05 騎士講座
以下の記述は、作者の乏しい知識の切片と妄想と物語上の都合を組み合わせて創作されたまったくのフィクションです。造語を多用し、なんとかそれっぽく見せたいという汗と涙の結晶ですが、読みにくくて面倒くさいと思われた方ごめんなさい。
だがここで一言に騎士といっても、サンカレラ騎士団に所属する全員が、正確に〝騎士〟という位置にいるかと問われれば、そうではない。
まず、騎士になるにはおおまかに二つの方法がある。
騎士官養成学校に入学し、騎士見習いからこつこつ頑張る方法と、武闘大会で御前試合の召喚を受け、王自らにその力を認めてもらい直接騎士に叙してもらう方法とだ。
後者の方が手っ取り早く、王に認められたという栄誉に与ることができる。
この時王に叙してもらうのが正確に言えば〝正騎士〟と呼ばれるものだった。
サンカレラ騎士団には下から、士生、従士、校尉士、准騎士、正騎士、と実力の有無に従って、五つの士が存在する。完全な実力主義の下で等級分けがなされるこのシステムが、マダリアの騎士達を真の強者たらしめているといっても過言ではない。
騎士になるために前述の前者の方法を選んだ者は、士生から一つ一つ段階を踏んでいかなくてはならない。そのために階級ごとに分けられた昇士試験があった。
例えば、最上級の正騎士になるために受ける第一級昇士試験の内容は次のようなものだ。
まず第一に受験資格のある者は原則的に一つ下の階級の准騎士に限られる。
一次試験は受験者の准騎士同士が一対一で対戦し、勝ち抜き方式で五人抜きするというもの。これをクリアすると第二試験に進む事が出来る。そして二次試験は選ばれた五人の正騎士とそれぞれ馬上槍試合を行い、少なくとも二勝をあげること。
無事、准騎士を五人抜きして、正騎士に対して二勝以上あげた者は晴れて正騎士に昇士ということになる、が、これはかなりシビアな試験内容といえた。
准騎士相手の五人抜きだけならまだしも、二次試験の正騎士相手の二勝は本当に腕に覚えのある者でなければまず不可能だったからだ。何故なら、准騎士と正騎士とでは、その強さに懸絶したものがある。生半可な腕前では決して合格することは出来ない。
真に強いものだけが選ばれる、まさに弱肉強食の世界だった。
当然ではあるが、この最上級の正騎士になるための第一級昇士試験は、それまでの第二級昇士試験や第三級昇士試験などとは比べものにならないほどの難関で、たとえそれまでの試験をすいすいと合格してきた者でも、大抵ここで壁にぶつかるようになっている。
この馬鹿でかい壁を越えられるかどうかが一つの分岐点となっているのだが、その壁を越えられず一生准騎士で終わる者は少なくなかった。対し、ピラミッドの頂点に位置する正騎士の数は当然ながら五士の中で一番少ない。
ちなみに、〝王騎士〟と呼ばれる者は広義には騎士団員全員を指すが、狭義には正騎士だけを指す場合がある。後者の考えには『正騎士になってこそ一人前』という騎士団員本人たちの意識が大きく影響していた。
五階級はそのまま純粋な強さの等級、レベルを示すが、最上級の正騎士になると、それとは別に将校位を授けられる。
正騎士になってもそこには上から下まで強さの序列は存在するが、この士官位は必ずしも身体的な強さには比例しない。
戦術思考や、指揮能力、統率力、情報処理能力、急事の際の対応力、人柄、人望など、体力的な面だけではなく頭脳的な能力や精神面、種々の長所を含んだ諸々の要素も問われるようになってくるからだ。
この士官位を授けられるレベルに達して初めて正式な騎士、正騎士(一人前)と認められるという意識が彼らには強かった。だから、騎士団に入団した者達は大抵の者が正騎士になることを目指す。彼らが〝王騎士〟として己の力に自尊心を持って堂々と胸を張れるようになるのは、正騎士になってからなのだ。
また、この五階級とは別に存在する〝聖騎士〟は、多分に尊厳的意味合いの強い一種の称号だった。常備されている地位ではないが、五士のどれよりも権威がある。
〝正騎士〟に対して、〝聖騎士〟と呼ばれているそれは、王と直接主従の誓いを立てたものだけが名乗ることが許される、つまり、王自らにその個人の力を認められた限られた騎士だけが名乗ることのできる尊号だ。
王の側近くに従い、一生の忠誠を国ではなく、王個人に対して誓うのだ。
王のために生き、王のために死ね――――
それが宣誓の際、王が臣に下す言葉である。
王の私物になる事を認め、王と共に生き、王のために自らの命を喜んで捧げる。それが聖騎士たる者の金科玉条だった。
五士と聖騎士とで一番の違いは、前者が宣誓して服従する対象が国ひいてはそれを率いる国王という大勢的であるものに対して、後者が宣誓して信服する対象は国王個人その人に絞られる点にある。一見同じことのように見えて、この二つは大きく違う。
例えば国王が代替わりする時、前者は国家と国家を率いる国王に忠誠を誓っているのだから、国家権力の推移にしたがってその忠誠の対象も新しく即位した新王に移行するのだが、前王個人と直接主従の誓いを立てた聖騎士は、その所有を退位した先王一個人に委ねているため、彼らには新王に従う義務が生じない。新王よりも退位した先王の命令を優先できるのだ。絶対の主である先王以外の命令を拒む権利が彼らにはあった。ゆえに聖騎士は公的ではなく私的な命を受けることも多い。
