表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLOODY CHAIN Ⅰ  作者:
第一章 黒衣の訪問者
8/87

07 武闘大会

 ボイルは大きい目をさらに大きく見開いた。

「何だ、あれは……」

 アレスの円形闘技場サンソビーノ。

 すり鉢状に重なり連なった観客席は試合の始まりを今か今かと心待ちにしている観衆で埋め尽くされていた。

 すり鉢の底にあたる円形の地盤では、選ばれた戦士が互いの腕を試すための円壇が周囲の熱気を溜め込みながら静かにその時を待っている。

 一ヶ月近くに(わた)った公開予選を終えて、勝ち残った本戦出場者の十二組二十四人による勝抜戦(トーナメント)がいよいよ始まった。


 既に終えた予選会の方式は一風変わったものだった。

 志願者全員が指定された飾帯(サッシュ)を袈裟懸けに身に付け、互いに敵のそれを奪い合うという、サバイバル形式のものだ。最後まで誰にも切り落とされることなく死守できたものが本戦出場者、つまりその飾帯(サッシュ)が本戦出場へのフリーパス券だった。

 既定数の飾帯(サッシュ)を確保できなかった場合、またペアの片方が飾帯(サッシュ)を損失した場合でも二人道連れ不合格。手っ取り早く人数を減らせるシステムだった。二人一組にした由来がここにあるとは、ジュークの言ったとおりであろう。

 その公開予選の第二組だったジューク・サント組はボイル達の予想に反して最後まで生き残った。

 だがその実態は、二人とも自分達から攻めるということをほとんどどせずに、逃げに逃げ回った結果、最後の最後、敵のペアが誤って味方のサッシュを切り落としてしまったために出場権獲得、という限りなく不戦勝に近いものだった。

 一般にこの街における賭け事を専門の生業(なりわい)とするダリのような賭屋(かけや)は、この公開予選の様子をもとに自分たちの賭ける人間を決めさせる。予選会は出場者の実力を測るためにうってつけの試金石なのだ。皆これを見て誰が一番強いのかを予想するのである。

 そして、不戦勝に近い勝利で予選をパスしたジュークとサントに賭ける人間は、当然のことながら、皆無に等しかった。一発屋の人間が一人二人いればいいほうである。

 そんな状況だったので、ジュークが投資した掛け金のレートは何倍にも跳ね上がった。要するに、二人がこのまま優勝して御前試合に召喚されると想像した者などどこにもいなかったのだ。

 原則的にはこういった賭けは現金を提出しなければ成立しないはずなのだが、ジュークが十万ダルなどという結構な大金を持っているはずもなく、彼は担保(たんぽ)を提出し、ダリは血判付きの借用書をしっかりと書かせた。

 そしてダリを仲介人として呼びかけた結果、御前試合召喚という大それた賭け内容と、十万ダル借金してまでの挑戦というのが話題に上ることは上ったのだが、やはり面白がるだけ面白がられただけで彼らに賭けようと思う者はその中には一人もいなかった。

 だが、せっかく本戦出場を果たしたのなら、ボイルやシャルルの身としては、一つでも勝ちあがって欲しいというのが本音である。ということで、大会初日、二人はジュークとサントの応援に駆けつけていた。


 そして試合当日、ボイル達が観客席で見たものは、真昼間から黒衣に身を包んだ、いかにもいかがわしげな二人組みの姿だった。

 フードを(かぶ)り頭から爪先までをすっぽりと覆い隠しているその姿は、まるで悪魔崇拝を信奉する秘密結社の人間のようである。

 だが、この炎天下、周囲を大観衆にぐるりと取り囲まれて見下ろされているその二人の姿は、薄気味悪いというより滑稽だった。その内の一人が観客席にいる女性陣に向かってしきりに愛想を振舞いてちょっかい出しているとなれば尚更だ。

「本戦用の衣装だってよ。サントに合わせたんだろ。ジュークが言ってたぜ」

 すっかり顔の腫れも引いたそばかす顔のダリがボイルとシャルルの後ろからひょっこりと顔を覗かせた。

「まぁ、あんだけ目立つ格好してたら客は注目するだろうな」

 まったく何考えてんだか、とボイルが呟く。

「本気で勝つ気あんのかねえ、あいつは……」

「やっぱり人選ミスよ。あんなチャランポランな男をペアに選ぶなんて!!」

 シャルルはぷりぷりと言った。熱い一夜を共にしたにはその手の平の返しようはいっそ気持ちのいいものだったが、観客席の一角に投げキッスを飛ばしては黄色い声でくすくすと笑われているその男を見れば、それもしょうがないと思われた。

