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店員は菜月達の注文を取り終えると、そのまま大和達の方へと向かった。
菜月は大和達に目をやり、両手で頬杖をついた。ポツポツ喋り合っているようだが、彼等の話は全く聞こえなかった。
「何話してるのかなぁ……もちょっと近くまで」
「行きません」
大貴がバッサリ拒否する。菜月は頬を膨らませた。
「拗ねてもダメ」
断固として譲らない大貴に、菜月は更に口を尖らせた。菜月のケータイが鳴ったのはその時だった。
菜月は首を傾げながらケータイを開いた。この着信音は、大和からメールが届いた時のものだ。大和はすぐそこで、めぐみと話している最中ではないか。
メールの内容を見た菜月は、更に首を傾げた。何故今これを大和が聞くのかさっぱり分からない。
その菜月の様子に気付いた大貴が尋ねようとした時、パフェが運ばれてきた。店員が去ってから大貴が口を開く。
「今の大和からじゃなかった?」
「うん……光のメアドか電話番号教えろって……何で今?」
菜月と大貴は互いに首を傾げた。二人の頭上には疑問符が浮かんでいるようだ。
「とりあえずメアド教えとこ」
菜月は素早く返事を打ち込んで送信した。そこで漸く菜月はハッとした。
「……もしかして光呼んだりするんじゃ……」
「何のために?」
大貴が怪訝そうに聞く。
「そ……そうだよね、大和が光呼んだりしないよね」
ハハハと笑いながらも菜月の心境はかなり焦っていた。不味いことをしてしまった気がしてならなかった。もしここで本当に光が来たら、まさに修羅場である。
菜月が頭を抱えていると、今度はドリアが運ばれてきた。熱そうに湯気を立てている。ふと顔を上げると、大貴は既にパフェに手を付けていた。菜月は思わず吹き出した。
「似合わないなぁ」
「別にいいし」
「一口ちょうだい」
「いやだ」
大貴が首を横に振る。
菜月は「けーち」と呟き、スプーンでドリアをつついた。
二人が料理を食べ終わるまでは何も起こらなかった。
しかし菜月が水を貰おうと店員を探した時だった。店の扉が開き、何となく目をやるとそこに光の姿があった。彼女を見た菜月と大貴は盛大にむせた。
「うっ……えっ、光来ちゃっ……」
動揺を隠せない様子で菜月は思わず立ち上がった。大貴も目を丸くしている。それに気付いた光がツカツカと近付いて来た。
「ちょっと、どういうこと? 何であいつが私のメアド知って……」
「ま、待って待って光、声小さくして」
菜月がシーッと人差し指を立てて口に当てる。そして光を隣に座らせ、大和達を確認する。彼等に変わった様子は見られなかったが、たぶん大和は光の存在に気付いている。
菜月は光に顔を近付け、小声で話し出した。
「簡単に説明するとね――――」
今朝の大和の話を、菜月は掻い摘んで光に伝えた。きっと光は怒るだろうと思っていたが、予想に反して彼女は落ち着いていた。
「ふーん、大体は分かった。じゃあちょっと行ってくる」
「えっ、えっ、行くって大和のとこに?」
立ち上がりかけた光の腕を菜月は慌てて掴んだ。光が眉を寄せる。
「他にどこ行くのよ」
「いや、うん……がんばって……」
菜月が手を放すと、光は僅かに肩をすくめてから歩き出した。菜月は心配そうに彼女の後ろ姿を見送った。
「大丈夫かな……」
「さあ……」
菜月と大貴は目を合わせ、お互い頭を抱えた。
ドロドロしたことは、苦手だ。
もう一度二人は目を合わせ、同時に口を開いた。
「「帰ろうか……」」
頷き合ってからゆっくり立ち上がり、会計を済ませてコソコソと店を後にした。
店の外は痛いほどに暑かった。
ハラハラしっぱなしだった夜が明けた日曜、菜月は昼食も取り終え、自宅のリビングでテレビを見ていた。