この関係は、初代マダリア国王、ディオニュシオス=マダルソニア=リジューとその弟の初代サンカレラ騎士団総監フィロラオス=サンカリナ=リジューの間で結ばれた誓約が始まりとなっている。
弟のフィロラオスは臣として君主である兄を君辱臣死の精神を以て支え、最後には、国のために自らを犠牲にしようとした兄王の代わりになって、彼のために死んだ。
後世の騎士達は、このフィロラオスの、兄であり主であったディオニュシオスに対する忠義心を騎士の鑑として彼を崇めた。
以下が二人の間で交わされた〝血誠の誓い〟と言われる有名な誓詞である。
『マダリアのマダルソニアにサンカレラのサンカリナが今、宣誓す。
我、この命尽きるまで、主の剣となり、御身を守る盾とならん。
我が体に流るる血の一滴たりとも主のために流れぬことなく、
主のために脈打たぬことなし。
我常に主と意を同じくし、我が魂常に主の傍らに在らん。
この血と魂を以て、永遠なる忠誠と献身を、今、ここに誓約す』
『許す。
汝の体に流れる血の一滴たりとも我以外の者のために流れることなく、
我以外の者のために脈打つことなし。
我ら兄弟の血を分かつは何人も得可からず。
汝、我の血となり肉となり、我、汝の意志に報い、汝の意となり心とならん。
王のために生き、王のために死ね』
この時、君臣は各自の手の平を傷つけ、互いの血をその短刀に啜らせることにより誓約の儀の完然とする。
その証として臣はその短刀を主から賜り、肌身離さず携帯することで、その誓いの申盟なるを証明するのだ。もし主の不興を買うようなことがあれば、その短刀を以て己の命を断つことで主の甘心に変えた。
この短刀はそのまま主の守り刀を意味する。聖騎士に主君から命令が下る時、彼らはこの短刀を左胸の前、心臓の上に翳してその勅を拝命することで、その忠誠と弐志のないこと、血誠の誓いの未だ違わざるを主に証明した。
もし、この短刀を肌身から離した場合、それはそのまま誓約の破棄・不履行を意味し、主の顔に泥を塗ったとして、騎士として何よりの不名誉となった。
国王は自身に対する忠誠心や、聖騎士たるに相応しい徳目を兼ね備えた者、あるいは王自らがその人柄や技量を認めた者に対して聖騎士の称号を与え、聖騎士の尊号を受けた騎士は永遠の忠誠を主に対して誓う。
王のために生き、王のために死ぬ事を我が身の喜びとする者、正騎士や准騎士がそうでないとは言わないが、聖騎士のその自覚が人一倍篤くなるのは、王に直接一個人としての自己を認めてもらえた、王の眼鏡にかなった、という矜持からくるのだろう。
主と臣の間で結ばれるこの誓いは、何よりも神聖で汚すことのできない崇高なものとされている。
「王のために生き、王のために死ぬ、か……」
ぽつりとサントは呟いた。
上空を仰けば丸く切り取られた青い空に、見下ろす太陽が眩しい。馬に乗って剣を掲げる騎士を模った、白い大理石の彫刻が太陽の陽射しを受けて明るく輝いていた。
人と人とが争うために造られた場所だというのに、どこか神聖な印象を受けるのをサントは不思議に思った。人のいない闘技場は時の流れが緩やかで、喧騒とは無縁の独特の空気をかもし出している。
静謐が満ちていた。
月の出る夜になれば暗闇の中にいっそう青白く浮かび上がる白い石がきっときれいだろう。
だが同時にそんな中に凝然と立つ黒衣の自分を思うと、異端者としての自覚が胸を焦がした。焼けつく太陽は上空からじりじりと余所者を責めているかのようだ。
「……私は、この地に来るべきではなかっただろうか……」
意識せずに零れ落ちてしまったそれに気がつき、今度は意識的に首を振る。
自分にはここに来ることが必要だった。
王に伝えねばならぬこともある。
そんなことはすべきでないと身内の声は叫んでいたが、サントは己の欲求を抑えることを放棄した。
最初で最後の願いだ。
過去の望みは叶うことなく、既に絶えた。
――せめて、一目王に会い、あの方の事を伝えたい
自身のことは決して名乗るまい、と心に決めて……。
ふと思う。
真実信じる人のために死ねるのは幸福なことではないだろうか、と。
誰かのために生きることはきっと甘美で素晴らしい。
もし、御前試合に勝利し、王に騎士として叙してもらえたなら、そういう生き方もあるのだなと思った。そして、そんな事を考えてしまった自分に思い至ると同時に、即座に自分自身を詰った。
なんて、愚かな事を考えているのか。
自分で自分を嘲笑う。
己にはそれができない事を誰よりも自分自身が知っていた。
自嘲の笑みを薄くはき、立ち止まった足を元来た方向へ反転しようとした時、声がした。
とっさに、闘技場の陰に身を隠す。黒衣の衣装はこういう時に便利だった。関係者以外立ち入り禁止になっていた所を勝手に忍び込んできたのだ。見つかったらまずいだろう。それに、自分が見るからに怪しいということはジュークに言われるまでもなく分かっていた。
(あの男も変わっている……)
暗闇の中に身を潜めながら、ジュークのにやけ笑いを思い出していた。
懸絶【けんぜつ】…かけ離れること。
金科玉条【きんかぎょくじょう】…最も大切にして守らなければならない重要な法律または規則。
君辱臣死【くんじょくしんし】…君辱めらるれば臣死す。君主が恥を受ければ、臣下は生命をかけて恥をすすぐ。
申盟【しんめい】…かさねてかたくちかうこと。
弐志【じし】…ふたごころ。二心。
凝然【ぎょうぜん】…じっとして動かないさま。