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いつもの帰り道  作者: 銀花
#03 千草の色
11/33

 菜月は大和を見下ろした。


「よりを戻そうって言われてんの?」


「………………」


 大和が無言で頷く。

 菜月はやれやれと空を仰いで、その場に腰を下ろした。菜月自身は恋愛経験がそれほどないため、どうアドバイスすれば良いのか分からない。それにこう言ったドロドロした内容は苦手だった。

 第一、どうして大和と彼女が別れたのか、その理由さえ知らない。そこまで考えて菜月はハッとした。


「そうだ、大和達って何で別れたの? もしかして大和がこっちに転校してきたのも関係してる?」


「いや転校したのは別れた後だ……」


 唐突に大和は口を閉じた。思わず口が滑って罰が悪くなったのだと、大貴は思った。

 菜月が僅かに口の端を上げた。


「ほほう、別れてからの転校か」


「……最悪」


 大和は自分の腕に突っ伏した。


 大和がめぐみと別れた理由を一切教えないつもりでいると、菜月達には見て取れた。

 何より、大和は自身のことをあまり語らない。だから付き合いの長い菜月、ましてや大貴でさえ知らない事が多かった。特に転校してくる前の事は殆ど知らない。

 菜月は大和の背中を軽く叩いた。


「ほら、別れた理由は何なのか話してごらん」


 次いで大貴も大和の背中を叩く。


「俺も知らないんだけど、それ知らなきゃ俺達はたぶんどうにも出来ないよ」


「そうそう、協力して欲しいなら教えるべき」


 菜月が頷きながら付け足す。一方で大和は身動き一つしない。何も言わないという事にもう一押しだと察した菜月は、大和を揺さぶった。


「大和、教えてよ」


「………………言いたくねぇ……」


 消えそうな声で大和が呟いた。菜月はキッと眉を上げた。


「だめ、言え」


 菜月の強引な口調に、向かい側で大貴が苦笑する。するとまた大和の口から盛大なため息が漏れた。

 それを聞いた大貴は、これは大和が本当に告げたくない内容なのではと思い始めた。封印してしまいたい過去の一つや二つ、誰にでもある。それを無理矢理聞き出すなど。


「……そんなに言いたくないんならもう良いんじゃ」


「だめ」


 菜月が眉を上げたまま大貴を睨んだ。大貴は短く息を吐いた。


「でも菜月」


「ツライ事を一人で抱えるの良くない、誰か知ってる人がいるって結構救われるよ」


「そうでしょ?」と菜月は首を傾げた。


 相変わらず大和は無言だった。


 大貴は暫く菜月の顔を見つめた。不意に、幼い頃菜月が言った言葉が頭の中に蘇った。自分を救ってくれた一言が。

 大貴は大和へ視線を落とした。


「それに大和が一人でどうにも出来ないっておかしいじゃん、あの自分主義の大和が。よっぽどの事なんでしょ」


 立てた膝に頬杖を付き菜月がため息を吐く。


 数分、無言の時間が過ぎた。

 そんな中で大和が重い口を開いたのは、菜月が麦茶の存在を思い出し、グラスを取りに立ち上がろうとした時だった。


「――――――に……」


「え?」


 菜月は振り返り、大貴はまた大和を見下ろした。


 大和が一つ息を吐く。


「……妊娠させた」


 菜月と大貴は動きを止めた。


 一瞬の沈黙の後、菜月はその場に倒れた。


「ちょ……何それ! 予想外すぎ……バカ! 最低!」


 菜月はすぐに勢い良く起き上がり、大和の脚に一度蹴りを入れた。


「大和が悪いんじゃん! 自業自得じゃん!」


「菜月!」


 突然大貴が大声を出し、菜月はビクッと肩を震わせた。大貴に目をやると彼は眉を上げていた。


「話は最後まで聞け」


 大貴に強い口調で言われ、菜月はゆっくり口を閉じた。大貴が「それで?」と大和に尋ねる。


 大和に目をやると彼は何度か深い深呼吸をしていた。その横で菜月は静かに両膝を抱えた。


「……さすがに産むわけにはいかなかったから、お互い中2だったし……」


