大和達の方へと向かった。


 菜月は大和達に目をやり、両手で頬杖をついた。ポツポツ喋り合っているようだが、彼等の話は全く聞こえなかった。


「何話してるのかなぁ……もちょっと近くまで」


「行きません」


 大貴がバッサリ拒否する。菜月は頬を膨らませた。


「拗ねてもダメ」


 断固として譲らない大貴に、菜月は更に口を尖らせた。菜月のケータイが鳴ったのはその時だった。

 菜月は首を傾げながらケータイを開いた。この着信音は、大和からメールが届いた時のものだ。大和はすぐそこで、めぐみと話している最中ではないか。

 メールの内容を見た菜月は、更に首を傾げた。何故今これを大和が聞くのかさっぱり分からない。

 その菜月の様子に気付いた大貴が尋ねようとした時、パフェが運ばれてきた。店員が去ってから大貴が口を開く。


「今の大和からじゃなかった?」


「うん……光のメアドか電話番号教えろって……何で今?」


 菜月と大貴は互いに首を傾げた。二人の頭上には疑問符が浮かんでいるようだ。


「とりあえずメアド教えとこ」


 菜月は素早く返事を打ち込んで送信した。そこで漸く菜月はハッとした。


「……もしかして光呼んだりするんじゃ……」


「何のために?」


 大貴が怪訝そうに聞く。


「そ……そうだよね、大和が光呼んだりしないよね」


 ハハハと笑いながらも菜月の心境はかなり焦っていた。不味いことをしてしまった気がしてならなかった。もしここで本当に光が来たら、まさに修羅場である。

 菜月が頭を抱えていると、今度はドリアが運ばれてきた。熱そうに湯気を立てている。ふと顔を上げると、大貴は既にパフェに手を付けていた。菜月は思わず吹き出した。


「似合わないなぁ」


「別にいいし」


「一口ちょうだい」


「いやだ」


 大貴が首を横に振る。


 菜月は「けーち」と呟き、スプーンでドリアをつついた。




 二人が料理を食べ終わるまでは何も起こらなかった。

 しかし菜月が水を貰おうと店員を探した時だった。店の扉が開き、何となく目をやるとそこに光の姿があった。彼女を見た菜月と大貴は盛大にむせた。


「うっ……えっ、光来ちゃっ……」


 動揺を隠せない様子で菜月は思わず立ち上がった。大貴も目を丸くしている。それに気付いた光がツカツカと近付いて来た。


「ちょっと、どういうこと? 何であいつが私のメアド知って……」


「ま、待って待って光、声小さくして」


 菜月がシーッと人差し指を立てて口に当てる。そして光を隣に座らせ、大和達を確認する。彼等に変わった様子は見られなかったが、たぶん大和は光の存在に気付いている。

 菜月は光に顔を近付け、小声で話し出した。


「簡単に説明するとね――――」


 今朝の大和の話を、菜月は掻い摘んで光に伝えた。きっと光は怒るだろうと思っていたが、予想に反して彼女は落ち着いていた。


「ふーん、大体は分かった。じゃあちょっと行ってくる」


「えっ、えっ、行くって大和のとこに?」


 立ち上がりかけた光の腕を菜月は慌てて掴んだ。光が眉を寄せる。


「他にどこ行くのよ」


「いや、うん……がんばって……」


 菜月が手を放すと、光は僅かに肩をすくめてから歩き出した。菜月は心配そうに彼女の後ろ姿を見送った。


「大丈夫かな……」


「さあ……」


 菜月と大貴は目を合わせ、お互い頭を抱えた。


 ドロドロしたことは、苦手だ。


 もう一度二人は目を合わせ、同時に口を開いた。


「「帰ろうか……」」


 頷き合ってからゆっくり立ち上がり、会計を済ませてコソコソと店を後にした。



 店の外は痛いほどに暑かった。




 ハラハラしっぱなしだった夜が明けた日曜、菜月は昼食も取り終え、自宅のリビングでテレビを見ていた。

 今日は光がここを訪れる予定になっている。菜月はソファの背もたれに寄りかかり、短くため息を吐いた。


 何故昨日、大和が光を呼び出し、めぐみと引き合わせたのか。光も光で、何故めぐみと会う気になったのか。それぞれ思う所はあるのだろうが二人の考えが全く分からず、菜月は理解に苦しんでいた。