「そんなこと言ったって今さらどうしようもないだろうが。本戦に出れるだけでたいしたもんだよ」

「あんなの、運だけで生き残ったようなもんじゃない。ジュークじゃサントさんの足手纏いにしかならないわ」

「運も実力の内って言うだろ? それに予選で逃げ回ってたのはサントも一緒じゃんか」

「サントさんはあんな根性なしとは全然違うわよ。たとえ素性が知れなくたってね。やっぱり男は硬派でなくっちゃ」

 女って単純、とぼそりと呟いたダリに、何ですって? と耳ざといシャルルがくってかかる。口喧嘩を始めた二人をよそにボイルは口を開いた。

「素性が知れないっていえば、あいつの方も何者なんだろうな?」

 その言葉にぴたりと口論を収めてシャルルとダリはボイルを振り返る。

「何者って?」ダリは素直に己の疑問を口にした。

「ただのろくでなしよっ!」と、シャルルは一も二もなく決め付けた。

 二人の反応にボイルは苦笑して続ける。

「いや、生まれも育ちもこの街だと言ってたが、この街で生まれた人間にしては騎士に対する敬意が薄すぎる。てっきり外の人間だと思ってたからちょっと意外でね」

「えっ、そうなの?」今度はシャルルも素直に驚き、

「嘘ついてんじゃないか?」とダリはあまり深く考えることなく発言した。

「何のために?」

「……」

 ボイルの反問にシャルルとダリの二人は顔を見合わせて黙り込む。

 だが次に周囲からわっと沸きあがった喚声に三人の思考回路は断たれた。ジュークとダリの対戦相手が姿を現したのだ。

「あ」と声を漏らしたのはダリ。

「え?」とあとの二人は声につられて闘技場を見下ろした。

「あいつだっ!!」

 三人は声をそろえて勢いよく立ち上がった。

 その視線の先には、先日、ボイルをふっ飛ばし、ダリをノックアウトして、シャルルに剣を向けた男が立っていた。

「あんの野郎!!」

「どうやら、あっちは結構な有望株みたいだな」

「あんなのただの見掛け倒しじゃない!」

 三者三様に発言したが、その後何事かを考えるように、一様に閉口する。

「……因縁の対決だな。大丈夫か? 予想ビリッケツなんだろ?」

「……」

 三人は顔を見合わせた。彼らの心情としては、あの男にだけは勝たせたくない。

「――頑張って、サントさん」

 シャルルは祈る形に手を組むと、ジュークの存在はまるっきり無視してそう呟いた。



†††



「おい。お前、この前の奴か?」

 大剣を背負ったいつかの男は対面早々そう言った。話しかけられた黒衣の二人組みの内、一人は何も答えない。客席の女に手を振っていた背の高い方が振り返ってそれに答えた。

「やあやあ、良かったねぇ、出場停止にならなくて。どうやらそっちは結構な人気者みたいじゃない?」

「お前は……」

 馴れ馴れしい態度に眉をひそめる。

「あら、忘れちゃったの? 親切に忠告をしてやった俺がいたからこそ、あんたが今そこに立っていられるんだってことを肝に銘じていおいてほしいね」

 その軽い口調に男は心当たりを見つけたのか、盛大に顔をにやつかせた。

「そうか、お前あの時の腰抜け半裸野郎か。こんな所にいやがるとはてめえこそどんな手使いやがったんだ? 金でもつかませたか?」

「それができたら苦労はねぇよ。この国の騎士さん方はちいとばかし、頭が硬そうでね。そんな申し込みをしようものなら即座に切り捨てられかねない。だいたい、そんな金があるならこんな所にいないって。――俺としてはここで稼がせてもらえないと明日からの生活も苦しくなるんだよなぁ……」

 男はその情けない台詞に鮮やかな嘲笑を返す。

「それは気の毒なっこたな。怪我する前にさっさと帰って新しい職でも探したらどうだ? 労働は体が資本だぜ。使い物にならなくなる前に、今からギブアップの台詞でも考えておくんだな。…そっちのお前もな」

 そう言って顎をしゃくると、男はくるりと(きびす)を返した。

「……だってよ」

 離れていく背を見つめながらジュークは肩を竦めた。

「あいつ、この前のアレ根に持ってるぜ」

 何の反応も示さないサントに苦笑しつつ、煙草をくわえ、ジュークは自分達とは反対側へと歩いて行った二人を見た。片割れは大剣男ほどがたいはよくない。細身の片手剣を携帯していた。

