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BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第二章 死者の残影
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63 更なる嵐の予感

「ドリスはまだか」

「もうすぐ来ると思います」

「そうか」

 ジュリアは目の前で濃い顎鬚をなで思案深げに瞑想している主を見つめながら、頭では別のことを考えていた。

 謎ばかりの不可思議な一連の事件は、どこから始まってどう繋がっているのか、考えても考えても絡まった糸はほどけず、考えれば考えるほど余計にこんがらがっていく。

(きっと、始まりは武闘大会からだった)

 不正のあった決勝戦。

 殺された男達。

 ナギブ=レザノフの影。

 襲撃された舞踏会。

 動く死体。

 サムドロスの罪。

 黒衣の異人の正体と、王との関係も分からぬままだ。

 彼はあの夜どうしていたのだろうか。

 王の擁護がなかったら、真っ先に疑われていただろう。

 今でもジュリアは、彼がこの城に来てから全てが動き出したという思いを捨てられずにいる。

 そもそも今回は不測の事態が多すぎたのだ。その口火(くちび)になったのが彼の存在だったのだから、この一連の騒動と関連づけたくなるのは、停滞した捜査現状から言えば無理はなかった。

 もともと怪しさだけは群を抜いていたのだから、無関係だと断じるほうに無理がある。

(それに…)

 脳裏から消えない赤い色に、ジュリアは思いを馳せる。

「ジュリア?」

 ハッとして主を見た。

 怪訝そうな視線を受け、どうやら何度も呼びかけられていたらしいと気づき、ジュリアは慌てた。

「珍しいな。何を考えていた?」

「いえ、あの…」

 珍しく言いよどむジュリアにユリウスは片眉を上げたが、

「…あの、サラハ様はもうお帰りになられたのでしょうか」

 予想外の質問に、虚を衝かれて目の前の臣下を凝視した。

「今回、あの方にはいろいろ助けていただいたのに、何のお礼も言えないままだったので…。今まで忙しくて何の挨拶もしないままでしたが、できればちゃんとお礼をしたかったと…」

「…そうだな。彼女が止めてくれたのだったな」

 遠い目をして呟く主に、お前の剣で私を斬れと言われた時の驚愕を思い出して、ジュリアは身震いした。

 あの時、彼女が止めてくれなかったら、自分はそれを実行していただろう。

「…彼女は、いったい何者だったのですか?」

「…さて、な」

 その時、扉をたたく音がして「親衛隊副隊長、ただいま参りました」というドリスの声に、ユリウスは入れと声をかけた。

「そろったな」

 二人の聖騎士を前にして、ユリウスは立ち上がる。

 その次に、主から発せられた言葉に、ジュリアとドリスの二人は目を見開いた。




 リリアは走っていた。

 後ろから己を呼ばわる声が聞こえてくる。

 だが、リリアはそれを無視して、己の部屋に閉じこもると鍵をかけて、寝台の中に飛び込む。

 体中の血が騒いでいた。

 ドクンドクンと心臓の音が全身に響き渡る。

「リリア様、いったいどうされたのです!?」

「なんでもないわ! 入ってこないで!! 後でちゃんと話すから、今はそっとしておいて!」

 リリアの怒鳴り声を聞いて、扉の外のドミニカは押し黙った。

「…ごめんなさい。少し気が立っているみたい。気を落ち着けたいから今は一人にして」

 そう言われてドミニカもこれ以上立ち入ってはいけないと感じたのだろう、了承の返事をして、静かにそこから離れた。

(…どうして)

 リリアはドミニカとともに父の私室へと足を運んだ。

 どうしても指輪のことが気になった彼女は、直接話を聞くことに決めたのだ。

 いったいあの黒衣の人物は何者で、父とはどういった関係であるのかも、この際はっきり問い詰めてしまおうと思っていた。

 だが、父のもとには既に先客があった。

 平生(へいぜい)侍女達が待機する控えの間でどうしようかと逡巡しながら、リリアは壁に耳をくっつけていたのだが――。

 外で待っていたドミニカが、部屋を飛び出すなり無言で駆け出した王女に、いったい何事かと胆を抜かしたことは想像に難くないが、リリアはそれを説明することはどうしてもできそうになかった。

 部屋の中で交わされる声に、ばらばらだったピースがカチンとはまる音を頭のどこかでリリアは聞いた。

 ジュリアとドリスはまだ気が付いていないだろう。

 だが、リリアには分かってしまった。

 そっと指輪をポケットの中から取り出した。

 王家の紋章を刻んだ指輪。

 どこかで見たことがあると思った。

 そうだ。つい先日、見たばかりではないか。

 これは彼女の指にはまっていた。

 父にエスコートされていたあの女の、左手の薬指に。

「…どうして」

 思い出したのは、サムドロスと彼女の会話だ。

 彼女は言っていなかったか。

 ――『私のことを死神だと思ったと』

 死神。

 黒衣を身に(まと)い、大切な人を奪っていく。


『いや、サントのほうを庇うんだなと思ってよ。てっきりお前は姫様の心配をすると思ったが』


『今回、あの方にはいろいろ助けていただいたのに、何のお礼も言えないままだったので。今まで忙しくて何の挨拶もしないままでしたが、できればちゃんとお礼をと…』


 逝ってしまった母。

 母を顧みない父の背中。

 隣に立った黒い影。

 見つめる父の目。


 黒尽くめの人影が、赤い髪の娘に変わる。

 隣に立って見つめる父の顔に、ジュリアの微笑が重なった。


 奪われる。


 死んでしまった母の嘆きが、ちぢに乱れた記憶の中で(こだま)したようだった。

 その瞬間、リリアの中で何かがはじけた。


 ――許さない


「…そんなこと、絶対に許さない」


 自分のものとは思えないような低い声がリリアの口から零れ落ちた。

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