 それに大和に光のメールアドレスを教えたのは菜月であり、他人事では済まなくなってしまった今、胃の辺りが痛い。


 菜月が唸りながら腹を擦った時、ちょうど玄関の呼び鈴が鳴った。テレビを消してソファから立ち上がり、菜月はパタパタと足音を立てながら玄関へ向かう。


「いらっしゃーい」


 ドアを開くと光が佇んでいた。

 ワンピースで身を包んだ光は、可憐という言葉が良く似合うように思えた。


「上がって上がって」


 菜月は光を招き入れ、ドアを閉めた。


「……お邪魔します」


 光がポツンと呟き、靴を脱いで玄関を上がる。


「あ、ちょっと待ってて」


 そう言って、菜月はリビングに引き返した。

 冷蔵庫からジュースの入ったペットボトルを、食器棚からグラスを二つ取って光の所へ戻る。

 光は扉からこちらを伺っていた。


「私の部屋行こ」


 菜月が先に階段を上り、その後に光も続いた。

 ベッドと勉強机が部屋の隅にあり、小さなテーブルが真ん中に置かれているだけと、菜月の部屋は至ってシンプルだった。窓は開いていたが風は全く吹いておらず、部屋には熱が満ちている。

 テーブルに飲み物とグラスを置き、菜月は窓を閉めた。


「クーラー入れるね。適当に座っちゃって」


 そう言ってリモコンを手にする菜月の後ろで、光はテーブルの前に腰を下ろした。

 ふと視線に気付き、菜月が振り返ると、光は何かを訴えるようにこちらを見つめていた。菜月は思わず微苦笑する。


「昨日、大和達と何の話したの?」


 リモコンを持ったまま菜月がテーブルを挟んだ光の向かいに座る。

 光はどこか決まり悪そうな表情で視線を泳がせた。


「そのことなんだけど……」


「うん?」


 グラスにジュースを注ぎながら、菜月は光の次の言葉を待った。


 二人分を注ぎ終わっても、光は話し出さなかった。菜月は内心苦笑した。グラスを一つ、光の前に置く。


「はい」


「あ……ありがと」


 光はグラスを両手で包み、それを見下ろしていた。

 その様子を頬杖をついて菜月は見つめた。どうも昨日の事は話しづらいらしく、光は口を開いたり閉じたりを繰り返していた。

 菜月は暫く考えを巡らせ、口を開いた。


「めぐみって、どんな子だった?」


 光が驚いたように顔を上げ、少し菜月を見つめてから視線を外した。


「……いい子だったよ……かわいいし、明るいし。例えるなら、菜月みたいな感じ」


 そう言って、光はグラスに口を付けた。一方で菜月は何度も瞬きを繰り返している。


「わ、私?」


 光が小さく頷き、「私とは正反対なタイプ」と付け足した。

 菜月は何と言って良いのか分からず、ゆっくり閉口した。

 自分と似ているとは、信じがたい事だった。何せ菜月自身は大和と日常的に喧嘩腰でいるのである。菜月と似ているならば、大和とはきっと長くは付き合えない。


「……めぐみさんは、あいつのことを忘れられないんだって。だからまた会いに来たみたい」


 ポツリポツリと光が話し始め、菜月はそれを静かに聞いた。


「……中絶しちゃったけど、子どもできた仲だったんだから……忘れられないのも当然なのかも」


「ま、待った! やめよう! ドロドロした話はやめよう!」


 菜月がわたわたと両手を振る。


「大和は何で光を呼んだの!?」


「それは……」


 一瞬、光は口をつぐんだ。


「……あいつ……今私と付き合ってるって……言い出して……」


 萎んでいく光の言葉を聞きながら、菜月は愕然とした。


「バッカじゃないのあいつ!!」


 男の風上にも置けない、と菜月は腰を浮かせて叫んだ。光は当惑しているようだった。

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