「で、どっちやる?」

「……どっちでも」

 その返答に、紫煙を吐き出してジュークは笑った。

「余裕しゃくしゃくだねぇ」

「…それはそっちの方だろう」

「?」

「たいした役者だな」

「……どういう意味だ?」

「あんたの目的などどうでもいい」

「……」

「俺の邪魔さえしなければな」

「おいおい、それじゃあ、俺が何か企んでるみたいじゃないか」

 とぼけた声で応答した相手に顔を背けたままサントは答える。

「少なくとも金儲けじゃない」

「へえ?」

「本当に金が欲しいのなら、俺のような人間は避けるのが普通だろう」

 いかにも怪しい会ったばかりの自分などを選ぶより、他の人間を探したほうが賢明だ。その言葉に、ジュークは大袈裟に肩を竦めて見せた。

「だから言っただろ、面白そうだって。お前に便乗したしただけさ。俺も王の(ツラ)を一度くらいは拝んでおきたいと思ったからよ」

 その返答にサントはそれ以上何も言わなかった。ジュークの言葉に納得したとも思えなかったが、下手に干渉するつもりもないのかもしれない。

 その様子をしばらく見つめた後、不意に顔を逸らして気を取り直したようにジュークは続けた。

「……お前がどっちでもいいっつうんなら、俺があいつとやろうか。ああいう手合(てあい)はほっとくとどんどん増長する――つうことで、小さい方はお前に任せたぜ」

 そう言ってくわえていた煙草を地に捨て足で踏み潰すと、懐から半面の仮面を取り出した。鼻柱の真ん中から上が弓なりの目をした仮面の下に隠された。あらわになっている口元は笑いの形に崩れている。

 確かに楽しんでいる節はある。ペアなんだから衣装も合わせようぜと言ってきたのはジュークだ。

 サントはジュークから目を逸らして、ああ、と低く答えると一歩前へ踏み出した。




「両者前へ!!」

 軍服を纏った騎士が円壇中央で声高に告げる。

「これより第十五回、アレス武闘大会本戦第一試合目を開始する。ルールは時間無制限、自由形式(フリースタイル)だ。勝敗は全て審判である本官の基準による。私が勝負あったと判断した時点で試合終了とし、判定に関してはいかなる抗議も受け付けない。合図があったら(すみ)やかに両者は離れるよう。宣告を無視し、雌雄(しゆう)が決しているのにもかかわらず、故意に相手を傷つけた場合またそれと察せられる動きを見せた場合も含め、その者を失格とする。同時に懲戒権が行使される。相手の命を積極的に奪おうとすることも固く戒める。正々堂々、死力を尽くして(のぞ)むよう。以上。それでは始める」

 審判は右手を高く挙げた。

「始めっ!!」

 その合図と同時にロワンは飛び出した。心中で(わら)いながら。

(甘い審判だぜ)

「そっちのでかい方をお前に任せた! 俺はこっちだ。こいつには借りがあるんでな!!」

 大声で自分の相棒に命令すると、やっと借りを返せると彼は歪んだ笑みを浮かべた。

 あの時、たった一本の腕に体の自由を奪われてしまった屈辱は、後からじわじわと彼の自尊心を攻め続けた。夜毎に思い出してはその恥辱を新たにし、憤怒(ふんど)のため眠れない日が続いた。

 はらわたの煮えくり返る思いに苛まれること数夜、どこかでこの鬱憤を晴らさなければと思っていたところだったのだ。それがどうだ! あたかも最初からお膳立てされていたかのように、その報復のチャンスが今最高の形で目の前に用意されている。神様も粋なことをしてくれるもんだと嗤わずにはいられない。

 思う存分借りを返してやろうと、暗い喜びに心を躍らせながら、ロワンは黒衣めがけて大剣を振り上げた。

「借りは返すぜ!!」

 だが、そう叫んで振り下ろした剣の先に目当ての人物はいなかった。

「――悪いけど、あんたの相手は俺なんだよなぁ」

 いつの間にそこにいたのか、そして自分が切り伏せようと思った怨敵(おんてき)はどこに消えたのか。

 そんな疑問に答えてくれるわけもなく、己の横で白い仮面が笑っていた。

「こっちこそ、借りを返してもらわんと。お前が騒ぎ始めたせいで俺は一発やり損ねたんだっ」

 横から深く踏み込んだ(はげ)しい突きがロワンを襲った。

 ガキンと金属がぶつかり合う音が響いた。

 広い剣側(けんそく)と細い先端の間で火花が散り、二つの刃が膠着(こうちゃく)する。

 幅広の分厚い直剣に対して伸びてきたのは、紫気(しき)を放つ鋭い刀剣だった。刃の頑丈さと破壊力で言えば、断然前者のほうが上回っているだろう。武器の利が(あらわ)れたかのように見えた。