今日は光がここを訪れる予定になっている。菜月はソファの背もたれに寄りかかり、短くため息を吐いた。
何故昨日、大和が光を呼び出し、めぐみと引き合わせたのか。光も光で、何故めぐみと会う気になったのか。それぞれ思う所はあるのだろうが二人の考えが全く分からず、菜月は理解に苦しんでいた。
それに大和に光のメールアドレスを教えたのは菜月であり、他人事では済まなくなってしまった今、胃の辺りが痛い。
菜月が唸りながら腹を擦った時、ちょうど玄関の呼び鈴が鳴った。テレビを消してソファから立ち上がり、菜月はパタパタと足音を立てながら玄関へ向かう。
「いらっしゃーい」
ドアを開くと光が佇んでいた。
ワンピースで身を包んだ光は、可憐という言葉が良く似合うように思えた。
「上がって上がって」
菜月は光を招き入れ、ドアを閉めた。
「……お邪魔します」
光がポツンと呟き、靴を脱いで玄関を上がる。
「あ、ちょっと待ってて」
そう言って、菜月はリビングに引き返した。
冷蔵庫からジュースの入ったペットボトルを、食器棚からグラスを二つ取って光の所へ戻る。
光は扉からこちらを伺っていた。
「私の部屋行こ」
菜月が先に階段を上り、その後に光も続いた。
ベッドと勉強机が部屋の隅にあり、小さなテーブルが真ん中に置かれているだけと、菜月の部屋は至ってシンプルだった。窓は開いていたが風は全く吹いておらず、部屋には熱が満ちている。
テーブルに飲み物とグラスを置き、菜月は窓を閉めた。
「クーラー入れるね。適当に座っちゃって」
そう言ってリモコンを手にする菜月の後ろで、光はテーブルの前に腰を下ろした。
ふと視線に気付き、菜月が振り返ると、光は何かを訴えるようにこちらを見つめていた。菜月は思わず微苦笑する。
「昨日、大和達と何の話したの?」
リモコンを持ったまま菜月がテーブルを挟んだ光の向かいに座る。
光はどこか決まり悪そうな表情で視線を泳がせた。
「そのことなんだけど……」
「うん?」
グラスにジュースを注ぎながら、菜月は光の次の言葉を待った。
二人分を注ぎ終わっても、光は話し出さなかった。菜月は内心苦笑した。グラスを一つ、光の前に置く。
「はい」
「あ……ありがと」
光はグラスを両手で包み、それを見下ろしていた。
その様子を頬杖をついて菜月は見つめた。どうも昨日の事は話しづらいらしく、光は口を開いたり閉じたりを繰り返していた。
菜月は暫く考えを巡らせ、口を開いた。
「めぐみって、どんな子だった?」
光が驚いたように顔を上げ、少し菜月を見つめてから視線を外した。
「……いい子だったよ……かわいいし、明るいし。例えるなら、菜月みたいな感じ」
そう言って、光はグラスに口を付けた。一方で菜月は何度も瞬きを繰り返している。
「わ、私?」
光が小さく頷き、「私とは正反対なタイプ」と付け足した。
菜月は何と言って良いのか分からず、ゆっくり閉口した。
自分と似ているとは、信じがたい事だった。何せ菜月自身は大和と日常的に喧嘩腰でいるのである。菜月と似ているならば、大和とはきっと長くは付き合えない。
「……めぐみさんは、あいつのことを忘れられないんだって。だからまた会いに来たみたい」
ポツリポツリと光が話し始め、菜月はそれを静かに聞いた。
「……中絶しちゃったけど、子どもできた仲だったんだから……忘れられないのも当然なのかも」
「ま、待った! やめよう! ドロドロした話はやめよう!」
菜月がわたわたと両手を振る。
「大和は何で光を呼んだの!?」
「それは……」
一瞬、光は口をつぐんだ。
「……あいつ……今私と付き合ってるって……言い出して……」
萎んでいく光の言葉を聞きながら、菜月は愕然とした。
「バッカじゃないのあいつ!!」
男の風上にも置けない、と菜月は腰を浮かせて叫んだ。光は当惑しているようだった。