 ため息混じりに大和が話し、合間に大貴が相槌を打っていく。


「手術費も入院費も全部俺が出した……っつか、その時は俺の親が出したんだけど……こっち来てからバイトして親に返していって……全部返せたのがつい最近」


「……そっか」


 大貴がそう呟いたのを最後に、大和はまた黙り込んだ。

 最初怒りに熱くなっていた菜月だったが、大和の話を聞いている内に少なからず感心するようになっていた。

 原因は女として許せないことである。しかしその事に対して大和がちゃんと責任を取ろうとする姿勢には好感を持てた。


「バイト代、親に送ってるってのは知ってたけど、そんな理由だったとはね」


 頭を掻きながら大貴が言った。菜月は大貴を見て、大和を見下ろした。


「あ、そっか。だから大和はおじいちゃんおばあちゃんと住んでるんだ……」


 家を追い出されて祖父母の下にいるという事は聞いていた。てっきり、暴力沙汰で勘当されてしまったのだとばかり思っていた。


「大和……もしかして自分から家出たの?」


 菜月が尋ねると、間を空けてから大和が一度頷いた。漸く頭の整理ができ、菜月はすっきりとした気分になった。大貴が小さく笑う。


「バイト代の半分はばあちゃん達に渡してるんだってさ、見た目に反して誠実だよなー大和」


「……うるせー」


 大和が低く唸ると菜月は笑い声を上げた。


「あははギャップありすぎだよね」


 もう一度、大和が「うるせー」と呟いた。

 すると突然大和のケータイが鳴り、その音量に菜月は少し身体を震わせた。大和がポケットからケータイを取り出し、それを開いた。メールだろうか、と思いながら菜月と大貴は彼を見つめる。


「…………」


 大和は何も言わない。


「どしたの」


 不審に思った菜月は横からケータイを覗き込んだ。メールの送り主は、めぐみだった。菜月は思わずため息を吐いた。


「大和さぁ何でまだその子にメアド教えてるわけ? 変えて教えなければ良いじゃん」


「……そういう訳にもいかないだろ」


 メールの内容を確認し、大和はケータイをパチンと閉じた。そしてゆっくり立ち上がる。背筋を伸ばす大和を見上げながら、菜月は首を傾げた。


「呼び出し?」


「……はぁ、行って説得の続きしてくる」


 大和が気力なく言う。すると突然、菜月は立ち上がった。


「どこまで行くの? 私たちも行く!」


「たち!?」


 大貴が驚愕する。一方で大和は大して気にも留めていない様子で口を開く。


「学校ん近くのファミレス、あいつ今そこにいるって。来るんなら別の席に座れよ」


「オッケーオッケー、離れたとこに座るから、ほら大貴! 行くよ!」


 菜月は呆然としている大貴を引っ張った。それを横目に大和は玄関へと歩き出す。


「ついでにご飯食べよっと、お腹すいたー」


 そう言って、ウキウキと弾まんばかりの勢いで菜月は大和の後を追った。


「…………」


 大貴はやれやれと肩を落とし、財布とケータイをポケットに突っ込んで玄関へと向かった。




 ファミレスは天国だった。昼も近いため外の気温は非常に高く、菜月は溶けそうだとさえ思えた。店員が持ってきてくれた水が冷たくて美味しい。

 一息吐いた菜月はチラと大和達を盗み見た。


 大和達から少し離れた席に菜月と大貴は座った。めぐみは後ろ姿しか見えないが、緩く巻いた髪をサイドに結っていて白い首筋が見えた。


「ジロジロ見てると変な人に思われるぞ」


 大貴がボソリと言う。


「うーん、この前ちゃんと顔見とけば良かったな」


 菜月は座り直してメニューを見下ろした。


「大和、何て言って説得するんだろ。私ドリアでいいや、大貴は?」


「チョコパフェ」


「何そのかわいいチョイス」


「甘いの食いたい」


 平然と言う大貴を見ながら菜月はケラケラ笑う。


「女子高生か!」


「はいピンポーン」


 菜月を無視して大貴が呼び出しボタンを押す。暫くして店員がやって来た。

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