 だが、男は依然仮面の下でも微笑を崩さず、口元は笑みの形に引き結ばれている。

「――その程度の腕で勝った気になれるなんて、お前、今までよっぽど相手に恵まれてたのな」

「何だとっ!?」

 ロワンは瞬時に沸点に達した怒りに身を任せて、そのまま男の剣を叩き折ろうとした。だが、

「!? ナニッ……!?」

 驚愕に目を見開いた。

 己の剣は相手の一突きに押えつけられたまま、ぴくりともしなかった。

 腕力には自信がある。街中では大男の店主でさえふっ飛ばした。それなのに、それより小さいはずの目の前の男に突きつけられた剣先に、受け止めきったはずのロワンの刃は何故か微動だにしなかった。

 ムキになって力ずくで押し返そうとすればするほど、堅牢(けんろう)(いわお)を相手にしているかのような錯覚に囚われる。

 そんなはずはない。

 ロワンは目の前の出来事を信じようとはしなかった。彼が信じているのは己の強さだけなのだ。

「お前はただの体力馬鹿だな。その上、粗暴で慢心が強い。くだらない虚栄心とうざったい自己顕示欲の(かたまり)だ。少しでもプライドを傷つけられたと感じたら、女にまで手を上げる」

 剣一本で自分の動きを全て封じながら、仮面の下で敵が言う。

「その人格から修行しなおすこった。お前の振るうのは剣とは言わねぇよ――」

 そう言うと男はそのままロワンの剣を薙ぎ払った。

 あっと思う間もなく大剣の柄が手元を離れて宙へと跳ね上がる。

 大きな弧を描いてくるくると回転しながら落ちてきたソレは、地面に突き刺さるとその真ん中、相手が剣を突きつけていたその一点から、音を立てて折れた。


「自分を誇示するためにガキが振るう、――ただの〝玩具(がらくた)〟だ」


 その言葉がやけに鮮明に脳内で反響した。

 地面に突き刺さったまま半分から折れてしまった刀身と、その横に落ちている柄のついたもう半分、二つに分かれてしまった自分の自慢の大剣を見つけて、ロワンは顔面蒼白になった。

 そう、その大きな剣は彼のお気に入りだった。体の大きな自分がぶんぶんとそれを振り回せば、皆が恐れるように自分を見た。それが快感だった。

 呆然と折れてしまった自分の剣を見つめて、パニックに陥った彼は縋るように仲間の男を振り返る。そしてますます、血の気を失くした。

 剣を握った右手を捕まれたまま首筋に短刀を当てられて身動き取れずに立ち尽くす、自分と同じような顔をした仲間の姿がそこにはあった。




 辺りは静まり返った。

 開始からせいぜい三分もたっていない。切り結ぶような場面さえ伺えず、一方的に終わってしまった。

「勝負ありっ!!」

 いくらか間があってから審判の声が響いた。その声につられて、場内からどっと喚声が上がった。

 無理もなかった。

 予想ビリがあっさりと勝ってしまったのだ。それも相手に隙を見せずの圧勝である。

「……な……」

 まだうまく状況を理解できないボイル達三人はその場に立ち尽くしていた。そして、一番最初に自失状態から立ち直ったボイルは、何を思ったか、いきなり大声で笑い出す。

「なっ、なによ、おやっさん」

 何が何やらという(てい)で振り向くシャルルに、ボイルは愉快そうに唇の端を上げた。

「ったく、まんまと俺達は騙されたって訳だな、なぁ、ダリ?」

「えっ?」

「今年の賭けに大金をつぎ込んでた野郎は皆大損だろうよ。ただ一人を除けばな」

 その言葉に今さらながら驚いたように、シャルルとダリは顔を見合わせたのだった。

試金石【しきんせき】…価値・力量などを判定する材料となる物事。

雌雄を決す【しゆうをけっす】…戦って勝敗を決める。

懲戒権【ちょうかいけん】…不正または不当な行為に対し制裁を加える権利。

剣側【けんそく】…剣の側面。(造語)

紫気【しき】剣の鋭い光のこと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